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2017年ケニア大統領選挙をめぐる混乱(2)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050176

2018年2月

はじめに

2017年9月1日、ケニアの最高裁が下した判断は、ケニア国民にとどまらず世界中を驚かせた。同年8月に行われた大統領選挙について、最高裁が選挙そのものを無効とし、いったんは選挙管理委員会が宣言した現職U・ケニヤッタ大統領の再選も無効であると判断したのであった。ケニア国内のメディアはもとより、CNN、BBCなど国際メディアもこぞって、この件をアフリカ初であるとして驚きとともに報じた。

以後ケニアでは、再選挙の実施、野党側による選挙ボイコットと、選挙をめぐって混乱が続いた。その混乱とはいったいどのようなものだっただろうか。背景には何があったのか。その後、問題は解決したのだろうか。 第2回のこの欄では、2017年8月に行われた大統領選挙、およびその後に抗議行動が高まるなかで選管による結果発表が行われた様子をふりかえってみよう1

                               ↓U・ケニヤッタ大統領
写真:U・ケニヤッタ大統領写真:R・オディンガ元首相
                            R・オディンガ元首相↑
電子的選挙システム

2017年大統領選挙では、電子媒体を用いた集計データの送付が後に大きな論争の種となった。このシステム――「統合電子的選挙システム」(integrated electronic electoral system。以下、電子的選挙システム)――にはどんな弱点があったのだろうか、もう少しみていこう。 電子的選挙システムは、2007/08年の紛争後に制定された「選挙法」(Elections Act, 2011)に基づき、2013年国政選挙で初めて試験的に導入された。2017年選挙では、まず有権者登録(前回参照)の際の名前と指紋の登録にこのシステムが使われた。投票日には、開票と集計にあたる各投票所から、選挙区レベル集計所と首都ナイロビにある選管本部の双方に対し、電子的選挙システムを通じて集計数値が送付された。

改変などの不正や事故を防止するため、送付には通常の電子メールなどではなく、この選挙管理用に事前に調達された専用の電子機器が使用されることになり、全投票所に設置された。データはやはり特設されたサーバに送付され、そこに選管本部がアクセスすることとされた。

電子的選挙システムが電子データのやりとりで進められる一方で、各レベルでの集計作業の結果はまずは紙の書式に書き込まれる。選管係官と各政党・選挙協力組織のエージェントは、数値などを確認し、署名する。

投票所レベルでの集計結果を書き込む書式を「フォーム34A」という。フォーム34Aに書き込まれた投票所レベルの集計値は、全国290の選挙区ごとに設けられた選挙区レベル集計所でそれぞれいったん集計され、やはり決められた用紙(フォーム34B)に記入され、選管係官、政党エージェントらが確認し署名する。

ナイロビにある選管の中央本部には、紙媒体のフォーム34Bが、あらかじめ任命された係官(リターニング・オフィサー)の手で持参される。選管本部では、大統領選挙の結果が、全国レベルの集計値を記す用紙(フォーム34C)に記入される。各集計所の選管係官は、これら決められたフォームを作成する一方で、電子機器に集計値を手作業で入力し、スキャンしたフォーム画像とともにサーバに送付する。

写真:選管本部に送付された集計用紙画像の例

選管本部に送付された集計用紙画像の例

紙と電子媒体によるこのいわば「二重のシステム」が始まった背景には、選挙運営の難しさがあった。現在のケニアでは、投票所ごとの有権者を一定数以下に抑えるため数多くの投票所が設けられる傾向にあり、2017年選挙時では投票所数は全国40,883カ所にのぼった。ケニアの総人口は日本の3分の1ほど――最新の2009年国勢調査時で約3,800万人――だが、国土面積は日本の1.5倍あり、交通網の発達していない乾燥地域の面積も広大である。遠隔地からリターニング・オフィサーがナイロビに到着するまで数日かかることもあるほか、多数の投票所、集計所の間の連絡を遺漏なく行うことも容易でない。

電子的選挙システムには、紙の書類だけの時代に多発してきた集計の遅れ、二重投票、投票箱や書類のすり替えなど様々な問題を防止する機能が期待された(2016年9月修正による選挙法44条)。2013年以後は、紙媒体とは別に、電子媒体でデータが送られるようになり、その性質上、紙の書類よりずっと早く集計値が選管本部に届くようになったのだった。

しかし、こうして電子的選挙システムの仕組みをみれば明らかなように、紙媒体の集計値と、投票所で選管係官が手作業で電子機器に入力した集計値には、齟齬が生じる可能性がある。さらに、実際に運用を始めてみると、各種フォームのスキャン作業やデータ送信の過程でも、故意か事故かにかかわらず不備が排除できなかった。2013年の初導入時にも、集計作業の途中で選管が電子的選挙システムの使用中止を発表し、残りの作業を手動のみに切り替えている。

繰り返された大統領選挙集計段階の混乱

2017年においても、全国レベルの集計を必要とする大統領選挙で、電子的選挙システムへの数多くの疑惑が生じた。これが結局は、大統領選挙を無効とした司法判断の重要な根拠の一つとなっていく。

選管が発表した投票日(8月8日)夜9時時点の速報値では、ケニヤッタ大統領の得票は55%近くにのぼった。しかし、大統領選挙直前の複数の世論調査では、ケニヤッタ、オディンガがいずれも40%台で接戦となっており、調査によってはオディンガの支持率がケニヤッタをわずかに上回るなど、大統領選挙の速報値と必ずしも一致しない傾向が出ていた。オディンガら、野党の選挙協力組織NASAの代表団は、夜のうちに選管委員長らと会合をもち、電子的集計システムの数値を使った速報を中止するよう要請した。一方選管側は、速報を中止すると混乱を招くとして速報を続けた。

時計が深夜を回った投票翌日の9日、オディンガは、選管による大統領選挙の速報値はフォーム34A、34Bが同時に示されていず、根拠が示されていないとして、速報値を否定した。選管が発表した深夜1時の速報値では、ケニヤッタ大統領 5,602,722票(55%)、オディンガ 4,462,244票(44%)、開票率約3分の2とされていた。ケニヤッタ大統領はその後も終始約10ポイントのリードを保ち、9時間後の現地時間9日午前10時で電子的選挙システムでの転送率92%、ケニヤッタ大統領7,656,951票(55%)、オディンガ6,274,821票(45%)だった。

オディンガらは9日午前10時過ぎに記者会見を開き、選管の発表している大統領選挙結果は根拠がないうえ、電子的選挙システムがハッカーの影響下にあり速報値はハッキングにより操作されたものだとして、速報値を否定し選管を批判した。野党側によれば「9日早朝5時半時点で閲覧可能だったフォーム34Aは全国でただ一通」にとどまっていた(NTV生放送www.nation.co.ke、2017年8月9日視聴)。

実はケニアでは、投票日直前の2017年7月末に、選管の電子的選挙システムを担当するマネージャーの一人が行方不明となり、片方の腕が切断された状態で遺体で発見されるという事件が発生していた。同マネージャーは選管のサーバの設置場所を知っていた数人の一人だとされ、遺体の状態からは拷問の可能性もあった。オディンガらは「殺害された選管事務官のIDがハッキングに使用され、大統領選挙で現職に11ポイントのリードが出るようアルゴリズムが埋め込まれた」として、殺人事件がハッキングに関連しており現職が再選するよう数値が操作されていると主張した(NTV生放送、2017年8月9日視聴)。

その数時間後、野党側からの批判を否定も肯定しないかたちで、選管委員長のW・チェブカティ(Wafula Chebukati)は、これまで電子的選挙システムで発表してきたのは速報値にすぎず「非公式(unofficial)」だと発言した。これは、スキャンにより送付された各種フォームの画像と、オリジナルの紙の書式の間にずれがあり得ることを選管委員長自らが認めたに等しい発言だった。チェブカティ委員長は、ハッキングについては調査中であるとしつつも、選挙の公式の結果はフォーム34A、34Bのみであると述べた。

抗議行動の開始
大統領選挙の電子的選挙システムをめぐる混乱は、野党支持の強い地域を中心とする抗議行動に発展した。オディンガらが集計作業にハッキング疑惑があると発表した同じ2017年8月9日、オディンガの出身地に近い西ケニア旧ニャンザ州のキスム(Kisumu)とホマ・ベイ(Homa Bay)両カウンティでは青年たちが路上に繰り出し、選管による速報値発表をやめるべきだとして抗議活動を行った。ナイロビで低所得者向けの住宅が集中するマザレ(Mathare)、キベラ(Kibera)では、ハッキング疑惑に言及したオディンガらの記者会見の直後に小規模な混乱が発生し、選管の事務官1人が負傷したほか、マザレでは警官に撃たれて二人が死亡した。西ケニア旧ニャンザ州のキシイ(Kisii)カウンティでも治安担当官の発砲により選挙区レベル集計所で男性1人が死亡した。ナイロビでは、平日にもかかわらずほとんどの店舗がシャッターを閉ざした。

地図:本文に登場するカウンティ、地域名

本文に登場するカウンティ、地域名

10日になると、ANC(NASA傘下の一政党)を率いるムダバディ(Musalia Mudavadi)は、選管の極秘情報源からデータを取得したとして、野党側による大統領選挙の独自集計の結果、オディンガの得票は804万票にのぼる一方、ケニヤッタ大統領の得票は770万票にとどまっていると発表し、選管に対しオディンガの当選を宣言するよう求めた。チェブカティ選管委員長は、野党側による大統領集計結果を否定し、集計結果を発表するのは選管のみだと述べたが、混迷は深まる一方だった。

11日午後、当面は事態を静観するようにと支持者に呼びかけていた野党側は、記者会見のなかで「今回は」不服申し立てに司法を用いる計画はない、「その方法はもう試した」と述べて、ついに街頭行動を示唆した。NASA側は、2013年大統領選挙の際に野党側による不服申し立てが退けられた経験を参照枠にしていたとみられ、当初から司法を通じた不服申し立てには強い期待を寄せていなかったようである(この「幻滅」がその後の司法判断で覆されることになるのだった。後述)。

表1 2017年8月大統領選挙結果1(有権者登録者数19,611,423, 投票率77.1%)

表1 2017年8月大統領選挙結果1

1)この大統領選挙結果は、不服申し立て裁判を経て、2017年9月に最高裁によって無効と判断されている。
2)得票率25%以上のカウンティ数。
3)オレンジ民主運動は、野党側の選挙協力組織(NASA)傘下の代表的政党である。 出典)選管(IEBC)のウェブサイト「Presidential Results Form 34C: Per Constituency and County」 https://www.iebc.or.ke/uploads/resources/m3f8arLNjp.pdf,「FORM34B」https://forms.iebc.or.ke/form34b(2017年8月22日ダウンロード)より筆者作成。
現職ケニヤッタの「再選」

度重なる野党側からの抗議をよそに、現地時間8月11日夜9時前、選管は大統領選挙の結果、ケニヤッタ候補が当選したと発表した。この発表によれば、投票総数は15,073,662、投票率は78.91%、ケニヤッタ大統領の得票数は8,203,290票(54.3%)で、オディンガの得票数6,762,224票(44.7%)を上回ったことに加え、一回目投票での当選に欠かせない「投票総数の過半」に達していた2

再選とされたケニヤッタ大統領は、結果発表を受けてすぐに勝利演説をおこなった。一方、オディンガら野党側は、不正があるとして「結果」受け入れを拒否して発表会場の中央集計センターを一斉に退出した。野党支持の強い地域では、抗議行動がやむことなく続いた。(つづく)

著者プロフィール

津田みわ(つだみわ)。ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター主任研究員。法学修士。専門はケニア地域研究、政治学。主な共編著に『ケニアを知るための55章』(明石書店)、最近の共著に『現代アフリカの土地と権力』(武内進一編、ジェトロ・アジア経済研究所)など。

書籍:ケニアを知るための55章

書籍:現代アフリカの土地と権力

写真の出典

U・ケニヤッタ大統領
By Make it Kenya [Public domain], via Wikimedia Commons
R・オディンガ元首相
By World Economic Forum from Cologny, Switzerland [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons
選管本部に送付された集計用紙画像の例
https://public.rts.iebc.or.ke/index.html(2017年8月16日アクセス)

脚注
  1. 本稿執筆にあたっては、主要現地紙のDaily Nation、East African、Standard、Starおよび、独立選挙管理・選挙区画定委員会サイト(https://www.iebc.or.ke)、ケニア司法ポータルサイト(http://www.kenyalaw.org)、ケニア司法省(http://www.judiciary.go.ke)、民間世論調査会社イプソス・ケニアサイト(http://www.ipsos.co.ke/)を参照した。紙幅の都合により、本文中での引用を除いて記事の詳細については省略する。
  2. ケニアの大統領選挙では、過半数のカウンティにおいて25%以上の票を得ないと当選できないというルールがある(前回参照)が、ケニヤッタとオディンガのどちらもこのハードルをクリアしていた。