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今泉 慎也 研究員インタビュー

「法律学の視点でアジアの社会変化を捉える研究」


所属:開発研究センター 法・制度研究グループ副主任研究員
専門分野:アジア法(タイ、東南アジア)
[略歴] [主な著作]

  • アジア法がご専門ですが、どんな研究なのですか。
    法律学研究のメインストリームは法解釈論ですが、私の場合、法社会学的な研究になります。法律に書いてあることが実際にはどう動いているのか、実際の生活 や社会のルールと法制度がどんな関係にあるのかといった研究です。法律と実態のギャップは日本でも起こることがありますが、アジア諸国では頻繁に起こります。アジアの法制度を理解するためには、単に法律を見ていくだけでなく法律が実際に動く政治経済や社会の状況を見て、どういうコンテキストで動いているかを見定めていく必要があります。現地調査をして問題点を拾い出していくのも重要なことです。全然動いていない分野がある一方で、実際にしっかり機能している分野もあったりして、法制度はその国の社会的な特徴を良く表していると思います。タイや他のアジア諸国では最近10年で、急速に社会が変化しましたか ら、法がきちんと動いている部分も増えてきました。

  • タイを中心に研究されていますが、これまでの研究は?
    法律学という視点でどう途上国研究に貢献すべきかを考えたとき、これまであまり手がけられていない分野として裁判制度と紛争処理がありました。ちょうど私がアジ研に入所した1992年に、タイでは反政府デモに軍が発砲するという「5月流血事件」が起きましたが、これを期に急速に民主化が進展しました。90年代のアジアについては「改革の時代」と言われていますが、タイの場合は民主化という政治的変化と経済的な高成長、そして経済危機という変化が同時進行していたわけです。現地の視点で見ると、単に経済成長のための法整備だけでなく、様々な社会問題を解決していくための法整備が課題となっていました。また、日本から見ると企業が海外進出する際、投資法をはじめ経済活動全般に関わる法律について理解する必要があり、紛争処理も投資インフラとして重要な問題でした。これまでタイの裁判制度改革については 『アジア諸国の司法改革』(経済協力シリーズ198:2002)、紛争処理については 『アジア諸国の紛争処理制度』(同シリーズ200:2003)等にまとめています。これまで私は、タイの動きに引っ張られる形で憲法制度や政治と法の問題に関わって来たところがあります。

  • 資料はどのようにして集めるのですか。
    法律学は言葉の学問でもあるので母国語によるテキストが必要です。たとえば、官報は新たに発布された法令を掲載する重要な資料ですが、以前は現地の図書館 でコピーしたり、馴染みの古本屋に足を運んでこつこつ集めるなど大変な作業でした。現在ではオンラインで全部見られますので、この分野の研究環境は確実に向上しています。ただ、近年のタイ語の法律関係資料は膨大ですし、タイ語の研究論文も増えているので、最近では集めるよりも読むのが大変になっています。

  • アジ研で途上国の法制度を研究する優位性は?
    学際的な研究ができるということですね。法律の本だけを読んでいたらとんでもない方向に行く恐れがあるんですが、常に政治学や経済学の研究者と一緒に研究できるので彼らに教えてもらえます。逆に、彼らが取り組んでいる研究についてどう法律で考えていくか、といった宿題を出されながら仕事をしているところがあります。この点は最大のメリットだと思いますね。アジ研の場合、途上国研究の専門集団ですので、実態を踏まえて法社会科学的に踏み込んだ成果が求められます。

  • 今後やりたい研究は?
    司法と立法の関係を追ってみたいと思っています。近年、グローバルな現象として司法改革と司法権限の拡大が起きています。民主化などの制度改革の際、法の支配が強調され、司法の独立や権限が強化されたのです。特徴的な国の一つがタイで、1997年憲法で設けられた憲法裁判所と行政裁判所の積極的な活動が政治や政策形成に影響を与えています。同様のことがフィリピンやインドネシアでも起きていて、これについては『アジアの民主化過程と法-フィリピン・タイ・インドネシアの比較-』(経 済協力シリーズ202:2003年)にまとめました。どこまで司法的な意思決定が望ましいのか、どうやったらバランスの取れた判断ができるのかが課題になっています。立法化については、今年新たに「タイの立法過程とその変容」研究会を始めました。法の視点で見ると立法と裁判は非常に密接です。最近、「立法学」を提唱する法学者たちが現れ、裁判所での適応だけでなく法ができてくる部分、つまり議会の立法課程から分析しようという意識が高まってきています。法の適用については最終的に司法で判断されますし、この判断は立法にも影響を与えます。法制度を見るときに両者をあわせてみる必要があるわけです。タイの場合、90年代に新たな立法の需要が高まり、いろんな法改革が模索されました。特に、1997年憲法から2007年憲法まで議会のあり方や議会の重視についてかなり議論されました。新しい法律がどういう過程で生まれるのか、あるいは法改革が何を目指し、その結果どのような変化が生まれつつあるのかといったことを明らかにしたいと思っています。

    日本政府はアジアなど開発途上国に対して法整備支援を行っていますが、立法過程も含めた形で実態を明らかにすることで、より有効な法整備支援のあり方も見えてくると考えています。

(取材:2009年11月26日)