研究者のご紹介

小島 道一 研究者インタビュー その2

「国際リサイクル・国際リユース:資源・製品なのかゴミなのか」

所属:東アジア・ASEAN経済研究センター (ERIA)に出向中
専門分野: 環境・資源経済学,インドネシアの環境問題,アジアにおけるリサイクル,再生資源・廃棄物の越境移動

本年5月に『リサイクルと世界経済――貿易と環境保護は両立できるか――』(中央公論新社)を上梓されました。この本を書こうと思った理由を教えてください。

国際リサイクル・リユースについては、2つの極端な立場があるんです。ひとつは「必要とされて貿易されているのだから、どんどん輸出すればいいじゃないか」という立場、もうひとつは「輸出先で環境問題が発生するような廃棄物を押し付けている、輸出すべきでない」という立場です。実際の現場に赴き、いろいろな人の話を聞くなかで、どちらの立場でもない考え方があるなと思い至りました。論文を書くことも考えましたが、論文だと両方の立場の事例を見せたり、どんな議論があってどこが問題なのかをうまく伝えられないので、書籍としてまとめようと思ったのが執筆のきっかけです。

バーゼル条約(廃棄物の国境を越える移動などの規制,国際的な枠組みに関する条約)の国際会議にもずっと参加されていますね。

バーゼル条約の国際会議には2004年から参加しています。「国際会議での議論」と「実際の現場」には、かなりギャップがあるなと感じますね。実際の現場には、 さまざまなトレードオフのようなものが付き物ですが、国際会議ではそういったことが理解されずに議論が進んでしまうこともあります。

もうひとつ問題だと思うのは、 本書にも書きましたが、日本の政策担当者というのは2年間で異動してしまうことです。引き継いだばかりの担当者は、予定と違う議題が出てくると問題の背景がわかりませんし、あるいは各国がなにを重要視しているかをよく理解できていなかったりします。しかし長いスパンでかかわっている研究者であれば、新しい担当者に情報提供することができます。それはひとつの重要な役割といってよいでしょう。

国際会議ではもうひとつ、とても重要なポイントがあります。それは「休み時間にネゴる」(交渉・折衝する)ことです。会議の場で話すことはもちろん重要ですが、発言時間は限られています。自分が言いたいことは、キーパーソンには事前に伝えておくほうがいいのです。つまり根回しですね。

逆もまた然りで、相手が主張していることをしっかり理解するには、会議の場だけではとても足りません。休み時間を利用して理解を深める必要があります。バーゼル条約だと数百人の参加者がいるわけで、会場で発表を聞いているだけでは、誰がどこの国の代表なのかということすらわからないことがあります。「さっき発言した人は誰だっけ」というのもよくあることです。長くかかわっている研究者には、そういう人たち同士をつなげる役割もありますね。

写真:小島道一さん

国際交渉のシェルパのような役割でしょうか。国際交渉のシェルパはアジェンダセッティングをはじめ、交渉が円滑に進むように裏の仕事をこなします。小島さんはそこまで関わっていますか。

最近はそういう仕事も部分的に担うようになりましたね。はじめはオブザーバーとしての参加でしたが、だんだん各国の政策担当者との距離が近くなってきましたし、ガイドラインの作成などの交渉には、参加、発言できるようになりました。ただ、研究者としてやるべきことの範疇を超えているかもしれません。本来は政策担当者の仕事です。

先ほども申し上げましたが、日本の場合、残念ながら政策担当者が2年で交代してしまいます。本来はもっと長期間にわたって携わるべきだと思います。それができないのであれば、研究者やコンサルタントなど、長くかかわることができる人をつけてサポートしてもらうべきでしょう。いま実態としてはそういう形になっていると思いますが、きちんと意識して体制を整えるべきです。コンサルタントの方たちは、なかなか自由に動くことが難しいように見えるのです。研究者のほうが向いているように思います。他の条約交渉でも状況は同じではないでしょうか。

他国の場合、そもそも政策担当者が長いスパンで着任しますから、研究者がこういう仕事をすることはないと思います。繰り返しますが、 影響力の強い国は、日本のように2年で交代というケースはほとんどありません。政策担当者が腰を落ち着けて仕事をすることで、専門知識を身につけていきます。

この本ではマイクロプラスチックについても議論されていますね。たとえば二酸化炭素だと排出権取引のようなインセンティブがありますが、マイクロプラスチックにも同じような対応があり得るでしょうか。

まずはきちんと廃棄物を集めて処理とか、リサイクルを推進するといった基本的なことが対策として大事でしょうね。そこには途上国への支援といったことも含まれると思いますし、結果としてリサイクルの世界が変わってくると思います。

二酸化炭素を引き合いにして語るのはなかなか難しいのですが、各国でインセンティブをつけるというのはあり得る話です。国際的な枠組みを作れるかどうかまでは、ちょっとわかりません。つまりマイクロプラスチックは温暖化問題とはちょっと構造の違う問題なんです。先進国が発生源になっている問題と、途上国が発生源になっている問題があって、温暖化問題はどちらかというと先進国が中心です。先進国に厳しい規制を課して、削減コストの低い途上国にお金をまわすという構造です。マイクロプラスチックは少し違うと思います。むしろ水銀条約などが近いでしょう。加えて、各国がどれだけ排出しているのか、まだうまく測ることもできていないという課題もあります。

マイクロプラスチックの発生源ってかなり広いんですよ。たとえば、化学繊維の服を洗濯したときにプラスチック粒子が海に流れ込むこともあります。下水処理場があってもプラスチックを回収できる割合は95パーセントぐらいと考えられています。ただ、 下水処理場がなければ、そのすべてが流れ込むことになります。

次回作の構想、これから取り組んでいきたいテーマについて教えてください。

ひとつはこの本を英文で出版することです。外国でもこういう国境を越えたリサイクル、環境問題、再生資源・廃棄物の越境移動にまたがるトピックをきちん1冊にまとめたものはないようですので。

もうひとつは、中国におけるプラスチック廃棄物の輸入規制がおよぼす影響に関する研究です。中国の輸入規制によっていま東南アジアに廃プラスチックが流れたり、投資が行われたりといった変化が起こっています。それを今出向中のERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)で、ベトナム、タイ、マレーシア、インドの研究者と一緒に取り組んでいます。

また、海洋プラスチック問題に絡めていうと、対策にはきちんとした処理施設が必要ですが、小さい自治体にはコスト的に厳しいわけです。埋め立て処分場、焼却・発電にも「規模の経済」みたいなものは働くので、ある程度「地域連合」をしないといけないのですが、東南アジアではそういう動きがまだ少ない。自分のところ害が及ばないから関心がないとか、「押し付け合い」みたいなことがないとはいいませんが、「地域連合」のような枠組みにまだ慣れていないというのも大きいでしょう。地方政府の権限とか、政治的な思惑、利権が絡んでくることもあるので、なかなか難しい問題ですね。

最後に、若手研究者へのメッセージをお願いします。

新規性のある研究に積極的に取り組もう。具体的には、テーマ、方法論、あるいは、テーマと方法論の組みあわせ、この3つのどれかに新しさを、と伝えたいと思います。

(取材:2018年11月5日)