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海外研究員レポート

アラブ首長国金融機関におけるコーポレート・ガバナンスの現状

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049849

2014年12月

本報告書では、アラブ首長国連邦(以下UAE)金融機関のコーポレート・ガバナンスをとりまく外部環境と内部統治メカニズムについて概観する。

UAE金融機関のコーポレート・ガバナンスの改善は、UAE金融機関自身の継続的な成長を促すだけでなく、UAEの経済発展にとっても極めて重要な課題である。金融機関における統治が欠如すると、経営者が株主利益よりも自己利益を優先するインセンティブを持ちやすいため、金融機関は効率的な資金配分が困難になる。金融機関における資金配分の失敗は、金融機関自体の収益を低下させることにつながり、主要な融資先である国内の企業部門に十分な資金が行き届かなくなるためである。

1. UAEにおけるコーポレート・ガバナンス

 UAEにおけるコーポレート・ガバナンス環境の整備は、湾岸アラブ諸国の中でも遅れているとしばしば評価される。中東北アフリカ諸国のコーポレート・ガバナンス環境の整備について調査したNaciri[2011] によれば、UAEのコーポレート・ガバナンス環境整備は、関連法整備、会計監査、情報の開示等の点で他の湾岸アラブ諸国の後塵を拝する。企業を取り巻くこれらの外部から企業を統治するメカニズムは、UAEをはじめとした湾岸アラブ諸国では働きにくい。たとえば、UAE企業の統治にとって、財務報告書の開示などのディスクロージャー制度は中心的な課題であるが、そもそも情報開示を義務付けられる上場会社の数が少なく、大手企業でさえ証券取引所に上場していない。また、情報開示に関わる複数の規制があるにもかかわらず、会計監査制度が未整備で会計監査専門職が未成熟であるために、上場企業の情報開示と透明性が十分に達成されているとは言い難い。

2. UAE金融機関の内部ガバナンス

このように外部からの企業統治が困難であるならば、企業の株主や取締役会などの利害関係者のインセンティブに基づいて、企業内部からの統治メカニズムを有効に活用する必要がある。以下では、まず、アブダビとドバイの証券取引所のデータを用いて、金融機関の株主構造から、企業統治における内部による統治の実効性について検討する。

UAEの金融機関株式の所有構造を見ると、一人あるいは少数の株主に所有される傾向が強い。上場企業の株式を10%以上所有する大口株主が一人のみ存在する金融機関は全36社中19社であり、非金融企業よりも集中的な所有構造をもつと言える(図1)。金融機関の5~10%の株式を所有する大口株主の数についても、金融機関36社中11社が1人のケースが最も多い(図2)。5人以上の大口株主に所有されるような所有が分散されているケースは、金融機関では稀である。

図 1 UAE上場企業の大口株主(10%以上所有)数の分布(2014年12月時点)
図 1 UAE上場企業の大口株主(10%以上所有)数の分布(2014年12月時点)

注:横軸は上場企業の株式の10%以上を所有する大口株主の数、縦軸は上場企業の数を表す。
出所:アブダビ証券取引所とドバイ金融市場の資料より筆者作成。

大口株主が金融機関の株式を集中的に所有する傾向は、ドバイよりもアブダビでより強く観察された。一人あるいは二人の大口株主に10%以上の株式を所有されている金融機関は、アブダビで17社中14社存在し、ドバイでは19社中13社であった。5~10%の株式を所有する一人あるいは二人の大口株主を持つ金融機関についても、アブダビで17社中9社、ドバイで19社中9社であった。これは、アブダビ証券取引所には、各首長国の金融基盤となっている首長国の国立銀行の多くが上場しているのに対して、ドバイ金融市場には民間資本の金融機関の多くが上場していることが原因の一つであると考える。

図 2 UAE上場企業の大口株主(5-10%所有)数の分布(2014年12月28日時点)
図 2 UAE上場企業の大口株主(5-10%所有)数の分布(2014年12月28日時点)

注:横軸は上場企業の株式の5~10%を所有する大口株主の数、縦軸は上場企業の数を表す。
出所:アブダビ証券取引所とドバイ金融市場の資料より筆者作成。

こうした金融機関における集中的な株式所有は、大口株主と小口株主間の軋轢を生じさせる可能性が高い。UAEの金融機関は、一般的な上場企業で指摘されるように、首長国家個人あるいは関連機関や財閥ファミリーなど、少数の大口株主(ブロック・シェアホルダー)によって所有されており、これらの大口株主が実質的に金融機関をコントロールすることが出来る。このような場合、金融機関の経営に強力なファミリーや機関株主の意向が強く反映されるため、小口株主の利益が毀損されうる。また、UAE金融機関の場合、少数の大口株主と小口株主との間の利害の齟齬は、自国民株主と外国人株主間にも発生しうる。UAE市場の株式は海外投資家への公開が十分には行われていない。たとえばアブダビ証券取引所では、株式の大半は自国民に所有されており、この傾向は金融機関においてより顕著である(表1)。

表 1 アブダビの上場企業株式の国籍別所有状況(2013年12月1日時点)

Sector Holdings Value
(million AED)
Holdings ratio (%)
UAE Expat
Banks 139,422 91.2 8.8
Real Estate 12,013 85.4 14.6
Telecommunication 108,287 71.3 28.7
Consumer Staples 3,378 82.2 17.8
Industrial 8,615 84.2 15.8
Debt Instruments 946 68.8 31.2
Insurance 8,755 98.8 1.2
Energy 11,895 81.7 18.3
Services 7,689 98.1 1.9
Electronically Traded Fund 24 90.2 9.8
Investment and
Financial Services
1,205 94.6 5.4

出所:アブダビ証券取引所資料より筆者作成。

法的環境・執行・市場原理のような外部統治メカニズムが十分に効率的に機能していない場合、効果的な取締役会の構成が内部統治メカニズムとして補完的に働くことが期待される。中東北アフリカ地域の大企業の取締役会についての研究で指摘されたように、UAEの金融機関の取締役会の構成をみると、多くの金融機関で首長国家と大手財閥のビジネスマンによって取締役のほとんどが占められている。取締役は、通常、大口株主によって任命され、大口株主はしばしば企業経営の決定に対する支配的なコントロールを持つとされる。

これらの金融機関の主要貸出先は、国内の大手企業であり、国内大手企業の取締役に金融機関の取締役会メンバーが就任していることもしばしば見られる。一般的に、UAE金融機関については、融資決定の際に縁故が大きく影響することが指摘されており、取締役会による金融機関のガバナンスが有効に機能しているかどうかについては異論も多い。

ただし、経営陣と取締役会の分離については、UAE金融機関の場合、近年改善しつつある。一般的に、途上国企業において、経営陣が取締役会から独立していることは観察されにくい。UAE金融機関(アブダビとドバイの上場企業に限る)では、最高経営責任者(CEO)などが取締役に就任するケースは多くはない。

3. おわりに:UAE銀行ガバナンスの課題

UAE金融機関の統治に関する課題については、外部による監督システム整備と内部の利害関係者のインセンティブに依拠した仕組み構築の両面で進める必要がある。証券取引所に上場している企業については、小口株主が十分に育成されていないため、小口株主の利益を保護するためのさらなる制度設計が必要である。小口株主保護は、大口株主(取締役と強い関連性のある)に実質的に支配された金融機関を、株主全体の利益を追求するための経営選択へ動機付けることが出来る。また、マイノリティに属する株主に対する保護拡大は、金融機関における預金者や融資先個人・企業のような広義の利害関係者の利益を保護するための一歩でもある。

今後、上場企業の外国人株主に対する公開が進み、発言権のある株主が増えていくのであれば、UAE金融機関の資金力を増強することができるだけでなく、内部統治が増進され長期的には企業成長にもプラスに働く。首長国家や有力財閥ファミリーの重要な資金源あるいは権力の源となっていることを考えれば、小口株主や外国人投資家の利益保護は決して平坦な道のりではない。しかし、金融部門がUAE経済の重要な動力源の一つであり続けるためには、内部統制システムの改善は必要な課題である。

脚注


  1. Naciri, A., 2011."The MENA Countries National Systems of Corporate Governance." In A. Naciri, ed. Corporate Governance around the World. Routledge, pp. 302-322.