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熊谷 聡 研究員インタビュー

「空間経済学のシミュレーションモデルを東アジアに応用する(IDE-GSM)」 


所属:新領域研究センター 経済統合研究グループ長
専門分野:国際経済学(貿易)、マレーシア経済、東アジア域内貿易
[略歴] [主な著作] [その他]
  • アジ研に入られ、マレーシアを研究された経緯は?
    高校生の時に途上国の問題に関心があり、国際関係学科がある大学に入りました。でも、大学院のゼミでは「スポーツやゲームのルールを分析して、その中から 公平性や正義などの原則を導き出す」という、途上国と関係のないテーマに取組んでいました。国際関係を勉強していくうちに、南北間の所得分配や環境問題についてのルール作りの必要性を感じるようになり、世界のみんなが納得でき、受け入れられるような正義、分配のルールの原則を一所懸命探していました。

    偶々アジ研に入所して、経済開発分析部でいきなりマレーシアの自動車産業を担当することになりました。新人の仕事はまず「アポ入れ」。30泊31日の現地調査で企業4、50社のアポイントメントを取りました。毎年夏になると、大学の先生方を引率して、現地の企業、特に日系企業をこれまで100社程度回りました。誰かがマレーシアのことや調査方法を教えてくれるわけではなく、放置されたのですが、今思うと、地域研究をやったことがない私にとっては、マレーシアは現地語が分からなくても英語である程度まで分析できますし、インドのような厳しい現地環境でもないので、比較的トレーニングしやすいというメリットもあったと思います。

  • ご自分の研究について悩まれたことなどは?
    3年間くらい企業調査を重ねていく中で、だんだんマレーシアという国とその経済、企業が分かるようになってきました。ただ、私は経済学部の出身ではないので、マレーシア経済の専門家として一生やってける自信は無かったんですね。学際的な学部出身の特徴というか、専門とする「学」が無いことにコンプレックスを持っていたんです。それで国際経済理論や多国籍企業の立地を勉強したいと思うようになりました。いろいろ悩んでいた時、研究所の先輩の錦見浩司さんに 「今自分が考えていること、やっていることを見てもらったら?」と京大の藤田昌久先生を紹介されました。経済学の理論など知らず、自分が目で見てきた多国籍企業のケースを頭の中に描きながら「条件がこうだと企業はこういう風に立地する」と勝手にシミュレーションモデルを組んで藤田先生に見せに行きました。 先生はすごく興味を持ってくださったんですが、「とりあえず全部忘れて、一から勉強したほうがいい」と(笑)。それで、海外派遣先については自分の希望を通して、国際経済や空間経済学を勉強するために英国を選びました。

  • 熊谷さんたちが開発されたIDE-GSMについて教えていただけますか。
    メコンーインド経済回廊
    図1メコンーインド経済回廊(MIEC)の
    GDPへの影響の試算
    (インフラ建設後10年間累積)
    帰国してみたら驚いたことに、藤田先生がアジ研の所長になっていて、空間経済学の研究会をやることになったんです。最初の研究会で試しに空間経済学のシミュレーションモデルをお見せしたところ、藤田所長が「おもしろい。これを東アジア地域に当てはめてはどうか」と言われたんです。このシミュレーションは、円周上に等間隔に都市があり、輸送費のパラメータを変えると集積の数が変わるという、ポール・クルーグマンの空間経済学のモデルですが、趣味的に作ったものでした。その後、ERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia: 東アジア・ASEAN経済研究センター)が立ち上がることになり、このモデルを拡張して東南アジアに当てはめたシミュレーションを試作して提案したところ 採用されました。これがIDE/ERIA-GSM(GEOGRAPHICAL SIMULATION MODEL)プロジェクト(注1)の始まりです。このプロジェクトの前後に入所された空間経済学が専門の磯野生茂さんや後閑利隆さんなどの力を借りてモデルを構築しました。この詳細については、別に紹介する予定ですのでここでは省略しますが、我々のGSMの特色は、東アジア各国の州・県レベルのデータに基づいていること、ルートについては「空路」と「海路」も含めて、アジアの主要なルート・データがほぼ全部入っていることです。都市間の最短ルートを計算して分析しますので、たとえば、メコンーインド経済回廊(MIEC)などのインフラプロジェクトが完成したとき、国レベルではなく、もっと下の地域レベルでどのような影響があるかが分かるようになっています(図1)。

  • 独自の研究スタイル、優位性は?
    プログラミングができることですかね。小学生の頃にマイコンブームがあり、その頃からゲームを作って雑誌に投稿して掲載されたりしていたのが、今は仕事に役立っています。IDE-GSMのプログラムも既存のパッケージではなく、一から組んでいます。ただし、数字だけを見るのではなく、数字と現地で見たものとをつき合わせることが大切だと思っています。私は最近、現地に行けていないのですが、磯野さんや後閑さん、ケオラ・スックニランさんなどに現地の状況について調査をお願いし、シミュレーションとの相違点を確認してもらっています。すごいスピードで世界が変わっているので、やっぱり現地で自分の目で見た感覚が無いと数字を出すときにすごく怖いですね。だから常に現地の「感覚」を失わないようにやっていたいと思っています。

  • 今後のやりたいことは?
    IDE-GSMのニーズが高いので、これをしばらくやりたいと思っていますが、結局モデルというのはどんどん変わって行きます。たぶん50年後には新しい人が新しいモデルを作っているはずです。大事なのはデータですね。今我々が分析している東アジア地域の国々は、州別・県別GDPが公式には存在しない国が多いんです。そういう国については、いろんな資料を使って手作りでなんとかデータを作っているのですが、精度の高いものを作るには、各国の統計局が重要性を認識して、経済地理データを公的に整備する必要があります。EUはそこをしっかりやっていますね。これからの20年から30年で、この地域は飛躍的に発展し、人口や産業の立地も大きく変わります。2030年になってから、2010年のデータを作ることはできません。今、きちんとデータを整備しておかないと、未来の研究者は、最もダイナミックな時期の東アジアの経済地理を研究する機会を永久に失うことになるんです。インフラ整備の効果も、検証できないままになります。IDE-GSMをきっかけにして、経済地理データを東アジア地域全体で協力して整備していただけるよう、ことある毎に訴えています。

    注1 "IDE/ERIA-GSM&"はERIAとの共同研究により開発されてきたものであり、2009年6月3日の東アジアサミットで要請されたアジア総合開発計画策定など、ERIAによる政策提言に活用されている 。

(取材:2010年8月5日)