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中西 嘉宏 研究員インタビュー

「人の顔が見える政治研究を目指して」 


中西 嘉宏 研究員
所属:地域研究センター 東南アジアⅡ研究グループ
専門分野:ミャンマー地域研究, 比較政治学, 政軍関係論
  • 途上国、特にミャンマーに関心を持ったきっかけは?
    学問に関心を持ったのは、学部生の時に牧原出先生の「行政学」のゼミと土佐弘之先生の「国際関係論」のゼミに出たのがきっかけです。怠慢学生だったので、それまでは授業にまともに出た記憶はありません。牧原先生のゼミは、当時刊行中だった『佐藤栄作日記』を参照しながら毎回3カ月単位で当時の政治過程を分析するというものでした。首相の日記は第一級の資料ですが、時に私的で断片的な文書です。それをつなぎ合わせながら、もっと大きな政治状況に位置づけるという作業は地道で丁寧な思考を必要とするものでした。土佐先生の授業は批判的国際関係論に関するものでした。既存の国際関係論の概念を批判的に再検討する作業は、自分の思考がいかに固定観念で縛られているのかを認識させてくれました。学問が面白いと肌で感じたのはこの両先生の影響です。大学院に進む際に途上国研究をしようと思ったのは、フランツ・ファノンの著書『地に呪われたる者』を読んだのがきっかけです。今読み返すと何が書いてあるのかよくわからないところも少なくないのですが、その深くて過激な反植民地主義思想に衝撃を受けたのを覚えています。研究対象国としてミャンマーを選んだ理由はとてもいい加減なもので、先行研究が少なくて大学院(東南アジア研究専攻)の入学願書の志望動機が書きやすかったからです。

  • 初めての著書『軍政ビルマの権力構造』で「第26回大平正芳記念賞」を受賞されましたが、執筆する上でご苦労された点は?
    第26回大平正芳記念賞
    ミャンマーは調査が難しい国ですが、幸運にも2003年から約2年間ヤンゴンに長期滞在ができました。その上、外国人が利用しにくい国軍の文書館が利用できたり、古本屋で貴重な資料が手に入ったりと多くの好運が重なりました。今は調査環境がまた厳しくなっています。ですので、調査の開始が一年遅れていれば、この本の内容はずいぶん違ったものになっていたでしょう。ビルマ語については最初の8カ月間、集中して学びました。そのあとは手探りの調査です。平日の午前8時半から午後2時までは国軍の文書館に、そのあと5時まで国立文書館に約半年の間通っていました。国軍の文書館では資料の重要な部分はすべて手写しです。すごくたいへんな作業でしたが、誰も読んだことのない重要資料を手にすると興奮しました。他にも、古本屋の店主にお茶とおやつをごちそうして仲良くなり、一般の書店に出回らない流出資料を集めてもらいました。インタビューも依頼の半分ぐらいは断られましたが、予想以上に元政治家や退役軍人に会うことができました。とにかく、まともにデータの存在しない調査対象だったので、リサーチデザインなどという悠長なことは言っていられません。とりあえず、資料を見つけては読み、人を見つけては会い、そこから何を言えるかを考える日々でした。拙著のひとつの強みは、こうした作業を通じた政治体制内部の事実発見にあります。ただ、出版時には賞をもらうなんて想像できなかったですね。実は、出版の喜び もそれほどありませんでした。むしろ、この本でできなかったことへの悔いの方がずっと大きかったです。特に、内容が国家の構造や制度の分析ばかりになってしまい、そこに関わっている人の個性や社会があまり見えないものになってしまいました。本当は制度や政治の向こうで揺れ動く人間や社会の変化が見える研究をしたかったんです。これは一生の課題かもしれません 。

  • 中西さんはアジ研に入られてまだ3年目ですが、大学院とアジ研の地域研究はどう違いますか。
    僕が大学院で学んだ研究姿勢はおもに3つです。1つは、人類学、農学、経済学、政治学、歴史学などさまざまな分野の先生や学生がいたので、特定分野の理論や専門用語を使っても通じないということです。おかげで平易な自分の言葉で説明しようとする癖がつき、専門用語や大仰な言葉でごまかすことはしないようになりました。たまにしてしまいますけど。2つ目は、地域研究的な想像力でしょうか。自分が知りたい現象に関わっている人の頭の中を可能なかぎり想像しようとすることです。たとえば、自分がミャンマーの軍人、反政府活動家、地方の教師、あるいはお坊さんだったらどう考えてどう行動するか、そういう想像と推測の繰り返しのなかで社会現象を理解しようとする姿勢です。うまく推測するには、まず現地に行き、現地語を理解しようとするのは当然のことですが、人の政治行動を考えようとすると、政治だけを見ていても難しいですよね。経済状況や個々人のこれまでの経験、文化的な背景などに関心を広げざるを得ません。となると、読む本や論文が変わってきます。僕は軍政の研究をしてきましたが、政治学的には、他の東南アジア、ラテンアメリカ、アフリカの軍政の事例を学ぶことが大事でしょう。ですが、地域研究的にはミャンマーの経済、社会、宗教、歴史、思想について知ることを優先させます。どちらもできるのが理想ですが、興味や 能力の関係でどうしても偏りが生じてしまうものです。僕の場合、これまではミャンマー全体を考えることを優先させてきました。3つ目は、地域にとって重要 な問いを立てるということです。ミャンマー政治の場合、国軍の話を抜きにしては本来政治を語れません。しかし、政治学では軍と政治に関する研究は1960 年代に流行して今や停滞している分野です。でも、そんなことは気にせず、軍と政治をテーマに設定しました。ミャンマーにとって重要な問いを立て、そこから地域の理解を深めることができればよいと思っていたからです。

    僕はこれらが地域研究のスタンスだと思っていたのですが、アジ研の地域研究はもう少し一般化への志向が強いですね。地域研究にもいろいろあるなと新鮮な印象を受けていて、これまでのやり方を見直すいい環境にいると思います。

  • 今後、どんな研究を目指しているのですか?
    ミャンマーは今年の秋に総選挙を行うので、1988年以降のミャンマー政治をまとめながら総選挙後の政治を展望する研究会に参加しています。また、タイとマレーシアに流出しているミャンマー人難民の問題と、ミャンマーの華人系実業家についても調査をしています。これにプラスして、アジ研に入ってから始めたのがパキスタン研究です。パキスタンはミャンマーに比べてずっと治安が悪い国です。特に、2001年のアフガン戦争以降、急速に治安が悪化しています。しばしば報道されるテロだけでなく、民族間の衝突や暴動、国家による人権侵害も少なくありません。さらに、治安の悪化に対応して人々が武器を所持し、結果、ますます治安が悪化していく傾向にあります。こうした負の連鎖がどうして生じ、これを食い止めるにはどうすればよいかを考えていきたいと思っています。

(取材:2010年6月14日)