月間ブラジル・レポート(2010年4月):ブラジルの変容した点とすべき点

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

4月の貿易収支は、輸出額がUS$151.61億(前月比▲3.6%、前年同月比23.0%増)、輸入額がUS$138.78億(同▲7.8%、同60.8%増)で、3月より営業日が3日少なかったため輸出入とも前月比は減少したが、前年同月比ではプラスとなり取引額は4月として過去最高を記録した。この結果、貿易黒字額はUS$12.83億(同92.1%増、同▲65.3%)となり、輸入の伸びが大きかったため前年同月比はマイナスだったが、前月比では大幅に増加した。

また年初からの累計は、輸出額がUS$543.90億(前年同期比25.0%増)、輸入額がUS$522.15億(同41.8%増)、貿易黒字額がUS$21.75億(同▲67.4%)となった。この輸出入の取引額はともに1月~4月の累計としては過去最高であり、海外と国内の双方で需要が回復してきたことを表している。ただし、国内需要が旺盛なため輸入額の増加がより大きく、貿易黒字額は低調なままであり、このことが最近の経常収支の更なる悪化の一要因になっている(グラフ1)。

輸出に関しては、一次産品がUS$70.17億(1日平均額の前月比21.6%増)、半製品がUS$19.19億(同6.5%増)、完成品がUS$59.47億(同2.9%増)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$25.30億、同25.9%増)、2位が米国(US$16.23億、同20.8%増)、3位がアルゼンチン(US$12.98億、同5.6%増)、4位がオランダ(US$9.56億)、5位がドイツ(US$6.60億)であった。前年同月比(1日平均額)では、原油(182.4%増、US$13.06億)と銅鉱石(115.4%増、US$1.26億)が100%を上回る増加率を記録した一方、減少率ではアルミニウム(▲61.7%、US$0.45億)や大豆油(▲19.9%、US$0.91億)などが顕著であった。さらに輸出額では前述の原油に加え、大豆(US$17.97億、同16.6%増)、鉄鉱石(US$14.40億、同2.7%増)の一次産品3品目が、今月もUS$10億を超える取引額を計上した。

このように最近のブラジルの輸出における割合に関し、一次産品またはその加工品が工業製品より増加傾向にある。世界的な需給バランスや比較優位との関連もあるが、より高度な技術による付加価値の高い製品の生産と輸出を伸ばせるよう、技術革新や人的資本への投資が必要である。このことが、今後さらに発展するためにブラジルが変容すべき点の一つとして挙げられよう。

一方の輸入は、資本財がUS$28.54億(1日平均額の前月比3.2%増)、原料・中間財がUS$63.40億(同1.1%増)、非耐久消費財がUS$9.26億(同▲12.4%)、耐久消費財がUS$13.20億(同9.0%増)、原油・燃料がUS$24.38億(同36.4%増)となった。主要輸入元は、1位が米国(US$20.11億、同▲1.6%)、2位が中国(US$16.62億、同▲6.7%)、3位がアルゼンチン(US$11.62億、同13.7%増)、4位がドイツ(US$8.99億)、5位がナイジェリア(US$6.94億)であった。前年同月比(1日平均額)では、家庭用機器(162.1%増、US$3.07億)やその他農業原料(138.5%増、US$4.91億)の増加率、工業機械(▲5.4%、US$8.60億)や工業機械付属品(▲2.8%、US$2.20億)の減少率が顕著だったが、輸入額が減少した品目は僅かであった。また輸入額では、化学薬品(US$16.34億、同39.8%増)や鉱物品(US$13.72億、同117.7%増)の取引額が今月も大きかった。

グラフ1 海外との資金フローと収支の推移:2008年以降

グラフ1 海外との資金フローと収支の推移:2008年以降
(出所)中央銀行
物価:

発表された3月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.52%(前月比▲0.26%p、前年同月比0.32%p増)で、前月比の上昇幅はマイナスとなったが、3月としては2005年(0.61%)に次ぐ高い数値となった(グラフ2)。非食料品価格の上昇が0.22%(同▲0.51%p、0.05%p増)と前月比で低下した一方、食料品価格は1.55%(同0.59%p増、1.25%p増)と大幅な上昇となった。この結果、年初来の累計は2.06%(前年同期比0.83%p増)に達し、政府の目標達成の範囲内(4.5%の上下2.0%p)ではあるが、景気回復とともにインフレのコントロールが一つの焦点となってきた。

食料品では、トマト(1月:17.26%→2月:42.95%)が驚異的に値上がりしたほか、フェイジョン豆(カリオカ:同▲1.82%→10.46%)、アサイー果肉(同14.20%→10.88%)、ジャガイモ(同1.08%→8.44%)など、多くの食料品で価格が上昇した。一方の非食料品では、最近、砂糖の天候不順による世界的な減産や国際価格の上昇のため高騰していたアルコール燃料に対し、一時的な減税措置が講じられたことから、アルコール燃料(同3.21%→▲8.87%)およびガソリン(同0.97%→▲1.95%)が大きく値下がりした。また、2月に学校の新学期という季節的要因で大幅上昇した教育関連分野(同4.53%→0.54%)が、3月は落ち着きを取り戻したことも物価安定の主な要因となった。

金利:

政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は28日、過去5回連続で据え置いてきたSelicを8.75%から9.50%へ引き上げることを決定した。引上げ幅は市場関係者の大方の予測と同じ0.75%pで、同数値は全会一致で決定された。Selicは2008年後半に13.75%まで引き上げられたが、世界金融危機へ対処すべく2009年1月から漸次引き下げられ、2009年7月から8.75%に据え置かれていた。しかし、景気回復とともに過熱気味とされる国内需要により物価上昇懸念が高まってきたことから、今回2008年9月以来の引き上げが行われることとなった(グラフ2)。

なお、上院議員やゴアイス州知事、またはPT(労働者党)のDilma候補の副大統領などの候補として、今年の選挙に出馬すると目されていたMeirelles総裁であるが、最終的に中銀総裁の職に留まる意向を表明した。その理由として同総裁は、今年はまだ世界経済危機の直後であるとともに大統領選挙が行われるため、現在の優先課題は自身の選挙出馬ではなく経済を安定させることであると述べた。このMeirelles総裁の説明は留任の一因として事実であろうが、大統領選挙との兼ね合いでは、最大の連立与党PMDB(ブラジル民主運動党)が副大統領候補に同党のTemer下院議長を推していることなど、Meirelles総裁が出馬するための調整が困難化したことも影響したと見られる。

Meirelles総裁の本意がどうであったかは分かり得ないが、同総裁が選挙へ出馬しなかったことにより、2003年から2期8年にわたるLula政権下で、1人の人間が中央銀行総裁の職責を務めることがほぼ確実となった。過去のブラジルでは経済の混乱から同一政権下で中銀総裁が何人も入れ替わることが、ある意味“日常茶飯事”的に行われてきた。これに比してMeirelles総裁の在位期間8年という事実は、ブラジルが如何に変容し、経済における一貫性や継続性を模索できる国になったかを象徴しているといえよう。

グラフ2 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2007年以降

グラフ2 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2007年以降
(出所)IPCAはIBGE、Selicは中央銀行
(注)単位は左軸がIPCA、右軸がSelic。
為替市場:

4月のドル・レアル為替相場は、8日にUS$=R$1.7806(売値)までドル高が進んだものの、景気回復とともに海外からの資金流入が続いていることから(グラフ1)、ドルを売ってレアルを買うというトレンドに変化はなく、その後はレアル高に振れる展開となった。これに対し中銀がドル買いの為替介入を行ったこともあり、月の半ばはUS$=R$1.75台を挟んだ狭いレンジでの取引となった。しかし28日にSelicが引き上げられたことから、より金利の高いレアルを買う動きが月末に強まり、今年1月5日に次ぐレアル高のUS$=1.7298(買値)で今月の取引を終えた。

株式市場:

4月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、欧州危機をはじめとする外的要因に左右される展開となった。月の前半は、発表された経済指標から米国の景気回復が鮮明となりリスク投資の動きが活発化したこともあり、8日には71,785pまで上昇し年初来最高値を記録した。しかしその後は、欧州での財政問題解決策の混迷、米国の大手金融機関Goldman Sachsの不正取引疑惑の浮上、メキシコ湾での油田流出による損害の拡大、これらを嫌気した世界各国の株価下落などの影響を受け、70,000pを割り込んで下落した。そして、ギリシャとポルトガルの格付けが引き下げられた27日には66,511pまで急落し、月末に67,530pまで回復したものの、前月末比で▲4%も値を下げる結果となった。

政治
大統領選動向:

先月、大統領選挙への出馬を表明しサンパウロ州知事の職を退いたSerra候補は、10日に開催されたPSDB(ブラジル社会民主党)の大会で、正式に同党の大統領候補に選出された。Serra候補はその際に自らを“ポスト・ルーラ(Pós-Lula)”と表し、国民から絶大な人気を誇るLula大統領への対抗姿勢や、同大統領が推すDilma候補への対決色を強調せず、“ブラジル国家の候補者”というイメージを前面に押し出す戦略を取った。しかし、貧困層対富裕層や北部対南部などの国民間の分裂に終止符を打つべきであり、ブラジルにオーナー(dono)はいないと述べ、Lula政権や政府のプレゼンスを重視するDima候補を暗に批判し、「ブラジルはもっとできる(o Brasil pode mais)」というスローガンを掲げた。今回の大会は、Cardoso前大統領や副大統領候補への期待が依然高いAécio Nevesミナスジェライス州前知事の参加のもと、PSDBと共闘を組む右派のDEM(民主党)や中道左派ながら右傾化しつつあるPPS(社会主義大衆党)との合同で開催され、Serra候補への全面的な支持と結束をアピールするものとなった。

一方のDilma陣営であるが、Lula大統領はSerra候補のスローガンをObama米大統領の“Yes, We Can”のコピーだと批判するとともに、ブラジルを「もっとできる」状態にしたのは現政権だと主張した。また、連立与党PSB(ブラジル社会党)のCiro下院議員も大統領選への出馬意欲を見せていたが、同氏の支持率が低下してきたことや(グラフ3)、身内であるPSBから別候補者を出馬させSerra候補の第1回投票での当選(有効投票数の絶対多数)を阻む戦略より、選挙戦において同党と協力関係を結びDilma氏へ候補者を一本化し共闘した方が得策との考えから、Lula大統領を中心にPSBへの働きかけが行われた。この結果PSBは、Ciro議員を大統領選への党の独自候補として選出しないことを決定した。これにより、Ciro議員は依然として出馬意欲を持っているとされるが、自らが所属するPSBによる擁立の道は絶たれることになった。なおPSBは、5月17日の党大会でDilma候補への支持を正式決定するものと見られている。

また、4月に行われた民間調査機関による世論調査(IBOPE)では、Serra候補がDilma候補との差を若干ながら広げる結果となった(グラフ3および4)。この要因としては、3月後半から4月にかけSerra候補が出馬を表明するなど、その動向が大きな関心を集めた点が挙げられよう。前述のようにCiro議員がPSBから出馬する可能性がなくなったこともあり、4月に見られた両候補間の支持率の拡大が今後のトレンドとなるかを推測する上で、5月の世論調査の結果が注目される。

グラフ3 大統領選挙の投票動向に関する世論調査

グラフ3 大統領選挙の投票動向に関する世論調査
(出所)IBOPE

グラフ4 大統領選挙の投票動向に関する世論調査:決選投票になった場合

グラフ4 大統領選挙の投票動向に関する世論調査:決選投票になった場合
(出所)IBOPE
社会
リオ大水害:

4月初め、リオデジャネイロ(以下、リオ)市は観測史上最大となる大雨に見舞われた。5日夕方から雨量が15時間で288mmに達した雨はその後も降り続いたため、リオ市や周辺地域の各地で水害や土砂災害が発生し、200名以上の死者や多数の負傷者および被災者が出るとともに、都市機能は完全にストップし市民の生活は麻痺状態となった。特に、グァナバラ湾を挟みリオ市の対岸にあるニテロイ市の被害が最も深刻で、ゴミの集積場跡地に不法な土地占拠により形成されたファヴェーラで土砂崩れが発生し、200人もの住民が土砂の下敷きになる災害が発生した。また、リオの観光名所であるキリスト像があるコルコヴァードの丘も、標高約700mの頂上までの道や鉄道が土砂崩れなどで寸断されたため、15日間にわたり閉鎖される事態となった。このようにリオはこの記録的な大水害により、救助活動や復旧作業に多くのコストを要するだけでなく、観光都市としてのダメージも大きく、甚大な経済的損失を受けることとなった。

リオ市周辺は山脈が海岸近くまで迫った地形が多く、急勾配であったりニテロイの土砂崩れのように元ゴミ集積所だったりする、住居に不適切で災害へのリスクの高い場所ほど貧困層が多く居住している。ちなみにリオよりも人口の多いサンパウロでは、約1万7,000人がゴミの堆積した場所に居住しているとされる。このようなリオの貧困層が居住する劣悪な状況は、以前からその脆弱性や環境との関わりなどから問題視されていた。しかし近年のブラジルでは、たとえ居住形態が違法であっても居住権などの権利が認められるようになったことや、居住地区コミュニティの組織活動の活発さや連帯意識の高さ、さらにはファヴェーラを拠点とする犯罪組織との関連もあり、政府は住民の強制撤去などの強硬な手段を講じることが困難になっている。しかし、今回の大水害の最大の被害者は劣悪な居住環境に住む人々であったため、強制撤去による住宅問題改善に対し、その必要性や容認の声が高まりを見せている。つまり今回の大雨は、今まで批判的に見られていた政府の強硬手段に関し、その実施に大義名分を与える切っ掛けになり得るとも言える。

ブラジルは昨年末から1月にかけ、リオやサンパウロを中心に大雨に見舞われた(1月レポート参照)。国家市民防衛局の統計によると、昨年11月から4月末までの全国の死者数は484人に上り、そのうちの70%に当たる347人がリオ州であり、前述のニテロイ市だけで168名が亡くなっている。ブラジルでは2014年に全国でサッカーのワールドカップ、2016年にリオ市でオリンピックが開催されるが、現状のままこれらの開催期間中に今回のような大雨が降れば、国の威信をかけた大イベントの失敗は火を見るよりも明らかである。今回の大水害は非常に不幸な惨事であったが、これを教訓として、都市インフラの遅れや市民生活の不安という未解決な問題に起因する悲劇を繰り返さないことが、さらなる発展に向けブラジルが変容すべき点だといえよう。