月間ブラジル・レポート(2010年12月):この国の歴史上かつてない!

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済

第3四半期GDP:

2010年第3四半期のGDPが発表され、前期比0.5%、前年同期比6.7%、年初累計比が8.4%、直近4四半期比が7.5%となった(グラフ1~3)。2009年後半から第2四半期までとは異なり、これらの数値は景気の減速を示すものであるが、それまでの経済が過度なペースで成長しており、最近になりようやくブラジル自身の身の丈に合った状態に落ち着いてきたといえる。来年は金利引き上げや緊縮財政が実施され、2011年以降のブラジルの経済成長率は年率5%前後になると見られているが、今年のGDPに限っては1985年の7.8%並みの7.5%~8%に達すると予測されている。なおGDPの見直しが行われ、2009年の経済成長率は▲0.2%から▲0.6%へと下方修正された。

第3四半期GDPの需要面を見ると、クレジット、雇用、賃金が増加したことから今回も家計支出(前期比1.6%、前年同期比5.9%)が好調で、28四半期連続でプラスを記録した。一方、総固定資本形成(同3.9%、同21.2%)は前年同期比で今期も大幅な成長率となったが、そのペースは今年の前半に比べ減速した。また、政府支出(同0.0%、同4.1%)も前期比ではゼロ成長となった。なお貿易に関しては、輸出(同2.4%、同11.3%)と輸入(同7.4%、同40.9%)となり、長引く為替相場のレアル高、国内消費市場の拡張や需要の高まりなどから、今期も輸入の伸びが顕著であった。一方の輸出も中国をはじめとする海外市場における景気回復により、第2四半期よりも高い伸びを記録した。

供給面では、今期も金融部門に牽引されサービス業(同1.0%、同4.9%)が好調で、前期比および前年同期比ともにプラスとなった。しかし、最近増加し続けている輸入品の流入により工業(同▲1.3%、同8.3%)が打撃を受け、前年同期比ではプラスとなったがその数値は今年に入り最も低いものに止まり、前期比ではマイナス成長を記録した。また、このような傾向は農牧業(同▲1.5%、同7.0%)にも現れている。したがって現在のブラジル経済の状況は、米国やヨーロッパなどの景気回復の足取りが依然不安定なこともあり、成長の牽引は最大の貿易相手国となった中国や国内の新たな中間層を含む消費市場が担っているが、国内には多くの輸入品が流入しており、それらが国内産業の成長にとって妨げになっているといえよう。

グラフ1 四半期GDPの推移

グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE

グラフ2  2010年第3四半期GDPの需給部門の概要

グラフ2  2010年第3四半期GDPの需給部門の概要
(出所)IBGE

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比
(出所)IBGE
貿易収支:

12月の貿易収支は、輸出額がUS$209.19億(前月比+18.3%、前年同月比+44.6%)、輸入額がUS$155.51億(同▲10.5%、同+26.5%)となった。輸出額の伸びが輸入額のそれを大きく上回ったため、貿易黒字額はUS$53.68億(同+1,626.0%、同+147.4%)に上り、史上2番目に大きい黒字額を計上した(グラフ4)。この結果2010年の貿易収支は、輸出額がUS$2,019.16億(同+32.0%)、輸入額がUS$1,816.38億(前年同期比+42.2%)で、貿易黒字額はUS$202.78億(同▲19.8%)となった。貿易黒字額はLula政権がスタートした2003年からの8年間で最少額となったが、Lula大統領が多用する「この国の歴史上かつてない!(nunca antes na história deste país)」というフレーズのように、2010年の貿易取引額は過去最高額(US$3,835.54億)を記録した。

12月の輸出に関しては、一次産品がUS$96.34億(1日平均額の前月比+12.7%)、半製品がUS$26.77億(同▲21.6%)、完成品がUS$81.37億(同+1.3%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$26.26億、同+0.1%)、2位が米国(US$23.28億、同+31.0%)、3位がアルゼンチン(US$20.67億、同+1.6%)、4位がオランダ(US$10.37億)、5位がドイツ(US$8.71億)であった。なお2010年累計では、1位が中国(US$307.86億、1日平均額の前年比+46.0%)、2位が米国(US$194.63億、同+23.2%)、3位がアルゼンチン(US$185.23億、同+44.3%)、4位がオランダ(US$102億)、5位がドイツ(US$82億)であった。

また、12月の輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鋳造鉄(+208.2%、US$1.61億)と鉄鉱石(+208.2%、US$35.40億)が200%を超える増加率を記録し、減少率では銅石(▲47.2%、US$1.15億)や燃料油(▲26.4%、US$2.12億)の減少幅が顕著であった。また輸出額では、前述の鉄鉱石と原油(US$28.16億、同+191.5%)がUS$30億前後の取引額を計上したことに加え、粗糖(US$8.27億、同+9.2%)や航空機(US$7.20億、同+28.6%)も好調であった。

一方の12月の輸入は、資本財がUS$37.65億(1日平均額の前月比▲15.1%)、原料・中間財がUS$71.99億(同▲20.5%)、非耐久消費財がUS$11.75億(同▲16.5%)、耐久消費財がUS$17.58億(同▲19.1%)、原油・燃料がUS$16.54億(同▲43.2%)であった。主要輸入元は、1位が米国(US$22.03億、同▲25.7%)、2位が中国(US$21.74億、同▲28.5%)、3位がアルゼンチン(US$13.37億、同▲11.8%)、4位がドイツ(US$11.65億)、5位が韓国(US$6.22億)であった。なお2010年累計では、1位が米国(US$272.48億、1日平均額の前年比+34.4%)、2位が中国(US$255.91億、同+60.2%)、3位がアルゼンチン(US$144.26億、同+27.4%)、4位がドイツ(US$126億)、5位が韓国(US$84億)であった。この結果、2009年に「この国の歴史上かつてない」最大の貿易相手国となった中国が、2010年もその地位(US$563.77億)を維持することとなった。

また、12月の輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では鉱物品(+62.4%、US$16.91億)や衣料・繊維品(+60.6%、US$1.11億)、減少率ではその他の非耐久消費財(同▲18.6%、US$1.20億)や燃料・潤滑油(同▲18.6%、US$16.54億)の増減幅が顕著であった。さらに輸入額では、前述の鉱物品や燃料・潤滑油に加え、化学薬品(US$19.89億、同+17.4%)や工業機械(US$14.00億、同+57.8%)、自動車(US$9.34億、同+30.0%)などの取引額が大きかった。

グラフ4 2010年の貿易収支の推移

グラフ4 2010年の貿易収支の推移
(出所)ブラジル商工開発省
物価:

発表された11月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.83%(前月比+0.08%p、前年同月比+0.42%p)で、今年最も高い物価上昇率を記録した。非食料品価格は前月と同じ0.41%(同+0.00%p、+0.05%p)だったが、食料品価格が世界的な食料危機により高騰した2008年末に次ぐ、2.22%(同+0.33%p、+1.64%p)にまで達したことが、物価全体を押し上げる要因となった。この結果、年初来の累計は5.25%(前年同期比+1.32%p)、また過去12カ月の累計は5.63%(10月:5.20%)となり、今年の物価が政府目標値4.5%(±2%p)の上限6.5%を超える可能性もあり得る状況となった。

食料品に関しては、価格上昇率が10%を超えた牛肉(10月:3.48%→10月:10.67%)をはじめ、干し肉(同3.26%→7.05%)や鶏肉(同5.08%→3.35%)など、消費量の多い肉類の値上がりが顕著だったことに加え、値上がり幅は縮小したもののクリスタル糖(同14.60%→8.57%)や一部フェイジョン豆(同20.30%→8.12%)の値段が高止まりするなど、多くの品目で価格が上昇した。また非食料品では、家電製品(同▲0.22%→▲0.92%)やAV機器(同▲1.50%→▲2.43%)の価格が下落した家財分野(同0.37%→▲0.12%)、および、値下がりした航空券(同3.69%→▲1.26%)や価格上昇が低かった燃料(同1.56%→0.95%)の影響を受けた交通運輸分野(同0.36%→0.13%)では、落ち着いた物価上昇となった。しかし他の分野では、前月に引き続き上昇幅の最も大きかった衣料品分野(同0.89%→1.25%)をはじめ、前月を上回る物価上昇となった。

金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決めるCopom(通貨政策委員会)は8日、Selicを10.75%で据え置くことを全会一致で決定した。物価が上昇傾向にある中、今回でSelicの据え置きは3回連続となったが、その背景には、金利を変更するにはもう少し状況を見極めたいとする意見が強かったことや、インフレ抑制効果も視野に入れ中銀が6日から預金準備率を引き上げていたことなどが考えられる。ただし市場関係者の間では、次回1月のCopomでSelicが引上げられるとの見方が多くなされている。

為替市場:

12月のドル・レアル為替相場は月の前半、ヨーロッパの信用不安の後退でユーロ安が一服し、ドルが対レアルでも弱含んだことから7日にUS$=1.6731(買値)までドル安レアル高が進行した。しかし、中銀の介入や前月に引き上げられたIOF(金融取引税)の効果に加え、Moody’sによるアイルランドの格下げなどでユーロが再び下落するとドルが買われ、US$=1.7を挟んだ値動きとなった。その後クリスマス休暇で取引が閑散となる中、25日の中国の利上げにも関わらずドル・レアル為替相場ではドル安レアル高が進み、月末は今年10月半ばに次ぐドル安レベルのUS$=1.6654(買値)で今年の取引を終えた。なおこの終値は前年末と比べ▲4.3%のドル下落であり、為替相場はレアルが変動為替相場に移行後「この国の歴史上かつてない」ドル安レアル高レベルで越年することとなった(グラフ5)。

グラフ5 2010年のレアルの対ドル為替相場の推移

グラフ5 2010年のレアルの対ドル為替相場の推移
(出所)中央銀行

株式市場:

12月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月の前半、中国や欧米に関するポジティブな経済指数やニュースの影響から値を上げて始まったが、月の半ばは対外的には中国の利上げやヨーロッパでの信用不安の再燃などによる世界経済の回復の遅れに対する懸念、国内的には物価の上昇傾向や次期政権が消費抑制策を取るとの観測など、国内外の先行き不透明感から68,000p前後での一進一退の展開となった。しかし月の後半は、25日の中国の利上げ実施を受けて下落する場面も見られたが、原油やコーヒーなどのコモディティ商品の国際価格が上昇したこともあり、Bovespa指数の牽引車であるPetrobrásやValeをはじめとする資源関連株が買われ、月末には前月末比2.36%のプラスとなる69,305pまで上昇し今年の取引を終了した。なお2010年末の株価は、前年末比で1.05%と僅かであるが上昇を記録した(グラフ6)。

グラフ6 2010年の株式相場(Bovespa指数)の推移

グラフ6 2010年の株式相場(Bovespa指数)の推移
(出所)サンパウロ株式市場
政治
Lula政権:

Lula大統領は12月31日で2期8年間の任期を終え、2011年1月1日に自らの後継者であるDilma新大統領に政権のバトンタッチをすることになった。Lula大統領の人気の高さは有名であるが、12月に行われた最後の世論調査(IBOPE)でも、政権の終わりを87%という「この国の歴史上かつてない」高い支持率で飾ることになった(グラフ7)。今回の高い支持率は、リオデジャネイロにおける麻薬犯罪組織への大掃討作戦の成功(11月レポート社会欄参照)が影響したとされ、ほぼ最近Lula政権の治安対策に関しては支持が40%前後で不支持が50%以上であったが、12月の調査では支持が49%、不支持が46%と逆転した。政権最後となる12月の世論調査には、ブラジルの経済的安定や政治的発言力を高めたLula大統領に対する感謝の意も込められていたと考えられよう。しかし、社会的包摂を推進したLula大統領は現在のところ、「この国の歴史上かつてない」ほどの人気と大衆性(popularidade)を備えた大統領であったことは間違いないといえる。

このような国民からの圧倒的な人気に気を良くしたのか、Lula大統領は2014年の大統領選挙に再出馬する可能性があると公言した。しかし、Dilma新政権発足直前にこのような発言を行うのはあまりに不用意だとの批判が起こり、Lula大統領は「2014年の大統領選挙はDilmaが出馬する」とすぐさま修正するなど、最後まで“Lulaらしさ”を振り撒きながら“Lula劇場”の幕を下ろした。なおLula大統領については、『ラテンアメリカ・レポート』最新号( http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Latin/index.html )の拙稿をご参照いただきたい。

グラフ7 Lula大統領への支持率の推移:2003年からの任期8年間

グラフ7 Lula大統領への支持率の推移:2003年からの任期8年間
(出所)IBOPE
Dilma政権の顔ぶれ:

2011年に誕生するDilma新政権の閣僚及び主要ポストが発表された。概要は下記の表の通りとなっているが、Lula政権からの留任やポスト異動が多く見られることから、“Lula色”の強い新政権の顔ぶれだといえよう。ただしこの新しい閣僚や主要ポストの顔ぶれから、引き続き大蔵大臣を務めるMantegaをはじめとする開発主義路線と、Miriam予算企画大臣などが主張する緊縮財政やTombini中銀総裁を中心とするインフレ抑制重視の路線との間で、Dilma新大統領が如何に上手く舵を取って行けるかという点が、新政権の課題の一つとして上がってくるといえる。

表 Dilma政権の閣僚及び主要ポスト
ポスト 名前 政党等 前職等
官房長官 Antônio Palocci PT
前大蔵大臣
大蔵大臣 Guido Mantega PT
留任
予算企画大臣 Miriam Belchior PT
PAC推進責任者
通信大臣 Paulo Bernardo Silva PT
予算企画大臣
商工開発大臣 Fernando Pimentel PT 前ベロオリゾンテ市長
10月の上院議員選(MG)で敗北
科学技術大臣 Aloizio Mercadante PT 連邦下院議員(SP)
10月のSP州知事選で敗北
法務大臣 José Eduardo Cardozo PT 連邦下院議員(SP)
保健大臣 Alexandre Padilha PT
制度関係局長
農業開発大臣 Afonso Bandeira Florence PT バイーア州都市開発局長
10月に連邦下院議員初当選
教育大臣 Fernando Haddad PT
留任
水産養殖大臣 Ideli Salvatti PT 上院議員(SC)
10月のSC州知事選で敗北
社会開発大臣 Tereza Campelo PT
官房府要職
国防大臣 Nelson Jobim PMDB
留任
鉱山エネルギー大臣 Edison Lobão PMDB
再任
(実質留任:10月選挙出馬のため一旦辞任)
農畜産大臣 Wagner Goncalves Rossi PMDB
留任
社会保障大臣 Garibaldi Alves PMDB 上院議員(RN)
観光大臣 Pedro Novais Lima PMDB 連邦下院議員(MA)
国家統合大臣 Fernando Bezerra Coelho PSB ペルナンブコ州経済開発局長
労働雇用大臣 Carlos Lupi PDT
留任
交通大臣 Alfredo Nascimento PR
留任
スポーツ大臣 Orlando Silva Júnior PC do B
留任
都市大臣 Mário Negromonte PP 連邦下院議員(BA)
環境大臣 Izabella Teixeira 無所属
留任
文化大臣 Anna de Hollanda 無所属 音楽家(Chico Buarqueの妹)
外務大臣 Antônio Patriota 無所属 外務省総局長
在米国ブラジル大使(07-09年)
大統領府総局長 Gilberto Carvalho PT
Lula大統領の個人参謀
人種平等促進局長 Luiza Helena de Bairros PT バイーア州人種平等推進局長
女性政策局長 Iriny Lopes PT 連邦下院議員(ES)
制度関係局長 Luiz Sérgio de Oliveira PT 連邦下院議員(RJ)
人権局長 Maria do Rosário PT 連邦下院議員(RS)
戦略問題局長 Moreira Franco PMDB 元RJ州知事・連邦下院議員
港湾局長 José Leônidas Cristino PSB ソブラル(CE)市長
社会コミュニケーション局長 Helena Chagas 無所属
留任 (12月就任:政府広報要職)
連邦総弁護庁 Luis Inácio L. Adams 無所属
留任
連邦総監督庁 Jorge Hage Sobrinho 無所属
留任
制度治安閣議長 José Elito C. Siqueira 無所属 軍部要職、国連ハイチ部隊
中央銀行総裁 Alexandre Tombini 無所属 中央銀行理事
BNDES総裁 Luciano Coutinho 無所属
留任
Petrobrás総裁 José Sérgio Gabrielli 無所属
留任

(出所)ブラジル政府のHP(http://www.brasil.gov.br/transicao-governo/futuros-ministros)などを基に筆者作成。
(注)青字はLula政権との関連・継続性が強いケース。