月間ブラジル・レポート(2010年8月):見えてきた未来と永遠の未来

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

8月の貿易収支は、輸出額がUS$192.36億(前月比8.8%増、前年同月比39.0%増)、輸入額がUS$167.96億(同2.9%増、同55.7%増)で、僅かながら輸出額の伸びが輸入額の伸びを上回った。そのため貿易黒字額は、前年同月比ではマイナスとなったが、US$24.40億(同70.8%増、同▲20.1%)と今年2番目に大きい額を記録した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,260.96億(前年同期比28.8%増)、輸入額がUS$1,144.23億(同46.6%増)で、貿易黒字額はUS$116.73億(同▲41.3%)となった。

輸出に関しては、一次産品がUS$91.82億(1日平均額の前月比15.4%増)、半製品がUS$24.76億(同▲3.7%)、完成品がUS$71.39億(同4.5%増)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$31.89億、同▲2.1%)、2位が米国(US$19.04億、同20.4%増)、3位がアルゼンチン(US$17.25億、同6.1%増)、4位がオランダ(US$8.97億)、5位がドイツ(US$8.53億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鉄鉱石(227.9%増、US$35.75億)、土木作業機器(140.2%増、US$1.48億)、貨物輸送機(120.1%増、US$1.58億)、精糖(100.5%増、US$4.69億)が100%を超える伸びを記録した。また減少率では、大豆粕(▲27.2%、US$3.45億)や半加工金属(▲20.9%、US$1.78億)のマイナス幅が顕著であった。さらに輸出額では、前述の大幅増の鉄鉱石に加え、原油(US$13.45億、同▲1.4%)、大豆(US$11.56億、同▲15.5%)の3大一次産品がUS$10億を超える取引額を計上したのをはじめ、コモディティ関連品目の輸出額が顕著であった。

一方の輸入は、資本財がUS$41.49億(1日平均額の前月比10.5%増)、原料・中間財がUS$75.89億(同0.7%増)、非耐久消費財がUS$11.03億(同7.6%増)、耐久消費財がUS$18.07億(同16.7%増)、原油・燃料がUS$21.48億(同▲12.5%)となった。主要輸入元は、1位が米国(US$25.97億、同▲1.6%)、2位が中国(US$23.50億、同▲0.8%)、3位がアルゼンチン(US$12.89億、同3.4%増)、4位がドイツ(US$12.29億)、5位が韓国(US$8.82億)であった。輸出額と同様に輸入額に関しても、僅かだが中国の取引量が前月比でマイナスになっている点が、同国の経済成長に依存しているブラジルとしては若干気になるといえよう。また、輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では家庭用機器(190.2%増、US$4.41億)、輸送関連機器(174.8%増、US$4.93億)、家具・装備品(130.7%増、US$0.83億)など5品目で100%を上回る伸びとなった。一方の減少率に関しては、農業関連その他原料(同▲11.6%、US$5.63億、)が主要品目の中で唯一マイナスを記録した。さらに輸入額では、化学薬品(US$20.99億、同36.5%増)、鉱物品(US$16.19億、同85.0%増)、工業機械(US$15.50億、同121.4%増)を含む5品目が、今月もUS$10億を超える取引額を計上した。

物価:

発表された7月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.01%(前月比0.01%p増、前年同月比▲0.23%p)で、前月の5月(0.00%)とほぼ変わらず落ち着いたものとなった。食料品価格が▲0.76%(同0.14%p増、▲0.70%p)と2ヵ月連続で大幅なデフレを記録し、非食料品価格も0.24%(同▲0.03%p、▲0.09%p)と前月より上昇率が低下した。この結果、年初来の累計は3.10%と前月までとほぼ変わらず、また前年同期比は6月の0.52%p増から0.29%p増へと縮小した。

食料品に関しては、果物(6月:▲2.26%→7月:1.13%)など値上がりした品目もあったが、トマト(同▲8.70%→▲23.90%)やジャガイモ(同▲23.97%→▲13.33%)など多くの品目でデフレを記録したため、全体の価格は2ヵ月連続でマイナスとなった。また非食料品では、電気料金が引き上げられた住宅分野(同0.40%→0.54%)や、バス運賃の値上げに加え航空運賃(同12.57%→9.15%)が高止まりした運輸・交通分野(同▲0.21%→0.08%)で上昇率が大きかった。しかし、決算セールのあった衣料品分野(同0.58%→▲0.04%)や教育分野(同0.03%→▲0.03%)がデフレとなったため、全体的な価格上昇が抑えられるかたちとなった。

金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)が8月31日と9月1日に開催され、Selicを10.75%で据え置くことを全会一致で決定した。Selicは過去3回連続で引き上げられてきたが、前回の引上げ幅は0.50%pでそれ以前の2回(0.75%p)より小幅なものとなっていた。今回のCopomの決定に関しては、物価が落ち着いて推移していることや、世界経済の景気減速懸念が強まってきたことに加え、直前に発表された国内の工業生産指数が前年同月比8.7%で4カ月連続の減少、過去3カ月マイナスだった前月比は0.4%とプラスに転じたが上昇率がごく僅かだったことなどから、市場関係者の予測も金利据え置きという見方が強まっていた。

なおCopomは今年あと2回、10月と12月に開催されるが、年末までにSelicは若干引き上げられるとの予測が多く見られる。しかし、先行きが不透明になってきた世界経済の状況次第では現状レベルが維持される可能性もあり、11%前後で越年するとの見方が強まっている。

為替市場:

8月のドル・レアル為替相場は、先月よりさらに値動きが小さく、基本的にUS$=R$1.75を若干上回るレベルでの推移となった。月初の2日に月内レアル最高値のUS$=R$1.7481(買値)で取引が開始され、12日に月内のレアル最安値US$=R$1.7731(売値)を記録した後は、このレンジ内でもみ合う展開となり、月末はUS$=1.7552(買値)で8月の取引を終えた。

このように為替相場が大きく動かなかった要因として、米国景気の先行きに対する不透明感が増したこと、成功すれば市場に大量の資金流入をもたらすPetrobrás(ブラジル石油公社)の増資(最高でR$1,500億とも言われる)が9月末に予定されていること、政策金利Selicの決定が9月1日であったこと、などが挙げられる。つまり、経済状況が不安定化しつつある米ドルだけでなく、若干ではあるがカントリー・リスクが上昇する中(グラフ1)、リスクテイクを要するレアルも積極的に買うような状況になく、そしてまた、今後のブラジルの景気動向を大きく左右する重要な案件が控えていたことから、その結果や方向性を見極めたいとする様子見の動きが強まったといえよう。

グラフ1 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2010年

グラフ1 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2010年
(出所)J.P.Morgan
株式市場:

8月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、米国の景気が再び後退するのではないかとの懸念から、世界各国の株価が大きく下落したのとともに値を下げる展開となり、前月末比で▲3.51%のマイナスを記録した。月初の2日に68,517pの月内最高値で取引が始まったが、発表された経済指標が米国の景気回復の遅れや中国の経済成長の鈍化などを予感させるものだったため、世界経済が再び収縮に向かうのではとの不安が高まり、世界およびブラジルの株価は急落した。その後Boverspa指数は、ブラジルの航空会社最大手のTAMとチリのLAMが合併すると発表し、南米で最大の航空会社が誕生する見通しになったことなどを好感し、一時上昇する場面も見られた。

しかしPetrobrásに関して、同社が最高収益を記録する一方で債務比率も上限近くにまで上昇したことや、株式公開による資金調達に懐疑的な見方も高まる中(当初7月の実施予定が9月末へ延期されたことや、Pré-Salガス油田の石油権益の価格算出が困難で決定できずにいる問題など)、機関投資家のソロス氏のファンドがPetrobrás株を売却したとの情報が流れたこともあり、同社の株価が大幅に売られ、その影響もありBovespa指数は軟調な推移となった。さらにまた月の後半には、不動産などに関する米国の経済指標が予想を大きく下回る結果になったことから、米国経済が二番底に陥るとの悲観的な見方が強まり、26日には月内最安値の63,867pまで値を下げた。その後、株価は月末向け若干値を戻し65,145pで8月の取引を終了した。

政治
見えてきた?未来の大統領:

10月最初の日曜日となる3日に行われる大統領選挙に関して、8月初旬までの世論調査結果では、政権与党PT(労働者党)のDilma候補と野党PSDB(ブラジル社会民主党)のSerra候補の間で、一進一退の攻防が続いていた。しかし、主要候補者によるテレビでの討論会や単独インタビューが行われた後、16日に発表された世論調査では、支持率でDilma候補が43%、Serra候補が32%と両者の差が広がる結果となった。さらに、17日からテレビやラジオで公的な選挙宣伝放送が開始された影響もあり、30日発表の世論調査でDilma候補の支持率が51%へ上昇したのに対し、Serra候補のそれは27%へと低下した(グラフ2)。この結果、リードを広げたDilma候補が、決選投票(どの候補も有効票の過半数を獲得できなかった場合、上位2名の間で3週間後に再度実施)なしの1回目の投票で勝利するというシナリオが、現実味を持って受け止められるようになってきた。

このテレビとラジオによる公的選挙宣伝放送は、憲法および選挙法で定められた義務かつ無料のもので、9月30日まで週3回、決められた時刻に一定時間放送される。ブラジルでは教育レベルとの関連もあり、活字媒体よりテレビやラジオの影響力が大きいため、この選挙宣伝放送は選挙の動向や結果を左右する重要な手段とされている。特に、放送中に行う主張などの内容もさることながら、放送時間がどれだけ長いか、つまり、より大衆や低所得の階層が好むテレビやラジオで露出度がどれだけ高いかがポイントとなってくる。そしてこの放送時間は、3分の1は各候補へ公平に割り当てられるが、残りの3分の2は所属政党および選挙協力関係にある政党の総議員数により決定される。

この点においてPTのDilma陣営は、今年の前半に汚職疑惑が取り沙汰されたが、議員数が最大で組織票も期待できるPMDB(ブラジル民主運動党)といち早く協力関係を締結している。またPMDBの他にも、連立与党のPSB(ブラジル社会党)へ働き掛け、同党の独自候補擁立の断念とDilma候補への一本化を実現している。このようにDilma陣営は、事前の周到ともいえる交渉や調整により、自らのPTも含め全部で10政党による協力体制を築き、Serra候補より46%も長い放送時間(1回の放送25分間中10分38秒)の獲得に成功した。

これに対しSerra陣営は、自らのPSDBも含め全部で6政党の協力態勢で選挙戦を戦っているが、最大の協力政党であるDEM(民主党)党首とSerra候補との確執が7月に表面化したことに加え、同じく協力関係にあるPDT(民主労働党)からは8月、選挙戦の方向性やあり方に関して批判を受ける事態となった。さらにまた、公式な選挙宣伝放送が始まった州知事選挙戦において、PSDB陣営の候補者さえSerra候補にほとんど言及しないという“Serra離れ”も進みつつある。これに対しSerra候補は、Dilma候補への中傷的な批判を強めたり、「“ポストLula”は自分である」と人気の高いLula大統領のイメージを利用したりするなど、戦略の転換を行っている。しかしこのような選挙戦略は、Dilma陣営に批判材料を与えるだけでなく、身内からも賛否両論の議論を引き起こす結果となった。

ただし、徐々にリードを広げているDilma候補の状況も順風満帆というわけではなく、Serra候補の娘も含むPSDB要員の個人情報を不正に入手した疑惑が継続して持ち上がっている。しかし、両陣営の運営調整や計画立案の能力などを比較した場合、ブラジルの未来を担う新大統領が見えてきた感が強まったといえよう。

グラフ2 大統領選挙の投票動向に関する世論調査:6月以降

グラフ2 大統領選挙の投票動向に関する世論調査:6月以降
(出所)IBOPE
社会
安全なブラジルは永遠の未来?:

リオデジャネイロ(以下、リオ)の南部地区で21日(土)の朝、ラテンアメリカ最大といわれるスラム街(ファヴェーラ)Rocinhaの犯罪組織と警察との間で銃撃戦が発生した。この銃撃戦で犯罪組織の関係者とされる女性1人が死亡したが、事態はそれだけにとどまらなかった。なぜなら犯罪組織の一部が、5つ星の高級ホテルとして知られるIntercontinental Hotelに侵入し、ホテルの宿泊客や従業員35人を人質にして籠城したからである。警察側の説得により2時間後には犯罪組織全員が投降し、事態は収束したが、同ホテルやその付近は一時パニック状態となった。同ホテルのあるSão Conrado地区は、高級リゾートや富裕層の住宅街であるが、銃撃戦の発生場所やRocinhaからほど近くに位置している。そのため、治安の悪さやそれへの対処はある意味“日常化”したことだともいえるが、今回のような事件は珍しいケースだといえよう。

リオの治安の悪さは世界的にも有名だが、リオの南部地区は富裕層が多く居住する高級リゾート地でもあり、北部地区などに比べ治安は比較的良い方である。しかし、すぐ近くの丘の急斜面にはRocinhaのようなスラム街が形成されており、社会の貧富や矛盾が可視的に隣り合わせで併存する空間ともなっている。このような南部地区や郊外にオリンピックの施設が多く建設される予定であり、またリオにはサッカーのW杯でも多くの観光客が来ると予測されることから、南部地区で発生した今回の事件はリオにとって(さらなる)イメージダウンをもたらしたといえよう。

また一方、ブラジル最大の都市で経済の中心であるサンパウロ大都市圏や州に関しても、近年徐々にではあるが改善傾向にあった治安問題が、ごく最近になり再び悪化に転じたとのデータが発表されている(グラフ3)。

今回のリオでの事件発生直後、大統領選挙戦で同地を訪れたSerra候補が治安省(Ministério da Segurança)の設立を主張するなど、治安問題が国全体として取り組まなければならない“長年にわたる喫緊の課題”であることは、多くの国民も認識しているといえる。ブラジルは、過去に政治・経済的な混乱などから“永遠に未来の大国”と揶揄された時期もあったが、近年はその“未来”がようやく到来したともいわれ、そして現在、国の威信をかけた世界的なイベント開催を前に、治安問題の根本的な改善に取り組む千載一遇の機会にあるといえよう。しかし現状を見る限り、「安全なブラジル」は依然として“永遠に来ない未来”だと言わざるを得ないであろう。

グラフ3 サンパウロ州の治安データの推移:2001年~2009年 (単位:件)

グラフ3 サンパウロ州の治安データの推移:2001年~2009年
(出所)SEADE
(注)殺人に関しては右軸、それ以外は左軸。