研究者のご紹介

小林 昌之 研究者インタビュー

「開発途上国の障害問題への学問的貢献をめざして」

所属: 開発研究センター 法・制度研究グループ長
専門分野: 中国法、国際法、障害者法

発途上国の法制度に関心と持ったきっかけは?

大学の学部と大学院の両方とも国際法を専攻していました。国際法のルール形成ではほとんど欧米の大国がリードしているのですが、その中で開発途上国が大国の意見に反発するとか、共同で異論を唱えることがあります。そういったルール変更を求める途上国の声がどうして起こるのか、その背景には途上国が置かれている独特の状況があるのではないかということで途上国に関心を持ったわけです。当時、途上国の法律に関する日本語の論文は圧倒的にアジ研のものでしたので、修士論文を執筆する際はアジ研の図書館をよく利用しましたし、図書館を通じて直接研究者を紹介していただきアドバイスを受けたこともあります。将来は、開発途上国に目を向けながら国際法の研究を続けていきたいと思っていました。

実は、アジ研に入所してやりたかった研究は、国際法の観点からASEANとか東アジアといった面で捉えた研究だったのですが、研究所の方針でまず担当国と言語を持つ必要がありました。それで関心を持っていた中国を選び、はじめて中国語を勉強しました。2年ほどアジア動向年報の中国を担当し、新聞を読んで政治・経済日誌を作っていた時期もあります。私の専門の法制度研究では、中国を事例研究として取りあげることが多いのですが、この時の下地があったからと思っています。

現在実施中の 「開発途上国の障害者と法」研究会 について

これまで私は、主に司法改革、紛争処理制度、市場経済化といったキーワードで中国の法制度について研究してきましたが、最近では障害者と法の問題に関心を持っています。実は、私は大学時代に手話サークルに所属していて、そこで先輩だった聴覚障害者の森壮也さんと、偶然ですが、同じアジ研の同僚となることになりました。以前から彼と一緒に調査研究を通して実際の障害者援助や政策決定に貢献できたらと思っていたのが、やっと実現したものです。

WHOや国連によると世界人口の約10%が障害者で、また世銀の報告では貧困層の20%が障害者であると言われています。これまで障害者の問題は貧困や人権の対象として扱われず、あたかも障害者が存在しないかのように扱われていたのですが、徐々に開発や人権の取り組みの中にも入れられるようになってきています。2006年に国連で障害者権利条約が採択されたのも大きな動きです。こうした中で法学の視点から障害者研究をする新たな枠組みも整いつつあり、昨年度から 「開発途上国の障害者と法:法的権利の確立の観点から」 研究会を立ち上げました。途上国の障害者に関する法律専門家はほとんどいないのが現状ですので、研究会のメンバー構成では、アジア法の専門家と障害問題の専門家8名が組み、お互いの立場から議論を深めています。特に、森さんは障害当事者の観点からも議論に参加し、メンバーに障害についてきちんと理解を促す役割を担っています。障害問題の専門家が持っている障害当事者団体とのネットワークは非常に貴重なもので、調査では関係者を紹介してもらったり、現地の障害 当事者をとおして政府担当者にアクセスするなど、現状を理解する上でたいへん助かっています。この研究会では、主に国連の障害者権利条約に関連して各国の法律ではどう規定されているのか、司法へのアクセスはどうなのか、またバリアの問題として、物理的なバリア、情報コミュニケーションのバリアがありますが、たとえば手話通訳について各国の法制度と実状、といったことについて調査しています。ある条約ができ、その条約が先進的なものであった場合、途上国はそれをモデルに国内法を改正したり、国内状況が整っていないにも関わらず条約に批准してしまうことがあるのですが、形式的な法整備にとどまることがあるので、実際にどう運用されていくのかについて着目していく必要があります。類似の研究が欧米でも始まっていますが、まだ事例は少なく、先鋭的な研究だと思っています。

障害法分野でのアジアの研究者は?

現地の大学でも障害のこと、障害の法律について研究している方は皆無に等しいです。たとえば、タイでは障害者のムーブメントが比較的積極的で、2007年に「障害者の生活の質の向上と開発に関する法律」が制定されたばかりですが、障害者法について研究している人は、視覚障害当事者である二人の大学の先生だけで他には見あたりません。アジ研の研究でも現地の専門家、特に障害当事者の専門家と一緒に研究することがこれからの課題です。アジ研には聴覚障害者である研究員がいて、研究会やシンポジウムには手話通訳をつけて情報発信をしていますので、かなり先進的なことをやっていると思います。

今後やりたい研究テーマは?

今はアジアの障害者立法について概況を把握している段階ですので、今後は教育や労働といった個別分野を掘り下げていきたいと考えています。さらに、障害者 立法のエンフォースメントがこれからどうなっていくのか、2006年の権利条約に徐々にアジア諸国が署名・批准していますのでその前後の変化を見ていきたい。当事者がそれをどう活かしているのかにも関心があります。途上国の場合、立法化されても財政の裏づけが必要な部分は動かないことがよくあります。国によっては障害者に対して法律扶助制度があるので、経済的に弁護士を雇えない場合には法律扶助や団体を利用して訴訟に持ち込むこともあります。障害当事者が司法にアクセスし、法律を使って彼らがどう状況を変えていくのかも探ってみたいと思っています。

(取材:2009年6月12日)