月間ブラジル・レポート(2010年11月):見えてきた新しいブラジルの姿

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

11月の貿易収支は、輸出額がUS$176.88億(前月比▲3.8%、前年同月比+39.8%)、輸入額がUS$173.76億(同+5.1%、同+44.3%)で、輸出と輸入の金額差が僅かだったため、貿易黒字額はUS$3.12億(同▲83.2%、同▲48.9%)となり、赤字を記録した1月(US$▲1.77)を除き、黒字額としては今年の最少額を記録した。この結果年初からの累計は、輸出額がUS$1,809.97億(前年同期比+30.7%)、輸入額がUS$1,660.64億(同+43.9%)で、貿易黒字額はUS$149.33億(同▲35.4%)となった。

輸出に関しては、一次産品がUS$74.33億(1日平均額の前月比▲9.5%)、半製品がUS$29.71億(同+10.4%)、完成品がUS$69.83億(同▲2.8%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$22.81億、同▲15.1%)、2位がアルゼンチン(US$17.69億、同+7.0%)、3位が米国(US$15.45億、同+7.7%)、4位がオランダ(US$9.15億)、5位が日本(US$6.99億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では銅石(+365.0%、US$1.46億)や大豆油(+231.7%、US$1.21億)、減少率では燃料油(▲29.7%、US$1.57億)や受送信機器(▲29.3%、US$1.34億)の増減幅が顕著であった。また輸出額では、鉄鉱石(US$27.04億、同+176.2%)、原油(US$13.33億、同+30.9%)、粗糖(US$12.02億、同+61.2%)がUS$10億を超える取引額を計上した。
一方の輸入は、資本財がUS$38.55億(1日平均額の前月比+8.2%)、原料・中間財がUS$78.97億(同+2.0%)、非耐久消費財がUS$12.05億(同+2.1%)、耐久消費財がUS$18.90億(同+4.6%)、原油・燃料がUS$25.29億(同+13.1%)であった。主要輸入元は、1位が中国(US$26.45億、同+3.3%)、2位が米国(US$25.78億、同+2.5%)、3位がアルゼンチン(US$13.18億、同+12.2%)、4位がドイツ(US$12.09億)、5位が日本(US$7.67億)であった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では輸送関連機器(+118.3%、US$5.45億)やその他の耐久消費財(+93.9%、US$1.23億)が顕著で、減少率では飲料・タバコ(同▲3.9%、US$0.55億)が主要品目の中で唯一マイナスを記録した。さらに輸入額では、化学薬品(US$20.92億、同+29.8%)や鉱物品(US$15.67億、同+18.6%)などの5品目が、今月もUS$10億を超える取引額を計上した。また、為替相場のレアル安や国内の旺盛な需要の影響を受け、自動車(US$9.02億、同+13.7%)の輸入額も大きかった。

物価:

発表された10月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.75%(前月比+0.30%p、前年同月比+0.47%p)で、先月9月に上昇へと転じた傾向をより鮮明化するものとなった。食料品価格が1.89%(同+0.81%p、+1.98%p)と、世界的に食料危機が叫ばれた2008年に次ぐレベルにまで達したことに加え、非食料品価格も0.41%(同+0.14%p、+0.02%p)と前月よりさらに上昇した。この結果、年初来の累計は4.38%(前年同期比+0.88%p)、また過去12カ月の累計は5.20%(9月:4.70%)となり、政府の目標値4.5%(±2%p)の上限6.5%により近づいた。
食料品に関しては、ニンジン(▲6.46%)やコメ(▲1.14%)のように値を下げたものもあったが、主要食品のフェイジョン豆が全般で23.48%も高騰したことに加え、消費量の多い牛肉(9月:5.09%→10月:3.48%)の値段の高止まり、クリスタル糖(同5.66%→14.60%)やジャガイモ(同▲9.92%→13.65%)が10%台の値上がりを記録するなど、多くの品目で価格が上昇した。また非食料品では、エタノール(7.41%)やガソリン(1.13%)が値上がりした交通運輸分野(同0.13%→0.36%)、家庭内労働者の賃金(1.21%)上昇の影響を受けた人件費分野(同0.34%→0.64%)、上昇幅が最も大きかった衣料品分野(同0.45%→0.89%)などでの物価上昇が顕著であった。

金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は、11月は開催されず。次回12月7日と8日に開催されるCopomにおいて、今年最後のSelicが決定される。

為替市場:

11月のドル・レアル為替相場は、前月に引き上げられたIOF(金融取引税)の効果もあり、月初はドル安レアル高で始まった。しかし、米国が6,000億ドルに上る追加金融緩和策を決定したことから、新興国への資金流入が増すとの見方が強まりドルが急落。5日にはUS$=R$1.6793(買値)までドル安レアル高が進行した。ブラジルは中国などとともに韓国で開催されたG20サミットにおいて、余剰資金がより多く流入する新興国にとって今回の米国の追加金融緩和政策は通貨高や投機的な動きを強めるとして、同政策を批判するとともに、更なる為替介入や流入資金への課税の可能性について言及を行った。政府による追加為替対策への警戒感が強まる中、欧州諸国の財政問題の再燃や拡散に対する懸念からユーロ安ドル高が進んだことや、朝鮮半島における軍事衝突の勃発により“有事のドル買い”が行われたこともあり、ドルは対レアルでも上昇。23日にはUS$=1.7336(売値)までドル高レアル安が進んだ。そして月の後半は狭いレンジでもみ合う展開となり、月末はUS$=1.7153(買値)で11月の取引を終えた。

株式市場:

11月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月の前半、ブラジルが新車販売台数で世界第4位の市場になる見通しだとの国内の好況さを伝えるニュースや、中国の好調な経済指標の発表やそれとの関連でコモディティ商品の国際価格が上昇したこと、更に米国の追加金融緩和策の決定により世界的に株価が上昇したことなどから、輸出企業を中心とした株が買われて急騰。株価は8日には今年の最高値となる72,657pを記録し、ほぼ2008年のリーマン・ショック前のレベルにまで回復した。しかしそれ以降は、コモディティ商品の国際価格の下落、欧州における信用不安の高まり、北朝鮮による韓国への爆撃、FRB(連邦準備制度理事会)による米国景気予測の下方修正、中国の利上げ観測の高まりなどを受けて続落。月末は前月末比▲4.20%のマイナスとなる67,705pで11月の取引を終了した(グラフ)。

なお、11月29日に予定されていたブラジルの高速鉄道の入札締切りは、応札したのが韓国企業グループのみだったため、来年4月11日(開札は4月29日)まで延期されることになった。また政府は、今年の12月末で終了予定だった建築資材に対するIPI(工業製品税)の減税を来年の年末まで1年間延長すると発表した。

グラフ 株式相場(Bovespa指数)の推移:2008年5月以降

グラフ 株式相場(Bovespa指数)の推移:2008年5月以降
(出所)サンパウロ株式市場
政治

見えてきたDilma次期政権:

先月末の決選投票で与党PT(労働者党)のDilma候補が当選し、来年1月からDilma政権が誕生することになった。当選後Dilma次期大統領は、経済運営における変動為替相場制、インフレ目標、財政目標という3つの柱の堅持や、2007年末に廃止が決まったCPMF(金融取引暫定負担金:2007年12月レポート参照)を含む税制改革の実施、社会政策に関しては条件付現金給付のBolsa Famíliaの維持や拡張、農地改革の推進や最低賃金の調整などについて見解を表明した。

またDilma次期大統領は、2011年の財政目標(プライマリー・サープラスのGDP比)を現在の3.3%から3%へと引き下げる一方、2014年までに実質金利を現在の5%強から2%へと低下させることを試みると述べた。開発主義者(desenvolvimentista)とされるDilmaは、政府主導での開発を推進すると見られているが、財政目標と金利の双方の引き下げは矛盾した試みだともいえる。なぜなら、公的支出の増加は景気の押し上げも可能にするが、消費刺激による物価上昇を招きかねず、市場での金利引き上げ圧力が強まることにもなるからである。したがって、Dilma政権下ではインフレ抑制と経済成長の実現のかじを取る中銀の役割がより複雑になると考えられる。

Dilma次期政権の経済閣僚としては、同じく開発主義者であるMantega(PT)大蔵大臣の留任がまず決定した。そして、現在のMeirelles総裁が金利によるインフレ抑制重視派のため、次期中銀総裁の人選に注目が集まったが、Tombini中銀理事に交替することが決定した。Tombini理事はCardoso政権下で金融政策に関する要職に就き、現在のインフレ目標設定にも関わった人物で、Meirelles総裁とスタンス的に大きく変わらないと見られているため、予想外の選任ではあったが市場には安心感が広がった。また予算企画大臣には、Lula大統領の特別顧問やPAC(成長加速プログラム)のコーディネーターを務めるMiriam(PT)が就任することになった。さらにBNDES(社会経済開発銀行)の総裁はCoutinho、Petrobrás(ブラジル石油公社)の総裁はGabrielliがそれぞれ留任することになった。以前DilmaとGabrielli総裁は意見が合わず衝突したこともあったが、政権1年目はガス油田のロイヤルティー問題を解決する必要があるため、少なくとも1年間はPetrobrásの総裁を変えるべきではないとするLula大統領の助言に、Dilmaが従ったものとされる。

Dilma次期政権の主要経済閣僚であるMantega、Tombini、Miriamは初の共同会見を開き、2011年の財政目標を3.3%とすること、2014年までに公的債務のGDP比を41%から30%へ引き下げること、2011年の最低賃金をR$540で調整すること、公務員給与の過度な引き上げを回避することなど、経済に関する次期政権の方針や意向を表明した。その中で、「より多くのことをより少ないお金で行う必要がある」とのMiriamの発言は、財政規律を遵守する必要性を公言したものであり、公的支出の増加を視野に入れているDilma次期大統領との兼ね合いにおいて、注目に値するといえよう。

外交に関しては、Amorim外務大臣の代わりに外務省の外交専門家が就任する可能性が高いとされる。ただし、Lula大統領の外交特別顧問を務めたAurélio Garcia(PT)が同職に留任することが決まったため、ベネズエラなどの周辺諸国との関係をはじめ基本的には今までの路線が踏襲される見通しが高いとされる。また大統領の右腕である官房長官には、Palocci下院議員の就任が決定した。Palocci議員は第1次Lula政権で大蔵大臣を務めたが、PTの一連の汚職事件で失脚したため、表舞台に出る機会の多い官房長官への就任打診を一度は断ったが、Lula大統領とDilmaの強い説得により最終的に受諾することとなった。この他の閣僚については、最近発覚した大学入試漏えい問題にも関わらず、教育大臣はLula大統領が強く推したHaddad(PT)が、防衛大臣もLula大統領の意向に沿ってNelson Jobim(PMDB:ブラジル民主運動党)が、それぞれ留任することになった。さらにBernardo(PT)予算企画大臣が通信大臣、Lula大統領の顧問であるCarvalho(PT)が大統領府事務総長へ就任することが決定している。

このようにDilma次期政権の主要閣僚が次々と決定し、それぞれの方針表明などから、来年スタートする新しいブラジルの姿が徐々に見え始めてきた。しかし、Dilma次期政権の閣僚人選においてLula大統領の影響が大き過ぎるとの不満の声が、連立与党のPMDBだけでなくPT内部からも上がっている。今後、これらの批判をどれだけ参考に組閣が行われるかが一つの争点であるが、最終的に見えてきた姿が「新しい?ブラジル」となる可能性も無きにしも非ずといえよう。

社会
ブラジル人口の姿:

10年毎に行われる人口センサスが今年実施され、2010年のブラジルの人口(居住者数)が190,732,694人になったとの結果が発表された。前回の調査時2000年の約1億7,000万人に比べ、現在の約1億9,000万人というブラジルの国内人口は12.3%増加したが、人口増加率はその前の1991~2000年(1990年には実施されず)の間の15.6%より低下している。また、人口の都市部比率は2000年の81%から84%へと上昇しており、都市化と農村部の過疎化という傾向がうかがえる一方、地方および州別の人口の増加率と分布を見ると、今まで人口の少なかった北部や中西部へ人口がより多く移動していることがわかる()。このように、以前からの傾向である都市化の進展に加え、近年における人口の増加率鈍化や新たな地域への流入などが、人口に関する新しいブラジルの姿であるといえよう。

なお、ブラジルの人口センサスの概要については、『アジ研ワールド・トレンド』2004年12月第111号掲載の拙稿「ブラジル—巨大な国の人々を把握する試み」を参照されたし。

表 2010年人口センサスの結果:全国、地方、州別人口の増加率と分布

2000年 2010年 人口
増加率
2010年
人口分布
ブラジル 169,799,170 190,732,694 12.3% -
北部  12,900,704 15,865,678 23.0% 8.3%
  Rondônia 1,379,787 1,560,501 13.1% 0.8%
  Acre 557,526 732,793 31.4% 0.4%
  Amazonas 2,812,557 3,480,937 23.8% 1.8%
  Roraima 324,397 451,227 39.1% 0.2%
  Pará 6,192,307 7,588,078 22.5% 4.0%
  Amapá 477,032 668,689 40.2% 0.4%
  Tocantins 1,157,098 1,383,453 19.6% 0.7%
北東部  47,741,711 53,078,137 11.2% 27.8%
  Maranhão 5,651,475 6,569,683 16.2% 3.4%
  Piauí 2,843,278 3,119,015 9.7% 1.6%
  Ceará 7,430,661 8,448,055 13.7% 4.4%
  Rio Grande do Norte 2,776,782 3,168,133 14.1% 1.7%
  Paraíba 3,443,825 3,766,834 9.4% 2.0%
  Pernambuco 7,918,344 8,796,032 11.1% 4.6%
  Alagoas 2,822,621 3,120,922 10.6% 1.6%
  Sergipe 1,784,475 2,068,031 15.9% 1.1%
  Bahia 13,070,250 14,021,432 7.3% 7.4%
南東部  72,412,411 80,353,724 11.0% 42.1%
  Minas Gerais 17,891,494 19,595,309 9.5% 10.3%
  Espírito Santo 3,097,232 3,512,672 13.4% 1.8%
  Rio de Janeiro 14,391,282 15,993,583 11.1% 8.4%
  São Paulo 37,032,403 41,252,160 11.4% 21.6%
南部  25,107,616 27,384,815 9.1% 14.4%
  Paraná 9,563,458 10,439,601 9.2% 5.5%
  Santa Catarina 5,356,360 6,249,682 16.7% 3.3%
  Rio Grande do Sul 10,187,798 10,695,532 5.0% 5.6%
中西部  11,636,728 14,050,340 20.7% 7.4%
  Mato Grosso do Sul 2,078,001 2,449,341 17.9% 1.3%
  Mato Grosso 2,504,353 3,033,991 21.1% 1.6%
  Goiás 5,003,228 6,004,045 20.0% 3.1%
  DF (Brasília) 2,051,146 2,562,963 25.0% 1.3%

(出所)IBGE

リオ麻薬犯罪組織の大掃討作戦:

リオデジャネイロ市(以下、リオ)で21日、麻薬犯罪組織による集団強盗やバス・車などの焼き討ちが発生した。このような組織的な犯罪行動は次の日以降も断続的に行われるとともに、麻薬犯罪組織と出動した警察部隊や特殊部隊の間で銃撃戦となり、リオでは日を追うごとに混乱の度合いが増していった。このような事態に対し連邦政府が介入に乗り出し、政府軍が戦車や装甲車などとともに出動したため、リオは貧困層が多く居住する北部を中心にまさに“市民戦争”状態と化した。治安問題が深刻なリオでも、ハイチの平和維持軍にも参加した政府軍、2万人以上の軍警察、その他大勢の警察部隊から成る、これ程までの大規模な麻薬犯罪組織の掃討作戦は非常に稀であり、最終的には政府連合軍が、麻薬犯罪組織の巣窟の一つとされるComplexo do Alemãoの制圧に成功した。この拠点制圧のみで40トンもの麻薬や多くの武器が押収され、約20人の麻薬犯罪組織メンバーが逮捕されたが、主犯格のリーダーを含め500人いたとされるメンバーの多くは逃走した。なお今回の掃討作戦による最終的な逮捕者数は120名以上、死者数は約50人に達し、子供や女性を含む一般人も犠牲になったとされる。

軍や警察隊は今後、RocinhaやVigidalなどの別のファヴェーラを拠点とする麻薬犯罪組織の掃討作戦に移行すると見られている。今後の治安対策に関してLula大統領は、麻薬犯罪組織と戦うべく期限を設定せずリオに軍隊を駐留させると述べた。またDilma次期大統領も、サッカーのW杯が開催される2014年までリオに軍隊を駐留させる予定であること、そして、今回と同様の措置を他の都市へも治安改善を目的に適用する意向であることを表明した。

今回の治安悪化は、リオ州政府が2008年末から取り組んでいるUPP(Unidade Pacificadora da Polícia)と呼ばれる新たな治安対策などに対し、麻薬犯罪組織側の不満や危機感が増幅していたことが要因と考えられる。このUPPとは、麻薬犯罪組織が活動する地区に警察部隊などの拠点を設置するもので、リオ市内において既に10箇所以上で実施されている。そして今回の政府軍による大掃討作戦が、W杯やオリンピックの開催を念頭に実施されたことは誰の目にも明らかであり、その目的や現時点での結果に関して、政府やマスコミ、一般市民からも好意的な意見が多く寄せられている。本レポートでも再三報告して来たように、ブラジルの治安問題は非常に改善が困難だといえるが、国の威信をかけたイベントを前にした政府の断固たる手段と決断に、治安に関する新しいブラジルの姿が見えてきたのでは、との希望を抱いた人も少なからずいるといえよう。