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海外研究員レポート

貿易戦争の勝者

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050661

佐藤 仁志

2018年12月

ポイント
  • 関税の応酬(貿易戦争)は、世界的な貿易の縮小を招き、いずれの国の利益にもならない不毛な結果を招くことが懸念されている。
  • しかし、貿易戦争では常に全員が「敗者」になるわけではなく、経済規模が相対的に大きい国が自由貿易より実質所得を増やす「勝者」となり、残りの国は実質所得を減らす「敗者」となる場合もある。
  • 「敗者」となる側は関税同盟を通じた経済統合を進めることで、全員が貿易戦争の敗者となる状況を作り貿易戦争を抑止する可能性があるが、自由貿易協定にその効果は期待できない。

"Tariffs are the greatest!"

トランプ米国大統領のツイート(2018年7月24日付)より

はじめに

トランプ政権の関税政策に対し、相手国からはおおまかに二つの対応が見られるようだ。ひとつは、米国と貿易協議に入ることによって関税を棚上げすることである。鉄鋼やアルミなど一部では関税の応酬となっているが、メキシコ、カナダ、欧州、日本などはこの対話路線を採っている。もうひとつは、本格的な報復関税措置によって米国にダメージを与えることで政策を変えさせようとする対決路線で、言うまでもなく、中国がこの路線にある。

米国の関税政策は内外から批判にさらされている。関税措置の対象となった国々やそれらと経済関係の深い第三国の経済への悪影響ばかりでなく、米国経済への悪影響も懸念されている。実際、欧州の報復関税のために工場の海外移転を表明した米ハーレー・ダビッドソン社や、対中国・対カナダの鉄鋼関税により10億ドルの利益損失が生じると訴えた米フォード社のような事例も報道されている1。しかし、全体をみれば、米国経済は依然好調に推移しており、今のところトランプ関税の悪影響はほとんど感じられない。

この点に関しては、今後徐々に深刻化するという見方や、あるいは、米国企業も調達先を変更するなどして関税に対応するので、影響は心配されるほど大きくならないという見方もあるかもしれない。しかし、本稿はこれらとは異なる角度からの見方を強調したい。それは、関税と報復関税の連鎖(本稿では「関税戦争」と呼ぶ)では必ずしも全員が窮乏化するとは限らず、「勝者」と「敗者」が生じる場合も稀ではない、ということである2。ここで言う「勝者」とは、関税戦争によって自由貿易に比べ実質所得が上昇する国のことであり、「敗者」はその逆である。

この点は貿易理論ではかねてから知られていることだが、あまり話題にされていないようである。以下では、なぜ関税戦争では全員が窮乏化する場合と勝者と敗者に分かれる場合が生じるのか、少し丁寧に説明する。そして、(不運にも)敗者に回る側が取りうる政策について述べてみたい。そこでは関税戦争の文脈における経済統合の役割、とりわけ関税同盟と自由貿易協定の違いについても述べる。最後に、これらを踏まえて、メキシコ、カナダ、欧州、日本、中国など、米国の関税政策の主たる目標となっている国々の対応を解釈してみたい。

自由貿易の利益

日頃、我々は自分たちが保有する生産力(労働や土地など)を市場に供給し、その対価を使って生活に必要なさまざまな財やサービスを購入している。誰もがこの「分業と交換」の仕組みに利便を感じており、市場から安価に購入できるにもかかわらず、あえて“自給”するのはおそろしく非効率だと考えるだろう。貿易の利益も、我々が日頃享受しているこの「分業と交換」の利益と本質的に変わらない。各々の国が何から何まで生産(自給)するより、得意な産業分野に特化(分業)し、生産物を交換(貿易)する方が効率的である。

このように国際分業と貿易は表裏一体なので、貿易を制限すれば、国際分業も制約を受ける。当然、非効率が生じる。それにもかかわらず、貿易の自由化は、国際交渉によって双務的に進められる場合がほとんどである。つまり、「相手が自由化するならこちらも自由化する、さもなければ自由化しない」というスタイルである。これは、我々の日常生活レベルでの「分業と交換」にはまず当てはまらない。市場から買う方が自給するより安いと思えば、買う。買い控える理由はない。しかし国のレベルでは話が違ってくるのである。

交易条件の操作

この点を理解するために「交易条件」について簡単に説明したい。交易条件とは、輸出財の価格を輸入財の価格で割ったものと定義される。1単位の輸出で得た収入で何単位の輸入が可能かということであり、輸出品で測った輸入品の購買力を意味する。この購買力の上昇を「交易条件の改善」という。貿易による一国の実質所得の上昇は、交易条件の改善を通じてもたらされる。交易条件が改善すると、同じ量の輸出でこれまで以上の輸入ができるようになるので国内消費が増加する――つまり実質所得が増加するのである。

それでは、ある国の交易条件はどのように決まるのだろうか。交易条件は貿易財の国際的な取引価格に依存するので、貿易財の世界的な需給によって決まる。しかし、世界全体の需要に占めるある特定の国の需要が十分に大きければ、この国の需要の変化は貿易財の国際取引価格に影響する。つまり十分に規模の大きな国にとって、交易条件は必ずしも与件ではなく、変化させることが可能となる。

このような国には貿易を制限する誘因が働く。輸入関税をかけたとしよう。輸入財の(関税込みの)国内価格が上昇し、輸入需要は減少する。そして需要の減少によって、この財の(関税を含まない)国際価格は下落する。この国は輸入関税によって自国の交易条件を改善することができるのである。

もちろん国内価格の上昇は国内消費者の不利益となる。それにもかかわらず実質所得は上昇する。なぜか。輸入品と競合する国内企業が関税で保護され、利益を増やすためではないかと考えるかもしれない。実はそうではない。本質的に重要なのは、関税によって(関税を含まない)国際価格が低下することである。このことは、課税前に輸出国が得ていた輸出の利益の一部が関税収入という形をとって輸入国に移転されることを意味する。この利益の移転こそが輸入国の実質所得上昇の源泉なのである。

言い換えると、関税によって輸入財の国際価格が低下しなければ、国内価格の上昇による消費者の不利益を国内生産者の利益増と関税収入で埋め合わせることはできない。実質所得は低下する。規模の小さな国(小国)にとっては、貿易財の国際価格は与件と映る。貿易を制限しないことが常に経済合理的なのはこのためである。みずから貿易を盛んにすることによって繁栄した小国や都市国家の事例は、歴史においても現代においても容易に見出すことができる。我々が日常生活で市場からの購入をむやみに減らしても利益にならないのも同じ理由である。個人レベルの需要は市場全体から見れば非常に小さく、市場価格は与件だからである。

交易条件の外部性

自国の実質所得の最大化を狙う関税政策には「最適関税」という名前が与えられている3。先に見たように、関税を使って自国の交易条件を有利にすると、貿易相手国の実質所得が下がる。これを「交易条件の外部性」と呼ぶ。また、貿易が制限されるので自国と相手国の実質所得の総和も必ず低下する。つまり、最適関税は収奪的な政策であり、また、全体をみれば非効率を生む政策でもある。

各国が自国の実質所得を最大化することを目的として最適関税を課したとしよう。いわゆる関税戦争の状態である。交易条件の改善をねらって相互に関税をかけあった結果、どの国も交易条件の有利化に失敗するかもしれない。この場合、貿易が縮小するだけの結果に終わり、いずれの国にとっても損である。しかし、一方的に関税を廃して貿易を自由化すると、相手国の最適関税を成功させてしまうので、それもできない4。貿易の自由化が双務的にならざるをえない所以である。GATT/WTO体制や、自由貿易協定や関税同盟のような地域貿易協定は、自由貿易を実現するための(双務的な)国際協調と理解することができる。しかし、最適関税は常に失敗に終わるわけではない。

関税戦争の勝者

たとえ相手国から関税の報復を受けたとしても、なお自国の交易条件を有利化できれば、最適関税は成功する。それはどのような場合だろうか。端的に言えば、自国の関税が輸入財の国際価格を下げる効果が、相手国の関税が自国の輸出財の国際価格を下げる効果を上回れば、自国は交易条件を改善することができる。極端な例として、一つの大国と複数の小国が2種類の財(財1と財2)を貿易している世界を考えよう。簡単化のため、大国は各々の小国に財1を輸出し、小国は大国に財2を輸出するが、小国間の貿易は捨象する。大国は財2の輸入に関税を課してその国際価格を下げることができる。一方、小国は財1に関税をかけても需要減少は市場全体からみればわずかなので国際価格を下げることはできない。したがって、小国はゼロ関税、つまり自由貿易を選択する。大国の最適関税は成功し、自由貿易より高い実質所得を得る。

この例ほど極端な規模の違いがなくとも、大国が関税戦争に勝つ可能性は十分にある。2国2財の交換モデルを使って関税戦争の勝者が生じるケースを検討したKennan and Riezman(1988)によれば、例えば、一方の国が輸入財で40%の占有率があるとき、この国が輸出財において少なくとも70%を占有していれば、関税戦争に勝つことができる。仮に輸入財の占有率が50%に増えれば、少なくとも60%輸出財の占有率で貿易戦争に勝てる。関税戦争に勝者が生まれる状況は決して稀とは言えない。

敗者の戦略

関税戦争に勝てる国があるとき、敗者、すなわち関税戦争で実質所得が低下してしまう国にはどのような対処があるだろうか。議論を具体的にするために、3カ国(A, B, C)の寡占的な貿易モデルを考えてみよう5。各国には同質な財を供給する企業が1つずつあり、貿易を通じて各国の市場でクールノー型の競争をしているとする。また、各国の企業の生産性は同じだが、市場の規模は異なるとする。この設定では、いずれの国も関税を使って自国の交易条件を有利に変えようとする誘因を持つ。

筆者の計算によれば、ある1カ国の市場規模が3カ国合計の48%を超えると、この国は関税戦争に勝つことができる(自由貿易より高い実質所得を得る)。残りの2カ国は敗者となる(自由貿易より実質所得が低下する)。Kennan and Riezman(1988)とはモデルは全く異なるが、ここでも関税戦争に勝者と敗者が生まれるケースは稀とは言えない。

A国が勝者に、B国とC国は敗者になるとしよう。敗者になってしまうのは自国の市場規模が小さく、関税による交易条件操作の影響力が小さいからである。そこで、B国とC国が交易条件を操作する力を増やすことを狙って市場統合を目指すことが考えられる。ただし、この市場統合は自由貿易協定ではなく関税同盟であることが必要である。関税同盟では、域内の貿易は自由化され、域外に対しては共通関税が設定される。経済的にはあたかも一つの国であるかのように振る舞うことになる。モデルの計算では、A国の規模が52%を下回っていれば、B国とC国が関税同盟を形成することで全員が関税戦争の敗者となる状況を作り出すことができる。つまり、A国の関税戦争を抑止し、国際協調による自由貿易への道を開くことが可能となる。

一方、自由貿易協定では域外に対する関税(域外関税)を締約国が個別に設定することができる。このため締約国は、域外関税が自分の交易条件に与える影響を関税同盟の場合に比べて低く見積もってしまう。これにより、自由貿易協定の域外関税は関税同盟の共通域外関税はおろか、関税戦争における最適関税をも下回ることが知られている。その結果、域外国のA国の実質所得はさらに上昇してしまう。B国とC国の自由貿易協定は両国の実質所得を高めるので、両国がバラバラで関税戦争の渦中にある状態に比べればましとは言える。しかし、A国を国際協調に向かわせることができないので、問題の本質的な解決にはならない。

遺失所得の補償

先の関税戦争抑止の議論ではB国とC国が関税同盟を締結することを「前提」としていたが、そこには注意が必要である。両国の市場規模が同程度であれば、この両国は関税同盟を締結することでお互いに実質所得を増やすことができる。しかし、片方の国、例えばC国の市場規模が小さい場合、B国にとってはC国と関税同盟を締結するメリットがないこともあり得る。筆者のモデルの計算例では、C国の市場規模が少なくともB国の6割程度はないと、B国はC国と関税同盟を締結する合理性がない。C国との関税同盟はB国の実質所得を関税戦争の状態より下げてしまう。B国にとっては、市場規模の大きなA国に対して関税を引き上げ、市場規模の小さなC国と市場統合することにメリットがないからである。この場合、C国がB国と関税同盟を結ぼうとすれば、関税同盟から得られる利益の一部をB国に移転(補償)しなければならない。

しかし、このように関税によらない国際間の所得移転まで政策手段の視野に入れると、単にB国とC国からA国へ所得移転することによって自由貿易を維持することも考えらえる。関税戦争の敗者が関税戦争の勝者に自由貿易と関税戦争の実質所得の差分を補填すれば自由貿易の維持は可能である。また、自由貿易は関税戦争よりも世界全体では高い実質所得を実現するので、このような所得移転は常に可能である。そもそも、先述したモデルではA国の市場規模のシェアが52%を超えてしまうと、B国とC国の関税同盟も貿易戦争を抑止することはできない。このような場合には、A国に自由貿易の利益を多く配分するような譲許的な交渉をせざるを得ないだろう。

結語にかえて――関税戦争の行方

本稿で強調したように、関税措置の発動と報復関税の連鎖(関税戦争)によって、常に全員が窮乏化するわけではない。むしろ、勝者と敗者が生じるケースも稀ではない。

敗者に回る側は、経済統合を進めて全員が敗者となる状況を作り出すことによって関税戦争を抑止できる可能性があるが、その経済統合は関税同盟である必要がある。自由貿易協定は関税戦争の経済的ダメージを和らげても、域外国となる関税戦争の勝者の実質所得も改善するので関税戦争を抑止する効果は期待できない。

本稿で展開した議論は現在の世界にどのような示唆を持つだろうか。米国の関税政策が(規模はともかくとして)世界全体でみると経済の効率性を損なうものであることは間違いない。しかし、米国が関税戦争の勝者になれる状況だとすると、米国は問題の解決を急いでいないことになる。相手国がいずれ音を上げて交渉のテーブルに着くのを待つという姿勢を続けるだろう。むしろ敗者に回る側が解決を急ぐ必要がある。メキシコ、カナダとはNAFTA再交渉をこの10月初めに終えた(鉄鋼・アルミへの関税措置は継続している)。欧州や日本は貿易交渉に入ることを明らかにすることによって大規模な関税を回避している状態である。

中国はどうか。米国以外の国との貿易自由化をより積極的に進めるのかもしれない。実際にRCEP交渉の最近の動きなどもそれを反映しているとも考えられる。しかしそれらは自由貿易協定なので、米国に関税措置を取り下げさせることにはならないだろう。結局、米国が問題にしている知的財産権や国内産業政策で一定の譲歩(それらは米国への所得移転となると考えられる)を行わざるを得ないように思われる。

もちろん、ここで述べた理論的帰結を安易に現実に当てはめることには慎重である必要がある。例えば、関税戦争で勝者が生じるケースは決して稀ではないと強調したが、実際に米国が自ら始めた関税戦争の勝者なのか注意深く検討する必要がある。特に本稿で用いたモデルでは、関税は最終財に課されており企業の生産費用には影響しないと仮定した。中間財に関税をかければ輸入中間財を使う企業の生産費は上昇する。実際、トランプ関税に対する有力な国内批判のひとつがこの点である。中間財の関税を分析に取り入れることについては今後の研究課題としたい。しかし、それは関税戦争の勝者になる条件をより厳しくするが、関税戦争に勝者と敗者が生じるケースは依然として稀ではないだろうと予想している。

(本稿は2018年10月末時点に執筆された)

著者プロフィール

佐藤仁志(さとうひとし)。アジア経済研究所海外研究員(在米国)、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター(The Walter H. Shorenstein Asia-Pacific Research Center)客員研究員。専門は国際経済学。主な著作は"Effects of presidents’ characteristics on internationalization of small and medium firms in Japan" with Y. Todo, Journal of Japanese and International Economies, Vol.34, December 2014, pp.236-255. 「直接投資と経済の国際化」(大木博巳と共著)(岡崎哲二編著『通産産業政策史3』経済産業調査会、2012年所収)など。

参考文献
  • Kennan, John and Riezman, Raymond. 1990. "Optimal Tariff Equilibria with Custom Unions." Canadian Journal of Economics 23(1): 70-83.
  • ―――. 1988. "Do Big Countries Win Tariff Wars?" International Economic Review 29(1): 81-85.
  • Bown, Chad. P., Euijin Jung, and Zhiyao Lu. 2018. "Trump, China, and Tariffs: From Soybeans to Semiconductors." Peterson Institute for International Economics. Trade and Investment Policy Watch.
  • ―――. 2018. "Trump's Latest $200 Billion Tariffs on China Threaten a Big Blow to American Consumers." Peterson Institute for International Economics. Trade and Investment Policy Watch.
  1. ハーレー・ダビッドソン社の報道については、例えば2018年8月12日のReutersが参照できる。フォード社の報道については、例えば2018年9月26日付のUSA Todayにある。
  2. 報道などでは「貿易戦争」という言葉がよく使われているようである。したがって、表題もそれを採用した。しかし、関税とそれに対する報復関税の連鎖という内容をはっきりさせる意味で、本文では「関税戦争」という用語を使っている。貿易戦争と関税戦争という言葉が混在しているが本稿では両者は同じ意味で使っている。
  3. より厳密には、最適関税とは他国の関税政策を与件として政府が自国の経済厚生(実質所得)を最大化する関税のこと。自国の経済厚生とは、消費者利益(消費者余剰)、生産者利益(生産者余剰)、関税収入の総和である。政府がそれら経済厚生の構成要素を異なった比重で評価することもあり得る。
  4. これはゲーム理論でよく知られている「囚人のジレンマ」ゲームの典型である。
  5. より詳細なモデルの説明や計算の結果については、筆者にお問い合わせいただければ提示可能である。