研究者のご紹介

大塚 健司 研究者インタビュー

「中国研究者らと共に『中国の水汚染問題』解決に向けた研究に取り組む」

所属: 新領域研究センター 環境・資源研究グループ長代理 主任研究員
専門分野: 中国の環境問題、環境政策過程、流域ガバナンス、NGO・コミュニティ

中国の水汚染問題に関心を持ったきっかけは?

私は、アジ研で「発展途上国環境問題総合研究事業」が始まって3年目の1993年に入所しました。最初に関わった「発展途上国の環境意識」研究会で「中国大都市住民の生活環境意識」の調査を担当したのが中国研究のきっかけです。そして、その翌年に「准河(ワイガ)流域の水汚染事故」が発生し、初めて中国の具体的な事件・事例の報道に接したのですが、これがまさに私の流域研究の原点となったわけです。これ以降一貫して中国の環境問題、環境政策を研究しています。

中国の環境問題、環境政策とこれまでの研究について


2005年11月28日淮河流域にて
(大塚健司 撮影)
この准河流域の事故は、中国政府がマスメディアを通じて環境汚染事故の情報を一部公開したケースです。これには2つの大きな意味があり、一つは准河 の水汚染が深刻だったこと。もう一つは中国の環境政策の大きな転換を象徴する事件だったことです。1990年代に中国政府はマスメディアの役割を強化し、世論の力を利用することで、これまで中央政府で策定し地方で実施できなかった問題を解決させようとしたものです。ある意味で中国型の環境メディア戦略の展開とも言えます。中国は1970年代に環境行政をスタートさせ、すでに30年以上過ぎたのですが、深刻な汚染状況は一部を除いてあまり改善されていません。政府としては切迫した状況の打開策として、さまざまな政策手段を導入しようとしており、その中に情報公開や住民参加といった社会的手段も取り入れ始め ました。また、日本ではCO2の排出量取引について議論されていますが、中国では経済的手段として二酸化硫黄や水質汚染物質の排出権取引の実験が始まっています。

准河の事故を見ることで、流域の水汚染問題と環境政策のダイナミックな変化の関係に注目するようになったのですが、それが、産業化や民主化といった社会経済的・政治的要因をふまえた環境政策過程の研究にもつながっています。たとえば、共編著書として『 アジアにおける環境政策と社会変動 』があります。

環境研究が他の研究と異なる点、難しい点は?

他の研究分野に比べて、現実の政策やNGOなどのステークホルダーと直接対話しながら取り組まなければならない点です。社会の真只中で研究をしていかなければならない。その研究成果は「いったいどんな意味があるのか?」と問われると、それは社会の中の研究になるのです。自分たちの研究が社会に影響を及ぼすのであれば、問題解決型の研究として意識してかからないと研究自体が現実に即さないものになったり、悪用されたりする。日本の公害問題でも研究者や 研究成果が悪用された歴史もあるので、環境問題を研究するものとして意識せざるを得ないところです。

研究の上で難しいのは、中国では水汚染の問題は政治的に大きな問題となっており、現場を見せたくないという勢力がまだ根強いことです。准河にもここ4年ほど調査に入れません。こうしたことが中国の問題解決を遅らせているのですが、この問題自体が環境政策研究の対象となります。では、どうやって変えていくか、今取り組んでいる「コミュニティ円卓会議」も新しい側面を作っていくことで、少しずつ変えていこうというものです。

その「コミュニティ円卓会議」の実験について教えてください。

昨年から実施している 「中国の水汚染問題解決に向けた流域ガバナンスの構築」研究会 では、南京大学との共同研究として、水汚染が深刻な「太湖流域」で「コミュニティ円卓会議」の社会実験を行っています。これは『 流域ガバナンス 』 の総論的な研究から発展した実証的研究の試みであり、また円卓会議を一から始めて、それを観察・分析するという研究と実践をリンクさせる試みでもあります。なかなか難しいですが・・・特に、中国は情報公開とか住民参加がきわめて制約されている社会ですから、政府と企業と住民が同じテーブルを囲むこと自体が画期的で大イベントとなります。これまで2回開催しましたが、参加者の中に今後も続けようという機運が生まれつつあるようです。また、この円卓会議に紛争予防機能を期待する声もあります。私たち研究者としては、このようなコミュニティベースでの対話システムを作る際、どういう点に注意すべきかを明らかにするなど、制度設計の構築に向けた提言ができれば成功だと考えています。この研究をどう水環境問題の解決につなげていくか難しい課題なので、息の長い取り組みになると思います。

アジ研で環境問題 研究に取り組むメリットは?

まず、現地の研究機関と共同研究ができること。特に、アジ研には個人ベースではなく組織的に取り組むノウハウがあります。現地に行って、直接情報を得て、現地の人と一緒に研究をするという、まさに環境問題研究に必要なことが実現できる。私自身も入所して2年目から現地調査へ行き、その後一人で現地に放り出されるような形で厳しいトレーニングを受けましたが、その中で現地機関の研究者らと一緒に北京や上海の居住区を回り、住民と対話する機会を持て、非常に勉強になりました。また、中国の研究者が日本の研究者に期待しているのは、日本の持つノウハウを伝えることです。アジ研なら、現地調査、共同研究、在外研究などを通して現地の研究者と密に情報交換や議論を行って、彼らにとって「日本の経験」のどんなノウハウが必要なのかというコアな部分を理解し、それを分析にいかしていくことが可能です。もう一つはこれと関連しますが、問題意識を共有して共同研究ができること。日本や欧米の学術界のフレームワークや問題意識をそのまま持ち込んで検証するだけのやり方ではなく、現地発見型の仮説を立てて現地の人と一緒に実証できることです。

(取材:2009年10月14日)