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なぜ「民族団結」を促進しなければならないのか?――「民族団結進歩促進法」からみる習近平体制下の民族政策

Why Must the PRC Promote the National Unity? Ethnic Policy under Xi Jinping’s Regime from the Law on Promoting National Unity and Progress

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002002049

2026年9月

(3,506字)

「中華民族」の多元性から一元性へ

2026年3月12日、「民族団結進歩促進法」が第14期全国人民代表大会1で可決され、7月1日に施行された。この新法をめぐって極めて多くの批判が投げかけられている。中国国内のウイグル族、チベット族、モンゴル族などの少数民族2に対する統制の強化だけでなく、中国国外在住者に対する取り締まりをも危惧する論評が発表されており、新法に対する注目度の高さがわかる。日本国内でも新法に反対する集会が開催されており、他人事ではないと受けとめる人々がいる。このような状況に鑑み、本稿では「民族団結進歩促進法」から習近平体制下における民族政策の特徴を俯瞰してみたい。

まず、「民族団結進歩促進法」は習近平体制下の民族政策を具体化した法律である。それは、序文、第1章総則、第2章精神的拠り所の構築・共有、第3章各民族の往来・交流・融合の促進、第4章共同繁栄発展の推進、第5章保障および監督、第6章法的責任、第7章附則からなる。序文にはこう記されている。「中華民族は各民族が凝集した多元一体の大家族であり、民族団結は我が国の各民族人民にとっての生命線である。中華民族の偉大なる復興の実現はすべての中華子弟が追求することであり、国家統一の保持、民族団結進歩の促進は中国人民全体の共同責任である」3。第1章以降では「中華民族共同体意識(中国の漢族と55の少数民族は中華民族として一体であり、運命を共にするという帰属意識)」を「民族団結」の基礎とし、「中華民族」を運命共同体とすること、中国共産党の全面指導が不可欠であることが強調されている。とりわけ標準中国語使用の義務化、国家統一および「民族団結」の保護、外部勢力による干渉の回避4が新法の大きな特徴である。

次に、「中華民族」というキーワードの意味を確認しておこう。「中華民族」という概念は清朝末期に使用され始め、その後、1980年代後半、社会学者・人類学者の費孝通が「中華民族多元一体格局(中華民族多元一体の構造)」[費孝通 2008]というモデルを発表したことで、ふたたび脚光を浴びた。当時、「中華民族」は中国領内諸民族の多様性を容認し、その政治的一体性を強調する概念で、江沢民体制下・胡錦濤体制下では漢族と少数民族を緩やかに結びつけるものとしてイメージされていた。

それに対し、習近平体制下では「中華民族」に「共同体」、「共同体意識」という語彙が新たに付け加えられた。このような新語が導入された背景には、少数民族に関連した事件の発生、国家安全に対する強い警戒感があった。2013年10月28日に北京市の天安門広場で車炎上事件5、2014年3月1日には雲南省昆明市で新疆籍テュルク系少数民族を容疑者とするテロ事件6が発生し、中国共産党・政府は事後処理に苦慮した。その後、「中華民族共同体」という新語が2014年9月の中央新疆工作会議7で初めて使用された。こうした一連の流れから「中華民族共同体」、「中華民族共同体意識」などの新語が国家建設、祖国統一、安全保障などと密接に関連づけられていることは一目瞭然であろう。

写真:清真寺(モスク)の外壁に掲示されたスローガン

「中華民族共同体意識の堅固な構築を主軸とし、民族団結進歩事業を基礎事業として迅速かつ着実に取り組む」。
清真寺(モスク)の外壁に掲示されたスローガン。河北省。
中国共産党管轄下の国家民族事務委員会

「民族団結進歩促進法」の成立経緯を確認しておこう。2025年9月8日、国家民族事務委員会が新法を起草した。国家民族事務委員会8とは民族政策を担当する行政機関である。同委員会は国務院9に直属し、中央・地方の民族政策を実施するほか、少数民族幹部育成のための高等教育機関、民族政策関連の出版社、雑誌社、博物館、資料研究室などを管轄してきた。ところが、2018年3月、国家民族事務委員会は中国共産党統一戦線工作部(非党員の取り込みを担当する部門)の管轄下に置かれることとなり、現在、民族政策は中国共産党の指導を直接受けている。国家民族事務委員会は名目上、国務院直属の行政機関であるが、実態としては党内組織へ統合されたのである。

国家民族事務委員会の最高責任者は主任と呼ばれるが、歴代主任は計11名に上る。初代主任は漢族が務めたが、その後はモンゴル族、回族、ウイグル族などの少数民族が担当し、少数民族の党幹部が主導権を行使できていた。しかし、2020年に着任した第9代、その後の第10代、第11代(現任)は全員が漢族であり、統一戦線工作部副部長を兼任する体制が定着した。こうしたことから、2020年以降、国家民族事務委員会では漢族の党幹部が主導権を掌握し、同委員会が中国共産党の直接的な管轄下に組み込まれたことがわかる。結果、中国共産党は民族政策への関与を一層強化した。

それでは、「民族団結進歩促進法」可決後の国内情勢に目を向けよう。2026年3月、新疆ウイグル自治区やチベット自治区で少数民族の文字が公共の場から抹消される様子がSNSに投稿されて話題となった10。新疆ウイグル自治区の空港や商店の看板からウイグル文字が、チベット自治区では政府機関や商店の看板からチベット文字が取り外された。このような措置は新法可決に対する地方政府の態度表明であろう。思い起こせば、改革開放以降、少数民族集住地域における少数民族言語の文字使用は法的に保障された権利だったはずである。しかし、新法可決を契機として、少数民族集住地域の地方政府は少数民族言語の文字表記を漢字表記へとただちに変更した11

中国少数民族の言語政策といえば、2020年に内モンゴル自治区で発生した抗議行動が記憶に新しい。同年9月、内モンゴル自治区では小中学校における標準中国語(漢語)使用が義務化された12。それまでは法的に保障されていたモンゴル語での授業を著しく制限する新たな方針に対し、数多くのモンゴル族が抗議行動を展開し、結果、関係者が政府当局に拘束された。新疆ウイグル自治区やチベット自治区でも学校教育における漢語使用の義務化がいちはやく導入され、法的に保障されたはずの少数民族言語教育が実質的に禁止された。おそらくそれらの措置は「民族団結進歩促進法」の試金石だったのではないか。

民族政策の見直し――習近平体制発足前夜

これまで民族政策は「法」でどのように規定されてきたのだろうか。中国共産党が採用した民族政策といえば、「中国人民政治協商会議共同綱領」(1949年9月採択)に明記された「民族区域自治制度」、「民族区域自治法」(1984年5月採択、同年10月施行)を忘れてはならない。「民族区域自治制度」の構想は1949年以前から中国共産党内部で検討され、建国後、少数民族集住地域における民族自治地方の設置、少数民族の党幹部の政界進出が実現した[全国人民代表大会 1984]。残念ながら、当時の民族政策は反右派闘争(1957年)、文化大革命(1966~1976年)などによって有名無実となったが、それを復活させたのが改革開放政策である。「民族区域自治法」は鄧小平・胡耀邦体制下に制定され、文革路線を完全に否定し、少数民族の権利保障を目的とした画期的な法律だった。

しかし、2010年代初頭、中国国内の政治家や研究者らが民族政策の見直しについて議論を交わし、新たな民族政策を提起したことがある。それは「第二代民族政策(第二世代民族政策)」という[胡鞍鋼・胡聯合 2011]。この案は「民族区域自治制度」の撤廃を論じたものである。なぜ民族政策の改革がその時期に議論されたのだろうか。あくまでも推測の域を出ないが、北京オリンピック開催前に発生したチベット族集住地域における抗議行動(2008年3月)、新疆ウイグル自治区のウルムチ事件(2009年7月)などの大規模な民族衝突が民族政策を検討する機会を与えた可能性が考えられる。実は、「第二代民族政策」の主張には「民族団結進歩促進法」の内容に重なる箇所が少なからずあり、習近平体制下の民族政策の指針となった可能性が見え隠れする。もしそれが事実だとすれば、「民族団結進歩促進法」は「民族区域自治法」を実質的に否定するものとして位置づけることができる。

現在、ダライ・ラマ後継者問題、キリスト教地下教会牧師の拘束・解放、回族党幹部の米国亡命など、中国共産党・政府を悩ませる出来事は尽きることがない。中国国外の亡命者・活動家らの中国批判は勢いを増している。そのせいか、「民族団結進歩促進法」には「中国国外の組織および個人が中国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂をもたらす行為を実施した場合、法にもとづいて刑事責任(法的責任)を追及する13」と明記された。この条項が域外適用を示し、越境弾圧をもたらすとして国際社会から強い懸念が示されている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
  • 澤井充生 2025.「清真寺が改造され、アラビア文字が抹消される――『宗教中国化』にともなう公共空間の統制と少数民族の馴化」『人文学報』(521-2): 51-72.
  • 費孝通 2008.『中華民族の多元一体構造』西澤治彦ほか訳 風響社.
  • 胡鞍鋼・胡聯合 2011.「第二代民族政策:促進民族交融一体和繁栄一体」『新疆師範大学学報(哲学社会科学版)』32(5): 1-12.
  • 全国人民代表大会 1984.『中華人民共和国民族区域自治法』中国法律出版社.
著者プロフィール

澤井充生(さわいみつお) 東京都立大学助教。専門は社会人類学。主な著作に、「預言者を模倣し、自力供犠を敢行する――〈正しいイスラーム〉を追求するための民俗知の実践」『文化人類学』88(1)(2023)、『現代中国における「イスラーム復興」の民族誌――変貌するジャマーアの伝統秩序と民族自治』明石書店(2018年)、『「周縁」を生きる少数民族――現代中国の国民統合をめぐるポリティクス』奈良雅史と共編、勉誠出版(2015年)など。


  1. 日本の国会に相当する。
  2. 現在、中国では漢族と55の少数民族の存在(民族戸籍)が法的に認められている。
  3. 两会受权发布 中华人民共和国民族团结进步促进法」『新華網』2026年3月13日。
  4. 两会受权发布 中华人民共和国民族团结进步促进法」『新華網』2026年3月13日。
  5. 天安門前で車が突入・炎上、3人死亡 11人けが」『日本経済新聞』2013年10月28日。
  6. 中国昆明发生严重暴力恐怖袭击,当局谴责新疆分裂势力」ロイター、2014年3月2日。
  7. 习近平在第二次中央新疆工作座谈会上发表重要讲话」国家民族事務委員会、2015年9月24日。なお、中央新疆工作会議は第1回が2010年、第2回が2014年、第3回が2020年に開催されている。
  8. 1949年、民族事務委員会として成立した。文化大革命の終息後、国家民族事務委員会として再編された。
  9. 日本の内閣に相当する。
  10. 中共《民族團結法》:新疆西藏招牌被鏟 維吾爾文藏文消失 廣東話命運受關注」『追光者』2026年3月30日。
  11. 宗教政策では、2016年、「宗教中国化」の実施が全国宗教工作会議で発動され、ハラール飲食店・精肉販売店などの看板からアラビア文字が撤去された[澤井 2025]。その理由は、公共の場における宗教的要素の使用が違法であると中国共産党・政府が判断したからである。このような政策も「中華民族共同体」の建設の一環である。
  12. 『少数民族の青少年は標準語を』習氏が内モンゴル自治区で訓示」『朝日新聞』2023年6月9日。
  13. 两会受权发布 中华人民共和国民族团结进步促进法」『新華網』2026年3月13日。