2009年11月 現在のブラジルの虚像と実像

月間ブラジル・レポート

ブラジル


地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

11月の貿易収支は、輸出額がUS$126.53億(前月比▲10.1%、前年同月比▲14.2%)、輸入額がUS$120.38億(同▲5.6%、▲8.2%)で、輸出入とも取引額が減少した。そして、国内需要が堅調で為替がドル安レアル高の輸入の金額が、マイナス幅の相対的に大きかった輸出額と僅差だったため、貿易黒字額はUS$6.15億(同▲53.7%、▲62.4%)と大幅な減少となった。このことは、ブラジルや中国などの新興諸国を中心に景気は回復しつつあるが、先進国をはじめとする主要な海外市場では依然として需要が停滞していることを示している。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,385.32億(前年同期比▲24.8%)、輸入額がUS$1,153.30億(同▲28.6%)、貿易黒字額がUS$232.02億(同2.5%増)となった。来月の貿易収支は黒字を計上しても僅かな金額にとどまるとの見方が強いため、2009年通年の貿易黒字額は2008年の約US$250億を若干下回ると予測されている。

輸出に関しては、一次産品がUS$43.94億(1日平均額の前年同月比▲15.1%)、半製品がUS$20.42億(同▲0.3%)、完成品がUS$58.98億(同▲18.2%)であった。主要品目の中では、原油(US$10.18億、同▲9.5%)と鉄鉱石(US$9.79億、同▲28.7%)の両一次産品、および半製品の粗糖(US$7.46億、同87.6%増)の輸出額が大きかった。増加率では燃料油(US$2.22億、同179.9%増)やコック・バルブ(US$1.16億、同137.9%増)、減少率では鋳造鉄(US$0.49億、同▲85.9%)や航空機(US$2.14億、同▲46.0%)などの増減率が顕著であった。また主要輸出先は、1位が米国(US$14.50億、同▲28.1%)、2位がアルゼンチン(US$11.98億、同▲3.4%)、3位が中国(US$11.94億、同98.9%)、4位がオランダ(US$8.41億)、5位がドイツ(US$5.24億)であった。中国は前月の2位から3位へ順位を下げたが、前年同月比では98.9%と大幅な伸びとなっている。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$27.58億(同1.0%増)、原料・中間財がUS$56.05億(同▲17.0%)、非耐久消費財がUS$9.60億(同11.5%増)、耐久消費財がUS$12.33億(同11.9%増)、原油・燃料がUS$14.82億(同▲11.4%)の取引額となった。主要品目の中では、化学薬品(US$16.12億、同▲15.4%)や中間部品(US$8.96億、同1.0%増)などの原料・中間財に加え、資本財である工業機器(US$8.63億、同▲6.2%)の輸入額が大きかった。増加率では飲料・タバコ(US$0.57億、同43.2%増)や乗用車(US$6.04億、同35.0%増)、減少率では輸送備品(US$7.89億、同▲55.4%)や鉱物品(US$8.53億、同▲50.7%)などの増減率が顕著であった。なお、乗用車の輸入が大きく増加した自動車部門全体の2009年貿易収支は、レアル高による価格競争の影響で11年ぶりの赤字に転ずる見通しとなっている。また、主要輸入元は1位が米国(US$ 17.18億、同▲17.4%)、2位が中国(US$ 16.84億、同▲4.5%)、3位がアルゼンチン(US$ 10.62億、同3.1%増)、4位がドイツ(US$8.72億)、5位がナイジェリア(US$5.77億)であった。

物価:

発表された10月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.24%で、前月比で僅かながら0.04%p増加したものの前年同月比では▲0.17%pとなり、最近の物価の安定を示すものとなった。なお、食料品価格は▲0.09%(前月比0.05%p増、前年同月比▲0.78%p)と4カ月連続のデフレを記録し、非食料品価格は0.39%(同0.04%p増、0.01%p増)と若干の上昇にとどまった。また、年初からの累計は昨年同期(5.23%)比▲1.73%p の3.50%となり、政府の目標値4.5%(上下幅2%p)は達成されるとの見通しが強まった。

食料品では、タマネギ(9月:5.78%→10月:26.89%)や砂糖(精糖:同9.15%→9.56%、クリスタル糖:同9.81%→5.59%)などの価格上昇が目立ったが、牛乳(同▲8.76%→▲6.73%)、フェイジョン豆(カリオカ:同▲6.17%→▲4.72%、黒:同▲4.84%→▲1.18%)、タマゴ(同▲2.87%→▲3.60%)などの主要食料品をはじめ、多くの品目で価格が下落した。また非食料品では、電話料金の改定が行われた通信費(同0.22%→0.91%)や、10.61%と高騰したアルコール燃料を含む運輸・交通費(同0.27%→0.51%)などの上昇を、光熱費が前月よりも落ち着いた住宅関連費(同0.62%→0.28%)や、家政婦などの人件費(同0.52%→0.20%)の相対的な低下が、概ね相殺するかたちとなった。

金利:

11月は政策金利のSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。2009年最後となる次回のCopomは12月8、9日に開催予定。

為替市場:

11月のドル・レアル為替相場は、US$1=R$1.7前半の狭いレンジでの取引となり、月間のレアル最安値は取引初日となった3日のUS$1=R$ 1.7588(売値)、最高値は9日に記録したUS$1=1.7016(買値)、取引最終日はUS$1= 1.7497(買値)であった。11月は米ドルが円などの主要通貨に対して下落する傾向が強まったが、レアルに関しては、政府が先月導入し今月さらに追加措置を講じた投機的流入資金への対策や、政府に歩調を合わせるかたちで中央銀行が断続的に行っている為替介入が一定の実質的な効果があったことに加え、「投機的動きに政府は対処する」という市場へのメッセージとなり、レアルを積極的に買い進めることへの警戒感を高める心理的効果もあったことなどから、相場に大きな変動は見られなかった。

なお外貨準備高は、今年の前半は景気対策などに充当されたため若干減少したが、5月以降は中央銀行による積極的なドル買い介入もあり再び増加傾向となり、11月末は史上最高額となるUS$2,380億に達している(グラフ1)。また、このように外貨準備高が潤沢なことも背景として、ブラジルはIMFへの出資金を当初のUS$100億からUS$140億へ増加することを決定した。そして、その代わりにBRICs諸国の中国、インド、ロシアとともにIMFにおける拒否権を獲得することに成功している。

グラフ1 外貨準備高の推移:2008年以降
グラフ1 外貨準備高の推移:2008年以降
(出所)ブラジル中央銀行
株式市場:

11月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、10月に政府が導入した金融取引税(IOF)などの影響で下落した分を取り戻すかたちとなり、月間で8.97%の上昇を記録した。3日に月間最安値の62,643pで取引が開始された後、ほぼ今年3月以降のトレンドを引継いで上昇し、17日には今年の最高値を更新する67,405pまで値を上げた。しかしこのレベルになると、投機的な取引によりブラジルの虚像が膨らみ過ぎることを政府は懸念し、経済の実像レベルへ株価をより近づけるため、海外で取引されるブラジル企業の有価証券(ADR)にも金融取引税1.5%を暫定的に課税すると発表した。この影響などから株価は一時下落する場面も見られたが、政府が連日発表した追加の減税措置が国内の消費と生産を喚起するとして好感されたこともあり、相場の基本的なトレンドに変化は見られなかった。ただし、月末にかけドバイ・ショックで若干弱含みとなったため、月末は67,044pで11月の取引を終了した(グラフ2)。

なお政府の追加減税策とは、1つは12月にコペンハーゲンで開催される環境に関する国際会議を意識した“エコ減税(IPI verde)”である。このエコ減税は、2010年1月末に期限が来る自動車に対する工業製品税(IPI)の減税措置をフレックス対応車に限り3月末まで延長するというもので、電気消費量の少ない白物家電製品へ既に講じられているエコ減税の第2弾といえる。また建築資材に関しては、今年の年末が期限であった減税措置をさらに6ヶ月間延長することに加え、新規の減税措置として新たな建築資材の品目に対し、工業製品税を来年3月末まで免税するというものである。しかし今回の一連の減税策に対しては、連邦政府よりも州と市の地方政府の負担がより大きい点や、来年の大統領選挙との関連性を批判する声も上がっている。

グラフ2 株式相場(Bovespa指数)の推移:2008年以降
グラフ2 株式相場(Bovespa指数)の推移:2008年以降
(出所)サンパウロ株式市場
政治
ブラジル独自外交:

11月は外交面においてブラジルが独自の動きを見せ、世界の注目を集めることとなった。その最たるものが、Ahmadinejadイラン大統領のブラジル訪問である。23日ブラジリアにおいてAhmadinejad大統領と首脳会談を行ったLula大統領は、平和的な利用目的であればイランは核エネルギーを開発する権利を有すること、ただし、問題解決に向けイランは関係各国と対話をすべきであること、また、イスラエルの国家としての安全と主権をブラジルは擁護する立場であることなどの声明を、Ahmadinejad大統領との共同記者会見において発表した。またその一方でイラン大統領のブラジル訪問前にLula大統領は、イスラエルのPeres大統領とパレスチナのAbbas議長もそれぞれブラジルへ招き首脳会談を行っており、欧米諸国とは異なる立場からブラジルが中東和平における仲介者としての役割を果たし得ることを世界に向けてアピールした。

しかし、今回のAhmadinejad大統領のブラジル訪問に対しては、主に欧米諸国から厳しい批判が寄せられるとともに、ブラジル国内でも一部で抗議デモが行われた。Lula政権の真の意図は不明であるが、ブラジルがウラン鉱の生産国であること、電力エネルギー問題(社会欄)を抱えたブラジルが原子力発電の開発を推し進めていること、Pré-Sal海底ガス油田の発見もあり資源大国として国防強化の動きを見せていること、そして、米国のヘゲモニーに陰りが見え世界各国の勢力地図が大きく変わろうとする中、中南米を代表する地域大国としてプレゼンスを高めようとしていること、などが背景にあるものと思われる。したがって、これらの要素も考慮に入れた場合、今回の独自外交に関しては必ずしも否定的な意見ばかりではなく、賛否両論を巻き起こしたというのがブラジル国内の状況だといえよう。

ただし、Lula政権の独自外交はイラン大統領ブラジル訪問だけにとどまらなかった。29日に行われたホンジュラスの大統領選挙に関しては、選挙の実施形態や結果の正当性について米国などと意見が対立することとなった。また、同日29日に実施されたウルグアイ大統領選挙では、以前よりLula大統領が左派系のMujica候補支持を表明しており、結局同候補が次期大統領として当選を果たしている。だがその一方で、政治的に安定しブラジルと領土を接していないチリに対しては、12月に行われる大統領選挙の有力者3候補をそれぞれブラジリアへ迎え入れている。さらに10月末に決着がつきかけたベネズエラのメルコスル(南米南部共同市場)への正式加盟については、コロンビア領土内の米軍駐留問題との関連でChávez大統領が「ベネズエラの平和を守るため戦争の準備をすべきである」と発言したことや、「麻薬密売人の通り道」とされるコロンビアとの国境の橋をベネズエラが爆破したこと、さらに今度はLula政権が国際的に孤立するイラン大統領と会談を行ったことから、11月初めに予定されていた上院本議会での最終採決が毎週の如く順延されることになった。それでも政府は12月中の採決、つまりベネズエラのメルコスル正式加盟承認を目指しているが、現状では本件は越年する可能性も否定できないといえよう。

このようにLula政権の独自外交は、欧米諸国、特に米国と一線を画すものであり、同国との軋轢を懸念する意見も出てきている。ただし今回の一連のLula政権の独自外交は、一部諸国のような反米を意図したものではなく、米国とのチャンネルを常に維持した上で試みられていると考えられる。実際にイラン大統領のブラジル訪問に際しても、事前にObama大統領が直接Lula大統領に書簡を送っており、両国は情報交換を行いながら相互にとってより実利的で対等なパートナー・シップを模索しているともいえ、Amorim外相も米国との関係悪化懸念を明確に否定している。

ただし、ブラジルが国際政治の舞台でも影響力を増しつつあることは確かであるが、このような独自外交が同国の政治力の実像を反映したものなのか、それともそれにそぐわない虚像であるのか、その判断は現時点では困難だといえよう。また一方で国内の政治問題ではあるが、11月後半にブラジリアで大統領選挙にも影響を及ぼしかねない大規模な汚職事件が発覚し、民主主義は定着したが政治腐敗は改善しないというブラジルの一実像が浮き彫りとなった。任期が残り1年少しとなったLula政権にとって、安定した経済が短期間で急変する可能性が低いだけに、与党労働者党の政権維持のためには今後の外交や政治手腕がますます重要性を増していくといえよう。

社会
大停電:

10日の夜10時過ぎ、サンパウロやリオなどの18州で電気の供給が最大7時間以上もストップする大停電(apagão)が発生した。この大停電は、世界第2位のイタイプー水力発電所近郊で発生した悪天候による送電トラブルが原因とされ、夜遅くの発生だったため経済活動への影響は最小限にとどまったものの、都市部では地下鉄などが運行停止となり、そのために帰宅できず真っ暗なオフィスや路上で一夜を過ごさざるを得ない人々が出たり、暗闇による事故や犯罪が続発したりするなど、混乱と恐怖に覆われる事態となった。

現在のブラジルは国内電力生産の75.3%を水力発電に依存しているため(残りは火力22.3%、原子力2.0%、風力0.4%)、降雨不足に見舞われた2001年にも全国的な電力危機に陥っている。政府はこのような電気供給問題を解決すべく、PAC(成長加速化計画)と呼ばれる経済政策により大規模なインフラ整備を試みている。しかし、「Luz para Todos(電灯をみんなに)」プログラムなどの政府の積極的な取組みにより国内の電気普及は大きく前進したが、依然として電力供給は日常的にも不安定だとされる。例えば2009年9月までの過去1年間で、最長の北部で平均70時間、最短の南東部でも平均10時間の停電が発生している(O Estado de São Paulo, 29 de novembro)。このような状況下で、最近のエネルギー消費量は世界金融危機以前を上回るレベルにまで達しており、政府も「今回のような大停電が再発する可能性が全くないとは言い切れない」と述べている。したがって今回の大停電により、好調な経済やオリンピック開催決定への期待でつくり上げられたブラジルの虚像と実像とのギャップが露呈するかたちとなり、電力供給に問題を抱えたまま世界的なイベントを開催できるのかという危惧が国内外で高まったことは否めないであろう。