研究者のご紹介

川中 豪 研究者インタビュー

「民主主義制度の安定・不安定を分析する」

川中 豪 研究員
所属: 地域研究センター 主任調査研究員
専門分野: 比較政治学、新興民主主義研究、制度分析、東南アジア政治研究、フィリピン政治研究

まず、途上国研究に関心を持たれたきっかけは?

大学2年の時に友人に誘われて行ったフィリピンの地方のある小さな農村が出発点です。2週間ほど農家に泊まって生活したのですが、当たり前ですが、自分が 今まで経験してきた社会と全く違っていて非常に面白かった。1986年にマルコス政権が倒れ、フィリピンが民主化した直後でしたので政治的な混乱も大きく、地方でもダイナミックな動きが見られました。それで、もっとフィリピンについて知りたいという単純な気持ちから大学院に進み、フィリピンに留学しました。留学中もクーデタ騒動が繰り返されていて、若い冒険心には刺激的でした。修士課程を終えて就職を決める際、何かフィリピン、さらには途上国にかかわる 仕事をしたいと思い、アジ研を選びました。「研究者」という職業を強く意識したのは、恥ずかしながら、実はアジ研に入所してからです。

これまで主にフィリピンの地方政治を研究されていますが、最近は関心が比較政治学の理論に移っているようですね。

私の研究生活の中での最初の転機は1996~98年にフィリピンへ派遣されたときです。まずは、政治が積みあがっていく土台となる地方での政治から見てみようと考えました。暴力、違法経済支配などがフィリピンの地方政治をとらえる典型的なイメージですが、いくつかの地方都市を見ていくなかで、ナガ市という地方都市の市長が、そうしたイメージとは異なり、先進的な市政府運営をしていると評価されているのを知りました。そこで何か新しいことが発見できるのではないかとナガ市を調査地に選びました。後にその市長、ジェシー・ロブレド氏、はマグサイサイ賞を受賞しています。ただ、実際の調査でわかったのは、彼のパ フォーマンスの良さを裏打ちしているのが、住民を徹底的に組織化し、政府の資源を独占的に分配するという伝統的な政治動員でした。汚職、暴力などとはまったく無縁の市長ではありますが、政治競争に勝つのに理念だけではダメと市長ご本人も話していました。良い意味で期待の裏切られた面白い調査になりました。この事例研究は“ Power in a Philippine City ”としてまとめました。

これで「一つ仕事をしたな」と思うと同時に、次にじっくりと理論について勉強したくなりました。それで、2005年から1年間客員研究員として米国のスタンフォード大学に滞在したわけです。この大学は、アメリカ政治学のなかでも特に数理モデルと計量分析をやる政治学の牙城と目されているところです。そこで目の当たりにした最先端の比較政治学はとても衝撃的でした。いくつかのセミナーに参加しましたが、特に比較政治学のワークショップには毎週参加することにしました。最初は何を議論しているのかさえも理解できないことが多かったですが、勉強するにつれて今まで感覚的に議論していたことを理論によって明確に説明できることを実感し、比較政治学の理論にますます関心を持つようになったわけです。

昨年度から実施している「新興民主主義の安定」について

この研究会は、発展途上国で新たに誕生した民主主義体制が安定化する、あるいは不安定になる要因と因果メカニズムを明らかにしようとするものです。アジ研の政治研究では伝統的に事実を徹底的に観察した上で一般化、抽象化をする帰納的な方法が中心でしたが、この研究会では、まだ実験的ではありますが、理論を組み立ててから実際のケースを使って検証する演繹的な方法を意識しています。メンバーは所内の研究者5名で、昨年度は正式な研究会の会合以外に毎週勉強会 を開いてゲーム理論を勉強したり、制度を取り扱った合理的選択論の主要な研究を読んで議論したりしました。その中間報告は 調査研究報告書 と してウェブで公開しています。今年度は最終成果の論文を目指して研究会を運営しています。研究会のメンバーはいずれも豊富な現地経験を持つ研究者ですので、その知識を土台としながら、理論的な面でさらに貢献できればと願っています。メンバー全員がアジ研の研究者であるメリットを活かして、何か思いついたときにはお互いの研究室を訪ねあって頻繁に議論しています。

アジ研における途上国研究、あるいは比較政治学研究の優位性は?

アジ研の政治研究者が比較政治学において優位性を持てるのは、やはり、現地での経験や観察によってその対象国についての深い知識を持っていることにあります。それは、理論の前提となる仮定をどう組むかについて、現実に即した仮定を立てやすいことや、めざす理論の方向性にどの程度意義があるのかについての見通しが立てやすい、という形で現れると思います。もちろん、実証作業においてもデータの収集に優位性があるでしょう。とはいえ、1人の研究者が、調査地の 言葉ができて、調査地の様々な事情に精通し、フィールドワークもできて、数理モデルも作れて、計量の手法も駆使できる、というのはそう簡単ではありません。今現在、アジ研には様々なディシプリンや調査方法、担当地域を持った研究者がおり、お互いの持っているものをうまく相互補完的に活用しようという機運 も高まっていると思います。本当の意味での共同研究を行う可能性が高くなっており、これが研究者個人のなかに閉じた研究になりがちだったこれまでの途上国研究を大きく変える流れになればと願っています。

これからの研究について

実証主義的な比較政治学の理論をもう少し深める仕事ができれば良いと考えています。今、私の関心事は途上国における政治制度の形成と、もう一つは、政治制度の効果です。因果関係の方向としてはこの二つの議論は逆なのですが、うまくこの二つの関係を整理し、大きな文脈のなかで政治制度の問題を考えてみたいと思っています。

(取材:2009年7月10日)