苦境を迎える経済政策と景気動向

ブラジル経済動向レポート(2013年4月)

地域研究センター 近田 亮平

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貿易収支: 4月の貿易収支は、輸出額がUS$206.32億(前月比+6.8%、前年同月比+5.4%)、輸入額がUS$216.26億(同+12.9%、同+15.7%)で、輸出入とも4月としての過去最高額となった。しかし輸入額の増加がより大きかったため、貿易収支はUS$▲9.94億(同+68.4%改善、同▲174.8%)と4月として過去最大の赤字額を記録した。また年初からの累計は、輸出がUS$714.68億(前年同期比▲4.3%)、輸入額がUS$776.18億(同+8.8%)で、この結果、貿易収支は▲US$61.50億(同▲268.4%)と年初来でも過去最大の赤字額となり、ブラジルは貿易収支に関して苦境を迎える状況となっている。

輸出に関しては、一次産品がUS$104.72億(1日平均額の前月比+7.2%)、半製品がUS$24.57億(同▲12.6%)、完成品がUS$72.45億(同▲11.8%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$47.12億、同+9.7%)、2位が米国(US$18.49億、同▲5.5%)、3位がアルゼンチン(US$17.66億、同+14.9%)、4位がオランダ(US$12.33億)、5位が日本(US$9.57億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では銅(+213.3%、US$2.15億)をはじめ、大豆(+80.7%、US$37.97億)や自動車(+58.8%、US$4.82億)が高い伸びを記録した。また減少率では、トウモロコシ(▲66.5%、US$1.75億)や原油(▲52.4%、US$6.76億)が50%を超えるマイナス幅となった。さらに輸出額では(「その他」を除く)、前述の大豆と鉄鉱石(US$25.36億、同▲7.8%)のみがUS$20億を超え、ブラジルの輸出品が一部の一次産品に依存している様子を示すかたちとなった。

一方の輸入は、資本財がUS$44.70億(1日平均額の前月比+0.3%)、原料・中間財がUS$93.80億(同+0.4%)、非耐久消費財がUS$17.02億(同▲9.1%)、耐久消費財がUS$18.89億(同▲0.9%)、原油・燃料がUS$41.85億(同+19.8%)であった。主要輸入元は、1位が米国(US$30.59億、同▲9.2%)、2位が中国(US$28.34億、同▲9.7%)、3位がアルゼンチン(US$15.91億、同▲1.2%)、4位がドイツ(US$13.15億)、5位がインド(US$11.31億)だった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率ではその他の農業用原料(+95.5%、US$10.44億)と化粧品(+55.1%、US$1.19億)が50%を超える伸びを記録した。また減少率では、飲料とタバコ(同▲23.8%、US$0.42億)と鉱物品(同▲23.1%、US$16.02億)のマイナス幅が顕著であった。さらに輸入額では、化学薬品(US$25.32億、同+3.0%)や輸送機器(US$15.62億、同+27.0%)といった原料・中間財、資本財の工業機械(US$13.52億、同▲0.7%)、原油やその他の燃料などがUS$10億を超える取引額を計上した。

物価: 発表された3月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、0.47%(前月比▲0.13%p、前年同月比+0.26%p)であった。前月と同様に数値は若干低下したものの、食料品価格が1.14%(同▲0.31%p、+0.89%p)と4カ月連続で1%超を超える高止まりの状態が続いた。一方、非食料品価格は0.25%(同▲0.08%p、+0.05%p)と3カ月連続で伸び率が縮小した(グラフ1)。また、過去12ヵ月は6.59%(前月同期比+0.28%p)で政府の年間インフレ目標の上限である6.5%を上回る値となり、年初からの累計も1.94%(前年同期比+0.72%p)と前月より前年同期比のプラス幅が増大した。
食料品に関しては、タマネギ(1月:11.64%→2月:21.43%)、アサイー(同16.77%→同18.31%)、ニンジン(同21.41%→同14.96%)が10%を超えて値上がりするなど、天候不順の影響もあり、3月も多くの品目で価格が上昇した。また非食料品では、新学期との関係から2月に高騰した教育分野(同5.40%→同0.15%)が大きく後退したことが、全体の上昇率低下に最も寄与した。また、航空料金が大幅に値下がりしたことなどから、運輸交通分野(同0.81%→▲0.09%)がマイナスを記録するなど、その他の分野でも物価は落ち着いた数値となった。ただし例外として、政府の対策で電気料金が引き下げられた影響で2月にマイナスだった住宅分野(同▲2.38%→0.51%)が、3月は大きくプラスへと転じた。また、労働をめぐる条件や権利の向上法案が3月に可決された家政婦代が、3月も1%を超える上昇幅を記録したこともあり、個人消費分野(同0.57%→同0.54%)も高い数値となった。

金利: 政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は17日、Selicを7.25%から7.50%へと0.25%p引き上げることを決定した(グラフ1)。Selicの引き上げは2011年7月以来で、引き上げ幅は市場予想より小幅であった。また決定は全会一致ではなく、Copom委員6人のうち2人は金利維持を主張した。しかし最近、物価が高い水準で推移し、3月のIPCAが直近12カ月で政府目標の上限を超えたこともあり、ハイパー・インフレに悩まされた過去のあるブラジルは、インフレ安定をめぐり苦境を迎えているともいえる。したがって金利は今後、緩やかながら漸次引き上げられていくとの見方が強くなっている。このような状況のなか、中央銀行の理事が25日、「Selicをインフレ抑制の対策としてより積極的に活用できる」と発言し、次回のCopomでSelicが大幅に引き上げられる可能性を示唆したものとして、市場の注目を集めた。

グラフ1 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2010年以降

グラフ1 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2010年以降

(出所)IPCAはIBGE。Selicは中央銀行。
(注)値はIPCAが左軸、Selicが右軸。

為替市場: 4月のドル・レアル為替相場は、貿易収支や鉱工業指数などでブラジルの景気回復の鈍さが示され、レアル売りで始まった。その後、日銀の大胆な金融緩和策によりドルは対円で上昇したが、米国の弱い雇用統計指数の影響もあり対レアルでは下落。そして、日銀により大量の資金が市場に供給されるとの見方や、米国の景気回復への期待感が高まりリスク・テイクの動きが強まったこと、さらには、政府がインフレ対策を重視する姿勢を鮮明にしたことで金利が上昇したことも影響し、US$1=R$2を割り込んでドル安レアル高が進み、11日には月内のレアル最高値となるUS$1=R$1.9731(買値)を記録した。

しかし、北朝鮮情勢の影響、欧州経済の見通し悪化、米国でのテロなどの政治的にネガティブな要素などから、質への逃避としてドルが買われる展開となり、欧州の景気停滞に対し欧州中央銀行が利下げを行うとの観測からユーロが対ドルで売られたこともあり、ドルは対レアルでも上昇した。そして24日には、US$1=R$2.0244(売値)の月内ドル最高値を記録した。しかし月末に向かい、中央銀行がドルの流入超を示すデータを発表したことや、米国の第1四半期GDPが市場の予想より低かったこともあり、ドルは再び下落。月末はUS$1=R$2.0011(買値)と、前月末比でドル▲0.57%のドル安レアル高レベルで4月の取引を終えた。

株式市場: 4月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、発表された2月の鉱工業指数が前月比▲2.5%と2008年12月以来の悪い数値で(グラフ2)、市場の予想を大きく下回ったことから下落して始まった。その後、ブラジルの最高裁が海外収益への課税判断をひとまず見送ったことで、Valeなど海外で事業展開する企業の株が買われたことや、米国株が史上最高値を更新して上昇したことなど、プラス材料がある一方、ブラジルの油ガス開発会社OGXの格付けをS&Pが引き下げたことや、OGXを保有する富豪Eike Batistaに対する支援を政府が拒否したとの情報が広まったこと、さらには、中国での鳥インフルエンザの影響から飼料となる大豆の価格が下落するなど、マイナス材料が交錯した。その結果、56,187pの月内最高値を記録した10日まで、株価はもみ合う展開となった。

しかし12日、Tombini中央銀行総裁が「今も今後もインフレを容認しない」と発言したことに加え、Mantega財務相も「政府は最近の物価の動向を特に注視している」と述べたことで、次週に開催予定だったCopomでのSelic引上げ観測が高まると、利上げは景気浮揚にマイナス要因と受け止められ株価は下落。そして、発表された中国の第1四半期GDPが市場予想を下回ったことや、それを受け資源関連株が売られたこと、さらに、欧州経済の回復が遅れるとの見通しや、米国でオバマ大統領などがテロの対象とされたことなど、ネガティブな要素が重なったことで続落し、17日には年初来最安値となる52,882pまで値を下げた。

しかし、そのレベルになると外国人投資家を中心に買いが入り、発表されたValeの第1四半期の決算も純利益は前年同期比▲7.6%だったが、市場予測を上回ったことや損失だった前期から回復したことを受け、株価は上昇。一時、米国の弱い第1四半期GDPを受け下落する場面も見られたが、Petrobrasの第1四半期の収益が前年同期比▲16.5%と悪化したが市場予測より良かったことや、イタリアの連立政権発足を好感して株価は値を上げ、月末は55,910pで4月の取引を終了した。ただし、前月末比では▲0.78%と4カ月連続のマイナスとなり、最近のブラジルの株式市場は苦境を迎えているといえる。

経済政策と景気動向: 政府は2日、コンセッション方式でのインフラ整備融資への金融取引税(IOF)を免税とすることに加え、5日には運輸交通や通信など14部門に対する減税措置を発表した。さらにまた23日には、化学工業と糖アルコール製造業を対象とした減税や融資枠拡大などの景気刺激策を打ち出した。しかし、これらを含む最近の政府の景気刺激を目的とした産業政策には、減税での国産品優遇などが盛り込まれているため、米国、日本、EUなどの先進諸国は4月末、WTOにブラジルの政策が保護主義で差別的だとの提訴を行った。

ブラジル政府はこのような先進諸国の訴えに反論しているが、国内産業を育成および優遇する経済政策が施行されるなか、5月3日に発表された3月の鉱工業生産指数は、前月比が+0.7%と2月よりは改善したものの、前年同月比では▲3.3%と2カ月連続のマイナスであった(グラフ2)。また、ブラジルの株式市場の双璧であるValeやPetrobrasなどの企業が第1四半期の決算を発表し、市場予想よりは良かったが決して好調な結果ではなかった。さらに、貿易収支の悪化や海外からの直接投資の減少により、第1四半期の国際収支はUS$248億と過去最大の赤字額を記録し、政府の3月のプライマリー・サープラス(利払い費を除く財政収支黒字)もR$35億と前年同月比▲33%と低下している。

このように状況が悪化しつつあるブラジル経済に対して、BRICsの生みの親であるGoldman SachsのJim O’Neill社長は、同職を退任するにあたり30日、BRICsの中でブラジルとロシアの経済成長は予想を下回るものだったと述べている。Dilma政権の経済運営に対しては、海外だけでなく国内からも批判が寄せられており、来年の大統領選やサッカーのW杯を前に、Dilma政権は苦境を迎えつつあるといえる。

グラフ2 鉱工業生産指数の推移:2011年以降

グラフ2 鉱工業生産指数の推移:2011年以降

(出所)IBGE