ライブラリアン・コラム
魅せる?映える?韓国の図書館とメディアアート
竹内 瑶子
2025年7月
「映える」韓国の図書館
アジア経済研究所(アジ研)図書館は開発途上国の現地資料を収集しており、様々な国の言語で書かれた、日本では珍しい地域資料を閲覧することができるという点で特徴的である。それでも、広々とした空間に図書がたくさん並んでいる、というアジ研図書館に見られる光景は、多くの人が想像するような図書館らしい図書館といって良いように思う。
一方、韓国ではユニークな図書館が人気を集めている。例えば、よく観光スポットと紹介されているピョルマダン図書館(별마당 도서관)は公共図書館のように利用もできるが、ショッピングモールの中心に位置し、天井まである書架が写真「映え」するとして有名である。日本国内では、このような「魅せる」図書館はまだあまりなじみがないのではないだろうか。
そこで、日本の図書館イメージとは少し異なる韓国の図書館の在り方を取り上げたい。本コラムでは韓国ソウルへの現地調査の際に訪れた、ある意味「映え」て、デジタル技術を積極的に導入している国立中央図書館(국립중앙도서관)の展示を中心に、メディアアートを展示できる空間を備えた図書館について紹介する1。
図書館×プロジェクションマッピング
2024年11月に訪れた国立中央図書館は国立図書館の一つで、ソウル特別市瑞草区に位置する韓国を代表する図書館である。本館のほかにデジタル図書館という別館があり、デジタルコンテンツの活用にも積極的な図書館である。
本館の入り口に入るとまず正面に位置するホールには、「開かれた広場(열린마당)」というホールスペースがある。そこでは、「K-文学の再発見(K-문학의 재발견)」というプロジェクションマッピングの作品を展示している。筆者が訪れた時には「東明王篇」という作品を鑑賞できた。「東明王篇」は、高麗の文人、李奎報(イ・ギュボ)が高句麗の建国神話を題材にして書いた13世紀の文集『東國李相國集』(全集41巻、後集12巻の全53巻)のうちの全集第3巻に収録されている作品である。写真1のように、前面のスクリーンだけでなく、天井、壁、柱にも映像が投影されている。高句麗初代国王東明王の誕生から高句麗建国までを叙事詩的に構成した美しい映像作品であった。
この「K-文学の再発見-東明王篇」の展示は、歴史の中に韓国古典文学を再発見する機会を提供し、デジタル技術で原作を再現して、多くの人に関心を持ってもらうことを目的としているそうだ2。映像作品でありながらも8章立て構成で高句麗建国までを絵巻物のように描いている点も興味を惹きつける一つの魅力なのではと思った。
同じように、作品の一場面を切り抜いたようなメディアアート展示は、本館とデジタル図書館をつなぐ連絡通路にもある。OLED(Organic Light Emitting Diode=有機EL)を活用した展示である「知識の道(지식의 길)」は、小説や詩の一節が表示されたあと、その場面にまつわる映像が壁や床に流れだす。そしてそれに触れると動いたり、変化したりするという仕掛けだ。筆者が見学できたのは、韓国を代表する詩人、金素月(キム・ソウォル)の詩集『つつじの花(진달래꽃)』をモチーフとした映像であった。金素月が生前唯一出版した詩集の表題にもなっている「つつじの花」という詩をモチーフにした画像が、写真2にあるように壁や床に映し出され、それに触れると次々に花開いていった。
動く地図?―古地図×OLED
「知識の道」を通った先にデジタル図書館があり、その地下3階には「実感書斎(실감서재)」という展示スペースがある。ここでは最先端のデジタル技術を使った未来の図書館をイメージさせるような展示を見ることができる。その中の一つ、古地図のOLEDディスプレイの展示も紹介したい。
これは朝鮮で初めて精巧な地図を作成した金正浩(キム・ジョンホ)が最初に作成した地図『青邱図』をOLEDディスプレイで32K高解像度地図として具現化したコンテンツである3。『青邱図』は、1834年に作成され、国立中央図書館に第5版本が所蔵されており、金正浩が完成させた朝鮮初の全国地図『大東輿地図』の元となった600面にもわたる地図である。この『青邱図』は全2冊で、単に地形のわかる「地図」というだけでなく、朝鮮半島の交通の情報や歴史的事情(どこで何の戦役があったか等)、人口統計、異常気象のあった場所など、当時の状況も記載されている4。
この記録を含めて、展示ではインタラクティブな「映像」としてみることが可能である。多様な地理、歴史情報、当時の異常気象、交通情報などをデジタル映像に出現させるだけでなく、そのなかに、動いている人、動物などのイメージも入れているのは、まるで朝鮮時代の村を見ているように感じさせるための工夫であるそうだ。実際に、写真3のような巨大ディスプレイの前にタッチパネルがあり、地域を指定し、「異常気象」などのボタンを押すと地図が拡大され、そこに描かれている人々や馬などの動いている様子も映し出される。
メディアアートは他の図書館にも
こうしたメディアアートを展示できる空間を確保している図書館は他にもある。今年、ソウル大学中央図書館内にも、メディアアート展示や講義などでの使用を想定した空間が作られた。ソウル大学中央図書館本館1階に2025年3月、SNU Commons 中央図書館(SNU Commons 중앙도서관)が開館し、開館式では、新たに設置された巨大なメディアウォールにメディアアート作品が展示された5。従来の図書館の枠組みを超えて、デジタル技術を駆使した学習、研究の新しい方法を試みることを目的としている。これ以外にも、より小規模な展示や講義、セミナーを想定したメディアウォール設置スペースも作られており、大学図書館の新しい在り方を模索しているようだ6。
公立図書館でも、釜山市役所開かれた図書館(부산시청열린도서관)は、子供の総合文化施設として子供図書館スペースにメディアアート室やメディアウォールが設置され、童話など子供に向けた展示を行っている7。
韓国では、図書館が新しい空間づくりを模索する中で、メディアアートを積極的に採用していると言えるのかもしれない。
「魅せる」図書館の模索
日本でも、メディアアート、デジタルアートと聞くと、現在開催されている大阪万博(2025年4月~10月)のパビリオンを想像される方が多いかもしれない。また、文化施設、角川武蔵野ミュージアムも、プロジェクションマッピングを使い、本との未来を想像させる「魅せる」工夫をしているが、一般的な「図書館」においてメディアアートを積極的に展示する取り組みはまだ珍しいであろう。
韓国国立中央図書館のような大規模な仕掛けを見ると、実際の資料を見たくなるかは別として、その当時の歴史そのものに、関心、興味をもつきっかけになるかもしれない。また、ソウル大学の試みには、芸術的な展示にとどまらない、教育、研究に資する可能性の模索が垣間見える。
ライブラリアンとして日々考えるのは、資料を特に「古いもの」をどう保存し管理していくのか、そして長く人々に利用してもらえるようにするのかということである。そういった視点で、デジタルアーカイブ事業等、積極的にデジタル技術を扱い、資料の保存を試みる。韓国の国立中央図書館の取り組みからは、デジタル技術を、そうした保存、管理にとどまらず、その資料を広く利用してもらおうという意図から取り入れるとともに、図書館の展示、「魅せ方」そのものの新しい在り方の模索も感じられた。こうしたメディアアートを当図書館に導入することはかなり遠い未来の話になるかもしれない。しかし、作品の展示において資料そのものを「魅せる」努力の姿勢は参考にしたい。
参考文献
- 개리 레드야드(ゲリー・レッドヤード)2011.징상훈(ジン・サンフン)訳『한국 고지도의 역사(韓国古地図の歴史)』소나무(ソナム).
- 국립중앙도서관(国立中央図書館)2024.「국립중앙도서관NEWS ‘청구도’ 실감미디어월 실감 콘텐츠 공개 (国立中央図書館NEWS「青邱図」実感メディアウォールコンテンツ公開)」『오늘의 도서관(今日の図書館)』vol.322: 52.
- ――― 2024.「미디어아트 재탄생한 고구려 건국 신화(メディアアート再誕生した高句麗建国神話)」『오늘의 도서관(今日の図書館)』 vol.326: 14-17.
- 조태형(チョ・テヒョン) 2025.「서울대 'SNU Commons 중앙도서관' 개관…'초대형 미디어월에 전시된 미디어 아트'(ソウル大「SNU Commons 中央図書館」開館-「超大型メディアウォールに展示されたメディアアート」)」『서울경제(ソウル経済)』3月7日.(https://www.sedaily.com/NewsView/2GQ5L31JYG)(2025年6月26日アクセス)
写真の出典
- 本文画像、インデックス画像:国立中央図書館(筆者撮影)
(本コラムの写真の公開は、国立中央図書館の許諾を得ています。)
著者プロフィール
竹内瑶子(たけうちようこ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は、朝鮮半島。
この著者の記事
- 2024.06.28 [ライブラリアン・コラム] 韓国発行の新聞記事が読み放題?
注
- 韓国国立中央図書館のメディアアート展示について、以下の記事でも紹介されている。
河村真澄 2024.「韓国国立中央図書館主催 海外韓国学司書ワークショップの紹介」『アジア情報室通報』第22巻第2号: 2-5. - 국립중앙도서관 2024.「미디어아트 재탄생한 고구려 건국 신화」『오늘의 도서관』 vol.326: 14.
- 국립중앙도서관 2024.「국립중앙도서관NEWS ‘청구도’ 실감미디어월 실감 콘텐츠 공개」『오늘의 도서관』 vol.322: 52.
- 개리 레드야드2011.징상훈訳『한국 고지도의 역사』소나무.
- 조태형 2025.「서울대 'SNU Commons 중앙도서관' 개관…'초대형 미디어월에 전시된 미디어 아트'」『서울경제』3月7日.(https://www.sedaily.com/NewsView/2GQ5L31JYG)(2025年6月26日アクセス)
- SNU Commons 中央図書館のホームページは以下を参照されたい。 (https://lib.snu.ac.kr/using/snucommons/intro/)(2025年6月26日アクセス)
- 釜山市役所開かれた図書館のホームページは以下を参照されたい。
(https://library.busan.go.kr/openlib/index.do)(2025年6月26日アクセス)