過去25年で最大の景気後退

ブラジル経済動向レポート(2015年8月)

地域研究センター 近田 亮平

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第2四半期GDP:2015年第2四半期のGDPが発表され、前期比▲1.9%、前年同期比▲2.6%、年初累計(上半期)比▲2.1%、直近4四半期比▲1.2%、総額(時価)がR$1兆4,283億で、市場の予測を下回る結果となった(グラフ1)。2014年第4四半期が0.0%(前期比)、2015年第1四半期が▲0.7%(同)だったので、ブラジル経済はリセッション入りとなり、リーマンショック時を上回る過去25年で最大の景気後退となった。財政緊縮が進められる同時にインフレ対策として金利が引き上げられたことに加え、Petrobras汚職事件をはじめ政府の統治能力の低下による政治的混乱も、景気対策の実施を遅らせるなど経済にとってマイナス要因となった。前年同期比の数値を主要各国と比べると、ウクライナ(▲10.7%)とロシア(▲4.6%)に次ぐ悪い数値であり、中国(香港を除く)とインドが7.0%、南アフリカが1.2%だったため、BRICS諸国でも明暗が分かれるかたちとなった。Dilma大統領は「ブラジルは一時的な苦境の中にある」と述べたが、現在の経済状況は“災難(dasastre)”とも評されている。なお、市場関係者の2015年のGDP予測は、▲2.1%~▲3.1%となっている。

グラフ1 四半期GDPの推移
グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE
(注)成長率は左軸、総額は右軸(Bは10億)。

第2四半期GDPの需給に関して(グラフ2と3)、まず需要面を見ると、以前は好調だった家計支出(前期比▲2.1%、前年同期比▲2.7%)の落ち込みが顕著となり、政府が進める緊縮財の影響から政政府支出(同+0.7%、同▲1.1%)も前年同期比ではマイナスとなった。そして、最近低調が続いていた投資を示す総固定資本形成(同▲8.1%、同▲11.9%)が更に悪化した。また、為替相場でレアル安が進行したことを受け、輸出(同+3.4%、同+7.5%)はプラス成長だったが、逆に輸入(同▲8.8%、同▲11.7%)は大幅なマイナスを記録した。

供給面は、第1四半期に好調だった農牧業(同▲2.7%、同+1.8%)が前期比でマイナスとなった。工業(同▲4.3%、同▲5.2%)は、製造業(同▲3.7%、同▲8.3%)やPetrobras汚職事件によるインフラ事業への悪影響から建設業(同▲8.4%、同▲8.2%)が大幅に落ち込んだことで、今回も停滞したままとなった。また、サービス業(同▲0.7%、同1.4%)も、消費が落ち込んで商業(同▲3.3%、同▲7.2%)が減退した影響もあり、1996年以降で最大のマイナス幅を記録した。

グラフ2  2015年第2四半期GDPの受給部門の概要
グラフ2  2015年第2四半期GDPの受給部門の概要
(出所)IBGE
グラフ3 四半期GDPの受給部門別の推移:前期比
グラフ3 四半期GDPの受給部門別の推移:前期比
(出所)IBGE

2015年上半期のGDP成長率は前年同期比▲2.1%となり、リーマンショック時の2009年(▲2.4%)に次ぐマイナス成長となった(グラフ4)。需要面は、家計支出(同▲1.8%)と政府支出(同▲1.3%)ともに後退し、総固定資本形成も同▲9.8%と投資が大きく落ち込んだ。また、為替相場でのレアル安の影響から輸出は同+5.6%とプラスだったが、輸入は同▲8.2%と大幅なマイナスとなった。一方の供給面は、農牧業が同+3.0%と相対的に好調だったが、工業(同▲4.1%)とサービス業(同▲1.3%)はともに低迷するかたちとなった。特に工業では、鉱業(同10.4%)が好調だったものの、製造業(同▲7.6%)や建設業(同▲5.5%)が大きく落ち込むなど、景気低迷が顕著であった。

グラフ4 上下半期GDP(前年同期比)の推移:2006年以降(過去10年間)
グラフ4 上下半期GDP(前年同期比)の推移:2006年以降(過去10年間)
(出所)IBGE

貿易収支:8月の貿易収支は、輸出額がUS$154.85億(前月比▲16.4%、前年同月比▲24.3%)、輸入額がUS$127.96億(同▲20.8%、同▲33.7%)で、為替相場でドル高レアル安が進んだこともあり、貿易収支はUS$26.89億(同+12.7%、同+131.4%)と6カ月連続の黒字を記録した。この結果、年初からの累計は、輸出額がUS$1,283.47億(前年同期比▲16.7%)、輸入額がUS$1,210.50億(同▲21.3%)で、貿易収支はUS$72.97億(同+2,890.6%)と前年に比べ大幅な黒字となった。

輸出に関しては、一次産品がUS$73.19億(1日平均額の前月比▲11.1%)、半製品がUS$21.70億(同▲0.4%)、完成品がUS$56.22億(同▲8.1%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$29.18億、同▲22.1%)、2位が米国(US$22.03億、同+10.6%)、3位がアルゼンチン(US$10.25億、同▲7.3%)、4位がオランダ(US$7.03億)、5位が日本(US$3.56億)だった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鉄鋼管(+131.0%、US$1.02億)や航空機(+99.9%、US$2.37億)、減少率では大豆粕(▲49.3%、US$4.30億)や鉄鋼石(▲49.1%、US$9.71億)が顕著であった。また輸出額では(「その他」を除く)、大豆(US$20.05億、同▲6.1%)と原油(US$11.33億、同▲23.9%)がUS$10億を超える取引高を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$29.32億(1日平均額の前月比▲10.9%)、原料・中間財がUS$63.01億(同▲12.3%)、非耐久消費財がUS$12.79億(同▲4.9%)、耐久消費財がUS$12.40億(同▲3.7%)、原油・燃料がUS$10.44億(同▲36.2%)であった。主要輸入元は、1位が中国(US$24.00億、同▲19.2%)、2位が米国(US$18.83億、同▲6.9%)、3位がドイツ(US$8.18億)、4位がアルゼンチン(US$7.77億、同▲4.8%)、5位がスペイン(US$4.17億)だった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では主な品目で増加したものはなく、減少率ではその他の燃料(同▲71.6%、US$5.20億)や原油(同▲54.1%、US$5.24億)が顕著であった。また輸入額では、原料・中間財である化学薬品(US$19.37億、同▲20.2%)のみがUS$10億を超える取引額を計上した。

物価:発表された7月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.62%(前月比▲0.17%p、前年同月比+0.61%p)で、前月より低下したが前年同月と比べ高い数値となった。食料品価格が0.65%(同+0.02%p、+0.80%p)と前月より若干上昇し、年初累計は6.83%(前月同期比+3.07%p)と早くも政府目標の上限である6.5%を上回り、直近12カ月(年率)も9.56%(前月同期比+0.67%p)と、2003年11月(11.02%)に次ぐ高い伸びを記録した。

食料品に関しては、消費量の多いフェイジョン豆(6月mulatinho:1.33%→7月▲8.88%、carioca:同▲2.18%→2.03%)や、コーヒー(インスタント:同▲2.28%→2.30%、cafezinho:同0.79%→2.22%)などの値上がりが顕著だった。ただし、トマト(同▲12.27%→▲10.77%)のような大幅に値下がりした品目もあった。また、家庭消費(0.59%)より外食(0.77%)の伸びが大きかった。一方の非食料品では、電気料金が4.17%も上昇した影響で住宅分野(同0.86%→1.52%)が1%を超える伸びを記録した。しかし、航空券(同29.19%→0.78%)の価格が落ち着いた運輸交通分野(同▲0.29%→0.70%)や、マイナスを記録した衣料分野(同0.58%→▲0.31%)など、その他の分野では落ち着いた数値となった。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は、8月には開催されなかった。次回のCopomは9月1日と2日に開催予定。

為替市場:8月のドル・レアル為替相場は、中国リスクに対する懸念の深化とともにドル高レアル安が進行した。月のはじめ、Petrobras汚職事件の捜査が進み、元与党労働者党の要人が逮捕されたこととでDilma政権への風当たりが更に強くなり、議会での財政緊縮法案審議などに悪影響を及ぼすとの懸念からレアルが売られた。しかし、政治的混乱を受けレアル安が更に進むと中央銀行が積極的な為替介入を実施し、国内の政治情勢がひとまず落ち着くと為替のポジション調整も行われ、レアル高に振れた。

その後、中国が元を引き下げたことで同国の景気減速懸念が強まり、安定通貨のドルが買われる展開となった。ブラジルに関しても、16日に大規模な反政府デモが計画されているなか、中断していたDilma大統領の選挙不正疑惑をめぐる調査の再開を選挙最高裁判所が認めたことや、選挙戦を共にしたTemer副大統領(連立与党PMDB)が政府と議会の間の調整役を辞すると発言したことから、政治的混乱が深まるとしてレアルが売られた。

月の後半、中国経済に対する不安がひとまず落ち着いたことで、一時ドルが下落する場面も見られたが、ブラジルの第2四半期GDPが過去25年で最大の景気後退となったことで再びドル高レアル安に転じた。そして月末、政府が今年の基礎的財政収支がR$350億もの赤字になる見通しだとして、それを含めた2016年の予算案を提示した。赤字を補填すべく政府は、携帯電話や飲料などの品目に対する税金の引き上げ、および、海外留学支援策、低所得者向け住宅政策、インフラ整備などで支出削減を行うと発表した。しかし、歯止めのかからない財政悪化によりブラジルの信用格付けが更に引下げられるとの懸念が高まり、月末はドルが前月末比7.45%もの上昇となるUS$1=R$3.6467(売値)で取引を終えた。

株式市場:8月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)も為替相場と同様、中国リスクの影響などで大きく値を下げる展開となった。月のはじめ、中国や米国の製造業に関する指標がさえなかったことに加え、Lula前政権のナンバー2だったDirceu元官房長官がPetrobras汚職事件で逮捕されたことや、Cunha下院議長が連立与党(PMDB)でありながらDilma大統領の弾劾裁判の設置協議を野党と進めたことから、政治的混乱が更に深まるとして株価は下落。その後、政治に関して目立った新しいニュースがないことで、売られていた株を買う動きが一時活発化した。

しかし、Moody’sがブラジルの格付けを投資適格級の最低となるBaa3に引き下げたことや、16日(日)に計画された大規模な反政府デモにより政治的混乱が深まるとの懸念に加え、従業員を解雇しない自動車などの企業に対する融資拡大策を政府が発表したが、第1期Dilma政権と同様に市場介入的だと評価されたことで、株価は再び下落。そして、中国経済の減退懸念から世界同時株安が進行すると、Bovespa指数は24日に44,336pの今年の最安値を記録した。

その後、中国政府が景気刺激策を講じたことに加え、米国の金融当局が金利引き上げ時期が予定より遅れるとの見解を示したことや、米国の第2四半期GDPが前期比3.7%と大幅に上方修正されたことを好感し、株価は上昇した。しかし、ブラジルの第2四半期GDPが大幅な景気後退を示すものだったことや、公的債務が7月としては過去最大のR$100億に上ったことを受け再び下落。さらに月の後半、政府は歳入を増やすべく、一度廃止された税金(CPMF)の復活を試みたが、議会や経済界からの反発が強く断念せざるを得なくなった。その影響で月末、GDPの0.5%にも相当する赤字額を含む来年度予算を発表せざるを得ず、財政悪化に対する懸念が高まった。その結果、月末は前月末比▲8.33%となる46,626pまで値を下げ、取引を終了した。