研究者のご紹介

池上 寛 研究者インタビュー

「グローバル化の中でモノを運ぶ『物流』について焦点を当てる」 

池上 寛 研究員
所属: 新領域研究センター 技術革新と成長研究グループ
専門分野: 台湾経済、開発経済学、最近は東アジアや台湾の国際物流に興味を持っています。

台湾研究を選んだ経緯は?

アジ研に入って最初の仕事が統計調査部の経済予測事業で、インドネシアと台湾を担当しました。両方の国に出張しましたが、生活習慣や親日的な面で台湾の方が肌になったような気がして、その後の海外派遣先については台湾を選びました。研究テーマは「台湾の民営化」で、たとえば、陽明(やんみん)という船会社や半官半民の中華航空のような国営企業について調査していました。ところが、帰国して研究企画課へ異動になり、いったん調査研究業務から離れざるを得なかったのですが、研究業務に戻る段階で、「物流」というテーマが飛び込んできたわけです。

最近は物流研究の専門家として講演会等で活躍されていますね!






高雄港のコンテナ集積所

物流の専門家と言われても、研究をはじめてまだ5年程度ですのでまだまだ駆け出しです。2005年ごろに、すでにこの分野に取組まれていた 大西康雄 さんから「物流の研究会をやってみないか」と声をかけられたのが縁です。正直言ってラッキーでした。というのは、父親が商売をやっていた関係もあって、小学校のときから魚市場や卸売市場にも行ったりしていたので、もともと流通や物流業を間近に見てきた経験がありました。

物流について調べると、いろんなことがわかってきました。もともと「物流」は「物的流通」が語源で日本語からできた言葉ですが、これが中国、台湾、韓国など漢字文化圏ではそのまま使われています。日本語がそのまま輸出されたということです。また、グローバル化やボーダレス化の中で、国際貿易といっても「モノを運ぶ」サービス業である物流業がしっかりしていないとダメです。ところが、途上国のサービス業の中でも物流についての研究が少ないですね。モノがどのような形や手段で、どこを経由して来ているのか、どういった問題があるのかといったことを把握する必要があると思います。

また、台湾に関して言えば、物流業は重要な位置を占めています。今はその地位は下降気味ですが、1990年代半ばくらいまで世界を代表するコンテナ港として、シンガポール、香港、そして台湾の高雄が挙げられました。また当時、世界最大のコンテナ輸送会社は台湾の「エバーグリーン」(長栄海運)であり、台湾は国際物流では代表する地域でした。さらに、歴史的にみると、台湾は古くから輸出加工区が高雄港など港を近くに設置され、そこから経済発展を成し遂げていったという経緯があります。

台湾ではどんな調査をされるのですか?

台湾の場合、港湾や空港に関する詳細な統計は直接出向かないとまったく手に入りませんので、先ずデータ収集とインタビューの目的で定期的に高雄港の港務局など政府機関に足を運んでいます。日系企業を含めて業界関係者や研究者の方には、いろんな伝手を頼ってお会いするようにしています。

そのなかでも企業の方の話を聞いていると、理論と現実の違いにいろいろ気づかされることが多いですね。確かに経済学的には、最適なルートがあるわけですが、旅客と違ってちょっとやそっとじゃ貨物は動かない。その場所が経済的ルートとして最適地であってもそこのインフラが整っていなければ、船会社は近づいてこないわけです。たとえば、海運業では「海運自由の原則」という国際慣例があります。簡単に言うと、船会社が独自でルートを決めてよいことになっています。船会社はその時々で「荷物が集まる場所」をルートとして選ぶわけです。

また、航空貨物の場合、近年一部の国ではオープンスカイ政策を打ち出し、航空会社が自由にルートを設定することできます。しかし、多くの場合は2国(地域)間協定で発着空港や月あたり就航数など多くのことを決め、それに基づいて就航しています。こういうことも考えて、調査や研究する必要があります。

2010年に国際線ターミナルがオープンした羽田空港を考えてみると、東京に近いという理由で航空貨物のハブになれるかというと、企業の方は簡単にはなれないといいます。それは成田空港にはすでに30年の歴史があるので、今まで多くの物流に関係する企業が倉庫やスペースの確保のために成田空港周辺に投資していますので、成田を閉めて羽田に投資をすることは難しいためです。また、羽田空港で就航している国際線の路線数も限定的であり、貨物の多くは成田空港に到着するので、その優位性はしばらくは動かないとも言います。もし羽田空港周辺に投資することになっても、成田空港周辺よりも土地の確保などで苦労したり、よりコストがかかると聞きました。このような話を聞くと、「なるほど」と思います。

このことは台湾、とくに台北の空港でも同様のことが言えます。2010年の羽田空港の国際線ターミナルの運用開始で、台北市内にある松山空港との直航が始まりました。この松山空港は1979年に台湾桃園国際空港が開港してからは国内線専用の空港でした。それが2008年の中台直航の解禁によって、現在では中国のいくつかの都市ともネットワークがつながりました。旅客便としては便利になりましたが、航空貨物の面では必ずしも便利ではありません。たとえば航空貨物に関する施設を見ると、航空貨物倉庫の規模では松山空港は2千平米である一方、桃園空港は28万平米であり、規模からまったく違っているのです。就航している国際線の路線数からみても、桃園空港の優位性は動かないのです。

これらの話から、実際の企業の動きは経済学の最適ルートと大きく違っているのかもしれません。企業などでの調査をおこなうと、自分が考えていたこととずいぶん現実は違うのだなとよく感じます。

これからの研究についてお話いただけますか?

2011年度から2年間、初めて主査として「アジアにおける海上輸送と港湾」という研究会を行います。個人的に取り上げたいテーマとしては、台湾の港務局が近い将来会社化する方向にありますので、台湾の民営化との関連で海上物流について考えてみたいと思っています。これまでの物流研究では、政府から依頼された調査の報告書のようなものはあっても、もう一歩踏み込んだものがあまりなく、蛸壺的な研究になりがちでした。今回は地域横断的な研究会にし、韓国の拠点である釜山やシンガポールなどアジアの港湾調査を行いたいと思っています。この研究会は、僕にとっても大きなチャレンジになりそうです。

(取材:2011年2月18日)