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海外研究員レポート

新「人的資本指数」をめぐるフィリピンのポリティカル・エコノミー

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050643

2018年12月

ポイント
  • 世界銀行は「人的資本指数」を10月に公表し、同指数ランキングを発表した 
  • 同指数は中~低ランク諸国が人的資本開発に取り組むお墨付きを与える 
  • 国内の政治的対立をいかに調整できるかがフィリピンの人的資本開発の一つのカギ
はじめに

インドネシア・バリで10月11日に開催された世界銀行(世銀)・国際通貨基金(IMF)年次総会では、昨年から進められてきた「Human Capital Project」というプロジェクトの一環として、新しく作成された「人的資本指数(human capital index: HCI)」が公開された1。HCIの対象国は世界157カ国という。これに関連して、1990年に国連開発計画(UNDP)が発表した人間開発(human development)という概念を想起した読者がいるのではないだろうか。UNDPは各国について、経済的な生活水準、教育水準、保健水準の三分野を総合的に評価して、人間開発指数(human development index: HDI)を作成・公表している。

本稿では、今回のHCIについて、HDIとの比較しながら、どのような指数なのかを簡潔につかみ、そのうえで筆者が滞在するフィリピンの状況を検討する。新しいHCIは同国の教育・保健等の人的資本政策分野へのさらなる資源投入を要請し、そのお墨付きを与える。そして理想的な人的資本水準の実現に向けた現状とのギャップを数値で示す。しかし現実には、同分野および他の開発領域との間に政策の優先順位をめぐる政治的対立が存在している。このような状況は、フィリピン以外にも今回のHCIランキングにおける中~低位ランク諸国にとって、一定程度は普遍的なものだとも考えられる。

人間開発指数(HDI)と新「人的資本指数」(HCI)

HCIとはどのような指標なのだろうか。既存のHDIとはどのように異なっているのだろうか。両指標ともに名称が英語でも和訳でも似通っていて、教育や保健の領域をいずれも重視していることもあり、筆者も初めにその異同について関心を持った。そこで既存のHDIとその開発観について最初に整理する。ここでは、アジア経済研究所においてこの分野を一つの専門分野として牽引した故野上裕生氏の詳細な学的整理に基づく学術的・一般向け双方の論考を参照する(例えば野上2007、野上2013など)。  

HDIが計測を試みている人間開発とは、同氏の要約によると「発展あるいは開発を、人間の自由の拡大、選択の幅の拡大という視点から見直そう」とする考え方である。この考え方によれば、経済発展を測る指標として従来から用いられてきたGDPや経済成長率は「人間の自由の拡大」「選択の幅の拡大」に貢献する手段たりうるが、唯一の最終目的ではない。HDIが依拠する人間開発論の開発観は、マブーブル・ハクや、ポール・ストリーテン、アマルティア・センらの改良主義アプローチや潜在能力アプローチによる開発経済学を理論的基盤に据えたもので、開発として捉えられるべき領域を一層押し広げた(野上2007、3章参照。改良主義や潜在能力については絵所1997も参照)。人間開発論の創成期に大きな影響力をもったセンらがその後のHDI作成をどのように評価しているかについては議論があるが、いずれにせよUNDPは人間開発の度合いをHDIという国際比較可能な指標に落とし込み、指標化してきたことはよく知られたところであろう。  

HDIは、(1)経済的手段としての所得に着目した一人あたりGDP(購買力平価表示)に加えて、(2)教育・知識の水準を示す就学率と識字率、(3)健康状態を示す平均寿命という3つの指標の合成指標として定義される。2009年までは、HDIはこれら3指標の単純平均(平均寿命指標、教育指標、所得指標の和を3で割ったもの)で定義されていた。そしてHDIの1/3を占める教育指標については、そのなかでさらに、成人識字率に2/3を乗じた積と、総就学率に1/3を乗じた積の和を2で割ったものという加重平均に従っていた。2010年以降は、この定義式が変更され、教育指標を平均教育年数指標と期待教育年数指標の単純平均とし、HDIは(1)~(3)の積の三乗根(幾何平均)で算出されるようになった2。このように、いずれの定義式においてもHDIは「発展あるいは開発を、人間の自由の拡大、選択の幅の拡大という視点から見直そう」という発想に基づいて、所得だけでなく、選択や自由、能力の幅を拡大させる要素として知識・教育、健康・保健に留意している。つまり、所得に対する相対的評価を下げ、その分を知識・教育や健康・保健への評価として取り込むことで、所得だけの単一尺度と比べて総合的な指標となっていることがわかる。  

これに対して、今回公表されたHCIはどのように定義されているのだろうか。世銀が作成したThe Human Capital Project(World Bank 2018a)および同行がYouTubeで公開している映像資料(World Bank 2018c)によると、HCIは、(a)生存、(b)教育・知識、(c)健康・保健の3分野に基づいて計算される。その構成要素は、以下の6点である。 

  • 子どもの生存率(child survival) 
  • 学校教育を受ける期間(school enrollment) 
  • 学びの質(quality of learning) 
  • 健康的な発育・成長(healthy growth) 
  • 5歳児までの発育不全がないこと(children under 5 not stunned) 
  • 成人の生存(adult survival)

得られた上記の(a)~(c)は、それぞれ0から1をとる値に基準化される。そして、これらを乗じたHCIもまた0から1の値をとる。(a)~(c)それぞれの個別の定義式とHCIの合成式の詳細についてはWorld Bank(2018a: 37–38)を参照されたい。

写真:山岳地の高校にて

山岳地の高校にて(西ビサヤ地方アンティケ州)
敷地内の急勾配を教室移動するのは一苦労だ(筆者撮影)

このようにHCIは、その国で今この瞬間生まれた子どもが本来持っていて将来発揮できるはずの潜在的な人的資本の水準は、全ての子どもたちが等しくもつという哲学に立つ。そして、このHCIは、生存し(上記a)、知識や技能を学び(上記b)、十分な栄養を摂ることができ、身体的に成長する(上記c)という各ライフ・サイクルの段階で、その本来持っている人的資本の潜在性が実際にはどのくらいその国ごとに損なわれているかという減損率を示している。(a)から(c)の各要素が1に十分に近ければ、これらを乗じたHCIもまた1に近い値を維持できるが、(a)から(c)の各要素のすべてあるいは一部だけでも低い値を取っているとすると、HCIは1から0に向かって落ち込むことになる。

つまりHCIは、本来開花できたはずの潜在的な人的資本がもたらしたであろう仮想的な生産性を1としたときのその国の実現値を比率で示している。その仮想的な状況とは次のようなものである。健康分野でいえば5歳児までの発育不全が全く発生せず、成人生存率も100%である。教育分野でいえば18歳までに国際学力試験の成果によって計測・調整される質の高い完全な教育年数を達成した場合である。したがって、ある国のHCIが、例えば0.7という値をとるということは何を意味するだろうか。これは教育や保健医療が十分に提供されたという仮想的状況に比して、その国のその世代の子どもたちは、70%しかその生産性を発揮できないことを意味するのである(World Bank 2018a, 2018c)。  

この他にも既存のHDIと新しいHCIには似て非なる部分がある。新しいHCIは人的資本に特化する分、教育の質を加味したり、平均寿命を超えて栄養状態をも加味したりするなど、その測定精度が高まっている。そして、おそらく最大の違いは、既存のHDIは教育や保健と経済水準の三つが組み合わされて「人間開発」の状態が達成されているという視座に立つのに対して、新しいHCIは教育や保健(人的資本)が経済水準(生産性)を規定するという視座に立つという点だろう。この点は、シュルツやベッカーらによって体系化されていった人的資本論という考え方が、ハクやストリーテン、センらによる人間開発論とは異なり、あくまで生産性や効率性を重視して教育や保健を見ていることとも整合的である。つまり、HDIでは、人間開発という被説明変数に対して教育・保健・経済水準すべてが説明変数であるが、新しいHCIでは、教育・保健(人的資本)は、生産性・賃金・所得を説明する変数である。このように、新しいHCIは、人的資本の効率的な発展が経済の生産性上昇をもたらすのだという発想のもとで、その生産性の説明変数たる人的資本そのものの各国の分布の違いを直接的に指標化している点と、本来達成されるべき仮想的水準と現状とのギャップ、つまり非効率性を明らかにする点が主な特徴だろう。

フィリピンの現状に対する世銀の記事

ここで筆者が現在派遣されているフィリピンの現状を考えてみよう。世銀のウェブサイトでは「各国が今すぐ行動を起こせば、今日生まれた子どもたちはより健康で、より豊かで、そしてより生産的になれる(If Countries Act Now, Children Born Today Could Be Healthier, Wealthier, More Productive)」と題した記事が個別国バージョンで10月11日に発表されている。その中にそのフィリピン版(“If the Philippines Acts Now, Children Born Today Could Be Healthier, Wealthier, More Productive”)もあり、フィリピンに直接向けられたメッセージとなっている(World Bank 2018b)。公表されたHCIランキング3に基づくと、フィリピンのHCIは0.55であり、潜在的な人的資本水準の55%しか同国は発揮できていない。その内訳は次の4点である。 

  • 5歳児までの生存率は0.97ポイント(本来達成されるべき生存率の97%に相当) 
  • 教育の質を調整した教育年数の期待値は8.4年(教育の質を加味しない教育年数の期待値は12.8年) 
  • 成人生存率は0.80ポイント(本来達成されるべき生存率の80%に相当) 
  • 発育指標(5歳児まで人口に占める発達不全でない割合)は0.67ポイント(本来達成されるべき発育指標の67%に相当)

同記事によれば、フィリピンのHCIは、同国が属する所得分類内の各国平均値は上回ったが、東アジア大洋州地域の平均値を下回る。フィリピンのHCIの構成要素をみると、粗教育年数は12.8に対し、学力の質を加味した教育年数は8.4となっていて、国内の教育の質の低さがHCIの教育指標を65%程度(=8.4/12.8)にまで低めている。また、発育指標も0.67と低い。すなわちHCIが明らかにするフィリピンの現状とは、教育年数こそ高いものの教育の質が伴っていないこと、そして栄養失調など子どもの発育阻害が未だにこの国の人的資本蓄積を阻害していることであろう。  

それでは、近年のフィリピンの教育分野への取り組みはどのように評価できるだろうか。フィリピン及びブルネイ・マレーシア・タイを担当する世銀のマラ・ワーリック担当ディレクターは、フィリピンで2013年に法的地位を得た「K-12プログラム」をはじめとした同国の近年の政策内容を評価している。その政策内容とは、(1)就学前教育の義務化、(2)後期中等教育の導入(それまで4年間だった中等教育を6年間に拡充し2年制のsenior high schoolsという高校を新規設置)というK-12プログラムの二大内容と、(3)基礎教育分野への予算配分の増加、(4)条件付き現金支給政策(conditional cash transfer)の拡充(フィリピンではPantawid Pamilyang Pilipino Program、略して4Psと呼ばれている)である。そしてワーリック氏は、今後の同国の人的資本蓄積の効率性を高めていくためには、教育の質・教育効果の改善、そのための学校教員の質の向上(教員養成の改善や教職・教授法開発)が不可欠であるとし、さらに発育不全を減少させる保健政策にも国家が積極的に取り組む必要性を指摘している。

写真:高校に行かず日中から農作業をする少年

筆者の調査村にて(ミマロパ地方マリンドゥケ州)
高校に行かず日中から農作業をする少年(筆者撮影)
指標が示す〝エコノミクス〟と国内を覆う〝ポリティクス〟

ここまで示してきたように、HCIは、 就学率だけでなく学校教員の質的向上など教育の質の改善に国が取り組む指針とその必要性を数値的に示す。そしてHCIが向上すれば、将来的に国民経済に生産性上昇をもたらすのだという主張に数値的な裏付けを与えている。すでにフィリピンは、世銀の本プロジェクトに対して積極的な参加意志を表明した国の一つであるため、国家経済開発庁(NEDA)を中心に、今後、人的資本のさらなる整備・向上にむけた開発政策に継続的に取り組むことが期待される。

近年、フィリピン国内では、既述のK-12プログラムと、さらに国公立大学無償化政策がすでに進められてきている。そこでは、基礎教育を担当する教育省(DepED)と、大学教育を担当する高等教育委員会 (CHED)、そして職業訓練・技術教育を担当する技術教育能力開発庁(TESDA)の三位一体型教育政策、さらに厚生労働分野を担当する社会福祉・開発省(DSWD)の4Ps政策との連携の機運も高まっている。HCIの発表は、総論としてはこの機運を後押しする推進力となるだろう。しかし、HCIがお墨付きを与えるような、より高い人的資本水準の実現に向けた開発政策は、難なく進められていくのだろうか。

実は懸念事項は山積している。中長期的には先述の課題をどの程度まで成功させられるかという問題そのものがあるが、短期的には、国内の予算制約、そしてその予算をめぐる教育政策の実施主体間の協調がどこまで可能かという問題が大きい。現地では、今年度の現四半期まで、教育予算措置をめぐる議論が断続的に報道されてきている。教育省は依然として全省庁の中でも比較的多くの予算(lion’s share)が配分されていると言われるが、同時に、2017年度にまたがる国公立大学無償化政策の実施に伴い、高等教育委員会とのバランスから教育省の予算規模は大きな減額を迫られている(例えばPhilStar Global 2018、CNN Philippines 2018など)。今のところ、この減額は基礎教育政策に実質的な悪影響をもたらす水準にはないと報じられているが、それもこの先よくわからない。同じ教育分野にありながら、教育省と高等教育委員会との間でK-12プログラムか、国公立大学無償化政策か、つまり基礎教育重視か、高等教育重視か、という静かな対立を感じさせる。さらに、ここに保健政策を担う先述の社会福祉・開発省まで入るとなれば、状況はますます複雑化する。

ここで、世銀の人的資本開発プログラムのような世界的な開発政策路線と歩調を合わせていくためには、国内での教育段階間の資源配分の量的・質的な見極めが重要である。例えば、基礎教育重視か、高等教育重視か、という構図で考えることも重要だが、これに加えて、国内で「テクボ」(TechVo)と呼ばれる中等教育後段階の技術教育・職業訓練(vocational tracks)の意義も再考されて然るべきだと筆者は考える。

また、現行の教育予算額そのものについてもさまざまな意見がある。例えば、フィリピン財務省が2018年の教育分野に配分する金額は6,724億ペソであるが、国連によれば、各国は少なくともGDP比6%を教育費に割くようにという勧告ラインがある。これに従えば、さらに教育費を増加させて、およそ1兆ペソが教育に割かれて然るべきだという議論も存在する。しかし、産業育成やインフラ開発、さらには今夏も犠牲を出した台風被害に代表される災害対策など、国家が直面する開発課題、社会政策は枚挙にいとまがない。当然、「あれもこれも」とはいかないのである。  

たしかに、HCIは、フィリピンに限らず同じように低い数値にとどまる他の国々にとっても、現実の人的資本開発にみられる非効率性を示すもので、言い換えれば将来の改善幅の大きさを示している。それは、人的資本分野への資源の投入が将来の便益をもたらすという〝エコノミクス〟を体現している。しかし、先述のフィリピン国内の例のように、現実には各国は個別の国内事情、俗にいえば「ふところ」事情を抱えている。さらに、人的資本開発は重要であるものの、同時に他の開発領域の重要性との兼ね合いもある。

結局は、その国の「余力」(affordability)とでもいうべき資金力やガバナンスの枠内でしか開発の資源配分は達成できない。今後は、世界全体の開発援助・貧困削減路線が少しずつ退潮する中で、フィリピンのようなアジア諸国にとっては、「新興国」「中進国」というラベルのもとに自助努力の必要性・期待がこれまで以上に高まっていくのではないだろうか。そのとき、確かに新しいHCIは各国の人的資本開発の度合いをHDI以上につまびらかにし、世界全体の人的資本開発の鳥瞰図を与える存在になるだろう。しかし、各国ごとに異なる産業発展の経路依存性や労働市場の諸要因も生産性を規定し得るため、HCIの背後にある「人的資本が開発されれば、生産性もまた同じように増大する」という発想には注意する必要もある。  

フィリピン国内でくすぶる教育分野内部の予算配分をめぐる静かなる対立、そしてその教育分野そのものが他の政策領域との間に抱える対立に思いをめぐらすと、人的資本の開発とともに、その人材を受け入れる産業側・労働市場側の受け入れ能力もまた重要な領域になる。特に工業部門・製造業部門の発展を十分に伴わなかったいびつな経済発展経路を歩んできたフィリピンにとって、普通教育だけでなく、既述の通り技術教育・職業訓練の意義も大きいはずだが、世論は依然として普通教育・高等教育(academic tracks)の重視路線にある。最近の一連の報道や今回のHCI公表の報道に接するにつけ、HCIが示す人的資本開発の方向性のあり方も現実には多分にポリティクスを伴いながら決めていかなければならない。その意味で、数値的なお墨付き(エコノミクス)は与えられても、現実には利益を異にする集団間の調整が不可欠である。そのためには、より踏み込んだ詳細な情報に基づく判断と、調整にあたる具体的な作業が欠かせない。このような状況はフィリピンに限ったことではなく、HCIランキングで中~低ランク諸国となった開発途上諸国にとっても同様であろう。本稿で取り上げた一連の内容を契機に、このような人的資本開発をめぐる〝ポリティカル・エコノミー〟の状況が深くなっているという所感をより一層強めた。

(脱稿日:2018年10月22日)

著者プロフィール

岡部正義(おかべまさよし)。アジア経済研究所海外研究員(在マニラ海外派遣員)、フィリピン大学ディリマン校労働産業関係学大学院客員研究員、フィリピン大学ディリマン校教育学部大学院教育行政学専攻講師(兼担)。開発経済学、教育経済学、家族経済学、国際教育開発学、フィリピン研究。主な著作に、“Gender-preferential Intergenerational Patterns in Primary Education Attainment” (International Journal of Educational Development, Vol. 46, 2016)、「フィリピン・ミンダナオ農村部における教育需要の持続性に関する社会経済分析」(『アジア研究』63巻1号、2017年)など。

書籍:アジ研ワールド・トレンド

書籍:International Journal of Educational Development

参考資料

  1. 世界経済フォーラム(World Economic Forum)による同名称の人的資本指数とは異なる。
  2. 一般的な単純平均から幾何平均に定義式を変更した点について、UNDPがウェブサイト上で解説している。例えば3指標が比較的似通った値をとっているときの平均値と、いずれか1指標が著しく低い数値をとり別の1指標がそれを相殺できるほどの高い指標をとったときの平均値の扱いに関わり、数学的には線形性にかんがみたものである。3つの指標間にある大きなバラつきがあるとき、単純平均よりも幾何平均の方がこの差異に対して感応的であるという点でより望ましいとされる。
  3. ちなみに同ランキングの上位国・地域には、シンガポール(0.87)、大韓民国・日本(それぞれ0.84)、香港(0.82)、フィンランド・アイルランド(それぞれ0.81)、オーストラリア・スウェーデン・オランダ・カナダ(それぞれ0.80)などがランクインしている(カッコ内はHCIの値)。ランキングの全容はWorld Bank(2018a, Table 2)を参照。なお、このランキング順位については若干の注意が必要なようである。例えば、今回第1位にランクインしたシンガポールでは、発育指標(5歳児まで人口に占める発達不全でない割合)が「データなし」となっている。同様の例は、開発途上国だけでなく他の上位先進国においてすら一部見られる(各国のプロファイルはhttp://www.worldbank.org/en/publication/human-capital#Dataから閲覧可能)。したがって、この種のランキングは、その順位差に一喜一憂するのではなく、具体的にその国の個別指標の中身を本稿のフィリピンの例のように検討する方が有用であろう。読者の諸姉諸兄も興味関心のある国のプロファイルを覗いてみてはいかがだろうか。