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塩田 光喜 研究員インタビュー

「文明史という視座で太平洋を吹き渡るマタンギ(新しい風)を追う」


所属:新領域研究センター 貧困削減・社会開発研究グループ主任研究員
専門分野:文化人類学
[略歴] [主な著作] [その他]
  • オセアニアに関心を持ったきっかけ、アジ研に入られた経緯は?
    子供の頃から日本社会より異質な世界、それも未開社会に強い興味を持っていました。自分ではこれを「精神的遠心力」と呼んでいます。大学では文化人類学を専攻し、民族誌を色々読み漁っているうちにニューギニアが面白いと思いました。1950年代の中頃、新石器時代の社会の中に白人文明が入ってきた地域で、まだ未開社会の匂いが色濃かったからです。当時はそう簡単に現地に入れませんでしたから、ニューギニア高地の文献を読んで思いを馳せながら卒業論文を書きました。友人にアジ研を紹介されて採用試験を受けたところ、たまたま受かりました。後で聞いた話では、当時の小倉武一会長が特にニューギニア研究者を採用したかったようで、ラッキーでした。

  • パプアニューギニアのインボング族との出会いは?
    1985年から海外派遣員として2年半パプアニューギニアに滞在したのですが、まず、バックパッカーのような形で南高地州に入り街道沿いで車をとめては乗せてもらい、ミッション(宣教師)の宿やいろんな人の家に泊めてもらいながら調査地を探しました。こうして2カ月位過ごすうち、インボング族が自分のテー マに合っていそうだとわかりました。南高地州は1950年代半ばになって一番最後に文明化した地域で、インボングはその中で非常に典型的な部族でした。首都のポートモレスビーに戻って、大学の掲示板や知人の紹介で、その後私の友人となるインボング族出身のサイモン・アペと出会い、1985年6月にインボングの村に入ったんです。ここで過ごした約2年の間に、村に自分の家を建てたり、1986年4~10月までの終末論的な大宗教運動の渦中に巻き込まれて一時 失語症になったりと、ものすごい経験をしました。ここでの経験すべてが新しい発見、新しい生活で、これによって自分の研究生活、もっと言えば自分の人格そのものも再スタートを切ったと思います。「精神的遠心力」でニューギニア高地まで吹っ飛ばされ、非常に劇的な出来事に遭遇し、これが文明化するということなんだと肌で感じました。ニューギニアの文明化と同時並行的に自分の研究を進めることができたと思います。この村での体験を『石斧と十字架 パプアニューギニア・インボング年代記』(彩流社、2006)にまとめましたので、ぜひお読みください。

  • 独自の研究スタイル、これまでの研究について
    私の研究スタイルは文明史という視座で物事を見ることです。つまり、文明はどういう経路を経て、どういう人々の動きの中で創造されていくのか、キーになるのは何かを考えていくわけです。人類学の用語で言うと文化変容とか社会変化です。物質的な面での変化以外に、文化的、社会的な変化としては、貨幣が入る、世界宗教(ニューギニアはキリスト教)が入る、そして最後に国家が入ってくる。この3つを私は文明化の3点セットと呼んでいます。この視点から研究をずっと続けてきました。まず、最初の成果は1994年に出版した『マタンギ・パシフィカ—太平洋島嶼国の政治・社会変動』。「マタンギ・パシフィカ」とは、太平洋を吹き渡る変化をもたらす風という意味です。その後の研究成果としては『海洋島嶼国家の原像と変貌』、『都市の誕生—太平洋島嶼諸国の都市化と社会変容—』、『島々と階級-太平洋島嶼諸国における近代と不平等-』の4冊があります。いずれも太平洋に関する国際関係論、文化人類学、人文地理学といった分野の若手研究者等を集めて研究会を組織し、太平洋が変化していく 過程を考察しています。私の場合、村の老人から聞き取りしたり、同時代的に経験したりした、近年のわずか約50年の村の変化を長大な世界史と重ね合わせ、それと同時に、村の中に世界史の原初的な姿を見出していく。この二重の往還をしていくのが私の持ち味じゃないかと思います。こういう研究をしているのは日本では私だけだと思います。海外でもレヴィ・ストロース亡き後は少ないと思います。

  • 今回出版された『知の大洋へ、大洋の知へ!』について
    文明史の視点では文字の意味が非常に重要です。太平洋の島々では白人文明が入ってくる19世紀まで文字を持っていませんでした。まず、聖書の現地語訳として文字が入ってきますが、これが太平洋の島々が文明化していく上で非常に大きな出発点でした。文字を持つことはユーフラテス文明から始まるとされますが、考古学でしかわかりません。しかし、太平洋では現実に起きていることを直接確認できるわけです。文字の出現によって人々の文化はどう変化するかについてまとめたのが本書です。本の帯にあるように「太平洋の島々は19世紀初頭に始まった『文字革命』という知的ビッグバンの衝撃によって生じた巨大な知的運動を経験しつつある。そして太平洋における「文字革命」は未だ200年にすぎず、その知的可能性を汲み尽くしたどころではなく、様々な知的エレメントを発現させながらそのエネルギーはますます増大しつつある。読者は、文字誕生、すなわち、文明誕生直後の様々な文明に起こった原初の姿を発見することができるだろう。」というのが趣旨です。私はパプアニューギニアについて、キリスト教の聖書に秘められた真理を探求するために文字を学び、真理を極めようとする知的な態度、姿勢が生まれてくるプロセスを追っています。また、他の著者は、地図や法、集会所といった様々な角度から知という問題に迫っています。

  • 今興味を持っているテーマは?
    今年度から「グローバル化における太平洋島嶼国家」 研究会を組織しました。グローバル化によって、この20年間に世界のGDPは3倍、貿易量は5倍以上、金融資産は30倍位に増えました。こうした世界の富の急激な増加と世界秩序の大きな変容の中で、太平洋の小さな島々がどのような変化にさらされ、どう対応しようとしているのかが今回のテーマです。「マタンギ・パシフィカ」の続編として考えています。例えば、今起こっているのが、エクソンモービル社によるニューギニア高地のハイデスガス田の開発。その規模は、日本の年間消費量の半分を30年間賄えるほど非常に巨大なものです。昨年末、村人と電話で話したのですが、村道がガス田建設のためのトラックや資材運 搬車でかなり渋滞したとのこと。彼らも労働力を提供し現金収入が入ってくるといった動きも始まっているようです。村や部族に起ころうとしている、更なる「マタンギ(新しい風)」を見ていきたいと思っています。

    もう、私の知っている村の老人たちは何人も亡くなりましたが、生き残っている老人たちは、死ぬ前に塩田に会いたいから早く帰って来いと言ってきます。私がインボングの語り部になっちゃいましたね。『石斧と十字架 パプアニューギニア・インボング年代記』がなかったらインボング族の歴史は消えていると思います。

(取材:2010年1月26日)