文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
図書館

アジア経済研究所図書館は、開発途上地域の経済、政治、社会等を中心とする諸分野の学術的文献、
基礎資料、及び最新の新聞・雑誌を所蔵する専門図書館です。どなたでもご利用になれます。

【開館時間】10:00~18:00(要予約)※予約方法はこちら
【電話番号】043-299-9716

【休館日】第2・4・5土曜、日曜
祝日、月末、年末年始

【最寄駅】
京葉線JR海浜幕張駅 徒歩10分

ライブラリアン・コラム

香港のセンサス実施状況

 

伊藤 えりか

2022年4月

香港のセンサス簡史

イギリスの植民地時代の香港では、植民地統治機関である香港政廰(Hong Kong Government)によって、1911年、1921年、1931年にセンサスが実施されている。1941年と1951年にはセンサス実施が予定されていたが、それぞれ延期された。1941年は第二次世界大戦のため、1951年は中国からの移住者が多く、香港の情勢が落ち着いていなかったためと推測される。

1911年に実施されたセンサスは、報告書が作成されていた。論文(P.H. Hase)でその調査結果が分析されている。この論文によると、1899年から新界(New Territories)で居住者調査が実施されていたことが報告書(Administrative reports)から確認されており、当時の統計調査の実施状況も公開されている。しかし残念ながら、いずれの調査報告書も日本国内での所蔵は確認されていない。

表1 香港のセンサス実施状況

表1 香港のセンサス実施状況

(出所)筆者作成

香港のセンサスは1961年4月から再開されている。1961年の調査は、香港政廰のCensus and Statistical Planningによって実施された。1931年以来のセンサス実施準備として、1960年に2度にわたって、予備調査が行われた。1月には海上居民(海上生活者=Marine)を、10月には陸上居民(陸上生活者=Land)を調査対象とした。報告書“The preliminaries and the pilot censuses of 23rd January and 25th October, 1960”の内容から、人口調査だったことがわかる。

1966年の中間センサス(By-census)は1%の標本調査として実施された。1961年の調査よりも家計、雇用に対する調査の比重を高くし、分析を充実させた。1967年には政府統計處(Census and Statistics Department)が設立され、後の安定的なセンサスの実施につながっていく。

1971年に実施された調査では、名称が“Population and housing census”となり、調査項目も人口、世帯構成、教育、経済活動、雇用、家計、住宅と、先進諸国の人口センサスとほぼ共通する内容に調整された。その後、表1のとおり、調査は5年ごとに実施されている。移住者が多く、人口調査が必要だったと考えられる。

以来香港では、1971年のセンサスに継続する調査が実施されている。5年ごとに西暦の末尾が1の年にはセンサスが、6の年には中間センサスが実施され、1997年に中国に返還された後も、香港特別行政區政府統計處(Government of Hong Kong Special Administrative Region, Census and Statistics Department)により継承されている。因みに、香港の中間センサスは全数調査であることが、結果概要からわかる。

1960年に実施された予備調査の報告書(筆者撮影)
言語、出生地と国籍

香港は中国広東省に隣接しており、中国からの移住者が多い地域だ。

1961年には、“place of origin”と常用言語(複数回答あり)が調査されている。このときの表記は広東語の発音をアルファベットで表したもので、中国語方言(広東語、客家語、福佬語[福建省]、四邑語[福建省]、上海語、北京語など)も含まれていた。香港政廰が主導する香港政府統計處では、1986年の調査では、対象者の使用言語を調査項目から外した。しかし、1991年のセンサスで、使用言語調査を復活させている。21世紀に入ってから、使用されている言語は9割近くを広東語が占める。二番目に話されているのは英語、三番目が中国語の標準語の順になる。

過去には、主たる言語の中国語方言(広東語、客家語、福佬語[福建省]、四邑語[福建省]、上海語、北京語など)と関連した大まかな出生地方も調査されていたが、1991年の調査から「中国」と一括りになった。出生地に対する集計項目は、香港、中国、其他の3つとなっている。

1991年のセンサスからは、結果報告に国籍に関する項目が加えられた。これによって、少なからずいた、外国人労働者の国籍と人数が明らかになった。

国籍の扱いについては、返還を境に大きな変化が見られる。1991年と1996年の調査では、①香港の居住権のみを持つ人を、イギリス国籍として扱っていた。ほかに、②香港以外の居住権を持つイギリス国籍の人、③居住地は香港だが、中国籍の人、④香港以外の場所に居住する中国籍の人を明確に区分していた(表2-1)。しかし、返還後の2001年の調査からは、中国籍の定義が変わった。調査対象者の大半を占めていた①が中国籍として扱われるようになった。また、③も中国籍である。さらに、その中国籍人口を、香港の永住権の有無で区分している(表2-2)。 香港の永住権は、返還を機に、香港政廰時代からの住民と、中国返還後に香港で生まれた住民に与えられている。さらに、1996年の調査からは、結果数値が1991年に遡って表に含められた。調査結果を集計しなおした表を掲載することで、項目立ての変化による数値の整合性が保たれる。返還に向けての準備が、センサスの報告書の分野でも行われていたことがうかがえる。

表2-1 1991年、1996年の調査結果(単位:人)

表2-1 1991年、1996年の調査結果(単位:人)

(出所)"Summary results" (Hong Kong 1991 population census)、
簡要報告(1996年中期人口統計)より筆者作成

表2-2 2001年の調査結果(単位:人)

表2-2 2001年の調査結果(単位:人)

(出所)簡要報告 = Summary results (人口普査2001 = Population census 2001)より
ウェブサイト上の公開

現在、香港特別行政區政府統計處は、センサスの結果報告書の冊子体の出版を中止し、ウェブサイト上で公開している。香港の政府統計處は、1966年から、調査項目ごとに簡易分析を行っていた。しかし、2001年の調査からは、主題別の分析報告が公開されている。

なお、産業分野については1980年代から、主要業種の標本調査が定期的に行われてきた。現在は主要業種がさらに細分化され、四半期ごとに調査結果が上記サイトで公開されている。経済・産業分野のセンサスはまだ実施されていない。

参考文献
  • P.H. Hase “Traditional life in the New Territories : the evidence of the 1911 and 1921 censuses” (Journal of the Hong Kong Branch of the Royal Asiatic Society, vol.36 (1996), pp.1-92)
  • K. M. A. Barnett “The preliminaries and the pilot censuses of 23rd January and 25th October, 1960” (Hong Kong report on the 1961 census) [Government Press, 1961]
  • “Hong Kong report of the census 1961” 3 vols.  Government Press, [1961-1962]
  • 岸佳央理「香港の「都市化」と水上居民 : 1961年センサスを中心に」(『人間文化創成科学論叢』14(2011) pp.47-55)
  • “Summary results” (Hong Kong 1991 population census)
  • 『簡要報告』(1996年中期人口統計)
  • 『簡要報告 = Summary results』(人口普査2001 = Population census 2001)
    なお、イギリス統治時代の香港では、公用語は英語で、行政機関の名称も英語だった。中国に返還されることが決まってから、個々の固有名詞に対して中国語名が決まった。文中では決まった中国語訳があるもののみ、中国名を使用した。
著者プロフィール

伊藤えりか(いとうえりか) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は東アジア。