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スリランカ国防省「人道作戦の事実に基づく検証 2006年7月-2009年5月」(Humanitarian Operation Factual Analysis)を発表

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049568

2011年8月

スリランカは2009年5月にタミル・イーラム解放の虎(LTTE)との内戦を終結させた。しかし、終結時にスリランカ政府およびLTTE双方に重大な戦争犯罪や人権侵害があったのではないか、と内戦終結直後から疑問視されていた。2011年に入ってから、戦争犯罪や人権侵害を検証する報告書や出版物が著され、放送メディアでも取り上げられるようになった。4月に発表された国連の専門家委員会の報告書は「スリランカ内戦に関する国連専門家レポート」(2011年5月)を参照されたい。続く5月に出版された、紛争時にスポークスマンとしてスリランカで勤務していた国連職員が著した単行書The Cagehttp://www.bodleyhead.co.uk/book.asp?ean=9781847921390)は、専門家委員会の報告書よりも詳細にタミル人の苦境を描いている。そして6月にイギリスのテレビ局チャネル4が「スリランカのキリングフィールド」として放送した50分間の番組は、内容としてはその前に発表された報告書と同書をほぼなぞるものだったが、映像のインパクトが強く、きわめてショッキングな内容だった。チャネル4は7月にもスリランカの国防次官が、現場の軍幹部に対して、投降するLTTE幹部を捕虜にすることなく殺害するよう命じた、と告発する短い番組を放送している。

こうした国際社会からの批判に対して、スリランカ国防省が8月1日に出したのが「人道作戦の事実に基づく検証 2006年7月-2009年5月」( www.defence.lk/news/20110801_Conf.pdf)である。

同報告書の構成は3部からなる。1部はLTTEについてその歴史から組織の成り立ち、および政府とLTTEの交渉過程が記述される。2部では、紛争を終結させた軍事作戦について述べられている。そこではいかにして民間人の犠牲が少なくなるようにしたか、民間人への食糧供給に万全を期したこと、なども説明されている。3部では人道作戦の結果として、テロの撲滅による治安の回復、選挙の実施、北・東部における民主主義の修復、軍事グループの解散、表現の自由の回復、北・東部の地雷撤去、元LTTE要員のリハビリ、移動の自由の確保、北・東部の平常化、漁業制限の解除、北・東部の経済発展、スリランカの経済復興、民族間の調和、治安確保、和解と説明責任、が実現したことを挙げている。

さらに付表として、LTTEがいかに残虐非道な組織で、政治や経済・人々の生活を圧迫したかを示すべく、70ページ余りにわたる、LTTEによるとされる事件リストが提示されている。

今回の報告書に国際社会が期待したことは、戦争犯罪や人権侵害に対しての検証だろう。しかし、スリランカ政府は戦争犯罪があったことを真っ向から否定している。

この報告書を発表した際、チャネル4の番組がねつ造であると主張する1時間のビデオが上映された。後半では元LTTE兵士や難民キャンプで暮らす人々が証言している。最後にチャネル4が、資金調達や密輸をはじめとするLTTE支援に深く関与し、現在もタミル・イーラム国家の樹立を画策している海外タミル人ネットワークに触れていない矛盾を突いている。

今回の報告書は、特に、過去のLTTEの悪行を総括するような内容になっている。ここまでの悪行を重ねた、危険なテロ集団としてのLTTEを殲滅したこと、いかにそれを軍事的に成し遂げたかが、報告書の大半を占めている。民間人保護に関しては、人間の盾としてLTTEに捉えられたタミル人たちを、海と潟湖に挟まれた狭い土地からいかに救出したか、および食糧供給のためのシステム等は語られるものの、出版物、テレビ放送等で糾弾された非戦闘地帯(NFZ)における病院を標的とした空爆などの戦争犯罪や人権侵害に関しては、そのようなことは行われるはずがないとの見解である(空軍の軍事作戦については237~246パラグラフに詳しい)。

さらにゴーターベ・ラージャパクセ国防次官は、報告書の発表時、スリランカ政府に対する批判を事実無根でばかげていると一蹴し、「将来を見据えるべき」と述べている。これまでスリランカは紛争の影響で経済発展の波に乗り遅れており、和平を機に海外からの投資や観光客を呼び込みたいところだからである。確かにスリランカの発展のチャンスを摘み取るべきではない。しかし、もし戦争犯罪や人権侵害があったのならば、被害者に対して何らかの措置をとるべきだろう。それを全く認めないまま、紛争終結の成果を示しても国民的な和解や今後の国家運営は難しいのではないだろうか。

(2011年8月4日)