2009年7月 脈々と息づく政治文化

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2009年7月
経済
貿易収支:

7月の貿易収支は、輸出額がUS$ 141.43億(前月比▲2.2%、前年同月比▲30.8%)、輸入額がUS$112.15億(同13.9%増、▲34.5%)で、前月に引き続き輸出入ともに前年同月比で大幅な減少となった。また、為替市場での更なるドル安レアル高もあり輸入が前月比で増加したため、貿易黒字額はUS$29.28億(同▲36.7%、▲12.0%)と前年および前年同期比でマイナスとなった。なお年初からの累計は、輸出額がUS$840.95億(前年同期比▲24.3%)、輸入額がUS$671.82億(同▲30.4%)、貿易黒字額がUS$169.13億(同15.6%増)となり、前月よりも黒字額の前年同期比増加率は低下した。

輸出に関しては、一次産品がUS$63.99億(1日平均額の前年同月比▲23.1%)、半製品がUS$17.36億(同▲41.5%)、完成品がUS$57.45億(同▲33.6%)であった。主要品目の中で、大豆(US$14.68億、同▲22.8%)、原油(US$12.79億、同▲4.9%)、鉄鉱石(US$11.81億、同▲40.2%)の一次産品の輸出額が大きかったが、大豆と鉄鉱石の主な輸出先である中国が在庫余裕気味であり、これらが数値に表れる結果となった。また、増加率では精糖(US$2.38億、同36.8%増)や粗糖(US$5.23億、同34.3%増)といった製糖関連、減少率では鉄鋼半製品(US$1.47億、同▲68.3%)などの増減率が顕著であった。また、主要輸出先は1位が中国(US$19.88億、同▲21.7%)、2位が米国(US$12.61億、同▲58.0%)、3位がアルゼンチン(US$10.49億、同▲40.5%)、4位がオランダ(US$7.07億)、5位がドイツ(US$4.92億)であった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$24.31億(同▲31.9%)、原料・中間財がUS$54.67億(同▲32.5%)、非耐久消費財がUS$8.11億(同▲2.2%)、耐久消費財がUS$9.34億(同▲27.9%)、原油・燃料がUS$15.72億(同▲52.8%)であった。主要品目の中で、輸入額では化学薬品(US$15.61億、同▲19.7%)が最も大きく、増加率では新型インフルエンザの影響もあり医薬品(US$3.51億、同35.5%増)の伸びが顕著であり、減少率では原油(US$9.18億、同▲55.4%)やその他農業原料(US$6.78億、同▲50.4%)などの低下がより著しかった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$16.99億、同▲32.1%)、2位が中国(US$12.93億、同▲33.9%)、3位がアルゼンチン(US$9.68億、同▲11.6%)、4位がドイツ(US$9.03億)、5位が日本(US$4.67億)であった。

物価:

発表された6月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比▲0.11%p、前年同月比▲0.38%pの0.36%となった。食料品価格は2ヵ月連続で前月比増の0.70%(前月比0.26%p増、前年同月比▲1.41%p)となったが、非食料品価格が0.26%(同▲0.22、▲0.08%p)と落ち着いていたため、全体としての物価上昇は小幅なものにとどまった。

食料品では、5月に大幅上昇した牛乳価格(5月:9.77%→6月12.10%)が更に高騰し、乳製品全般が引き続き値上がりしたことが、食料品価格全体を押し上げる主な要因となった。その一方で、ニンジン(同5.64→▲12.87%)やジャガイモ(同14.77→▲1.46%)などの野菜類は、高騰した前月に比べ値段が大きく下落した。また非食料品では、景気対策の財源補填のため増税されたタバコの価格(同9.21→▲0.28%)がようやく落ち着いたことに加え、電気料金(同0.82→▲0.48%)や上下水道料金(同1.34→0.09%)、医薬品(同1.33→0.37%)などの値段の下落や上昇率の低下が、全体的な価格の安定に寄与した。

金利:

中央銀行の Copom(通貨政策委員会)は22日、政策金利Selic(短期金利誘導目標)を9.25%から8.75%へと5回連続で引き下げることを満場一致で決定した。今回のSelic引き下げ幅50bpは、前回の100bpよりも小幅であるが、最近のSelicが継続的かつ大幅に引き下げられていたことや、国内景気に回復の兆しが見えることなどから、多くの市場関係者の予測と一致するものであった。

今回の引き下げにより、Selicは昨年末の13.75%から5%pも低くなったため、景気回復に貢献する水準だとして専門家の間でも概ね好意的に評価されるとともに、今後しばらく金利は据え置かれるだろうとの見方が大半を占めている。しかしその一方で、再び経済が成長基調を取り戻したとしても、景気対策や来年の大統領・全国統一選挙との関連から増加傾向にある公的支出を削減しなければ、より持続可能な成長にはつながらないとする指摘もなされている。

為替市場:

7月のドル・レアル為替相場は、前月の調整局面的な動きを引き継ぐとともに、世界の主要株式相場やコモディティーの国際価格が軟調に推移したことなどから、月の前半は消去法的にドルが買われる展開となり、10日にはUS$1=R$2台を超えるドル高水準となった。しかし月の後半になると、世界経済の景気回復に対して楽観的な見方が強まる中、ブラジルが投資先として選好されたためレアル買いの動きが強まった。そして月末には、2008年9月26日以来のUS$1=R$1.8台となるUS$1=R$1.8718(買値)までドル安レアル高が進み、今年のレアル最高値を更新するかたちで7月の取引を終えた。

株式市場:

ブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、7月も為替相場と同様に月の前半は軟調に推移し、14日には48,873pまで下落した。しかし、翌日の15日に50,000pを回復すると月の後半は右肩上がりで値を上げる展開となり、月末に今年の最高値を更新する54,766pまで上昇して7月の取引を終了した。株価上昇の主な要因としては、米国株式市場の回復、景気回復による需要増加を見越した原油や穀物などの国際価格の上昇、最大の貿易相手国となった中国の第2四半期GDPが前年同期比7.9%と高かったことなど、ブラジル経済にとって有利な要素が整ったことが挙げられる。なお13日、砂糖・アルコールのメーカーで国内最大手のCosanが、初の日本向け燃料用エタノールの輸出契約を日系企業との間で締結したと発表した。

財政:

昨年後半からの世界的な金融危機と同時不況に対処すべく、政府は減税や融資枠の拡大などの大規模な財政出動を要する景気対策を打ち出してきた。そしてこれらの対策は、最近その兆しが見えているブラジルの景気回復に大きく寄与したといえる。しかし、官製需要に拠るところが大きい現在の景気回復は、公的債務額の増加(純公的債務額の対GDP比:2008年11月37.7%→6月43.1%)やプライマリー・サープラス(利払い費を除く財政収支黒字)の減少をもたらし、政府の財政状況の悪化要因となっている(グラフ1)。

また、このような財政状況にも関わらず、政府は景気対策以外でも公的支出を増やす決定または方針を打ち出している。その具体例としては、Bolsa Família(2007年8月レポート参照)給付金の物価上昇率(6%弱)を上回る金額調整(9月から9.67%アップ)、公務員給与(R$160億増)や社会保障給付金の上方調整などがある。これらの公的支出増には、物価上昇分を反映させる定期的な調整も含まれるが、来年に迫った大統領・地方統一選挙が少なからず影響を与えているといえよう。

そして、最近の逼迫しつつある財政への対策として政府がはじめに打ち出したのが、財政目標の下方修正であった(4月レポート参照)。この時の目標値変更は、ブラジル石油公社Petrabrás関連の費用を政府のプライマリー・サープラス算出から除外することで可能となった。そしてさらに今回、政府はPAC(成長加速プログラム)も来年の財政計算から同様に除外できる権限について、議会から承認を得ることに成功した。これにより政府は財政目標達成において、対GDP比プライマリー・サープラスで0.65%(約R$225億)の財政余裕を捻出できることとなった。

景気回復策と財政支出の兼ね合いという問題は、何もブラジルに限ったことではない。しかし、選挙関連での公的支出の増加、そして、それらに起因する財政悪化を操作的かつ人工的ともいえる手法で調整するという行為は、問題の先送りまたは隠蔽でもあるとともに、持続的な経済発展を阻害する政府の歪んだ介入だともいえ、専門家などから批判を浴びることとなった。ブラジルは過去に、輸入代替工業化や内陸開発などを政府のある意味強引なイニシアティブの下で進め、短期的な栄華の後に長く深い混乱の時期を経験してきた。近年のブラジルの安定的発展は、今までの経験を活かすことで実現されているともいえるが、“政府の(大きな)役割”という政治文化に関しては、依然として過去の教訓から学ぶべき点が多いように思われる。

グラフ1 財政収支の推移:2007年以降

グラフ1 財政収支の推移:2007年以降
(出所)ブラジル中央銀行
(注)左軸が公的部門のプライマリー・サープラスの実額で、右軸は対GDP比割合。なお、数値のマイナスは黒字、プラスは赤字を意味する。
政治
窮地のSarneyと上院:

Sarney上院議長(PMDB:ブラジル民主運動党)をはじめとする上院議員が、縁故主義に基づく極秘特権を長年にわたり有していたことが6月に暴露されたが、7月に入っても本件に関する混乱が続くこととなった。特に、前月に引き続きSarney議長に関する新たな縁故雇用や公的資金の横領疑惑などが証拠とともに取り沙汰され、また、同様に嫌疑のかかる連邦下院議員の息子がマスコミ封じの行為に出たこともあり、同議長への辞任要求が政界やマスコミ、国民の間で更に高まることとなった。

政治的に窮地に追い込まれたSarney上院議長であるが、議長職の辞任を頑なに拒否するとともに、上院議会の極秘特権問題が同議長個人への攻撃に摩り替えられており、自身は政治的な策略の犠牲者だとの主張を繰り返した。また所属政党のPMDBも、同党の大物政治家であり政財界で影響力の強いSarney議長を党として擁護する立場を取っており、月末にかけ一旦は辞任確実かと思われた同議長陣営が再度反撃に出たため、ブラジルの国内政治は混迷の度合いを深める事態となった。なお、Sarney議長は議員の極秘特権の無効を宣言したが、663項目にも上る議員特権全ての合法または違法性を調査し、無効か否かを判断するためには30日間以上の日数が必要とされる。

一方、来年の大統領・地方統一選挙との関連から、Lula大統領はSarney議長をかばう姿勢に終始し、一旦は政権与党のPT(労働者党)内部も大統領の意見に従うかに見られた。しかし、Sarney議長を取り巻く疑惑が続出したこともあり、強引且つうやむやに事態の収拾を図ろうとするLula大統領に対しても批判が高まるとともに、Sarney議長の辞任を求める議員が再びPTだけでなくPMDBからも続出する事態となった。このような状況を前にしたLula大統領は、「私の問題ではない(Não é problema meu)。私はSarneyを議長に選出する際に投票したわけではなく、問題を解決しなければならないのは上院であり、私ではない。」と明言(迷言)し、最終的に本件に関してはサジを投げる結果となった。

Sarney議長を取り巻く汚職疑惑に関しては、上院で倫理委員会が設けられ、これから調査が行われる予定である。しかし、同委員会も上院関係者から構成されており、メンバーの約7割にも縁故雇用や極秘特権に関する違法嫌疑があるとされる。近年のブラジルでは制度や意識の上での民主化は定着しつつあるが、“政治(家)の品格”ともいえる政治文化に関しては、社会規範と関連している分、伝統や固有性が根強く残存し続け得るといえよう。

社会
SP交通事情:

今年2月、日本ではNHKの『沸騰都市 サンパウロ:富豪は空を飛ぶ』という番組が放送され、近年の自動車の普及や交通インフラの遅れなどにより、南米最大の都市サンパウロの名物となった交通渋滞を回避すべく、富豪はヘリコプターで移動するというブラジルの一現実が紹介された。しかし当然の如く、ヘリコプターで移動できるような富裕層は国民全体のごく一部であり、ほとんどの人々は、新たな中間層も購入できるようになった自家用車や、バスなどの公共交通機関を使い、約2,000万人の人口を抱える空間(サンパウロ大都市圏として2008年で推計1,962万人)を通勤や通学のために日々行き来している(表)。

なお自動車に関しては、昨年来の世界経済危機の影響から一時的に国内需要が落ち込んだものの、政府の減税策などが功を奏し、今年に入り販売台数は回復し過去最高を更新している(グラフ2)。また、このような旺盛な国内の自動車需要に誘発されるかたちで、交通渋滞が深刻化したこともあり、サンパウロでは対処策の一つとして1997年から、市内の中心部に関しトラックを含む一般の自動車の走行が規制されている。現在も自動車のナンバープレートの最後の番号により、朝晩の通勤時間(7~10時と17~20時)の間、走行可能な曜日が決められている。

今回、サンパウロの交通混雑を改善すべく、新たな対策がサンパウロ市政府により実施された。それは、チャーター・バスに対する規制である。このチャーター・バスとは、乗り物自体としては日本の観光または長距離バスに近く、通常、廊下を挟んで左右に座席を2つずつ合計4つの座席を一列に備えたバスである。ブラジルではこのようなバスが民間の会社により運行されており、料金は公共のバスよりも概して割高であるが、公共交通機関のラッシュ時の混み具合が尋常でないため、通勤などにおける快適さを求める人々により日常的に多く利用されている。しかし通勤時間になると、このチャーター・バスが市内中心部を多く走行することから渋滞の原因の一つになっていること、さらに乗客を職場の近く、つまり市内中心部の各ビジネス拠点で降ろすため、一定の時間しかも何台もが同じ場所に停車した状態になることから、渋滞だけでなく、建物内と道路の間を出入りする車の通行を遮断してしまうという問題が深刻化していた。このような問題を改善すべく、サンパウロ市政府は27日、チャーター・バスの走行および停車が可能な地区や道路を制限する対策を講じたのである。

しかし実施直後、チャーター・バスの利用客が公共交通機関の利用を余儀なくされたため、地下鉄などが大混雑しただけでなく、今回の措置へ反対する抗議デモが行われ幹線道路が封鎖されるなど、市内の交通網は大混乱することとなった。このような状況を受け、サンパウロ市政府は実施2日目にして早くも制限の一部緩和を決定した。今回の規制策に関しては、市内中心部の交通緩和に寄与するとして評価する意見もあるが、通勤に要する時間と費用の増加や、既に危機的状況ともいえる地下鉄などの混雑の悪化を招くとして、否定的に捉える意見も多く見られる。今後この政策が定着するまでには、依然いくつもの紆余曲折や時間が必要だといえよう。なお28日には、サンパウロ国際空港(Guarulhos)と市内を結ぶ鉄道計画の全面的な一時停止が発表された。理由は事前調査の不備により、環境に関する認可が下りなかったことだとされている。

表 サンパウロ市の交通手段別の1日の利用者数 (単位:人)
1987年 1997年 2002年 2007年
バス 4,969,876 4,629,924 4,285,724 5,728,566
相乗りタクシー 17,905 14,255 494,835 -
電車 470,065 321,771 343,797 435,271
地下鉄 1,339,865 1,532,972 1,601,264 1,944,172
チャーター・バス 248,033 162,121 154,529 167,377
スクール・バス 232,622 244,475 471,616 760,627
自家用車 5,699,106 6,132,516 7,533,023 6,587,779
タクシー 10,068 90,569 108,149 78,357
自動二輪車 121,896 99,289 23,885 393,645
自転車 45,167 5,437 130,431 147,107
徒歩 6,663,998 6,158,283 8,051,719 7,244,307
その他 115,251 4,571 30,036 32,462
Total 20,024,462 19,614,550 23,443,972 23,519,669

(出所)サンパウロ市政府( http://www9.prefeitura.sp.gov.br/spMovimento/

グラフ2 国内の自動車販売台数の推移:2005年以降

グラフ2 国内の自動車販売台数の推移:2005年以降 (出所)ANFAVEA(全国自動車メーカー協会) (注)商用車やトラックなども含む。