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レコ・ディク金・銅山開発――パキスタン経済を立て直す最後の切り札?
Reko Diq Copper-Gold Mine project: A Last-Ditch Effort to Save Pakistan's Economy?
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001774
2026年3月
(4,849字)
輸出拡大を模索するパキスタン
パキスタンは、世界第5位の2億4000万の人口を有し、2050年までには世界第3位の人口規模に達すると言われている。人口ボーナスによるポテンシャルが高い一方、政治的混乱や地政学的リスクを抱えている。さらに、2022年の大規模な洪水被害、外貨準備不足による輸入制限、通貨下落、高インフレ、利上げ、IMFプログラム再開遅れ等も相まってデフォルト(債務不履行)危機に陥り、経済的にも苦境に立たされていた。しかし、IMFによる24回目の融資や、友好国であるサウジアラビア、UAE、中国による支援もあり、2023年1月には輸入の3週間分しかなかった外貨準備高は、現在は2~3カ月分まで回復している。
パキスタンでは、好景気時に輸入が増加して貿易赤字が拡大する。これに対し、外貨流出を防ぐために政府が輸入制限を実施し、その結果景気後退が起こるという「ブームバスト・サイクル」が繰り返され、IMFや友好国の支援を仰ぐ状況が続いている。このような状況を打破するため、外国直接投資と輸出の拡大が連邦政府および軍の至上命題となっている。外資誘致や輸出振興に軍が関わっているのは、友好国であるサウジアラビア、UAE、カタールをはじめとする湾岸諸国が、軍こそが最良の仲介者だと考えて、軍を経済政策の「保証人」とするよう圧をかけてきたためだと言われている(Register 2023)。過去に民政下において契約不履行により湾岸諸国との関係が悪化した際、両者の関係修復に尽力してきたのはパキスタン軍であるため、湾岸諸国は文民政府よりも軍を信頼してきた。加えて、パキスタンではインフラ整備や軍需産業において軍関連企業が税の優遇を受けて事業を展開しているほか、不動産、銀行、運送業などの分野でも軍が運営する複合企業体が影響力を有しているため、軍の経済的関与が近年拡大傾向にある。
外国直接投資については、第一次シャハバーズ・シャリーフ政権下の2023年6月に特別投資促進評議会(SIFC)を設立した。SIFCは、投資家支援、連邦政府省庁間の協力体制構築、プロジェクト実施迅速化のための「ワンストップ窓口」として機能することが期待されている。ただし、SIFCには首相、閣僚、各州首席大臣だけでなく軍も関与しているため、IMFは透明性と説明責任の実現を求めている(IMF 2025, 174-175)。
輸出に関しては、2024年12月31日に連邦計画・開発・特別イニシアティブ省が主導して取りまとめた『ウーラーン・パキスタン:国家経済変革計画2024-29』が発表された。重点課題である「5つのE」の一番目にExportを位置づけるとともに、繊維産業を主体とした製造業、米やマンゴーをはじめとする農業、ソフトウェア開発をはじめとしたIT、金や銅をはじめとした鉱業、郷里送金の源泉であり主に湾岸産油国への送り出しを想定した労働力の5項目をパキスタンの輸出分野として強みがあり、今後成長させていく分野として焦点を絞っている。
このように、連邦政府は輸出主導の成長を推し進め、IMFや友好国の支援に頼らずにこれまでの負のサイクルから抜け出す道を模索している。このゲームチェンジャーとして、特に大きく期待されているのが、レコ・ディク金・銅山開発である。
陸軍参謀総長(元帥)(左から3人目)とシャハバーズ・シャリーフ首相(同2人目)
レコ・ディク金・銅山
レコ・ディク金・銅山は、バローチスターン州チャガイ郡に位置しており、北に約50キロにはアフガニスタン国境、西に約150キロにはイラン国境がある。なお、レコ・ディク付近には、すでに中国冶金集団公司(MCC)が操業を行っているサインダック銅・金山があり、チャガイ郡には豊富な鉱山資源が眠っているのではないかとみられている。
レコ・ディクの開発に向けた動きは、1993年に始まっている。この年、バローチスターン州政府とオーストラリアの鉱業会社BHP Billiton社が「チャガイ丘陵探鉱合弁事業契約(CHEJVA)」を締結した。それから30年以上を経てもなお本格稼働に至っていないのは、途中で事業主体が変わり、契約をめぐって州政府とのあいだで泥沼の法廷闘争に陥ったためである。
当初の事業主体であるBHP Billiton社は、2000年に探鉱作業を中断し、Mincor Resources社に同契約を譲渡した。そのMincor Resources社は、2006年にカナダのバリック・ゴールド社とチリのアントファガスタ社のコンソーシアムであるTethyan Copper Company(TCC)に買収される。これにより、TCCが事業契約者となった。
するとその後、バローチスターン州政府が1993年に契約されたCHEJVAは無効だと訴えて裁判を起こした。当時の州政府が関連規則を緩和してレコ・ディクの鉱業権をBHPに付与しており、これが不法行為にあたるというのが提訴の理由である。
バローチスターン高等裁判所は2007年にこの申し立てを棄却し、CHEJVAは合法かつ有効であるとの判決を下した。ところが州政府はこれに納得せず、2011年にTCCの鉱業リース申請を却下した。その際に州政府は、国外での実施が予定されていた製錬・精錬をパキスタン国内で行うべきだと主張するとともに、ロイヤルティ率の引き上げや財務モデルの見直し、地元住民のプロジェクト参画拡大をTCCに求めた。これをうけ、2012年にTCCは投資紛争解決国際センター(ICSID)に提訴した。
一方で本件は、パキスタン最高裁判所にも持ち込まれる。2013年1月に最高裁は、CHEJVAを無効とし、TCCにはレコ・ディクにおける探査・採掘の法的権利がないとする判決を下した。この判決によりレコ・ディク開発計画は一時、完全に行き詰まった。
さらに、2017年7月にICSIDは、CHEJVAに不正性はなく、パキスタンに損害賠償責任があると判断、2019年7月にはパキスタン連邦政府に対し、TCCに損害賠償金59億7600万米ドルを支払うよう命じた。パキスタン側はこれに対して上訴を試みたが、期限内に保証金/担保を準備することができず、2021年1月には、ICSIDと英領ヴァージン諸島高等裁判所が国営企業のパキスタン国際航空が所有する資産差し押さえ命令を下した。一方、この裏でパキスタンとTCCが裁判外での紛争解決に向けた交渉を進めていた。
停滞を打ち破ったのは、2022年3月の連邦政府とバリック・ゴールド社間の示談合意である。両者はレコ・ディク開発再開に合意し、同社とコンソーシアムを組んでいたアントファガスタ社はレコ・ディク開発から撤退した。2022年12月、バリック・ゴールド社は連邦政府およびバローチスターン州政府と法的手続きおよび最終取引契約を完了させるとともに、同社は州政府と前払いロイヤルティや社会開発資金を含むバローチスターン州への確約資金の支出スケジュールを定めた合意覚書に署名、2023年1月に州政府に対して300万米ドルの支払いを行った(Bhutta 2023)。
バリック・ゴールド社は、レコ・ディク鉱山を開発する企業のレコ・ディク鉱業会社(RDMC)の50%の株式および経営権を保有し、残りの50%は連邦政府およびバローチスターン州政府が均等に分割して保有している。なお、連邦政府分の25%の株式については、国有企業3社(石油ガス開発会社[OGDCL]、パキスタン石油公社[PPL]、ガヴァメント・ホールディングス非公開会社[GHPL])を通じて保有している。
2025年2月には、バリック・ゴールド社がレコ・ディク開発に向けた技術レポートを公開した。採掘現場の建設は2025年12月開始予定であり、商業操業開始は2028年を目標としている。
米国の関心と開発金融機関による融資
動き出したレコ・ディク金・銅山開発事業に対して、先進国の政府系金融機関や国際金融機関の注目が集まっている。2024年5月には、米政府系輸出信用機関である米国輸出入銀行がレコ・ディク開発への融資に関心を示しているとの報道がなされた(Rana 2024)。
それまで米国とパキスタンの経済関係は、中国パキスタン経済回廊(CPEC)のもとでパキスタンと中国の経済関係が強化されたこともあり、長い間冷え込んでいた。転機となったのは2025年5月に発生した印パ間の紛争である。同紛争の調停には、米国が大きく関わっていたとされる。パキスタン側は米国の関与を歓迎するとともに、25年6月には、アーシム・ムニール陸軍参謀長がホワイトハウスを訪問し、トランプ米大統領との会談が実現。その後、パキスタン政府はトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦した。ムニール陸軍参謀長は9月にもシャハバーズ・シャリーフ首相とともにホワイトハウスを訪問し、印パの紛争停戦を実現したトランプ大統領を「平和の人」として称えるとともに、ガザ地区和平案を含めた中東情勢について議論した。シャリーフ首相はトランプ大統領に対し、パキスタンの農業、IT、鉱業、エネルギー分野への投資を呼びかけた。
そして2025年12月、米国輸出入銀行が12億5000万米ドルの融資を承認した。米国にとって数十年ぶりのパキスタンへの大規模投資案件となった。
これに先立つ2025年6月、世界銀行グループ傘下の国際金融公社(IFC)が7億米ドルの融資を承認。25年8月には、アジア開発銀行(ADB)がレコ・ディク開発に3億米ドルの融資を承認している。ADBにとって40年以上ぶりの鉱業セクターへの融資案件となった。また、報道によれば、カナダ輸出開発公社、国際協力銀行(JBIC)が融資に関心を示している(Mustafa 2025)。
治安の安定が最大の懸念点
このように、レコ・ディク開発の資金調達については順調に進んでいるように見える。一方で懸念されるのが、バローチスターン州の治安である。パキスタン平和研究所の報告書によれば、2025年にパキスタン全土で発生したテロ攻撃は699件で、前年比34%増となっている。そのうち、455件が軍・治安機関を狙った犯行である(PIPS 2026, 18)。州別でみると、ハイバル・パフトゥンハー(KP)州で413件、バローチスターン州で254件と、95%超がアフガニスタン隣接州で発生している(PIPS 2026, 21)。シンド州、パンジャーブ州では2010年代と比べてテロ件数が大幅に減少しているものの、アフガニスタンでターリバーン「暫定政権」が復活した2021年8月以降、KP州およびバローチスターン州ではテロ件数が増加傾向にある。
鉱山開発を進めるには輸送路の確保が不可欠だが、テロの増加はそれを困難にする。レコ・ディク鉱物の輸送については、レコ・ディクとカラチのカーシム港間を結ぶ鉄道貨物の利用が想定されているが(Mustafa 2025)、鉄道もテロの標的になっている。2025年3月には、バローチ民族分離勢力のバローチスターン解放軍(BLA)が、380人の乗客を乗せたバローチスターン州の州都クエッタ発ペシャーワル行きのジャーファル急行をハイジャックするという前代未聞の事件が発生した。その後も同急行に対する攻撃が頻発している。
自動車による輸送にもリスクがともなう。2025年2月には、サインダック銅山の鉱物資源を輸送していたトラックの車列に対する攻撃が発生した(Shahid 2025)。また、2026年1月31日には、クエッタを含む複数の町でBLA主導の同時攻撃が発生し、テロリスト145人、民間人18人、治安関係者17人が死亡した(Dawn 2026)。
パキスタン経済を立て直す最後の切り札であるレコ・ディクの商業操業開始見込みは2028年であるため、まだ猶予は残されているものの、事業を成功させるにはなによりもまずバローチスターン州の治安の安定が必要不可欠である。
写真の出典
- The White House, United States Government Work(Public Domain)
参考文献
- 幸田円 2024「パキスタン経済は回復中だが持続的成長には政情安定と治安回復が必須――IMFに24回目の金融支援を要請中」『国際金融』1383: 1-7.
- 堀江正人 2024「パキスタン経済の現状と今後の展望――世界第5位の人口を擁する南アジアの隠れた新興経済大国パキスタン――」三菱UFJリサーチ&コンサルティング.
- Bhutta, Zafar. 2023. “Reko Diq Production to Begin in 2028.” Express Tribune, January 17.
- Bottoms, Simon, Peter Jones, Mike Saarelainen, Daniel Nel, David Morgan, and Ashley Price. 2025. “NI 43-101 Technical Report on the Reko Diq Project, Balochistan, Pakistan.” Barrick.
- Dawn. 2026. “‘We Will Fight This War’: CM Bugti Says 145 Terrorists Killed in 40 Hours across Balochistan.” February 1.
- IMF. 2025. Pakistan: Technical Assistance Report-Governance and Corruption Diagnostic Assessment.
- Ministry of Planning Development & Special Initiatives. 2024. “Uraan Pakistan: National Economic Transformation Plan.”
- Mustafa, Khalid. 2025. “Reko Diq Set for Financial Closure by Month-end.” The News International, September 11.
- Pak Institute for Peace Studies (PIPS). 2026. Pakistan Security Report 2025.
- Rana, Shahbaz. 2024. “US Interested in Giving Loan for Reko Diq Mining Project.” Express Tribune, May 30.
- Register, Eve. 2023. “Pakistan’s Military Extends its Role in Economic Decision-making Through the Special Investment Facilitation Council.” The Geopolitics. December 5.
- Shahid, Saleem. 2025. “Six Security Men among Eight Injured in Kalat Attack.” Dawn, February 25.
著者プロフィール
松田和憲(まつだかずのり) 在カラチ日本国総領事館経済班専門調査員。博士(地域研究)。専門はパキスタンを中心とする南アジア地域研究。おもな著作は「パキスタン――ポピュリスト政党後の政党連合政権、軍部の影響力――」『アジアの「民主主義」の行方:政治秩序の溶解と拡大するポピュリズム政治』NIRA総合研究開発機構(2024年)。
