研究者のご紹介

野上 裕生 研究者インタビュー

「広い歴史的な文脈の中で「なぜ今この研究が必要なのか」について解説する」 

野上 裕生 研究員
所属: 開発研究センター 主任調査研究員
専門分野: 開発経済学、環境研究、社会開発など

開発経済学に興味を持ったきっかけ

高校生のときに哲学や社会思想をやりたいと思っていたので、大学では社会学部に入りました。ところが、試行錯誤しながら勉強しているうちに、労働問題や貧困、差別、環境といった具体的な社会の問題をやらなければと思うようになり、最終的に地域研究をやっているゼミに入りました。それでアジアの開発途上国の 問題を具体的に考えるためには開発経済学をやりたいと思うようになりました。

これまでの研究について

1984年にアジ研に入所し、配属された統計部(のちに統計調査部)では新しく始まった「景気予測事業」(Short-term Economic Prediction in Asia :SEPIA、1990年度で終了)に参加しました。経済予測のための計量モデルや景気指標の作成ですが、このプロジェクト自体、ほぼゼロからの出発だっ たので、皆でアジアの経済について夜遅くまで議論しながら試行錯誤でやっていました。私は、ASEANなどの国の中で人手不足のところをいろいろ手伝っていたのですが、もっと深く社会統計や人口統計を研究することにしました。普通の経済学者が扱わないようなテーマや、正論では割り切れないような分野、たと えば差別や貧困、環境といった問題をやりたいと思いました。

1994年頃、アジ研で開発経済学の教科書を作ることになり私も加わることになりました。1997年に『 テキストブック開発経済学 』(有斐閣)として刊行されましたが、今思うとなかなかのヒットで2004年に改訂出版しました。いまだに売れているようですね。

その後、知り合いの方々と一緒に翻訳したのが、アマルティア・センの『不平等の再検討—潜在能力と自由—』(1999年:岩波書店)です。この翻訳にあたって、著者のアマルティア・センや国連開発計画の「人間開発」という考え方について、あるいは開発の中で基本的人権をどう考えるか、貧困とはどういうものか、を改めて一生懸命勉強しました。センはルネッサンスの知識人みたいな天才的な人ですので、それを理解するために、哲学や倫理学、聖書なども読みあさりました。その中で国際開発の中で使われている開発援助の考え方、ロジックが分かってきました。実は、経済学は全くの独学だったので、本や論文を試行 錯誤しながら読んでいくしかなかったんです。そうしているうちに思いついたのが本の書評を引き受けて、それを積み上げて再構成し論点をまとめて新しいものを作るということ。こうしてまとめたのが『 開発経済学のアイデンティティ 』(経 済協力シリーズNo.204:2004年)です。開発経済学を勉強するための必要不可欠な論文を網羅しましたが、普及書ですので一種のストーリーとして面白さを出すようにしました。ある人の論文が非常に大きな反響があった結果、研究領域が広がったということがあります。それが後にどういう意味を持つかをき ちんと総括することが、新しい研究をする上で必要です。広い歴史的な文脈の中で「なぜこれが今必要なのか」について解説するのが自分の役割じゃないかと思っています。英文機関誌(Developing Economies)ではBook Reviewerというのが存在しますが、私に結構ふさわしいと思います。皆さんにお薦めするのは、「自分の論文に、これだ!と思うタイトルをつけろ」ということ。題名というのはその人が書きたいことの全てを一瞬にして表すものにすべきです。

アジ研ワールド・トレンド 新連載『すぐに役立つ開発指標の話』について

毎回読み切り形式で「HDI:人間開発指数」といった新しい指標から、最も一般的な「物価指数」(購買力平価)までで、なぜこんな指数が生まれたのかといった歴史的な経緯も含めて解説していきます。独学で経済学を勉強していたとき、理論を作った経済学者についても調べたことがあります。どんな理論や統計指標でも現実に迫られた問題があり、それを解決していく中で指標が作られたんですね。経済学理論の話を聞くよりも、自分で統計データを加工・分析して実践的に経済学を理解したい、という人たちにとても役に立つと思います。全24回の連載で、分かりやすく起承転結にし、面白い例題もつけました。また、あまり知られていないことですが、途上国の統計指標を見る上で特に注意すべき点があります。例えば寿命に関するデータでは、同じ60歳でも日本人とインド人はずいぶん違います。人口の中でどの部分を老年期と考えるかの定義は具体的な統計の中で考えなければならない。例えば平均余命が80歳~70歳で、そこから直近20年を老年期とする考え方もあるようです。開発途上国の平均余命は60歳程度であることも多いのですが、40代後半はシニアに当たるので、日本の60~70歳の人に相当するとみられなくもない。コミュニティや社会の文脈に応じて統計を見ていく必要がありますね。

今関心を持っている研究は?

統計調査部では 植村仁一研究員 た ちと一緒にマクロの計量モデルもやっていましたが、これまでアジ研で蓄積した計量モデルを関係学会に発表し、共有遺産として残していきたいと思い、2010年度から植村さんたちと研究会をもつ予定です。それから、私は経済予測や統計的な開発経済学の仕事をやる傍ら、学際的というか学芸的な研究を続けてきました。それが私の存在意義だと思っています。一つの領域よりもいろんな領域の接点を作る、いろんな領域の人たちを集めて教科書を作る、というようなことです。若い研究者の皆さんには、「正論では割り切れないようなあいまいな領域にも首を突っ込んでみるよう心がけては?」とお勧めしたいですね。

(取材:2009年12月24日)