当初エスニシティに関心があったので、海外派遣ではトルコのクルド問題について調査したかったのですが、1990年代当時はクルドを取り上げること自体困難でした。それで、トルコ語で「ゲジェコンドゥ」と呼ばれる大都市周辺にあるスラムのような不法占拠地域に住む人たちについて研究しようと思いました。彼らは農村部から流入してきた人々で、同郷出身者とネットワークをつくり、これが都市で新しい生活を築くために必要な相互扶助や帰属意識のよすがとして重要な機能を果たしていました。それで、クルドに限定せず、こうした移動者を対象にしてエスニシティ問題をやろうと思ったわけです。
ところが、トルコ赴任直前に怪我がもとでしばらく自宅療養せざるをえない時期があり、そのときにたまたま読んだ本のひとつが上野千鶴子さんの『家父長制と資本制』(1990年岩波書店)でした。当時とても話題になっていた本で、ジェンダーという視点がとても刺激的で眼から鱗が落ちるような感じでした。それ までのトルコのゲジェコンドゥ研究は移動者たちの世界を描こうとして、実質的には家の外の男性の世界を描くものが主流でしたが、私は家の中をのぞいてみよ う、女性の世界にも注目してみようと思いました。そしてその際、トルコ語の「ナームス」(日本語では「性的な名誉」といった意味)を一つのキーワードとすることにしました。ナームスは家族の一員である女性の身持ちを厳しく管理することで一族の名誉が守られるという考え方です。海外派遣では、イズミルというトルコ第三の都市で最初のフィールド調査をしました。安い労働力を求めてゲジェコンドゥ地域に進出した零細縫製工場で働く若い女工たちにインタビュー調査をしてまとめた論文が「トルコの工場女性労働とジェンダー規範」(ア ジア経済 40.5 (1999.5): 24-48)です。この論文では、家族や親代わりを自認する雇い主の監視のもとでナームスに束縛される女工たちを描くだけではなく、彼女たちが就労を機会にいかに自分たちに都合よくナームスを利用しているか、それによってナームスという概念がいかに変化しうるのか、といった側面に光をあててみました。
その後の研究ではいったんフィールド調査を離れ、政府の社会政策が前提とする家族像と実際の家族のあり方の相互作用について、地域間で比較する研究会を立てました。近代化とともになくなると考えられることが多いナームスですが、先進国の福祉国家研究を読んだことがきっかけで、実は近代化改革を進める当の国家によって温存されているのではないか、という疑問を持ったからです。明治日本の「イエ」を再評価し欧米の近代家族研究の系譜のなかに位置づけた牟田和恵さんの『戦略としての家族』(1996年新曜社)に刺激を受け、ナームスをより一般化した議論の中に位置づけたかったというのもあります。最終的な成果で は結局ナームスよりも性別役割規範に注目したのですが。
2007年の二度目の在外研究からは再びフィールド調査に戻り、イスタンブルのゲジェコンドゥ地域で貧困救済政策の実施側と受け手側へのインタビュー調査を続けています。政策の実施のしかたと人々の反応を見ることで、貧困救済政策がもつある種の権力性について、トルコを事例を通じて理解することが目的です。