月間ブラジル・レポート(2010年7月):持続可能な成長の模索

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

7月の貿易収支は、輸出額がUS$176.74億(前月比3.4%増、前年同月比25.0%増)、輸入額がUS$163.16億(同10.1%増、同45.3%増)で、輸入額の増加が輸出額のそれを上回ったため、貿易黒字額はUS$13.58億(同▲40.4%、同▲53.3%)と2カ月連続で減少した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,068.61億(前年同期比27.1%増)、輸入額がUS$976.24億(同45.1%増)で、輸出入とも取引額は増加したが輸入の増加がより大きいという、最近の傾向に変化はなく、貿易黒字額はUS$92.37億(同▲45.1%)と今月も前年同期比でマイナスのままとなった。

輸出に関しては、一次産品がUS$79.55億(1日平均額の前月比▲0.5%)、半製品がUS$25.70億(同▲3.4%)、完成品がUS$68.31億(同▲0.2%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$32.58億、同10.2%増)、2位がアルゼンチン(US$16.18億、同3.3%増)、3位が米国(US$15.81億、同▲11.2%)、4位がドイツ(US$7.58億)、5位がオランダ(US$7.45億)であった。1位の中国への輸出額は2位のアルゼンチンの2倍強もあり、ブラジルの輸出が中国に大きく依存していることを表している。また、景気回復が不安視されている米国が順位を3位へと下げている。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では半加工金(345.9%増、US$2.09億)、鉄鉱石(151.4%増、US$28.40億)、貨物輸送機(145.4%増、US$1.69億)が100%を超える伸びを記録し、減少率では原油(▲41.8%、US$7.12億)や燃料油(▲30.1%、US$1.86億)のマイナス幅が顕著であった。さらに輸出額では、前述の大幅増の鉄鉱石と大豆(US$14.96億、同6.5%増)、および今回減少幅が大きかった原油の3大一次産品、粗糖(US$8.41億、同68.1%増)などの取引額が大きかった。

一方の輸入は、資本財がUS$37.54億(1日平均額の前月比6.7%増)、原料・中間財がUS$75.56億(同7.2%増)、非耐久消費財がUS$10.03億(同▲3.1%)、耐久消費財がUS$15.48億(同▲2.6%)、原油・燃料がUS$24.55億(同5.1%増)となった。主要輸入元は、1位が米国(US$25.49億、同9.4%増)、2位が中国(US$23.70億、同13.1%増)、3位がアルゼンチン(US$12.47億、同▲9.9%)、4位がドイツ(US$11.35億)、5位がナイジェリア(US$7.54億)であった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では家庭用機器(174.9%増、US$3.86億)、家具・装備品(153.3%増、US$0.83億)、輸送関連機器(101.4%増、US$4.48億)が100%を上回る伸びを記録した。一方の減少率に関しては、発表された主要品目リストの中でマイナスを記録したものはなく、輸入の好調さを表すかたちとなった。また輸入額では、化学薬品(US$20.02億、同34.1%増)、鉱物品(US$15.18億、同91.1%増)、工業機械(US$12.23億、同63.0%増)を含む5品目がUS$10億を超える取引額を計上した。

最近のブラジルの貿易収支は、緩やかながらも世界的に景気が回復していることから、取引額は増加傾向にある。しかし、政府の方針でもあるレアル高の長期化による輸入の増加と貿易黒字の縮小、それに影響された経常収支の悪化(6月の経常収支は1995年以降の統計で赤字額が2番目となるUS$51.80億を記録)、輸出に占めるコモディティ関連品割合の増加、それと関連した中国への依存の高まりなどが、懸念材料として顕在化してきている。ブラジルは世界各国の現在および将来にとって、数少ない多様な資源の供給国として期待され、それが同国の強みでもあるのだが、今後の経済成長をより持続可能なものにするには、いくつかの問題を改善する必要があるといえよう。

物価:

発表された6月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.00%(前月比▲0.43%p、前年同月比▲0.36%p)で、デフレを記録した2006年6月(▲0.21%)以来の低い数値となった。食料品価格が▲0.90%(同▲1.18%p、▲1.60%p)と1998年7月に次ぐ大幅な下落率を記録したことが影響し、非食料品価格も0.27%(同▲0.21%p、0.01%p増)と落ち着いたものとなった(グラフ1)。この結果、年初来の累計(上半期)は3.09%(前年同期比0.52%p増)と前月までと変わらぬ数値となった。

食料品に関しては、外食価格(5月:1.15%→6月:0.80%)が前月に引き続き若干上昇したものの、ジャガイモ(同8.06%→▲23.97%)、ニンジン(同▲4.90%→▲13.06%)、砂糖(クリスタル糖:同▲7.66%→▲10.09%、精糖:同▲3.29%→▲9.78%)など、多くの品目でデフレとなったことが全体としての価格下落をもたらした。また非食料品では、航空運賃(同▲0.90%→12.57%)が大幅に上昇したが、エタノール(同▲5.77%→▲5.41%)、ガソリン(同0.01%→▲0.76%)、自動車(新車:同0.76%→▲0.37%、中古車:同0.02%→▲1.21%)の価格が下落したため、運輸・交通部門(同0.09%→▲0.21%)はマイナスを記録した。他の部門では、価格調整のためタバコが3.70%値上がりしたものの、多くの品目で価格は緩やかな上昇にとどまった。

グラフ1 IPCA(食料品・非食料品)の推移:2008年以降

グラフ1 IPCA(食料品・非食料品)の推移:2008年以降
(出所)IBGE
金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は22日、Selicを10.25%から10.75%へ0.50%p引き上げることを全会一致で決定した。Selicの引き上げは前回の6月に続き3回連続だが、引上げ幅は前回の0.75%pより小幅なものとなった(グラフ2)。市場関係者の予測は、少し前まで0.75%pが大半であったが、直前に発表されたIPCAなどの物価指数や生産指数などの経済指標が、過熱気味と見られていた景気の減速傾向を示すものだったため、Copom開催直前には前回よりも小幅な引き上げを予測する見方も強まっていた。今回Selicは引き上げられたが、その幅が小幅だったことや、今後さらに引き上げられても以前の予想より緩やかなペースになるとの見方と期待が強まり、市場では好感を持って受け止められ株価の上昇要因にもなった。

今回の決定に対しては評価が分かれ、引き上げ幅を0.75%pにすべきだったとの意見も多く見られた。しかし景気状況に関しては、8月に入り発表された6月の工業生産指数を見ると、サッカーのワールドカップによる操業時間の短縮という特殊要因があったものの、過熱気味だった景気に減速傾向の兆しがあることがわかる(グラフ3)。最近のブラジルは景気のピークとして中国並みの経済成長を記録したが、今後の国際的な大イベントも視野に入れた上で、現在は自らの身丈相応でより持続可能な成長が模索されているといえよう。

グラフ2 Selicの推移:2005年以降

グラフ2 Selicの推移:2005年以降
(出所)中央銀行

グラフ3 工業生産指数の推移:2008年以降

グラフ3 工業生産指数の推移:2008年以降
(出所)IBGE
為替市場:

7月のドル・レアル為替相場は、EU諸国の財政問題がひとまず沈静化したこともあり、US$=R$1.80~1.75内での変動幅の小さい取引となった。月初の1日に月内ドル最高値のUS$=R$1.8006(売値)を記録した後、欧州をはじめとする世界経済に対する懸念が後退したこともあり、リスクテイクの動きが強まりレアルが買われ、13日にはUS$=R$1.7517(買値)までレアル高が進行した。その後は主に米国経済に関して、米連邦準備制度理事会(FRB)による見通しの下方修正などから景気回復が遅れるとの不安感が高まる一方、予想を上回る指標も発表されるなど、方向性の見極めが難しい状況の影響を受ける場面も見られた。しかし、全体的には小幅な値動きとなり、月末はUS$=1.7564(買値)で7月の取引を終えた。

株式市場:

7月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、海外の不安定要素が減少したこともあり、月を通してほぼ右肩上がりで上昇し、前月末比で昨年5月(12.49%)以来となる10.80%の高い上昇率を記録した。Bovespa指数は5日に60,865pの月内最安値をつけた後、米国の景気に対する先行き不透明感の高まりから若干値を下げる場面も見られたが、特に後半は連日値を上げる展開となり、10日連続で続伸したまま月末に67,515pで7月の取引を終了した。

今回の株価上昇のポジティブな材料として、海外については最近のEU諸国の財政危機に関し、その対処として実施された金融機関への監査が好感され、今後の金融安定化を促すとの期待感が高まったことや、資源関連のコモディティの国際価格が上昇したことなどが挙げられる。また国内では、Selicの引き下げ幅が予想を下回ったことや、発表された失業率や実質所得により雇用状況の好調さが確認されたことなどが挙げられる(グラフ4)。これらは、景気過熱気味だったブラジル経済を持続可能な成長へ導こうとする姿勢が好感されたとも考えられよう。ただし最近政府は、選挙との関連もあり最低賃金や年金に関して労働者や受給者寄りの決断を下しており、今後の持続可能な成長にとって財政などが懸念材料化しつつあるともいえよう。

グラフ4 失業率と実質平均所得の推移:2007年以降

グラフ4 失業率と実質平均所得の推移:2007年以降
(出所)IBGE
(注)失業率(左軸:%)は6大都市圏の数値。
実質平均所得(右軸:R$)は6大都市圏における10歳以上の就業者が主要収入源から得た平均月額。
政治
大統領選挙動向:

先月の大統領選挙に関するレポートでは、6月20日の民間調査機関(IBOPE)による世論調査で、現政権与党のPT(労働者党)Dilma候補の支持率が、PSDB(ブラジル社会民主党)のSerra候補のそれを初めて上回る結果となった。しかし、その直後に実施された6月30日の調査では、両候補とも再び支持率が同率で並ぶこととなった。そしてさらに1ヵ月後の7月30日時点では、Dilma候補が再度Serra候補に5ポイントの差をつけリードするという結果となった(グラフ5)。

Dilma候補が支持率で一旦Serraを上回ったにも関わらず再度並ばれた理由としては、以前からくすぶっている案件が挙げられ、それはPT陣営がPSDB副党首の個人情報を不正に入手し、Dilma候補の選挙工作に使用したのではないかという疑惑である。これに加え、7月のはじめにDilma候補が提出した選挙公約に、マスメディアへの統制や高額資産への課税強化が含まれており、そのことが激しい批判や議論を引き起こしたことが考えられる。しかしその後の不手際な対応の影響も大きいと考えられ、それは提出した公約をDilma候補がすぐに取り下げて修正し新たな文書を提出したのだが、それでもいくつかの急進的な内容が含まれていたため、もう一度取り下げと修正を行い、再修正版を提出する事態になったことである。このことに関するPT陣営の説明は、Dilma候補は多忙のため選挙公約の内容を詳しく確認しないままサインをしたとのことであった。またさらに、政府の女性政策特別局が配布した「女性候補に投票を」という内容のパンフレットに、女性であるDilma候補の演説記事が掲載されていたことも問題視され、同パンフレットは急遽配布が中止されたことも、少なからぬインパクトがあったと考えられよう。PT陣営も、このような失態がDilma候補の上昇傾向にあった支持率の足を引っ張ったと認識したためか、“大きな政府”を目指すと見られていたDilma候補はその後、政府の合理化と民間部門の重要性を強調する発言を行っている。

一方の直近の調査で再び水を開けられたSerra陣営であるが、まず7月半ばにPSDB副大統領候補が「PTはFARC(コロンビア革命軍)および麻薬犯罪組織とつながりがある」との発言を行い、その後Serra候補が「PTはFARCとつながりがあるが、それは麻薬犯罪組織との結びつきを意味しない」と若干修正したものの同様の批判を展開し、これらの発言が倫理的に不適切だとの議論を呼んだことが、ネガティヴな要素になったと考えられる。7月はコロンビアとベネズエラの間で、FARCへの支援などに関する発言を切っ掛けに緊張が高まったが、そのことを利用し、Serra陣営がChavezと関係を維持しようとするPT陣営を批判し、反Chavezの保守層や無党派層を取り込む戦略に出たとの見方もされている。またSerra候補は以前から、ブラジルの麻薬問題に対するボリビアのMorales政権の責任問題、キューバ政府の人権問題、Lula政権の対イラン外交も批判するとともに、Mercosulに関しても自由貿易の観点からブラジルにとって障壁だと述べている。しかしこのような発言や姿勢は、一部で賛同を得られる半面、一部ではSerra候補が当選すると近隣諸国との関係が不安定化するとの危惧や反感を抱かせてしまう面もあり、直近の世論調査には後者の効果が表れてしまったと考えられよう。

8月には今回の大統領選挙戦で初となる、主要候補者によるテレビ討論会も開催予定であり、徐々に国民の意思も明確化して行くことであろう。しかし最近の世論調査結果を見る限り、現在ブラジル国民はまだ、どの候補者がブラジルおよび国民に持続可能な成長をもたらしてくれるのかを模索中だといえよう。

グラフ5 大統領選挙の投票動向に関する世論調査

グラフ5 大統領選挙の投票動向に関する世論調査
(出所)IBOPE
社会
不平等と大衆消費層の拡大:

国連開発計画(UNDP)が発表した不平等に関する報告書によると、ラテンアメリカ諸国の中で最も不平等なのがボリビアで、次いでハイチ、3番目がブラジルとの結果になった。同報告書では、世界の中でもラテンアメリカ地域は世代間の社会移動が低く、教育の就学率を例にすると、6~12歳の場合は96%に達するが、13~17歳では82%、18~23歳になると36%まで低下するとされる。また、2世代間で同じ教育レベルとなる割合が、米国の21%に対しブラジルは55%に達し、この数値はボリビアなどよりも劣るとされる。さらに、2世代間で同レベルの不平等を繰り返す割合が、カナダの19%に対しブラジルは58%に上るとされる。しかし、算出に使われたデータが2006年以前であると思われ、ブラジルの不平等是正は特に最近スピードが加速していることから、UNDPの報告書は現在の状況を反映してはいない、とする専門家の意見もある。

その一方で、ブラジルの民間調査機関Data Popularは、国内で大衆消費層が拡大しているとの調査結果を発表した。同調査によると、A~Eの5つに分類された所得階層が消費する金額に関して、所得が4番目のDクラス(月間世帯所得:R$511[>1最低賃金]~R$1,530)は消費額も今まで4番目であったが、今年2010年には上から2番目のBクラス(同:R$5,101[>10最低賃金]~R$10,200)を上回り、第2位に上昇するとされる。過去の調査結果を見ると、2002年の階層別消費額ランキングは、Aクラス(全体の30%)、C(28%)、B(21%)、D(15%)、E(6%)の順であったが、2007年には1位がC、2位がAへと入れ替わり、2010年はC(31%)、D(28%)、B(24%)、A(16%)、E(1%)になると予測されている。

国家としての規模の大きさや多様性、植民地遺制の影響などもあり、依然ブラジルは不平等性が高い国といえよう。しかし近年はその是正が進み、国内の大衆消費市場も着実に拡大している。様々な不安材料を抱えてはいるが、資源等の供給国という世界経済における優位性だけでなく、ラテンアメリカ地域内で最も大きい国内市場の拡大という事実は、今後ブラジルが持続可能な成長を遂げようとする上で一つの強みであるといえよう。