skip to contents.

村上 薫 研究員インタビュー

「トルコ社会をジェンダーの視点から捉える」


所属:地域研究センター 中東研究グループ
専門分野:トルコ地域研究
[略歴] [主な著作] [その他]
  • アジ研に入所したきっかけは?なぜトルコ研究をはじめられたのですか?
    学部時代は歴史を専攻し、14世紀の中国のムスリムのことを勉強していたのですが、もっと現代のことをやりたいと思っていました。歴史研究の場合、限られた資料でやるしかないのですが、現代研究は知りたいと思うことにあわせて自分でフィールド調査をしてデータを得られるのが非常に魅力的でした。また、途上国について研究したいと思ったのは、青臭いのですが「不平等、貧しさがなぜあるのか」という素朴な疑問からです。当時はエスニシティという言葉が使われはじめた頃で、民族問題にも関心がありました。中国のエスニシティを研究したかったのですが、その年は中国研究の採用枠がなく、入所後に提示された国のなかでフィールド調査とエスニシティ研究ができそうだということで残ったのがトルコでした。今思うと、いい選択だったと思います。ただ、あまり覚悟もせず社会学や人類学の訓練も受けないまま滑り込みで入所してしまったので、何からどう手をつけてよいのかわからず、たいへん苦労しました。

  • ジェンダー研究など、これまでの研究についてお話いただけますか?
    当初エスニシティに関心があったので、海外派遣ではトルコのクルド問題について調査したかったのですが、1990年代当時はクルドを取り上げること自体困難でした。それで、トルコ語で「ゲジェコンドゥ」と呼ばれる大都市周辺にあるスラムのような不法占拠地域に住む人たちについて研究しようと思いました。彼らは農村部から流入してきた人々で、同郷出身者とネットワークをつくり、これが都市で新しい生活を築くために必要な相互扶助や帰属意識のよすがとして重要な機能を果たしていました。それで、クルドに限定せず、こうした移動者を対象にしてエスニシティ問題をやろうと思ったわけです。

    ところが、トルコ赴任直前に怪我がもとでしばらく自宅療養せざるをえない時期があり、そのときにたまたま読んだ本のひとつが上野千鶴子さんの『家父長制と資本制』(1990年岩波書店)でした。当時とても話題になっていた本で、ジェンダーという視点がとても刺激的で眼から鱗が落ちるような感じでした。それ までのトルコのゲジェコンドゥ研究は移動者たちの世界を描こうとして、実質的には家の外の男性の世界を描くものが主流でしたが、私は家の中をのぞいてみよ う、女性の世界にも注目してみようと思いました。そしてその際、トルコ語の「ナームス」(日本語では「性的な名誉」といった意味)を一つのキーワードとすることにしました。ナームスは家族の一員である女性の身持ちを厳しく管理することで一族の名誉が守られるという考え方です。海外派遣では、イズミルというトルコ第三の都市で最初のフィールド調査をしました。安い労働力を求めてゲジェコンドゥ地域に進出した零細縫製工場で働く若い女工たちにインタビュー調査をしてまとめた論文が「トルコの工場女性労働とジェンダー規範」(ア ジア経済 40.5 (1999.5): 24-48)です。この論文では、家族や親代わりを自認する雇い主の監視のもとでナームスに束縛される女工たちを描くだけではなく、彼女たちが就労を機会にいかに自分たちに都合よくナームスを利用しているか、それによってナームスという概念がいかに変化しうるのか、といった側面に光をあててみました。

    その後の研究ではいったんフィールド調査を離れ、政府の社会政策が前提とする家族像と実際の家族のあり方の相互作用について、地域間で比較する研究会を立てました。近代化とともになくなると考えられることが多いナームスですが、先進国の福祉国家研究を読んだことがきっかけで、実は近代化改革を進める当の国家によって温存されているのではないか、という疑問を持ったからです。明治日本の「イエ」を再評価し欧米の近代家族研究の系譜のなかに位置づけた牟田和恵さんの『戦略としての家族』(1996年新曜社)に刺激を受け、ナームスをより一般化した議論の中に位置づけたかったというのもあります。最終的な成果で は結局ナームスよりも性別役割規範に注目したのですが。

    2007年の二度目の在外研究からは再びフィールド調査に戻り、イスタンブルのゲジェコンドゥ地域で貧困救済政策の実施側と受け手側へのインタビュー調査を続けています。政策の実施のしかたと人々の反応を見ることで、貧困救済政策がもつある種の権力性について、トルコを事例を通じて理解することが目的です。

  • フィールド調査で困ったことは? インタビューの際、注意している点は?
    初めてトルコに滞在したときにトルコ人で男性の社会学の教授から、「あなたは日本人で女性だから、すごく得ですよ」と言われました。トルコ人は親日的なんですよ。男性の場合、下層の女性たちにインタビューしたり、家庭に入ったりするのはまず無理です。移動者の調査をしていていちばん苦労するのは言葉の訛りですね。出身地域によって程度はさまざまですが、職場や学校に行かずずっと家にいる女性はとくに訛りがきつく、それぞれのお国言葉に慣れるまで苦労します。インタビューの際は、誘導尋問にならないように注意しています。私が知りたいことを短く分かりやすく伝え、相手が話したいことを自由に話してもらうという スタイルです。イスタンブルの調査では、まず自分の関心について説明してから、「あなたにとって援助を受けるということはどういう経験でしたか?」といった短い質問をしました。話を聞くなかで興味を持ったり疑問に思うことがあればまた質問します。重要そうなエピソードについては、「こんなことを話してくれた人がいたけれど、どういう意味だろう?あなたはどう思う?」と解釈や感想を聞くこともあります。家族や近所の人同士の会話にも大事なヒントがつまっています。インタビューするだけでなく、一緒に時間を過ごすことも大切です。話していることと実際にやっていることはけっこう食い違っていたりしますから。ただ、何が事実か見極めることはもちろん大切ですが、嘘をついている場合を含め、どんな語り方をするのか、それ自体も重要な情報です。

  • これからやりたい研究は?
    まず、イスタンブルでの調査結果を何本か論文にまとめたいです。その後は、まだ漠然とですが、ミドルクラスの家族の研究をしたいと思っています。下層にくらべて、ミドルクラスは多くの謎と矛盾を孕んでいます。というのは、彼ら自身が「モダンな存在じゃないといけない」という強迫観念を持ち、自分たちの生活 様式や家族関係を下層の人たちと差別化したいという気持ちがあるのに、実際にはそうそう変えられない、不安定な階層なのです。たとえば、「濃密な親戚づき あいは田舎者がやること」と考えているので、実際は自分たちも濃密な親戚づきあいをしているのにそうとは語らない、語れないといったことが起きるのです。トルコが経験してきた近代化の特徴を明らかにするためには、ミドルクラスの家族関係やジェンダー観を下層との関係に注目しつつ理解することが不可欠だと考えています。

(取材:2010年10月12日)