2009年1月 不況の始まりと“左派”Lula政権

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2009年1月
経済
貿易収支:

1月は世界同時不況の影響から輸出入額ともに大幅な減少となったが、輸出額の落ち込みがより大きかったことから、2001年4月以降黒字が続いていた貿易収支がついに赤字へ転落することになった(グラフ1)。発表された1月の貿易収支は、輸出額がUS$97.88億(前月比▲29.2、前年同月比▲26.3%)、輸入額がUS$103.06億(同▲10.5、▲16.6%)、貿易赤字額は▲US$5.18億(同▲122.5、▲156.2%)であった。

輸出に関しては、一次産品がUS$35.65億(1日平均額の前年同月比▲6.5%)、半製品がUS$16.60億(同▲13.7%)、完成品がUS$43.26億(同▲34.0%)であった。鉄鉱石(US$10.292億、同12.1%増)、砂糖(US$4.206億、同140.6%増)、トウモロコシ(US$2.344億、同154.0%増)、鉄鋼管(US$1.542億、同136.0%増)などは好調であったが、自動車(US$1.700億、同▲56.1%)、原油(US$3.245億、同▲44.8%)、牛肉(US$1.685億、同▲51.6%)、鉄鋼半製品(US$1.212億、同▲52.5%)など多くの品目で50%前後の減少となった。また、主要輸出先は1位が米国(US$11.71億、同▲36.0%)、2位が中国(US$7.38億、同18.2%増)、3位がアルゼンチン(US$6.41億、同▲48.4%)、4位がオランダ(US$5.27億)、5位がドイツ(US$4.40億)で、海外市場での消費減速を反映したものとなった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$25.24億(同▲5.4%)、原料・中間財がUS$48.83億(同▲20.7%)、非耐久消費財がUS$6.92億(同6.9%増)、耐久消費財がUS$7.93億(同▲5.4%)、原油・燃料がUS$14.14億(同▲4.7%)であった。これらの項目の中で原料・中間財の減少が顕著であったが、原油(US$5.05億)のみに限れば▲45.2%の大幅マイナスとなった。また品目としては、輸送関連機器(US$3.43億、同98.5%増)や飲料・タバコ(US$0.28億、同42.4%増)の輸入額が大きく伸びたが、その他の多くの品目では減少または小幅な増加となった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$20.14億、同10.1%増)、2位が中国(US$13.48億、同▲8.1%)、3位がドイツ(US$6.67億)、4位がアルゼンチン(US$6.08億、同▲43.6%)、5位が日本(US$5.85億)で、輸出と同様アルゼンチンの落ち込みが顕著であった。

グラフ1 貿易収支の推移:2001年以降

グラフ1 貿易収支の推移:2001年以降
(出所)商工開発省
物価:

2008年12月のIPCA(広範囲消費者物価指数)が発表され、物価が上昇しやすい年末にも関わらず0.28%(前月比▲0.08、前年同月比▲0.46%p)と非常に低い数値を記録した。この主な要因としては、食料品の価格上昇が0.36%(同▲0.25、▲1.70%p)と例年より大幅なマイナスになったことが挙げられる。野菜類で価格が大きく上昇したものもあったが、肉類をはじめフェイジョン豆やコメ、パン類などの主要食料品を中心に多くの品目で価格が下落または低い上昇にとどまった。一方、非食料品も0.26%(同▲0.03、▲0.12%p)と例年より低い価格上昇となり、特に自動車(新車:同▲0.40→▲1.99%、中古車:同▲0.58→▲2.61%)やAV機器(同0.71→▲1.07%)価格の下落、家電製品(11月0.32→12月0.01%)などの小幅上昇が顕著であった。これらは年末セールによる値下げの影響も考えられるが、世界的な景気後退により耐久消費財などの国内需要が減退傾向にあることを表しているといえる。

また、2008年の年間物価上昇率は5.90%(前年比1.44%p増)となり、2年連続で前年に比べ上昇したものの、政府目標(4.5%)の上限である6.5%以内に収まることとなった。年間の物価上昇率が政府目標範囲内となったのは5年連続で、1999年に現行の物価目標が設定されてからは7回目となった。なお、食料品価格は11.11%(同0.32%p増)、非食料品価格は11.11%(同1.63%p増)であった。2008年の物価に関しては、上半期における食料品価格の高騰による物価上昇分が、下半期に深刻化した世界金融危機により不幸中の幸いにも相殺され、年間のインフレ率としては政府の目標圏内を達成する形となった(グラフ2)。

グラフ2 2008年IPCAの推移

グラフ2 2008年IPCAの推移
(出所)IBGE
金利:

中央銀行の Copom(通貨政策委員会)は21日、前回まで2回連続13.75%で据え置いてきた政策金利Selic(短期金利誘導目標)を12.75%へ引き下げることを決定した。Selicの引き下げは2007年9月以来であり、さらに1.00%pもの引き下げ幅となると2003年12月(同じく1.00%p)以来ほぼ5年ぶりになる。多くの市場関係者が0.75%pの引き下げを予測していたため、更なる引き下げを求める声は依然強いものの、今回の大幅なSelic引き下げは驚きと好感を持って受け止められた。また、Selic引き下げの決定を受け、主要銀行は個人及び企業向けの貸出金利の引き下げを即時に発表した。

世界金融危機の勃発から今回の決定まで、経済状況の悪化とともに各国の中央銀行が次々と政策金利の引き下げを断行してきた中、ブラジルの対応が後手に回っているとの批判が政財界や労組などから高まっていた。そして、物価が落ち着きを見せる一方で、今まで実体経済への影響が比較的小さいとされていたブラジルでも景気後退色が強まってきたことなどから、3人のCopom委員が0.75%pの引き下げを主張したものの、5人の委員が賛成に回り1.00%pもの大幅な引き下げが実現した。

為替市場:

1月のドル・レアル為替相場は、中央銀行の為替介入などによる前月末のドル安レアル高傾向が加速し、6日にはUS$1=R$ 2.1881(買値)までレアルが上昇した。しかし、このレベルになると現状で更にレアルを積極的に買う材料が乏しいことに加え、株式市場が下落しカントリー・リスクが上昇へと転じたことに見られるように、ブラジル経済も不況に突入したとの懸念も強いことからドル高レアル安が進み、15日には1月のレアル最高値となるUS$1=R$ 2.3803(売値)を記録した。その後、為替相場はUS$1=R$2.3前後での小幅な値動きとなり、そのままのレベルで1月の取引を終えた。

株式市場:

1月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、年明けから2ヵ月日ぶりに40,000pを回復して取引が始まり、6日には42,312pまで上昇した。しかしその後は、金融不安の再燃や企業業績の悪化懸念などの影響で米国株式市場が軟調に推移すると、その値動きとほぼ連動するかたちで20日に37,272pまで下落した。月の後半は、オバマ新政権が打ち出す新たな政策とそれへの期待感もあり株価は上昇に転じたが、発表された米国の2008年第4四半期GDPが大幅なマイナスになったことなどから再び値を下げ、1月は39,300pで取引を終了した。

工業景況:

発表された2008年11月の工業生産指数は、前月比が1995年以降で最大の下げ幅となる▲5.2%、前年同月比でも▲6.2%となり、実体経済の悪化を示す結果となった。分野別の数値(前月比)は、資本財が▲4.0%、中間財が▲3.9%、非耐久消費財が▲0.7%、耐久消費財が▲20.4%(自動車部門は▲22.6%)で、世界的な傾向と同様に自動車や家電などの製造業において経済危機の打撃がより大きいことを表すものとなった。このような景気後退の影響を受け、1月の半ばには鉄鋼大手のValeが、中国の鉄鋼メーカー宝鋼集団と合弁で進めていたエスピリト・サント州の製鉄所建設計画を中止すると発表した。

また、Anfavea(全国自動車メーカー協会)が発表した2008年12月の自動車生産台数も、前月比で▲47.1%、前年同月比では▲54.1%の大幅なマイナスとなる10.2万台にとどまった。2008年に関しては、自動車生産台数が321.4万台で前年比8.8%の増加、国内販売台数は過去最高となる282万台(同14.5%増)となったものの、輸出台数は72.7万台で同▲7.9%のマイナスとなり、海外需要の落ち込みを反映したものとなった。ただし、ブラジルは2008年の数値でヨーロッパの主要諸国を上回り、自動車販売台数で世界第5位、生産台数で世界第6位となる見通しである。

このように景気減速がより鮮明になる中、政府は22日、長期融資専門の政府系金融機関BNDES(社会経済開発銀行)を通じ、R$1,000億に上る融資を行うと発表した。この政府融資はエネルギーやインフラ整備を対象分野に、政府の経済政策PAC(成長加速プログラム)に関わる民間企業に対して実施される予定となっている。今回の財政出動は、世界金融危機により縮小した信用市場の活性化を通して企業の業績回復や雇用確保を目指すもので、その金額は2009年通年と2010年の一部の資金需要を充分に満たし得るものと政府は説明している。また、この大規模な政府融資の発表を受け、Petrobrás(ブラジル石油公社)も23日、US$1,744億に上る2009~13年の投資計画を発表した。この金額は、前回の2008~12年計画を55%上回るものである。PACに代表されるインフラ整備公共事業は、より高い経済成長を目指して実施されてきたが、世界経済の悪化から進捗状況に遅れが出る一方で、最近では景気対策として重要視されるようになってきており、ブラジル版ニューディール政策といった意味合いを強めつつあるといえよう。

雇用・所得:

労働雇用省が19日に発表した正規雇用に関する調査(Caged)によると、12月は新規雇用者数が88.7万人と前月比▲30.4%減少する一方、失業者数は154.2万人と前月比で17.1%増加した。この結果、前者から後者を差し引いた数は65.5万人の失業者超を記録し、特に全体の41.7%を占めた製造加工業における雇用状況の悪化が顕著となった。例年12月は決算との関係などから、企業が新規雇用を抑える一方で雇用調整を行うため、正規雇用状況は失業者超になることが多いが、今回の数値は1992年以降で最悪のものとなった。また、2008年に新たに創出された正規雇用者数は過去3番目に多い145.2万人を記録したが、過去最高の161.7万人となった前年比では▲10.2%の減少となった。今回の調査結果から、2008年10月頃から国内労働市場への世界金融危機の影響が顕在化していたことがわかる(グラフ3)。

一方、22日に発表されたIBGE(ブラジル地理統計院)の雇用調査(PME)によると、12月の失業率(6大都市圏)は現在の算出方法になって(2001年10月)最も低い6.8%(前月比▲0.8%p)を記録した。この結果、2008年の年間平均失業率も過去(2002年以降)最低の7.9%(前年比▲1.4%p)となった。また、就業者の実質平均賃金に関しても、今までの上昇トレンドに変化は見られず増加することとなった(グラフ4)。

CagedとPMEの結果が大きく異なった要因としては、調査対象の雇用状況がCagedはブラジル全国の企業における正規雇用であるのに対し、PMEは6大都市圏における正規および非正規雇用(インフォーマル・セクター)であることが挙げられる。また、PMEにおいては調査時点で就職していなくても、職を探していなければ「失業者」としてはカウントされないことに加え、12月がバケーション・シーズンであるため職探しを行わない人が多くなる一方、年末商戦という季節要因から臨時雇用が増えることなどが大きく影響している。なおPMEの実質平均所得に関しては、対象が就業者であり、失業者などの無所得者や非労働所得者は含まれていない。

これら諸要因から12月のPMEにはまだ現れていないが、世界同時不況によりブラジル国内の雇用状況も悪化傾向にあることは確かである。政府が企業に対して雇用維持を要請していることもあり、レイオフ(職場復帰までの期間は失業手当を受給)や長期休暇、勤務時間の短縮や賃金の引き下げなど、解雇を回避するかたちで危機を乗り切ろうとする労使双方の努力も行われている。しかし、サンパウロ周辺をはじめとする工業地帯では、工場労働者を中心に雇用維持などを要求するデモやストライキが活発化しつつある。そして、このような雇用状況の変化が2009年からはPMEにも反映されてくるものと予測されている。

なお、国内消費の喚起による景気刺激の意図も込め、政府は最低賃金のR$415からR$465への引き上げを行った(2月1日実施)。2008年の物価が2007年より上昇したこともあり(物価欄参照)、今回の最低賃金は引き上げ率が前回の9.2%を上回る12.0%、米ドルに換算(1月30日)した金額はU$200.79となった。

グラフ3 正規雇用状況の推移:2006年10月以降

グラフ3 正規雇用状況の推移:2006年10月以降
(出所)労働雇用省

グラフ4 月間失業率と実質平均所得の推移:2005年以降

グラフ4 月間失業率と実質平均所得の推移:2005年以降
(出所)IBGE

(注)失業率(左軸:%)は6大都市圏の数値。
実質平均所得(右軸:R$)は6大都市圏における10歳以上の就業者が主要収入源から得た平均月額。
政治
“左派”Lula政権:

世界社会フォーラム(社会欄参照)と同時期にダボスで世界経済フォーラムが開催されたが、今回Lula大統領は同フォーラムへは出席せず(Amorim外務大臣が出席)、世界社会フォーラムを優先させている。そして、世界社会フォーラムの開催費用(正確な金額は明確ではないが)に関し、連邦および州政府(ともに労働者党(PT))がR$3.38億、ブラジル銀行などの政府系機関がR$8.5億もの資金を支出したとされる。さらに世界社会フォーラムとは直接関係してはいないが、経済状況の悪化のため貧困層の生活がより困窮化しているとして、ブラジル政府はBolsa Família(2007年8月レポート社会欄参照)の対象家庭の上限所得(家族一人当たり)をR$120からR$137へと引き上げることを決定した。

このように最近のLula政権の言動や施策には、近年のラテンアメリカの特徴ともいえる“左派”色が目立って来ている。これは、国内の経済状況の悪化がより顕著になるにつれ、政権与党PTの本来の特色が前面に押し出されてきたと見ることもできる。しかしLula大統領は、世界社会フォーラムにPTの大統領候補Dilma Rousseff文民官を同行させ、「2011年のフォーラムにはDilmaが大統領として出席するだろう」と聴衆にアピールしている。また、大統領選挙の実質的なスタートともされる上下院議長選挙が2月2日に行われることとの関連性も、100%否定することはできないであろう。したがって、現実主義的なLula政権の“左派”的な動きには、政治的意図が少なからず含まれているとも考えられよう。

社会
世界社会フォーラム:

2001年にブラジルのPorto Alegreで初めて行われた世界社会フォーラムが、2009年はブラジルのアマゾン河の河口に位置するパラ州の州都ベレンで27日から6日間にわたり開催された。同フォーラムには世界各国からNGO関係者など10万人以上が参加したほか、Lula大統領をはじめ、ベネズエラのChávez大統領、ボリビアのMorales大統領、エクアドルのCorea大統領、パラグアイのLugo大統領も出席した。

今回の世界社会フォーラムの特徴としては、初めてアマゾン地域で開催されたことから環境や先住民の問題に焦点を当てていたことや、米国発の世界金融危機を非難する一方、Bush政権から対話重視を掲げるObama政権へと代わったことから、反米色が薄くなったことなどが挙げられる。しかし、出席した主要国首脳の顔ぶれだけでなく、参加5,808団体のうち4,193団体が南米からの参加であったことから、同ファーラムの運動や主張を南米だけでなく世界へとより広めていくことが、今後の課題の一つだといえよう。