月間ブラジル・レポート(2009年12月):低目のGDP、でも高い人気

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
第3四半期GDP:

2009年第3四半期のGDP(速報値)が発表され、前期比1.3%、前年同期比▲1.2%となった(グラフ1~3)。第2四半期に引き続き前期比でプラスの成長を記録したが、多くの市場関係者は前期比2%前後を予測していたため、ブラジルの景気回復がより緩慢なことを示す今回の数値は失望を持って受け止められた。2009年通年のGDPがマイナス成長となることを回避するためには、第4四半期において前期比2.5%程度の経済成長が必要となる。政府をはじめ一部の専門家は依然その実現は可能だとの見方を示したが、政府の楽観的過ぎる観測に警鐘を鳴らす意見も見られている。

第3四半期GDPの需要面を見ると、今回も家計支出(前期比2.0%、前年同期比3.9%)が前回同様に好調で、近年拡大したとされる国内の中間層による消費が依然旺盛であることがわかる。また、総固定資本形成(同6.5%、同▲12.5%)が前期比に関して第2四半期の2.0%よりさらに伸びており、投資が活発化していることがうかがえる。政府支出(同0.5%、同1.6%)は前回の前期比が▲0.5%だったが今回はプラスに転じており、世界的なイベント開催に向けインフラ整備を進める必要性や大統領選挙の接近もあり、今後は堅調に伸びていくものと考えられる。なお貿易に関しては、輸出(同0.5%、同▲10.1%)と輸入(同1.8%、同▲15.8%)ともに第2四半期の前期比(輸出7.1%、輸入4.4%)より伸びが鈍化しており、世界的には景気が依然停滞していることを示すものとなったが、為替のレアル高の影響もあり輸出の伸びが大幅に後退することとなった。

供給面では、国内消費市場を牽引する中間層へクレジットを提供している金融部門が好況なこともあり、サービス業(同1.6%、同2.1%)が前回に引き続き伸びている。また、工業(同2.9%、同▲6.9%)が前期比で2期連続のプラス成長を記録し(前回2.6%)、徐々にではあるが製造業などでも景気が回復していることがわかる。しかしながら、農牧業(同▲2.5%、同▲9.0%)は前期比で4期連続のマイナス成長を記録しただけでなく、前期比および前年同期比ともにマイナス幅が広がっており、第3四半期GDPが事前予測を下回る主な要因となった。輸出向け農産品を大規模に生産しているブラジルの農牧業にとって、昨今のような長期に及ぶ為替のレアル高や海外市場の不況、主要農産品の国際価格の低下などがネガティヴな要素になっているといえる。

グラフ1 四半期GDPの推移

グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE

グラフ2 2009年第3四半期GDPの需給部門の概要

グラフ2 2009年第3四半期GDPの需給部門の概要
(出所)IBGE

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比
(出所)IBGE
貿易収支:

12月の貿易収支は、輸出額がUS$137.20億(前月比8.4%増、前年同月比▲0.7%)、輸入額がUS$122.85億(同2.1%、6.8%増)で、輸出額の伸びが輸入額のそれを上回ったため、貿易黒字額はUS$14.35億(同133.3%増、▲38.0%)と前年同期比でマイナスとなったものの、前月比では大幅な増加となった(グラフ4)。なお2009年通年の貿易収支は、輸出額がUS$1,522.52億(前年比▲23.1%)、輸入額がUS$1,276.37億(同▲26.2%)となり、輸出では2000年、輸入では2003年から継続してきた増加傾向がストップすることになった。また世界同時不況の影響から、2003年以降増加してきた貿易取引額もUS$3,709.28億(同▲24.5%)とマイナスを記録したが、貿易黒字額はUS$246.15億(同▲1.4%)で2008年のUS$249.56億とほぼ同水準を維持することとなった。

12月の輸出に関しては、一次産品がUS$47.45億(1日平均額の前年同月比0.1%増)、半製品がUS$19.94億(同28.8%増)、完成品がUS$66.81億(同▲8.0%)であった。主要品目の中では、鉄鉱石(US$10.99億、同11.8%増)と原油(US$9.249億、同▲20.8%)の両一次産品、および半製品の粗糖(US$7.25億、同67.4%増)の輸出額が前月に引き続き大きかった。増加率ではプラスチック重合体(US$1.81億、同141.4%増)や鉄合金(US$1.66億、同87.2%増)、減少率では大豆(US$0.99億、同▲70.2%)やアルミニウム(US$0.64億、同▲53.7%)などの増減率が顕著であった。また主要輸出先は、1位が米国(US$13.71億、同▲22.7%)、2位がアルゼンチン(US$12.21億、同29.9%増)、3位が中国(US$11.18億、同57.5%増)、4位がオランダ(US$6.76億)、5位がドイツ(US$6.07億)であった。

一方の輸入は、資本財がUS$27.59億(同1.7%増)、原料・中間財がUS$54.41億(同5.9%増)、非耐久消費財がUS$9.46億(同14.5%増)、耐久消費財がUS$13.20億(同53.8%増)、原油・燃料がUS$18.19億(同▲7.5%)の取引額となった。主要品目の中では、化学薬品(US$16.20億、同3.5%増)や鉱物品(US$9.96億、同0.1%増)などの原料・中間財に加え、資本財の工業機器(US$8.49億、同▲3.0%)の輸入額が前月同様に大きかった。増加率では国内市場の拡大と為替のレアル高の影響を受けた乗用車(US$6.87億、同98.0%増)、減少率ではその他の農業原料(US$3.45億、同▲23.2%)などの増減率が顕著であった。また、主要輸入元は1位が米国(US$17.10億、同▲17.4%)、2位が中国(US$14.59億、同8.9%増)、3位がアルゼンチン(US$12.11億、同38.9%増)、4位がドイツ(US$9.89億)、5位が韓国(US$5.77億)であった。

なお2009年の貿易相手国に関して、中国が輸出先として米国を抜き1位となったが、輸出と輸入を合わせた取引額全体では、1位が米国(US$359.20億、前年比▲32.8%)、2位が中国(US$358.59億、同▲1.6%)、3位がアルゼンチン(US$233.00億、▲24.5%)であった。

グラフ4 2009年の貿易収支の推移

グラフ4 2009年の貿易収支の推移
(出所)ブラジル商工開発省
物価:

発表された11月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.41%(前月比0.13%p増、前年同月比0.05%p増)で、前年同月比で今年2月以来2回目のプラスとなった。非食料品価格が0.36%(同▲0.03%p、0.07%p増)と安定していたのに対し、10月まで4ヶ月連続のマイナスとデフレ状態だった食料品価格が0.58%(同0.67%p増、▲0.03%p)と大きく上昇した。また、年初からの累計は昨年同期(5.61%)比▲1.68%p の3.93%で、依然として政府目標4.5%(上下幅2%p)の中心値を下回る水準となっている。

食料品では、ジャガイモ(10月:▲3.33%→11月:26.06%)やタマネギ(同26.89%→11.43%)、ニンジン(同▲6.81%→5.74%)などの野菜類をはじめ多くの品目で価格が上昇したが、牛乳(同▲6.73%→▲5.78%)やフェイジョン豆(カリオカ:同▲4.72%→▲4.17%、黒:同▲1.18%→▲2.49%)などの主要食料品価格は前月に引き続き下落した。また非食料品では、航空運賃(同▲12.43%→18.03%)やアルコール燃料(同10.61%→4.61%)の影響を受けた運輸・交通費(同0.51%→0.61%)に加え、人件費(同0.20%→0.55%)の上昇が顕著であったが、価格上昇が低下した通信費(同0.91%→0.01%)をはじめ、それ以外の項目では概ね物価は安定したものとなった。

金利:

2009年最後となるCopom(通貨政策委員会)は9日、政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を現行の8.75%で据え置くことを全会一致で決定した。緩やかであるが景気が回復していることや物価が安定して推移していることなどから、大方の予想通りSelicの変更は行われなかった。また2010年に関しては、景気回復が鮮明化するとともにSelicは9%前半まで引き上げられるだろうとの見方が多く見られている。

為替市場:

10月の政府による投機的資金対策(10月レポート経済欄参照)実施後、狭いレンジでの取引が続いているドル・レアル為替相場は、12月も基本的にこの流れを引き継いだものとなった。月のはじめはレアルが若干強含み3日にUS$1=R$1.7088(買値)の月内レアル最高値を記録したが、その後は米国の金利引き上げ観測や年末のドル需要の高まりなどからドルが徐々に買われる展開となり、18日にはUS$1=R$1.7879(売値)までドル高が進行した。しかしその後は、さらにドルを買い進める材料に乏しく、年末決算用のドルが確保されたこともありレアルが値を戻し、US$1=R$1.7404(買値)で2009年の取引を終えた。なお、2009年の為替市場では1年を通してドル安レアル高が進み、レアルは対ドルで2008年末比25.5%の上昇となった(グラフ5)。

グラフ5 2009年のレアルの対ドル為替相場の推移

グラフ5 2009年のレアルの対ドル為替相場の推移
(出所)ブラジル中央銀行
株式市場:

12月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、第3四半期GDPが低目となったものの、国内大手スーパーマーケットのPão de Açúcarグループによる家電量販店大手のCasas Bahiaの買収が発表されたこともあり、月の前半は堅調に推移し14日には69,349pの年初来最高値を更新した。しかし、米国の金利引き上げ観測が強まり米国株が売られるとブラジルの株価も下落し、21日には65,925pまで値を下げた。ただし、このレベルではブラジル株の人気は依然高く、原油や粗糖などの国際価格が上昇したこともあり、株価は再び今までのトレンドを回復し月末は68,588pで2009年の取引を終了した。なお2009年のBovespa指数は、ブラジルが比較的早く世界経済危機を脱したことやオリンピックの開催が決定したなどから、3月以降ほぼ右肩上がりで続伸し、2008年末の株価と比べると82.6%もの上昇となった(グラフ6)。

グラフ6 2009年の株式相場(Bovespa指数)の推移

グラフ6 2009年の株式相場(Bovespa指数)の推移
(出所)サンパウロ株式市場
政治
Lula政権の高い人気:

Lula政権に関する世論調査(IBOPE)が行われ、政権発足から7年が経った現在も同政権の支持率が非常に高いという結果となった(グラフ7)。またLula大統領個人に関して、同調査では「評価する」「評価しない」「わからない/未回答」の3項目からの選択となっているが、「評価する」と答えた人は83%に上り、2008年12月の84%に次ぐ高い数字となった。このようなLula政権または大統領に対する肯定的な評価は、国内のみならず海外でも多く見られ、Lula大統領はフランスの『Le Monde』紙の「今年の人物」に選ばれたことに加え、イギリスの『Financial Times』紙から「2000年のはじめの10年間を代表する50人」の一人に選出されている。

Lula政権の高い人気は、第3四半期GDPは低目の成長率となったものの、同政権が経済をはじめ全般的に現実的な国家運営を行ってきた結果でもあるが、その先頭に、貧困層だけでなく企業家や世界各国の首脳とも対話のできるLula大統領がいたことに大きく依っているといえる。つまりLula大統領という存在により、依然格差の大きいブラジルでより広範な階層の人々からの支持獲得に同政権が成功し得たのだといえよう。なお、ベネズエラのMercosul加盟(10月レポート政欄参照)が15日に上院本会議でようやく最終承認されたが、今後の展開を踏まえた判断の是非は別として、政治的リスクよりブラジルにとっての経済的メリットを優先させた今回の決定にも、Lula大統領の力量が発揮されたといえる。

Lula大統領がブラジル史上最も高いとされる人気を誇る中、『Lula, O Filho do Brasil(ルーラ、ブラジルの息子)』という映画が2010年1月から同国史上最大規模で全国上映される。ストーリーはサンパウロ大学の歴史学で博士号を取得した論文に基づいており、ブラジルの貧困な北東部の貧しい家庭に生まれ、幼少期にサンパウロへ移住し家族のために働きながら、やがて労働組合のリーダーとして頭角を現していくというLula大統領の半生が、ブラジルの発展の歴史をある意味具現化しているとの見識から、描かれているとされる。政治的文脈を抜きにして非常に興味深い映画だが、現職大統領を主人公とすることやその上映の時期および規模などに関して多くの批判が上がっている。

グラフ7 Lula政権に対する評価の推移

グラフ7 Lula政権に対する評価の推移
(出所)IBOPE
大統領選動向:

来年の大統領選挙に関して、現時点でどの候補に投票するかを問う世論調査(IBOPE)が行われ、その結果が発表された(グラフ8)。Lula大統領の後継者でありPT(労働者党)のRousseff文民官が、前回よりも若干支持率を上げたものの、PSDB(ブラジル社会民主党)のSerraサンパウロ州知事の優位は依然変わっていない。なお、最近の大統領選挙はPT対PSDBの一騎打ちが定着化しつつあるが、Serra州知事とともにPSDBの有力な大統領候補と見られていたNevesミナスジェライス州知事が出馬の断念を表明した。このことにより、依然正式な大統領選出馬を表明していないが、PSDBの候補はSerra州知事で事実上決定したといえる。大統領選挙に関する今後の注目は、最大政党のPMDB(ブラジル民主運動党)がPTとPSDBのどちらの陣営につくのか、または独自候補を擁立してくるのか、という点に集まっていくといえる。

グラフ8 大統領選挙の投票動向調査

グラフ8 大統領選挙の投票動向調査
(出所)IBOPE
社会
環境対策:

12月7日から19日までデンマークのコペンハーゲンで開催された国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP15)では、温室効果ガスの具体的な削減目標を設置するには至らなかった。しかしブラジル政府は29日、2020年までに温室効果ガスを36.1%から38.9%の間まで削減する目標を、国家気候変動政策(Política Nacional de Mudanças Climáticas)として法制化することを決定した。目標達成に必要な各セクターごとの具体的な計画などについては、2010年1月中に検討し2月に公表する予定であるが、削減目標値などの内容はCOP15でブラジルが主張したものと同様とされている。つまり今回の気候変動に関する法制化の決定は、世界的なコンセンサスの有無の如何に関わらず、ブラジルは単独でも地球温暖化をはじめとする環境問題へ積極的に取り組んで行くとの姿勢をアピールすることで、世界における存在感を高める狙いもあると考えられよう。

しかしその一方で、アマゾン地域(パラー州)のXingu河に建設が予定されているが、環境に関する許認可の滞りや先住民などの地域住民の反対に直面しているBelo Monte水力発電所に関して、政府は開発を優先する姿勢を強めている。具体的には12月はじめ、同発電所建設に関する環境の許認可権限を有するIbama(ブラジル環境・再生可能天然資源院)の役職者が複数辞任したが、後日、そのうちの何人かが辞任にあたり政治的圧力を受けたことを明らかにしたのである。Belo Monte発電所は完成すればItaipu発電所に次ぐブラジル第2位の水力発電所となり、電力エネルギー供給に不安を抱える(11月レポート社会欄参照)ブラジルとしては、是が非でも推し進めたい国家開発プロジェクトである。環境問題への関心が世界的に高まれば高まるほど、そして森林などの資源を多く有するブラジルが有力な新興国としてさらなる発展を目指せば目指すほど、環境保全と開発推進の両立という同国の苦悩は複雑さを増していくといえよう。