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内川 秀二 研究員インタビュー

「激動するインド経済を定点観測する」 


内川 秀二 研究員
所属:海外調査員(ニューデリー)
専門分野:インド経済、労働経済、産業政策
  • インドに関心を持たれたきっかけ、アジ研に入られた動機は?
    学生時代に発展途上国の経済について興味を持ち、発展途上国経済を勉強するゼミに入りました。指導教授の影響もあって私もインドに興味を持ったわけです。それで、どうせインド経済を勉強するのであればインドで勉強した方がいいと思って、博士課程の途中でインド政府の奨学金に応募し、4年間ジャワハルラル・ネルー大学で勉強しました。最終的にはこの大学で博士号を取りました。無我夢中で勉強した4年間でしたが、この時できた友人たちが私の財産になっています。彼らのおかげで私にとってインドは魅力的な国になり、いろんな人々に接することで私を成長させてくれたと思っています。

    アジ研に入る前の3年間は大学で教鞭を取っていたのですが、インドに特化した講義をする機会がほとんどなかったのと、やはり海外に長期間出られないという問題がありました。それで、アジ研で自分の専門であるインド経済に特化した研究をしたいと思い、転職しました。アジ研で研究するメリットは主に2つありますが、まず、自分の専門としている国に海外研究員として長期間滞在できること。もう一つは、客員制度を利用して自分と同じ研究をしている人を海外から招聘して共同研究ができることですね。

  • これまで3度インドに長期滞在されていますが、最近のインドの変化についてどう思われますか?
    まず、学生として1989年~1993年まで4年間、それからアジ研の海外調査員として2000年~2002年の2年間、そして海外調査員として2010年の1年間長期滞在しましたので、定点観測ができました。1991年にインドが経済改革を始め、自由化政策に転換しましたが、より激しく変化したのは2000年以降です。この頃から大型のスーパーマーケットやモールができ、いわゆる消費文化が一般に浸透する形になり、インドが消費社会へと変わってきたのを実感しましたね。身近な例ですと、私が2000年から2年間ムンバイに滞在したとき、コックさんとして雇っていた女性はスラムに住んでいたんですが、たいへんな働き者で3人のお嬢さんを短大まで進学させたんです。2010年にあった時にはもうスラムから抜け出して、水道も電気も通っているこぢんまりとしたアパートに住んでいました。きちんと教育の機会が与えられ、彼女たちの頑張りがあれば、社会上昇できる可能性がでてきました。

    ただ、もう一方で、なかなかインドが変わらない面があるんですね。それは、まだなお農村人口の40%が貧困層で、町にはスラムがあり、学校にも行けない子供たち、物乞いをしている子供たちがいます。また、町で働いている建設労働者の生活は悲惨な状況のままでまったく変わっていません。例えば、今回訪問する機会があったレンガ工場の場合、周辺の農村からの出稼ぎ労働者が多いのですが、住環境は劣悪で、この子供たちがどれだけ学校に行っているのか、はなはだ疑問なわけです。「明日どうしていくか」ということが予想できない人たちについては、非常に悲観的にならざるを得ない面があります。やはり、たとえ現在貧しくても「明日を考えて生活できるのか、出来ないのか」そこが決定的だと思っていますね。

    農村社会の場合、場所によって変化がかなり異なるようです。私が農村で聞いた話では、いままで貧しかった「土地なし農業労働者」たちが政治的に力を持つようになり、地主や自分の雇い主と賃金などについて交渉できるような力を持つようになってきたといわれています。政治面でも、例えば昔、貧しい農民が選挙に行く権利はあったけれども、彼らが自由に投票できたかというと、村の習慣に束縛されてできなかったわけですが、近年彼らも自分の意思で投票するようになったと聞きました。これは大きな違いですね。インド全体で貧しい人たち、あるいは農村で所得水準が低い人たち、低いカーストの人たちが力を持ってきたというのは近年出てきた大きな変化ですね。

  • これまでの研究成果をインドで出版されるケースが多いようですが、何かこだわりがあるのですか?
    インドで博士論文を書いた際、指導教授からそれをインドで出版しないかと勧められ、1998年に“Indian Textile Industry: State Policy, Liberalization and Growth,”(Delhi, Manohar)を出したのが最初です。その後もインドで図書を2冊出版しました。私は地域研究者の役割には2つあると思っています。一つは日本の方にインドのことを分かりやすく説明すること。もう一つはインドの研究者と同じ立場に立ってインドについて専門的に論じることです。ですから、私の場合、英語で書くことが自然なことであり、基本的にそうありたいと思っています。それと、英文で書くと、まったく知らない海外の方からもコメントが返ってくるんですね。これは研究者としてたいへん嬉しいことで、また研究を続けていこうというインセンティブになります。

  • フィールド調査ではどんなことを心がけていらっしゃいますか?
    やはり個人でデータを集めるには限界がありますので、インドの統計局から出ているデータを分析することになりますが、それと同時にできる限り工場調査をするように心がけています。工場調査の結果が直接論文に活されない場合でも、現場を見ているのと見ていないのとでは全然説得力が違ってきます。アジ研のほかの研究者も盛んに言われていると思いますが、やはり地域研究というのは現地調査抜きには語れないと思っています。私の場合、自動車を含め機械産業について調査をしましたが、まず、私がひしひしと感じたのは「日本のことを語れないと、インドの人と議論できない」ということでした。やはりインドの人と話すときに「日本の経験」を語ることで、日本人研究者の優位性を出せると思いますので、日本のことについても勉強するように心がけています。

  • これからやってみたい研究は?
    インドの長期的展望に立つと、いかに農村に雇用を創出していくかがインド経済の一番大きな課題です。私もここに拘ってインドをみていきたいと思っています。最近、特に私は機械産業の中小企業について研究していますが、来年から「インドにおける農工連関」という研究会を立ち上げ、農村の工業化、あるいは地方都市における農村との繋がりについて研究をしていくことにしています。たとえば、原材料の供給や雇用の面で農村の人々がどう関わっているのか、あるいは地方都市の工場がアウトソーシングとして農村の家内労働とどう関係しているのか、といったことを多角的にみていきたいと思っています。

(取材:2011年1月27日)