IDEスクエア
海外研究員レポート
米国で根付きつつある市民権としての障害権
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050236
2018年2月
1/12(金)に大学があるBARTのDowntown Berkeley駅から一駅のAsby駅の上にあるエド・ロバーツ・キャンパス(Ed Roberts Campus: ERC)にて、「障害者の権利を法的・社会的歴史の側面から見る」("Legal and Social History of Disability Rights")と題する一日がかりのシンポジウムが開催された。カリフォルニア大学バークリー校の法学部で障害法を担当する教員のほか、障害学の研究者等も集まった非常に興味深い内容のシンポジウムであった。2回目となる今回のレポートでは、そのシンポジウムの報告をしたい。
同シンポジウムは、カリフォルニア大学バークリー校法学部の障害法の授業の一環として、新学期のスタートにあたり立ち上げイベントとして開催されたもので、この授業を履修している学生の場合には出席によって単位が得られるものであった。会場として用いられたERCは、日本の主として肢体不自由の障害当事者たちにもよく知られている障害総合センターのようなところで、UC Berkeleyを拠点として活躍したアメリカ障害者自立生活運動のリーダー Edward V. Roberts氏の業績を称え、同氏の名前を冠して建てられた。カリフォルニア州のみならず、全米でも障害アクセシビリティのモデル建築物として知られる建物である[注1]。同キャンパスには、今回のイベントの会場となったセミナーなどを行う部屋があるほか、Ala Costa Centersという学齢期の障害児の支援センター、Alameda Alliance for Healthという貧困障害者を対象とした保健医療サービス提供機関、California Department of Rehabilitationという障害者への就労支援機関、California Telephone Access Programというろう者/難聴者のための電話通信サービスの州レベルの支援センター、Lighthouse for the Blindという盲/視覚障害者のための支援センター(最近、サンフランシスコ市内に移転)、Toolworksという自立生活支援団体が入居している。
シンポジウムは次のようなプログラムで行われた。
- Universal Design and the Ed Roberts Campus [9:15-10:00 a.m.] Susan Henderson, Executive Director, DREDF
- INTRODUCTIONS [10:00-10:30 a.m.]
- Disability Rights in an Intersectional Age [10:30 a.m.-11:30 a.m.] Tifanei Ressl-Moyer, Disability Rights California Fellow, Alexander Chen, National Center for Lesbian Rights & Linda Yu, Asian Pacific Islander Legal Outreach
- A Historical Perspective, Legal and Social, on Disability Rights as Civil Rights [11:30-12:30 p.m.] Paul D. Grossman, Adjunct Professor, Hastings College of Law, University of California & Arlene Mayerson, Directing Attorney, DREDF
- The Best and Worst of Human Existence: Liberal Eugenics, Procreative Liberty, and Individual Human Rights [1:15-2:15 p.m.] Rosemarie Garland-Thomson, Professor of English at Emory University
- Introduction to the Disability Visibility Project and StoryCorps [2:15-2:35 p.m.] Alice Wong, Founder, Disability Visibility Project
- Practicing as a Disability Rights Attorney [2:50-4 p.m.] Claire Ramsey, Senior Staff Attorney, Justice in Aging (IOLTA legal support center) & Lainey Feingold, Law Offices of Lainey Feingold, Michael Nunez, Associate, Rosen Bien Galvan & Grunfeld LLP & Ella Callow, Secretary, Berkeley Commission on Disability
- Disability in the Media [4-5 p.m.] Lawrence Carter-Long, Communications Director, DREDF
- WRAP UP [5:00-5:30 p.m.]
非常に多岐にわたる議論が行われたが、これらの報告のなかから、これまでアジア経済研究所でも研究を行ってきたアジア諸国の法制における障害法や、国連障害者の権利条約のベースとされてきた米国障害法に関連しているという観点から、Paul D. Grossman氏(カリフォルニア大学ハスティング法科大学院非常勤教授)が主として行い、Arlene Mayerson氏(障害権利教育・弁護基金(DREDF)主任弁護士)との連名による 「市民権としての障害の権利について、法的、社会的視点から歴史を語る」と題する講義に絞って報告する。
「市民権としての障害の権利についての歴史的、法的、社会的視点」は、グロスマン氏の40年間にわたる米国教育省平等教育市民権局での経験と、22年間にわたるカリフォルニア大学・ハスティング校での障害法の講義経験がベースとなった講演である。グロスマン氏は、自らが学習障害で最初に入学した大学を二年で中退した経験をもつ(その後、入り直した大学ではトップの成績で法律を修めている)障害当事者である。マイヤーソン氏も軽い聴覚障害がある。講演では、コンパクトに米国の市民運動としての障害運動と障害法との関係が整理されていた。
まず、障害権利(Disability Right)とは何なのか。市民権(Civil Right)に倣って日本では、まだなじみのない障害権という言い方がされているが[注2]、グロスマン氏は、これは第1に普遍的な人権であるとする。第2に米国が価値を置く多様性の一形態であり、第3に米国において人種、性別、出自国による差別を受けないというのと同等の制定法による権利であるだけでなく、他の公民権と同様に市民の運動によって勝ち取られてきた社会的な法による権利でもあるという。この3つを基礎づけている米国の重要な法律として、同氏は、1973年リハビリテーション第504条(Section 504 of the Rehabilitation Act of 1973)、1975年米国全障害児教育法(The Education of All Handicapped Children Act (EHA) of 1975)、その後、2004年個別障害者教育法(the Individuals with Disabilities Education Act (IDEA) of 2004)、1990年障害のあるアメリカ人法第1~3編(Title I~III of the ADA of 1990)、連邦政府及びカリフォルニア州(1998年採択)を含む一部州が採択した公的情報と技術へのアクセスについての1973年リハビリテーション法第508条(Section 508 to the Rehabilitation Act of 1973, — access to public information and technology)、 2009年航空会社法(Air Carrier Access Act of 2009)、1968年公正住宅法(Fair Housing Act of 1968)、公正雇用・住宅法(Fair Employment and Housing Act: FEHA)、ウンルー市民権法(Unruh Civil Rights Act)、カリフォルニア障害者法(California Disabled Persons Act: CDPA)を挙げる。
そのうえで米国市民権と障害権との共通点と相違点とを整理していた。米国市民権の成立にあたっては、(1)奴隷制からの解放、(2)分離による差別の時代、(3)同じ人に対する異なる扱いがあった時代、(4)逆風を取り除く時代、(5)同一の扱いをすることが必ずしも平等ではないという時代、(6)便宜と修正の時代、と時期区分して、それぞれの時代を特徴付ける重要な判例が紹介された。たとえば、障害の適格性を巡るSoutheastern Community College v. Davis (1979)や、リハビリテーション法第504条を巡るAlexander v. Choate(1985)などである。
市民権と障害権の間の違いとしては、(1)隔離が市民権のように一律にだめということではなく、障害権では、場合によっては法的に認められるほか、時にはむしろ隔離が必要な場合がある。(2)(Davis裁判の事例で明らかになったように)諸設備の本質的な変更が必要な場合には米国法における障害を理由とした差別と認定するのはそぐわないケースがある。(3)(ADAの第1編やIDEAにおける無償で適切な公教育(FAPE)のように)(市民権と比べて交渉)プロセスを重視することが単なる付随的なことではなく、突出した事項である場合もある(たとえばFAPEは絶対的に無償教育を授けることを義務づけるものではなく、この例外となるケースも存在しうる)。(4)障害差別は、個々の事例については、(市民権違反のケースと比べて)憲法違反であることはまれである(一方、障害スクリーニング検査は障害差別ではないが政府が行うことは非合理的であってはならないし、差別のための口実であってはならない等)の4つが挙げられた。
この後、講義ではシラキュース大のSoutheast ADA Center and The Burton Blatt Instituteのサイトにある米国障害者運動のデータ・ベースからの情報が紹介され、これらの法制度の元となった市民権運動とホロコーストの関係、ホロコーストにおける障害の扱われ方、カリフォルニアから始まり全米に広がった、休眠状態にあったリハビリテーション法504条を再び息づかせた障害者運動と同法の議会での公聴会につながった動きが写真入りで手短に紹介された。
最後にまとめとして、次の5点が指摘された。(1)社会が障害者をどのように扱っているのかということは、すべての脆弱な人たちに対する社会の態度のバロメーターである。(2)現在のところ、障害差別が憲法違反として取り扱われることは、まだ極めて希である。(3)障害に基づいた隔離や分離には強い法的根拠がなければならないが、未だこれらを本質的に違法であるとするところまでには至っていない。(4)障害についての反差別は必要なことであり、市民の平等という考え方の発展の反映であると共に、人種・性別・出自に関わる諸法律に先行すべき事柄である。(5)障害差別については、アファーマティブ・アクションがまだ存在していないと考えられる節があり、特に諸設備の整備の問題でそうした傾向がみられる。
日本では、とかく米国の法律的な障害概念は先進的なものとしてモデル的な側面のみが語られることが多い。だがこの講演では、諸判例の紹介等を通じて、どのような問題がまだあるのか、そうした問題は国連障害者の権利条約では解決されているのか、などが明らかになった。質疑応答も含めて学ぶことが非常に多く、有益な講演であった。
著者プロフィール
森壮也(もりそうや)。アジア経済研究所海外調査員。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。開発経済学、手話言語学、障害学、「障害と開発」研究。主な著作に、『アフリカの「障害と開発」』(編著)アジア経済研究所(2016年)、Poverty Reduction of the Disabled Livelihood of persons with disabilities in the Philippines(共編著)Routledge(2014年)、『開発経済学の挑戦IV 障害と開発の実証分析-社会モデルの観点から』(共著)勁草書房(第17回国際開発大来賞受賞作,2013年)など。
引用文献
- 川内美彦(2000)「ワールドナウ アメリカ エド・ロバーツ・キャンパスの意味するもの」『ノーマライゼーション』, 20 (10), pp. 60-62.
- 定藤邦子(2009)「アメリカバークレー市における障害者自立生活――1989 年の障害者自立生活者を事例として」『Core Ethics』,Vol 5, pp. 453-462.