ライブラリアン・コラム

中国のOA出版――中国語ジャーナルの現状

澤田 裕子

2023年7月

出版市場としての中国

2016年に科学・工学分野で発表した論文数が米国を抜いて世界第1位になって以来(National Science Board 2018)、中国は着実に研究成果の生産元としての地位を確立してきた。2022年に公表された科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の『科学技術指標2022』によると、中国はTop1% 補正論文数1(2018~2020年の平均)でも米国を上回り、世界第1位となった(科学技術・学術政策研究所 2022)。さらに2023年6月に公表された、Springer Nature社のNature Index Annual Tables 2023によると、2022年に発表された4つの自然科学分野(物理科学、化学、生物科学、地球環境科学)における論文発表数でも、中国は首位を獲得した(Springer Nature 2023)。

出版市場としての関心も集まっており、2022年12月に中国科学技術協会(CAST)と国際STM出版社協会(STM)は、中国のオープンアクセス(以下、OA)出版事情に関する報告書(以下、報告書)を共同で発表した。それによると、中国では科学技術系ジャーナルの助成政策により、特に英語ジャーナルのOA化が進められている。一方、中国語ジャーナルは統一的基準が不十分でOA化が進んでいないが、国際市場での潜在的な価値は高いとみられている(中国科学技术协会・国际科学、技术与医学出版商协会 2022、CAST・STM 2022)。政府の科学技術系ジャーナル助成の背景には、中国で刊行されるジャーナルの国際的地位を向上させ、世界レベルで科学技術分野における発言力を強化していこうとする国家戦略があると思われる。本コラムでは中国のOA出版について、特に中国語ジャーナルの状況について概観したい。

図 Open AccessとClosed Accessのロゴ
(開いた錠前と閉じた錠前のイメージ)

図 Open AccessとClosed Accessのロゴ (開いた錠前と閉じた錠前のイメージ)

中国のOA出版モデル

2022年のScopusデータを用いて、2010~2020年にOA化された論文数の推移をゴールドOA2、グリーンOA3、ブロンズOA4、ダイヤモンド(プラチナ)OA5、ハイブリッドジャーナル6といったOA出版モデルごとに全世界と中国で比較してみたところ、ゴールドOAが順調に増加しており、近い将来、購読方式で公開されている論文もOA化されるだろうと予想されている(中国科学技术协会・国际科学、技术与医学出版商协会 2022、CAST・STM 2022)。興味深いのは、ゴールドOA、グリーンOA、ダイヤモンドOA、ハイブリッドジャーナルに関する考え方については全世界で共通しているが、ブロンズOAについては中国独自の状況が確認されたことである。

国際的には、公開済みの論文に対する呼称であるが、中国の特徴として、ジャーナルにもブロンズというカテゴリーがあり、それには論文の全文をフルオープンまたはハイブリッドで公開する二つのパターンがある。ただし多くの場合、公開された論文の利用・再利用の許諾条項はウェブサイト上に明記されていない。唐帅ら(2023)は、中国語の学術ジャーナルの状況について、国内のジャーナル公式サイトや「微信公众号(情報発信を目的とした購読アカウント)」で全文公開されているが、OA出版としての要件を達成できていないと指摘している。OAの要件を完全に満たしていないこれらのジャーナルが、ブロンズジャーナルとしてみなされていると考えられる。

中国の学術ジャーナル助成政策

中国では1990年以降、優秀な学術ジャーナルの育成を目的として、中央および地方政府が各分野の学術ジャーナル助成政策プログラムを実施してきた(胡小洋・马力2022)。CASTとSTMの報告書には、特に科学技術系ジャーナルの質向上を目指し、国内ジャーナルの編集、出版、発信、サービスの連携を支援する「中国科技期刊卓越行动计划(中国科学技術系ジャーナル卓越行動計画)」が取り上げられている。これは、科学技術分野における中国の既存のトップジャーナルの強化、優位性の高い分野のジャーナル創刊の支援、研究機関や学会のジャーナルや学術・出版情報のプラットフォーム集約化、デジタル出版サービスプラットフォームの構築、およびジャーナル編集者と出版事業者の育成を目的としている。

2022年3月までに、同計画の助成対象となった既存のトップジャーナル245タイトルのうち、OAジャーナルは223タイトルで、言語別に見ると英語147タイトル、中国語76タイトルであった。また同じく2022年3月までに、優位性の高い分野で創刊されたジャーナル30タイトルは基本的にOA方式を採用し、すべて英語ジャーナルであった。報告書によると、英語ジャーナルのOA化は、Springer Nature社、Elsevier社、KeAi社(Elsevier社と科学出版社の合弁会社)など、海外の大手出版社と連携して積極的に進められている。

中国語ジャーナルのOA状況

またCASTとSTMの報告書によると、中国科学院文献情報センターの引用索引データベース「中国科学引文数据库(CSCD)」の採録対象ジャーナルは2022年3月末時点で1262タイトルあり、これらを出版モデルと言語で分けると、ゴールドOAが141タイトル(英語98、中国語43)、ハイブリッドジャーナルが83タイトル(すべて英語)、フルオープンのブロンズOAが753タイトル(英語42、中国語711)、ハイブリッドのブロンズOAが76タイトル(英語6、中国語70)、購読方式が209タイトル(英語16、中国語193)であった。科学技術系ジャーナルのOA出版において、英語ジャーナルではゴールドOAが多数を占め、中国語ジャーナルではブロンズOAが圧倒的に多いことがわかる。

2023年に20周年を迎えたDirectory of Open Access Journals(以下、DOAJ)は、収録要件をクリアした、あらゆる言語で発行されたOAジャーナル1万9548タイトルを収録し、そのうち中国で刊行された中国語ジャーナルは、2023年7月8日時点で109タイトルであった。唐帅ら(2023)によると、DOAJ収録の中国語ジャーナルは国内ジャーナル全体のごく一部で、現状では国際的OAプラットフォームに登録しようという意思が強くなく、モチベーションも不足していて、受容度も低いと述べている。その結果、中国語ジャーナルが自前のウェブサイトで「信息孤岛(情報孤島)」化している状況を抜け出せていない(唐帅ら2023)。CASTとSTMの報告書によると、中国の研究者のOAに対する支持や理解度は高く、その利点もすでに認識されている。国内ジャーナル出版社の認識も近い将来変わっていくと思われる。中国語ジャーナルの今後の展開が注目される。

参考文献
  • China Association for Science and Technology(CAST)・International Association of Scientific, Technical, and Medical Publishers(STM)2022. Open Access Publishing in China 2022. https://www.stm-assoc.org/cast-report(2023年7月10日アクセス)
  • National Science Board 2018. Science and Engineering Indicators 2018https://www.nsf.gov/nsb/sei/one-pagers/China-2018.pdf(2023年7月10日アクセス)
  • Springer Nature 2023. Nature Index Annual Tables 2023: China tops natural-science table. https://www.nature.com/articles/d41586-023-01868-3 (2023年7月10日アクセス)
  • 科学技術・学術政策研究所 2022. 『科学技術指標2022』 http://hdl.handle.net/11035/00006730(2023年7月10日アクセス)
  • 胡小洋・马力2022. 「建设世界一流期刊背景下我国学术期刊资助政策体系的资助框架设计」『科技与出版』2020年第9期pp.72-79.
  • 唐帅他 2023. 「DOAJ收录的中国中文开放获取期刊的统计分析」『科技与出版』 2023年第1期pp.124-133.
  • 中国科学技术协会・国际科学、技术与医学出版商协会2022. 『中国开放获取出版发展报告(2022)』https://stm.castscs.org.cn/zlxz/39930.jhtml(2023年7月10日アクセス)
著者プロフィール

澤田裕子(さわだゆうこ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課主幹。担当は中華圏。著作に「第4章 中国――世界水準と「中国の特色」――」(佐藤幸人編『東アジアの人文・社会科学における研究評価――制度とその変化――』アジア経済研究所、2020年)、「中国のオープンアクセス出版に関する報告書」(国立国会図書館『カレントアウェアネス-E』No.456 2023.05.18)など。

  1. Top1% 補正論文数とは、論文の被引用数が各分野の上位1%に入る論文の抽出後、実数で論文数の1/100となるように補正を加えた論文数。質的観点として他の論文から引用される回数の多い論文数を見るのに参照される。
  2. ゴールドOAとは、ジャーナルウェブサイトまたは出版社プラットフォーム等で即時公開される方式。読者から購読料を受け取らず、著者が論文掲載料を支払ってOAジャーナルに論文を掲載する。
  3. グリーンOAとは、即時またはエンバーゴ期間後に自身のウェブサイトや機関リポジトリ等に著者が論文をセルフアーカイビングすることによってOAを実現する方式。
  4. ブロンズOAとは、出版社の裁量により、公開済みの論文を出版社ウェブサイトで無料で閲覧できるようにしている方式。必ずしも許諾条件が明示されておらず、継続的に公開されるかどうかも不明の場合が多い。
  5. ダイヤモンド(プラチナ)OAとは、著者に論文掲載料を請求せずにOA化する方式。多くの場合、学術機関、助成団体、学会等が支援している。
  6. ハイブリッドジャーナルは、OA論文とクローズドアクセス論文が混在する方式。購読方式で読者から資金を回収するとともに、著者から掲載料を取って論文をOA化している。