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海外研究員レポート

チャイナ・シンドロームとその後

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050665

2019年1月

(5923字)

ポイント
  • 2000年代に米国の製造業の雇用は急速に減少した。米国の有力な研究の分析によると、この間に急増した中国からの輸入との競争に晒された部門での雇用減少が顕著で、労働の部門間移動は円滑に進まず、地域的な失業や労働市場からの退出が増加した(チャイナ・ショック)。
  • しかし、2010年以降、米国製造業の雇用は増加しており、中国からの輸入との競争により厳しく晒されている部門でも緩やかながら雇用は増加している。その間も中国からの輸入浸透率は増え続けており、少なくとも現在は「貿易が雇用を奪っている」とは言いにくい状況にある。
  • チャイナ・ショックに伴う雇用調整は終了しているのかもしれない。米国の製造業の雇用の質職種や細かな部門ごとに雇用の変化を調べる必要がある。

"I’ll bring back our jobs from China, from Mexico, from Japan, from so many places."

ドナルド・トランプ氏(現米国大統領)の大統領選出馬表明演説(2015年6月16日)より

はじめに

「貿易によって米国の雇用が奪われている」とは米国のトランプ大統領の一貫した主張である。もちろん、貿易の制限が雇用回復につながる保証はない。しかしこの主張を、ありもしない幻想を有権者に植えつける政策アピールと片付けてしまうのは早計である。1990年代以降に急速に増加した中国との貿易が米国製造業の雇用を大きく減らしたという指摘は、学界からもなされているからである。

本稿は、1990年代から2000年代にかけて急速に増加した中国貿易が米国の労働市場に与えた影響に関する学術的な議論を要約し、その上で、最近の米国の雇用の動きを紹介する。貿易と雇用の関係はそう単純ではない。その証拠に、米中貿易はかつてほど急なペースではないものの今日まで増加基調にあり、その一方で、米国経済は好調を維持し、失業率は4%を下回る歴史的な低水準にある。失業率の地域差も縮小している1。実は、米国の製造業雇用も2010年以降は増加に転じている。雇用の量ばかりでなく、どのようなタイプの雇用が製造業のどの部門で増えているのかといった、より丁寧な観察が必要だろう。

チャイナ・シンドローム(あるいはチャイナ・ショック)

「チャイナ・シンドローム」は、マサチューセッツ工科大のAutor教授らが2013年に発表した論文のタイトルである(Autor, Dorn, and Hanson, 2013)。昔の有名なパニック映画のタイトルにかけたものと想像されるが、映画が中国とは何の関係もなかったのに対し、この論文は1990年代以降に急増した中国からの輸入が米国の地域労働市場に与えた影響を精緻に分析している。論文の主張は次のとおりである。

  1. 米国では1990年代以降に低所得国からの輸入が急増した。その大部分は中国からの輸入であった。これを彼らは「チャイナ・ショック」と呼ぶ。
  2. 「チャイナ・ショック」は、製造業の雇用減少、失業の増加、労働力人口の減少をもたらし、非製造業部門の雇用増にはつながらなかった。
  3. 「チャイナ・ショック」によって1990年から2007年にかけての製造業の雇用減少のおよそ2割が説明できる。

したがって、「中国からの輸入は米国の製造業から雇用を奪った」ことになる。米国の製造業の輸入に占める中国シェアは1990年には約3.5%に過ぎなかったのが2007年には約20%に上昇し、その間、製造業の雇用は約17百万人から約14百万人にまで落ち込んだ。とりわけ雇用の減少は2000年頃以降に著しい(図1)。

図1 米国の雇用の推移

図1 米国の雇用の推移

(出所)筆者作成
なぜ中国からの輸入はこれほど急速に伸び、製造業の雇用はこれほど急速に減少したのだろうか。イエール大のSchott教授らは、それまで毎年の承認を必要としていた米国の中国への最恵国関税の適用が、2001年の中国のWTO加盟を契機に恒久化された点を指摘している(Pierce and Schott, 2016)。最恵国関税の恒久化措置は、関税の不可逆性を保証し、米国企業が中国に事業を移管したり、中国からの調達に切り替えたりする動きを促進する。また、この結果、中国企業による米国市場への輸出も活発化した。結果として、競争力のない米国企業は市場から退出し、雇用の減少が生じた。また、生き残った米国企業が製品や生産技術をより資本・技術集約的なものに変更したことも雇用の減少につながったとしている。
雇用減少の意味

各国は国際貿易を通じて、自国に比較優位のある経済活動に特化し、比較劣位にある経済活動は縮小させる(外国に任せる)。このような経済構造の変化こそが貿易利益の源泉のひとつなのだが、それが実現するためには、労働や資本などの生産投入物も縮小部門から拡大部門へ移動する必要がある。このプロセスが円滑に進めば、全体として雇用が減少することはない。しかし、現実の労働移動は必ずしも円滑に進まない。例えば、産業は地域的に集積することが多いので、輸入競争に晒された地域にとどまる限り、職を失った労働者が次の職を見つけるのは容易ではないだろう。Autor教授らの研究では、輸入増に伴う製造業の雇用減少は輸入競争に晒されなかった産業(例えば非製造業)の雇用増で吸収されたのではなく、地域での失業の増加や労働力人口の減少につながったことが示されている。

このように、労働調整に摩擦が伴う場合、資源配分の調整が円滑に進む理想状態と比べると、実現する貿易利益は少ない。また、一時的な経済ショックでも、その影響が長く続く可能性がある。そもそも、たとえ労働調整が円滑に進んだとしても、貿易により需要が減るタイプの労働(先進国では単純労働者)は実質賃金が減少することが知られている。したがって、労働移動が円滑に進まないとなれば、需要が減るタイプの労働にとっては、失業や労働市場からの退出など不利益の追い討ちをかけられることになる。

チャイナ・ショック、その後

Autor教授らのチャイナ・シンドローム論文を始めとして、チャイナ・ショックに関する多くの論文の分析対象期間は1990年代から2000年代にかけてである。中国は2001年にWTOに加盟したので、この分析期間は妥当なものだろう。しかし、米国の中国からの輸入は2010年代以降も増加を続けており、製造業の雇用が引き続きどのように変化したか興味深い。そこで最近の統計で確認しよう。

期間を少し長めにとって(1970年から2017年)、米国の(農業部門を除く)全産業の雇用と製造業における雇用の長期的な推移を確認しておこう(図1)。まず、全体の雇用は上昇傾向にある(破線)。世界金融危機のため2008年に落ち込んだが、2010年を境に増加傾向に戻っている。対照的に、製造業の雇用は停滞気味で推移してから、2000年代に急減した(実線)。しかし、2010年以降、やはり増加に転じている。

次に、製造業部門を中国からの輸入との競合度合いで分類してみよう(図2)。使った指標はDauth, Findeisen, and Suedekum(2017) と同様で、1990年から2015年にかけての対中国貿易の輸出と輸入の変化の差を製造業の部門ごとに計算し、その中間値を基準にして相対的に競合度が低い「輸出型」と競合度が高い「輸入型」に分類した。中国からの輸入品との競争に最も晒されたのは、コンピュータや電子・電気機器、繊維・アパレル、家具・その他製造業といった部門で、競争に比較的晒されなかったのは(自動車等以外の)輸送機器、石炭・石油製品、食料・飲料製品といった部門である2。先行研究も同様の傾向を指摘している(Amiti and Freund, 2010)。

興味深いことに、2000年頃までは、輸出型も輸入型もほとんど同じような雇用の動きをしていたが、それ以降、輸入型の雇用の落ち込みは輸出型の落ち込みを大きく上回った。2000年代初めについては、輸入型でIT不況の影響がより強く出ていることに注意しなければならないが、それ以降も2005年頃まで、輸入型の雇用は輸出型より早いペースで下落した。チャイナ・ショックの影響が反映されているとみてよいだろう。

図2 中国からの輸入競合程度による雇用の分類

図2 中国からの輸入競合程度による雇用の分類

(出所)筆者作成

一方、2010年以降の雇用回復局面をみると、ペースは鈍いものの輸入型でも増加していることが分かる。中国からの輸入との競争圧力が緩和されたのだろうか。その可能性はあるかもしれない。米国の製造業製品の国内需要に占める中国からの輸入供給の割合(輸入浸透率)をみると、世界金融危機前後から増加のペースは鈍化したようである3。しかし、上昇を続けていることには変わりなく、2010年に7%程度であったものが2015年には8%へと増えており、競争圧力が著しく緩和したということでもなさそうだ。

2010年以降、米国の失業率は一貫して低下傾向にあった。2010年には10%近かったのが、2015年には5%台後半、そして現在は冒頭に述べたように4%を切る水準である。したがって、少なくとも現在は「貿易が雇用を奪っている」とは言いにくい状況にあるとは言えそうだ。

結語――調整の終了?――

現在では、中国からの輸入が製造業の雇用にかつてのような負の影響を及ぼしているように見えない。なぜだろうか。考えられるのは、中国のWTO加盟の効果(関税の引き下げと貿易政策の不確実性の減少)は、基本的には一度きりの政策変更の効果であり、それに伴う労働市場の調整は既に終了したということかもしれない。

しかし、これだけでは2010年以降に製造業の雇用が増加に転じたことを説明するのは難しいように思われる。なぜなら、中国との貿易は拡大しており、引き続き、米国内で競争力のない企業の退出や資本や技能を集約的に用いる製品や生産技術への転換を促していると考えられるからだ。これらは雇用を減らす方向に働くと考えて良い。一方、貿易をチャンスとして伸びる企業もある。中国への直接投資や業務委託により、生産性が改善すれば、企業は国内に残した部門の雇用を増やすことも考えられる。最近では後者の効果がより強く出るようになっているのかもしれない。実際に、2010年以降の労働者一人当たりの付加価値生産(労働生産性)をみると、輸入型の方が輸出型に比べ高い伸びを示していた4。もちろん、マクロ的な要素も無視できないだろう。世界金融危機後の不況克服のために長く金融緩和が続けられてきた。国内経済の回復と現在の好調はその恩恵も受けている。そして、国内経済の回復は幅広い部門の雇用にも追い風となったはずである。

これらは統計データの観察に基づくとはいえ、もちろん推測の域を出るものではない。どのような職種の雇用がどの製造業部門で増加しているのかなど、より詳細なデータを検討することが近年の雇用や労働生産性の変化の要因を知る手掛かりとなるだろう。今後の検討課題としたい。

(本稿は2018年6月頃に執筆された)

著者プロフィール

佐藤仁志(さとうひとし)。アジア経済研究所海外研究員(在米国)、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター(The Walter H. Shorenstein Asia-Pacific Research Center)客員研究員。専門は国際経済学。主な著作は"Effects of presidents’ characteristics on internationalization of small and medium firms in Japan" with Y. Todo, Journal of Japanese and International Economies, Vol.34, December 2014, pp.236-255. 「直接投資と経済の国際化」(大木博巳と共著)(岡崎哲二編著『通産産業政策史3』経済産業調査会、2012年所収)など。

参考文献
  • Amiti, Mary and Caroline Freund. 2010. "The Anatomy of China's Export Growth." In China's Growing Role in World Trade, edited by Robert C. Feenstra and Shang-Jin Wei. 35-62. Chicago: University of Chicago Press.
  • Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson. 2013. "The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States." American Economic Review 103 (6): 2121-68.
  • Dauth, Wolfgang, Sebastian Findeisen, and Jens Suedekum. 2017. "Trade and Manufacturing Jobs in Germany." American Economic Review 107 (5): 337-342.
  • Pierce, Justin R. and Peter K. Schott. 2016. "The Surprisingly Swift Decline of US Manufacturing Employment." American Economic Review 107 (7): 1632-62.
  1. 雇用統計はthe US Bureau of Labor Statistics (BLS)による。2018年10月5日に公表された統計によれば、9月の失業率(季節調整済)は3.7%に低下した。
  2. 米国の対中貿易は、多くの製造業部門で輸入超過なので、輸出型に分類されていても輸入超過となっていることが多い。中国からの輸入との競合度が低い「輸出型」には、(自動車等以外の)輸送機器、石炭・石油製品、食料・飲料製品、印刷・同関連業、紙・紙製品、化学製品、輸送機器、木材・木材コルク製品が含まれる。競合度が高い「輸入型」には、コンピュータ、電子機器、繊維・アパレル、電気機器、家具・その他製造業、ゴム・プラスチック、一般機械、窯業・土石製品、金属製品、鉄鋼・非鉄金属が含まれる。
  3. OECD STANデータベースとSTAN Bilateral Trade データベースを用いた筆者の計算による。
  4. 注3に同じ。