月間ブラジル・レポート(2010年10月):次期大統領決定:Lula大統領の勝利

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

10月の貿易収支は、輸出額がUS$183.81億(前月比▲2.4%、前年同月比+30.5%)、輸入額がUS$165.27億(同▲6.8%、+29.5%)で、貿易黒字額は前月および前年同月比ともプラスとなるUS$18.54億(同+69.6%、+40.9%)を記録した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,633.10億(前年同期比+29.7%)、輸入額がUS$1,486.83億(同+43.8%)で、貿易黒字額はUS$146.27億(同▲35.0%)となり、前年同期比でのマイナス幅は縮小した。

輸出に関しては、一次産品がUS$82.10億(1日平均額の前月比▲3.2%)、半製品がUS$26.91億(同+15.4%)、完成品がUS$71.84億(同+5.5%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$26.88億、同▲13.9%)、2位がアルゼンチン(US$16.54億、同▲7.1%)、3位が米国(US$14.35億、同▲9.1%)、4位がオランダ(US$9.41億)、5位が日本(US$8.34億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鉄鉱石(+217.1%、US$34.35億)、土木作業機器(+188.7%、US$1.25億)、トウモロコシ(+178.2%、US$3.29億)、貨物輸送機(+105.8%、US$1.74億)が100%を超える伸びを記録した。また減少率では、鋳造鉄(▲53.7%、US$0.66億)や燃料油(▲45.3%、US$1.28億)のマイナス幅が顕著であった。さらに輸出額では、前述の大幅増の鉄鉱石に加え、粗糖(US$9.76億、同+62.4%)や原油(US$7.17億、同▲35.7%)の取引額がより大きかった。

一方の輸入は、資本財がUS$35.64億(1日平均額の前月比▲10.4%)、原料・中間財がUS$77.65億(同+2.9%)、非耐久消費財がUS$11.54億(同0.0%)、耐久消費財がUS$18.07億(同+2.8%)、原油・燃料がUS$22.37億(同▲9.2%)となった。主要輸入元は、1位が中国(US$25.61億、同▲1.4%)、2位が米国(US$25.15億、同+0.4%)、3位がアルゼンチン(US$11.75億、同▲8.5%)、4位がドイツ(US$10.95億)、5位が日本(US$7.38億)であった。輸出と輸入の双方において、中国が最大の貿易相手国であったとともに、久しぶりに日本が5位にランクインした。また、輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鉱物品(+101.8%、US$15.87億)、衣料・縫製品(+81.2%、US$1.28億)、家庭用機器(+78.1%、US$4.14億)などの伸びが顕著であった。一方の減少率に関しては、その他原料・中間財(同▲15.5%、US$3.25億)が主要品目の中で唯一マイナスを記録した。さらに輸入額では、化学薬品(US$19.94億、同+21.8%)、前述の増加率が大きかった鉱物品、工業機械(US$11.18億、同+51.1%)を含む5品目が、今月もUS$10億を超える取引額を計上した。

物価:

発表された9月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.45%(前月比+0.41%p、前年同月比+0.21%p)で、3か月連続0.0%台を記録していた物価が9月は大きく上昇した(グラフ1)。デフレの続いていた食料品価格が1.08%(同+1.32%p、+1.22%p)と高騰したことに加え、非食料品価格も0.27%(同+0.15%p、▲0.08%p)と上昇した。この結果、年初来の累計は3.60%(前年同期比+0.39%p)、また、過去12カ月の累計は4.70%(8月4.49%)で政府目標の中心値4.5%を若干上回る値となった。

食料品に関しては、タマネギ(8月▲20.81%→9月▲24.55%)のように大きく値を下げたものもあったが、クリスタル糖(同▲0.06%→5.66%)、肉類(同2.11%→5.09%)、大豆油(同2.67%→5.47%)の5%台をはじめ、多くの品目で価格が上昇した。また非食料品では、家具や家電が値上がりした家財分野(同▲0.31%→0.46%)、家賃や上下水道料金の値上げがあった住宅分野(同0.23%→0.40%)、衣料品分野(同0.17%→0.45%)など全ての分野で価格が上昇した。

グラフ1 IPCA(食料品・非食料品)の推移:2010年と2009年

グラフ1 IPCA(食料品・非食料品)の推移:2010年と2009年
(出所)IBGE
金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決めるCopom(通貨政策委員会)が10月19日と20日に開催され、今回もSelicを10.75%で据え置くことを全会一致で決定した。直近の物価に上昇の兆候が見られたものの、為替市場でレアル高傾向が強まっていることや、世界的な景気回復の足取りが不安定なこともあり、多くの市場関係者が予想していた通り、Selicは2回連続で据え置かれることとなった。なお、12月7日と8日に開催される次回のCopomが、今年最後のSelicを決定する会議となる。

為替市場:

10月のドル・レアル為替相場は月の前半、世界的なドル安傾向が強まる中、先月からのドル安レアル高の流れを引き継ぎ、レアルが年初来最高値を更新しながら上昇した。これに対し政府は、外国人投資家に対するIOF(金融取引税)の税率を2%から4%へ引き上げるとともに、Mantega大蔵大臣による更なる為替対策への言及やドル安を誘導する米国への非難などの口先介入を行った。しかし、世界の景気が回復傾向にあると見る一部投資家のリスク・テイク意欲は高く、レアルが買われる一方ドルはさらに下落し、13日にはUS$=R$1.6546(買値)と2008年9月1日ぶりとなるUS$1=R$1.65台を記録した。このような過度なレアル高への対策として政府は、外国人投資家に対するIOFに関して、スポット取引の税率を4%から6%へさらに引き上げるとともに、先物取引の税率も0.38%から6%へと引き上げる措置を講じた。このような政府の新たな為替対策に加え、中国が約3年ぶりに金利を引き上げたこともあり、レアル高に一応の歯止めがかかりドルが上昇に転じた。ドル・レアル相場は月の後半にUS$1=R$1.7台を回復し、月末に再びややドル安となったもののUS$=1.7006(買値)で10月の取引を終えた(グラフ2)。

グラフ2 レアルの対ドル為替相場の推移:2010年

グラフ2 レアルの対ドル為替相場の推移:2010年
(出所)ブラジル中央銀行

世界の主要各国が“通貨戦争”と呼ばれる自国通貨安競争を繰り広げる中、22日と23日に韓国で開催されたG20では、IMFの出資比率に関する見直しが協議された。その結果、IMFの体制を議決権の上位10カ国中6カ国が先進国、残り4カ国がBRICsと呼ばれる新興諸国が占めるものへと変革し、ブラジルの順位を14位から10位へと引き上げるとの合意がなされたとされる。Mantega大蔵大臣は急激に進行するレアル高への対応を理由に今回のG20を欠席したが、G20開催直前に為替対策を新たに講じたこともあり、同会議においてブラジルのプレゼンスは高まったといえよう。

株式市場:

10月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、9月末に大規模増資を実施したPetrobrás株が下落したため値を下げる場面も見られたが、ブラジルの主要産品である砂糖や大豆の国際価格が上昇したことや、米国の株価が好調に推移したことなどから、月の前半は概ね値を上げる展開となり、15日には今年の最高値となる71,836pを記録した。しかし、中国の利上げにより世界経済の先行き不透明感が高まったことや、ブラジル政府の為替対策により外国人投資家の資金が株式市場から引き上げられたことなどから、月の後半になると株価は下落へと転じ、22日には69,530pまで値を下げた。その後は、発表された9月の失業率が過去最低の6.2%、実質平均賃金が過去最高のR$1,499を記録したことや(両者とも現行の算出方法による6大都市圏のもの)、カントリー・リスクが低下したこともあり株価は月末に向け再び上昇し、前月末比で1.79%のプラスとなる70,673pで10月の取引を終了した。

政治
大統領選挙:

10月31日、大統領選挙の決選投票が行われ、与党PT(労働者党)のDilma候補が有効投票数の56.05%を獲得し、43.95%に止まった野党PSDB(ブラジル社会民主党)のSerra候補を破り、来年1月1日にブラジル初の女性大統領になることが決定した。10月3日に行われた1回目の投票前後に、汚職疑惑や人工中絶問題をめぐりDilma候補の支持率が一時的に低下し、最終結果は決選投票に持ち越されることとなった。しかしその後は、Lula大統領の後継者や現政権の候補者である強みをもとに、Dilma候補は世論調査において再び支持率を徐々に回復し、最終的には事前予想通りに勝利を収めることとなった(グラフ3)。Dilma当選を伝えるEstado de São Paulo紙が、「Lulaの勝利(A vitória de Lula)」との大きな見出しで選挙結果を伝えたように、今回のDilma勝利の最大の要因が「Lula大統領の後継者」だったことは誰の目にも明らかであったといえる。

Dilma次期大統領は当選確定後の会見で「全ての人々のための統治(governar para todos)」を約束し、野党との対話や報道の自由を尊重すると強調した。またDilmaは、新政権が基本的に現政権の経済や社会政策の路線を継承することに加え、Lula大統領には大統領職を辞した後も助言を求めていくと述べ、LulaがDilma政権下でも政治的に重要な役割を担うことになるとの見解を表明した。

グラフ3 決選投票に関する大統領選投票動向の世論調査:9月以降

グラフ3 決選投票に関する大統領選投票動向の世論調査:9月以降
(出所)IBOPE

また、同時に行われた州知事選の決戦投票では、野党陣営のPSDBが8知事を選出したが、同党と協力関係にあるDEM(民主党)は2知事の当選に止まり、前回選挙より2つ知事数を減らす結果となった。DEMは上下院議員選挙でも議席数を減らしたため、PSDBへの統合もささやかれており、伝統的な保守政党で中道右派のDEMの減退は、ブラジルの政治勢力図や国民の政治意識の変化を象徴しているといえる。一方の与党陣営は、PTが知事数を前回選挙の3から5へと増やしたものの、連立を組むPMDB(ブラジル民主運動党)とPSB(ブラジル社会党)もそれぞれ5と6の州で知事を獲得しており、これら有力連立与党との利害調整がDilma次期大統領にとって政権運営の課題の一つになるといえよう(グラフ4)。

グラフ4 州知事選挙の結果
州・連邦区 2006年時 選挙後
Acre PT PT
Alagoas PSB PSDB
Amazonas PPS PMN
Amapá PDT PSB
Bahia PFL PT
Ceará PSDB PSB
Distrito Federal PMDB PT
Espírito Santo PSB PSB
Goiás PSDB PSDB
Maranhão PFL PMDB
Minas Gerais PSDB PSDB
Mato Grasso do Sul PT PMDB
Mato Grosso PPS PMDB
Pará PSDB PSDB
Paraíba PSDB PSB
Pernambuco PMDB PSB
Piauí PT PSB
Paraná PMDB PSDB
Rio de Janeiro PSB PMDB
Rio Grande do Norte PSB DEM
Rondônia PSDB PMDB
Roraima PSL PSDB
Rio Grande do Sul PMDB PT
Santa Catarina PMDB DEM
Sergipe PFL PT
São Paulo PSDB PSDB
Tocantins PFL PSDB
政党 2006年時 選挙後
PSDB 7 8
PMDB 5 5
DEM(PFL) 4 2
PSB 4 6
PT 3 5
PPS 2 0
PDT 1 0
PSL 1 0
PMN 0 1
合計 27 27

(出所)選挙最高裁判所
(注)今回の選挙での協力関係により色分け(黄色は与党陣営、緑は野党陣営)

社会
Sem Teto & Terra:

大統領選挙の決選投票が行われた31日前後、“sem-teto(屋根なし)”と総称され、都市部の住宅問題改善を要求する社会運動団体が、サンパウロやリオデジャネイロにおいて放棄状態にある建物などへの集団占拠を実施した。これらの社会運動団体は、低所得者向けの住宅供給や居住環境の改善などを求めており、自らの抗議行動をより明示化し政府への圧力を高めるため、選挙投票日前後に占拠行動を起こしたものと考えられる。

ブラジルでは今後、サッカーのW杯やオリンピックが都市部で開催されるため、住宅を含めた都市のインフラ整備が急務となっている。政府は経済政策の第2段であるPAC2(本年3月レポート経済欄参照)に、「マイホーム・マイライフ」という低所得者向け住宅支援策を含めるなど、国民の居住環境改善に力を入れている。しかしながら、国の威信をかけたこれらイベントの開催地となる都市部の状況は、ファヴェーラと呼ばれる劣悪な環境の住宅群、そこを中心になかなか改善しない治安、災害に対して脆弱な都市生活インフラなど、問題は山積しているのが現状だといえよう。

また、都市部だけでなく農村部にも目を向ければ、「土地なし農民運動」として知られるMST(Movimentos dos Trabalhadores Sem Terra)の問題も、依然ブラジルが取り組まなければならない課題として存在する。MSTは今回の大統領選では目立った行動を起こさなかったが、MSTの暴力的な抗議行動をDilma候補が批判したり、PTとMSTのつながりをSerra候補が強調したりするなど、選挙戦における争点の一つともなった。MSTのリーダーも、Dilma候補が当選した場合は農地占拠を増加させ、Serra候補が当選した場合は暴力的な抗議行動を活発化させると述べている(Estado de São Paulo, 10 de julho)。

Dilma次期大統領は当選後、MSTを治安問題(caso de polícia)としては扱わないと述べる一方、公共の建物や生産財の不法な占拠には賛同しないとの見解を表明した。「全ての人々のための統治」を目指すと宣言したDilma新大統領が、来年発足する自身の政権において“sem teto”や“sem terra”の問題にどう対処していくのか注目される。