研究者のご紹介

間 寧 研究者インタビュー

「投票行動から途上国の政治を分析する」

所属: 地域研究センター 中東研究グループ長
専門分野: 比較政治学、トルコ政治経済

アジ研を知ったきっかけ、トルコの研究のきっかけは?

大学1年の時から比較政治学に興味を持っていて、3年のときにラテンアメリカの軍事政権と文民政権の政策の違いに関する卒論を書くことにしたのですが、その際、ゼミの指導教官のハワード・ゴールドバーグ先生から、まずアジ研の図書館を利用するように勧められたのです。先生はかつてアジ研の客員研究員だった方です。それで初めてアジ研図書館を訪ねて司書の方に親切にしてもらい、発展途上国に関する膨大な本や雑誌があることに感激しました。将来こんなところで研究できたらいいなと思っていたところ、ちょうど採用試験があり運よく採用されたわけです。

入所当初は中東の担当になりアラビア語も勉強したのですが、政治の実証研究がやりやすく、比較的データが開示されているトルコに関心を持ち、海外派遣ではトルコの首都のアンカラに滞在しました。トルコでは政治研究を、諜報活動ではなく学術活動として理解してもらえます。たとえば、国会議員にアンケート調査をした時にも、外国人がこういう調査をしていることに興味深く感じて答えて下さる方が多かったです。トルコが親日的であることも幸いしているかもしれません。

研究する際に意識していることは、トルコのことだけをやっていると特殊性の中に埋没してしまうので、できるだけ他の国にも共通したテーマを取り上げ、そのうえでトルコの特徴を見つけるようにしています。たとえば、法案審議の力学、投票行動での個人別要因と地域別要因、国会議員の選挙区サービス、財政赤字とインフレの関係、などです。ここ数年は、特に選挙研究に取り組んでいます。

研究双書『 アジア開発途上諸国の投票行動 』では計量分析に挑戦されていますね。

現在では途上国においても民主化が進展しており、その国の政治を考えるうえで選挙は重要な要素です。この本は、これまでほとんど扱われていないアジアの開発途上国、特に一人あたりの国民所得が5千ドル以下の5カ国(インド、スリランカ、トルコ、マレーシア、インドネシア)を対象に投票行動を計量分析したも のです。アジアの途上国では宗教・宗派や民族など社会共同体としてのアイデンティティの差異(すなわち亀裂)が顕著なので、特定のアイデンティティを共有する政党と有権者の結びつきが強いはずです。しかし実際には、選挙による政権交代がしばしば起きています。これが大きな疑問でした。分析してみると、「亀裂投票」とは別に、有権者は政権の経済業績を判断材料に「業績投票」していたのです。やはり食べていけるかは重要な問題です。業績基準は経済の状況により異なります。経済が不安定だったトルコとインドネシアでは長期的な経済成長が重視され、経済的に安定していたインドやマレーシアでは短期的な経済指標で政権の業績を判断していることがわかりました。

データの入手方法と現地調査での裏づけ作業は?

トルコの場合、選挙結果のデータは国家統計局等で比較的容易に入手できます。インターネットで入手できる場合もありますが、詳細なデータになると直接出向いて担当者に問い合わせて提供してもらいます。既に分析されたデータを別の角度から分析するために購入することもあります。現地調査では、体系的な聞き取りではないのですが、データの裏を取るために、たとえば、タクシーに乗ったら必ずどの政党に投票したかとその理由をそれとなく尋ねたり、知識人との意見交換や地方でのヒアリングで政治と経済の両面から政権の業績をどう考えているかを聞いたりしています。データ分析結果との乖離や背後の因果関係を確認する作業です。

これからやりたい研究テーマは?

一つには、選挙研究をもう少し深めようと思っています。有権者は何に期待して投票するのか、あるいは政党別に期待される役割など、将来の期待と投票行動の関係について関心を持っています。トルコでは通常とは逆に、左派政党よりも右派政党の方が経済問題を大きく取り上げ一般大衆の支持を集めています。そこで、政党の綱領や選挙公約の分析を始めました。もう一つは、司法府の政治的役割です。トルコの憲法裁判所は年間平均9件の違憲判決を出しています。このような司法積極主義が、議会多数派の横暴を防ぐ役割を果たしているのか、それとも国家エリートによる現状維持の手段なのかを明らかにしたいです。

(取材:2009年3月4日)