2009年4月 ブラジルの“Chique”な変容

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2009年4月
経済
貿易収支:

4月の貿易収支は、輸出額がUS$123.22億(前月比4.3%増、前年同月比▲12.3%)、輸入額がUS$86.10億(同▲14.2%、▲30.1%)となり、貿易黒字額はUS$37.12億(同109.5%、113.7%増)と大幅な増加となった。この結果、年初からの累計は輸出額がUS$434.99億(前年同期比▲17.5%)、輸入額がUS$367.77億(同▲23.8%)と輸出入の金額自体は前年同期比マイナスとなったが、輸入額の減少がより大きかったため、貿易収支はUS$67.22億(同49.4%増)と黒字額が増加した。

輸出に関しては、一次産品がUS$55.94億(1日平均額の前年同月比27.4%増)、半製品がUS$14.34億(同▲17.2%)、完成品がUS$50.41億(同▲27.4%)であった。輸出額の大きい品目は、大豆(US$15.42億、同15.8%増)、鉄鉱石(US$14.01億、同115.7%増)、原油(US$4.62億、同229.6%増)などで、中国が主な輸出先である一次産品が上位を占めた。一方、自動車(US$2.77億、同▲22.7%)や航空機(US$2.67億、同▲16.2%)などの工業製品は引き続きマイナスとなったが、これらの主な輸出先に中国は含まれていない。また、主要輸出先は1位が中国(US$22.31億、同76.4%増)、2位が米国(US$13.40億、同▲23.8%)、3位がアルゼンチン(US$8.20億、同▲37.2%)、4位がオランダ(US$5.96億)、5位がドイツ(US$4.56億)で、貿易相手国としての中国の重要性を印象付けるものとなった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$24.00億(同▲5.7%)、原料・中間財がUS$38.31億(同▲31.4%)、非耐久消費財がUS$7.17億(同4.9%増)、耐久消費財がUS$7.70億(同▲11.7%)、原油・燃料がUS$8.92億(同▲56.4%)であった。なお、減少率が顕著だった原油・燃料の内訳は、その他の燃料(US$3.84億、同▲60.9%)、原油(US$5.08億、同▲52.3%)となっている。また主要品目では、化学薬品(US$11.69億、同▲22.8%)や工業機器類(US$9.10億、同22.1%増)の輸入額が大きかった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$14.77億、同▲19.1%)、2位が中国(US$10.01億、同▲26.4%)、3位がアルゼンチン(US$8.52億、同▲4.8%)、4位がドイツ(US$7.76億)、5位が日本(US$3.38億)であった。

物価:

発表された3月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、世界同時不況による需要減退などの影響から、1994年のレアル計画実施以降、3月としては最も低い0.20%(前月比▲0.35%p、前年同月比▲0.28%p)を記録した。食料品価格は0.30%で、前月比は0.03%p増と若干上昇したが前年同月比では▲0.59%pと安定しており、2月に学校の新学期という季節要因から高まった非食料品価格も、3月は0.17%(同▲0.46、▲0.19%p)と落ち着きを取り戻した。

食料品では、一部の野菜(ニンジン:2月5.72→3月20.56%、青物類:同7.02→9.47%)、砂糖類(精糖:同5.98→11.99%、粗糖:同15.50→7.10%)などの価格上昇が顕著だった一方、フェイジョン豆(カリオカ:同▲3.35→▲12.01%、黒:同1.54→▲11.87%、茶色:同2.10→▲6.78%)、牛肉(同▲2.14→▲2.84%)などの価格が大きく下落した。一方、より小幅上昇にとどまった非食料品の価格は、教育分野の下落(同4.77→▲0.37%)に大きく影響されたが、衣料品(同▲0.24→0.70%)は前月のマイナスから大幅な上昇となった。

金利:

中央銀行の Copom(通貨政策委員会)は29日、政策金利Selic(短期金利誘導目標)を11.25%から10.25%へと引き下げることを全会一致で決定した。今回のSelic引き下げ幅1.00%pは前回の1.50%pを下回るものの、3回連続の引き下げであることに加え、現在のかたちでのSelic導入以降で過去最低レベルを記録したこと、実質金利(約5.8%)が世界主要国中で最も高いレベルではなくなったこと、次回のCopomでも更なる引き下げが予想されることなどから、今回の決定は概ね好感を持って受け止められた。

Selicが引き下げられたことにより、政府および民間の主要銀行も貸出金利の即時引き下げに踏み切った。その中でも動向が顕著であり、市場関係者の注目を集めたのが政府系のブラジル銀行(Banco do Brasil)であった。なぜなら4月8日、景気刺激策として政府が主張している融資の増加や貸出スプレッドの引き下げに関して、消極的とされていたブラジル銀行の総裁が交代させられていたからである。実際に新総裁下のブラジル銀行は、政府が推進する住宅や耐久消費財購入を目的とした政策への融資を積極化させており、野党や市場関係者からは、経済への政治介入の悪影響を懸念する声も上がっている。

為替市場:

4月のドル・レアル為替相場は月の前半に大きくレアル高に振れ、13日に昨年11月初旬以来のドル安・レアル高となるUS$1=R$2.1691(買値)を記録した。その後はUS$1=R$2.2を挟んでもみ合う展開となり、月末はUS$1=R$ 2.1775で今月の取引を終えた(グラフ1)。レアル高が進行した要因としては、4月2日に開催されたG20により、世界経済の先行きの更なる悪化懸念が後退したことや、新興諸国が参加する同会議の影響力が強まるとともに、世界経済におけるブラジルの重要性が今後より高まっていくと期待されたことなどが挙げられる。

このような動向を象徴するものとして、ブラジルのIMFへの資金拠出が挙げられる。G20において、世界経済危機を克服すべくIMFの融資拡大が話し合われたが、その際に、US$2,000億を超える外貨準備高を持つブラジルに対し、IMFへの資金拠出の可能性が打診された。これに対しLula大統領は、「IMFへ資金を提供するのは“chique(シック、粋)”なこと」と述べ、9日に正式な要請を受けたブラジル政府はIMFへの出資を決定した。今回の出資額はUS$45億(回収保証付き)が予定されており、これによりブラジルは現在47カ国で構成されているIMF出資国の仲間入りを果たすことになった。

Lula大統領やPT(労働者党)は1980年の結成から長きにわたり、IMFをはじめとする国際金融機関を目の敵としていたことで知られている。それが現在、昔日の敵におカネを貸せるようになった自らを“chique”と呼ぶまでに変貌を遂げた。政治経済が混乱していた過去と現在のブラジルを比べても然りであるが、まさに今昔の感に堪えない“chiqueな変容”といったところであろうか。

グラフ1 対ドル為替相場の推移:2008年以降

グラフ1 対ドル為替相場の推移:2008年以降
(出所)ブラジル中央銀行
株式市場:

4月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は回復基調に転じた3月のトレンドを引き継ぎ、前月末比で2カ月連続の上昇になるとともに、上昇率は3月(7.18%)を上回る15.55%に達した(グラフ2)。4月は月の最安値となった41,976pで取引が始まると、一か月を通してほぼ右肩上がりに値を上げる展開となり、月末に月の最高値の47,289pで4月の取引を終了した。

現在の株価上昇は主に外国人投資家により牽引されたものであり、昨年の世界金融危機発生とともにパニック的に引き上げられた投資資金が、再びブラジルの株式市場へ還流していることを意味している。最近では世界各国の景気悪化も底入れしたとの観測が一部で見られるようになり、短期的なスパンにおいて政府の景気対策などから経済危機を相対的に早く脱する可能性が高く、長期的には経済ファンダメンタルズ自体への懸念材料が比較的少ないとされるブラジルが、投資先として再び選好され始めているといえよう。ブラジルのカントリー・リスクも月末には、昨年10月3日(355)と同じレベルとなる358まで低下している。

グラフ2 Bovespa指数の推移:2008年以降

グラフ2 Bovespa指数の推移:2008年以降
(出所)サンパウロ株式市場
追加景気対策:

政府は15日、財政収支のプライマリー・サープラス(利払い費を除く財政収支黒字)対GDP比の目標値を3.8%から2.5%へ変更すると発表した。今回の目標値引き下げで生じるとされるR$400億もの財政的な余裕を、実施の遅れが指摘されている政府の経済政策PACや社会インフラ整備に対する財政出動の原資とすることで、世界経済危機からの早期脱却を目指すとしている。なお、目標値は上下1%を限度とするため今回の変更後の下限は1.5%となり、さらにR$300億(合計でR$700億)もの財政的余地がつくられることになる。今回変更された目標値は今年だけでなく2010年にも適用されることから、景気回復に財政出動が必要なことは理解できるが、来年の大統領選挙における政府支出の増大を正当化する意図があるのでは、と指摘する声もある。

また政府は17日には、冷蔵庫や洗濯機などの“白物家電”および一部の建設資材に対するIPI(工業製品税)を3ヶ月間、最大10%減税すると発表した。なお今回の減税措置では、先月実施された自動車のIPI減税措置延長と異なり、雇用維持は公式な前提とされなかったが、政府と家電業界の間で口頭による合意事項として取り上げられた。さらに22日には、10年以上の古い冷蔵庫から新しい冷蔵庫を購入する場合、政府が助成金を出すと発表した。同措置の目的は環境対策が不十分な旧式冷蔵庫の交換がメインであるが、消費刺激策としても期待されている。現在はまだ、政府と家電メーカーの間で政策合意がなされた段階であるが、政府の助成金付き冷蔵庫は現在よりも約R$300低い価格で販売される予定となっている。

政治
議員特権:

国会議員の航空旅費が、本人と親族だけでなく自らの補佐官の名目で友人などに対しても公費から支出されていた問題が発覚した。これら公費による旅行は国内だけでなく海外にも及んでおり、その際に獲得したマイレージの使用方法にも制限はなく、さらにこれらの情報を公開する義務も課されていなかった。そして、このような国会議員と親族および友人たちの“公的”な旅行は、下院議員の国際線利用のみでも、2007年1月から2008年10月までの間で合計1,885回、月平均で89.8回、支出は約R$500万に上り、半数以上の下院議員が利用していたとされている。

この国会議員の特権は、明るみに出るとともに世論の厳しい批判を受けることとなった。ブラジルの首都が内陸中央部に“陸の孤島”のように建設されたブラジリアであるため、公費による旅行の制限は家族を地元に残しての首都単身赴任を強要するものだとして、一部の議員からは反発の声も上がった。そのため、議会内で合意に至るまでに紆余曲折があったが、最終的には公費による旅行の回数(4往復/月)や航路(首都と出身州間の国内線のみ)、適用者(議員本人と許可された補佐官等)、情報(ネット上での開示義務化)などに関して、大幅な制約が課されることになった。ただし、議員が今回失った特権を補填すべく、今後、国会議員の給与引き上げが議論される予定となっている。

さらに上院議員に関して、本人と家族に対して終身かつ無制限の医療保険が無料で適用されていることが明らかになった。しかも、このような特権的な医療保険は現役の議員だけでなく、最低6ヵ月(1995年まではわずか1日のみ)議員を務めた者にも適用されており、年間の支出額は約R$1,700万に上るとされている。政府は景気対策として財政目標の引き下げを発表したが(前述)、経済の活性化とより持続的な成長には、量だけでなく質的な財政支出の見直しも行うべきだといえよう。

これら一連の議員特権の存在が明るみに出たことにより、4月の議会は空転する事態となった。政治腐敗はブラジル・リスクの例としてよく言及される。政治の完全なる透明性はブラジルだけでなくどこの国でも不可能なことではあるが、政治分野でのchiqueな変容が今後のブラジルにとって課題の一つだといえる。

Dilma健康問題:

Lula大統領の右腕で、来年行われる大統領選のPT候補者として確実視されているDilma Rousseff文民官は25日、記者会見を開き、自らがリンパ癌を患っていることを公表した。ただし、すでに腫瘍摘出の手術を受け、今後しばらく治療を続ける必要から若干の制約が生じるものの、職務は継続して行っていくとして、国民に対して自らの健康問題を説明するとともに状況への理解を求めた。また大統領選挙に関しては、出馬する意向は変わらないと明言する一方、健康状態を考慮して、通常よりも早く来年1月には現職を辞する可能性があると示唆した。なお、ブラジルでは法律により、政府要職にある選挙立候補者は投票日の6ヶ月前(4月31日)までに現職を辞さなければならないことになっている。
Dilma文民官による自らの健康問題公表後、Lula大統領は直ちに同氏への継続的な支持を表明したが、この問題を知らされたのはわずか1週間前だったとされる。政権与党の次期大統領選候補者であるDilma文民官の健康問題は、当然のごとく、政治をはじめとする全ての関係者に多大な衝撃を与えることとなった。同氏を支持し応援する声が多数寄せられる一方で、PT内部や連立与党には今後の政局に与える影響を危惧する向きもあり、これから本格化していく選挙戦の一つの大きな争点になることは間違いないといえよう。

社会
新型インフルエンザ:

メキシコで発生し世界中で広がりを見せている新型インフルエンザに関し、5月3日時点のブラジル保健省の発表によると、ブラジル国内で感染者は見つかっていないものの、感染の疑いのある患者が15名、監視状態にある患者が44名いるとされる。新型インフルエンザの流行は収まる兆候を見せているが、ブラジル国内への伝染は時間の問題との見方もあり、政府は国民に対して予防や治療に関する情報提供を推進している。

また、今回のインフルエンザの発生源が豚肉であったことから、政府は国内外に対してブラジル産豚肉の安全性をアピールした。ブラジルにおける豚肉の生産と消費の量は牛肉や鶏肉に比べ少なく、データの制約から2003年までの数値ではあるが、1人当たりの消費量では日本がブラジルを上回っている(グラフ3)。しかし、近年拡大傾向にあるブラジルの豚肉生産量と消費量の差は、ロシアや中国向けを主とする輸出量の増加を意味している。今回の新型インフルエンザの豚肉業界への影響はまだ不透明であるが、豚肉に対するネガティブなイメージが広がった場合、国内外での消費減少という打撃を被ると懸念されている。

グラフ3 ブラジルと日本におけるブタ肉の生産量と消費量の推移:1994~2003年

グラフ3 ブラジルと日本におけるブタ肉の生産量と消費量の推移:1994~2003年
出所)国際連合食糧農業機関(FAO)の FAOSTAT(http://faostat.fao.org/)
(注)FAOの推計値を含む。生産量を示す折れ線グラフの単位は右軸、1人当たり消費量を示す棒グラフの単位は左軸。