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海外研究員レポート

チャべス政権の支持率低下と国会議員選挙

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049947

2010年9月

ベネズエラでは9月26日に国会議員選挙を控える重要な局面にある(ベネズエラではチャベス大統領による1999年の憲法改正により議会は2院制から1院制に変更されている)。前回の国会議員選挙では、チャベス派が選挙管理委員会を支配していたことや自動投票システムのプログラムに関して不正疑惑がもたれていたことから反チャベス派政党が選挙をボイコットしたため、165議席すべてをチャベス派(当時)が掌握した。その後複数の政党および議員が個人的にチャベス派から離反したものの、任期終了の現在まで総議席の9割近くをチャベス派が占めており、議会はチャベス大統領の意向のままにさまざまな法改正を次々と進めてきた。

政権支持率低下の原因:経済低迷

しかし、前回の国会議員選挙やその前後の地方選挙で大勝を重ね、政権基盤が盤石であるように見えた4、5年前と比べて、現在チャベス政権は多くの未解決または悪化を続ける課題に対処できておらず、支持率は37%1まで落ちている。その理由として、第1に経済社会状況の悪化があり、しかもその原因としてチャベス政権の経済失策が指摘されるからである。世界経済(ラテンアメリカ諸国も含めて)はリーマンショックから立ち直りつつあり、経済成長率がマイナスになっている国は世界を見回してもベネズエラを含めわずかだ。石油価格も一時の落込みから回復し、1バレル60~70ドル(リーマンショック以前よりも高い水準)を推移するようになってすでに1年以上がたっているにもかかわらず、ベネズエラ経済はマイナス成長を続けている(2009年はマイナス 3.3%、2010年上半期もマイナス3.5%2で、2010年および2011年もマイナス成長が予想されている)。政府は公的部門の雇用拡大によって失業率の上昇を抑えてきたが3、財政収入の減少によりそれも困難になっており、失業率は上昇基調にある。一方でインフレ率が30%前後で高止まりし、国民の購買力を浸食しており、国民はマイナス成長とインフレに二重に苦しめられている。

政権支持率低下の原因:不適切な政策や非効率な組織が生む諸問題

チャベス政権の支持率低下の第2の要因として、チャベス政権の不適切な経済社会政策と、肥大を続ける国家組織の非効率が生む経済的ロスや諸問題が国民生活に大きな負担を強いていることがある。過去数年来、価格統制やドル統制のしわ寄せで、卵、砂糖、牛乳、鶏肉、食品油、医薬品などの基礎生活物資が不足し、入手できない状況が消費者の不満を高めてきたが、それに加えて昨年から今年5月頃までは電力危機が、そして5月以降「腐敗食品・期限切れ医薬品」問題が、国民の不満を高めている。

(1)電力危機

昨年8月頃から、ベネズエラは国の電力システムが崩壊することが危惧されるほどの電力危機に直面し、全国レベルで停電の頻発や配電制限がしかれるなど、国民生活や生産活動に大きな支障をきたしている。チャベス政権は電力不足は、エルニーニョ現象による少雨により、国の発電量の約7割を担うグリ水力発電ダムの水位が下がったことが原因であると主張してきた。しかし反チャベス派は、発電・送電の双方において新規設備の建設とメインテナンス投資を怠ってきたことが原因であると批判している。専門家が9年前から投資の緊急的必要性を幾度と政府に報告・提言してきたにもかかわらず、チャベス政権はそれに対応してこなかったのである。さらに、4月に雨期が始まり8月時点ではすでにグリダムの水位が最高位にあるにもかかわらず、それ以降も全国各地で停電が相次いでおり、自然要因に責任転嫁してきた政権への国民の信頼を大きく損なわせている。チャベス政権は、「電力危機は前政権(政権交代は11年前)の責任」との主張まで繰り広げているが、石油価格の高騰で歴史的高水準の石油収入を受け取っていた現政権が、過去10年に電力部門に十分な投資をしてこなかった自らの責任を認めず、11年前の前政権に責任転嫁する姿勢は批判を免れ得ない。

(2)腐敗食品問題

今年5月頃以降は、新たに「腐敗食品問題」が露呈した。国営企業が諸外国から輸入した食肉、牛乳、米、とうもろこし、医薬品など、コンテナ1300個分が、コンテナに入ったまま港に放置され、腐敗しているのが発見されたのである。それらの食品や医薬品は、低所得者の生活を支援するためにチャベス政権が低水準に価格統制しているため国内生産が低迷し、品不足となっている基礎生活財である。チャベス大統領はそれを、「大企業オリガルキーが自らの利害のために生産・販売を抑制して国民を飢えさせている」として糾弾し、とりわけ国内最大手の食品・飲料企業Polarに対して数十回にわたる工場や事務所検査、工場接収、また同社オーナー社長に対する名指しの個人攻撃(国営TV放送において)など、あからさまな嫌がらせを重ねてきた。しかしそれら基礎生活財の品不足を解消するために政府が国営企業に優遇為替レートによって輸入させた大量の食品等が、役所や国営企業が機能していないため、異臭をはなちコンテナに入ったまま港で放置されていたのである。その後、港のみならず国内各地の国営スーパーの倉庫などでも同様に大量の腐敗食品や期限切れ医薬品が発見された。さらには、腐敗食品の問題が過去1、2年前から存在し、国営食品流通企業幹部に報告されていたにもかかわらず、その問題が放置され続け、拡大したこと、さらには期限切れの食品をパッケージし直して国営企業が販売していたこと、国営食品企業社長がこの問題が明るみに出た際に「期限切れの牛乳でもヨーグルトを作れる。期限切れの食品は牧畜用飼料に転用すれば問題ない」と発言したことなどが、消費者の怒りをあおった。ちなみに、食品の輸入はチャベス大統領が新設した国営企業CASAが、港湾の倉庫管理もチャベス大統領が国有化したBolipuertosが、そして食品流通・小売りは、チャベス政権の肝いりで始まった国営スーパー・小売店網Mercalおよびチャベス大統領が2年前に国営石油会社PDVSA内部に新設した食品輸入・小売り企業Pdvalが担っている。すなわち、「国民を飢えさせている」としてチャベス大統領はPolarなど民間大手企業を糾弾・威嚇してきたが、ふたをあけてみれば国民を飢えさせていたのはPolarではなくチャベス肝いりのCASAでありMercalでありPdvalであったのである。

政権支持率低下の原因:治安問題

支持率低下の第3の原因として、治安悪化がある。治安が過去数年加速的に悪化している上、チャベス政権が治安悪化に対してまったく対処していないことが国民の不満を招いている。国連がまとめた各国の暗殺率の統計によると、2008年にベネズエラの人口1万人当たりの暗殺件数は52.0件と、南アフリカ(36.5件)、コロンビア(38.8件)、ブラジル(22.0件)など治安が悪いことで悪名高い国々のほぼ2倍となっている 4。2008年以降連続マイナス成長で経済悪化とともに治安はますます悪化しており、最近発表された2008年7月~2009年7月の最新公的統計では、同数字は75.08人にまで上昇している 5。8月には、カラカスで開催されていた女子野球国際選手権の試合中に球場で発砲があり、三塁守備についていた香港選手がプレー中に被弾・負傷するという前代未聞の事件が発生した。香港チームは大会を途中で辞退することを決め、ベネズエラの劣悪な治安を国際社会に見せつける事態となった 6。世論調査でも有権者がもっとも危惧する問題として治安悪化があげられているが(付記を参照)、それにもかかわらずチャベス政権は治安悪化問題に関しては沈黙を守っている。チャベス大統領が治安問題について口を閉ざしている理由として、反対派の識者は、解決困難な治安問題について言及すればその解決の遅れは政権にとって致命的となるためであろうと指摘する。チャベス大統領および閣僚は、「治安問題の責任は、「消費文化と汚職を蔓延させた前政権(1999年まで)にある」とし、「社会主義革命の進展とともに中期的に治安は改善されていく」「治安悪化はベネズエラに限らず世界的な傾向である」と発言し、対策を講じることを拒否している。選挙まで2カ月を切った8月には残忍な暗殺事件が続発し、また上記のような国際舞台での発砲事件が発生したことから、「治安問題」の扱いが反チャベス派・チャベス派の間での最大の政治争点となっている。治安悪化からチャベス政権に非常事態宣言の発令を提案する政党、治安改善への法整備を求める声などがあがるなか、8月中旬には反対派論陣を組む全国紙El Nacionalが、毎日多数の事件犠牲者が運び込まれる検死所 7の写真を掲載したところ、チャベス政権は「反対派マスコミが国民に対して不安感情を意図的にあおり、悲惨な凶悪事件や悲しむ遺族の写真を掲載することで、国民の否定的感情をあおり、選挙に利用している」と批判し、1カ月間(つまり選挙後まで)、凶悪事件の写真掲載を禁止した。

スケープゴート:ボリバルの遺体掘り起こしとコロンビアとの国交断絶

重要な国会議員選挙を前に解決困難な問題が次々と露呈するなか、チャベス大統領は7月以降国家運営とは直接関係ないが国民感情に訴えるようなパフォーマンスを行い、国民の不満をそらすとともに、ナショナリズムを高揚させることで自らの求心力を高めようとしている。一つは独立の英雄シモン・ボリバルの遺体を国立霊廟から掘出し解剖分析したこと、もう一つはコロンビアとの国交断絶である。シモン・ボリバルはベネズエラ(および南米)の独立の英雄であり、チャベス大統領が進める政治経済社会改革(「ボリバル革命」)のアイコンとして掲げる歴史的人物である。ボリバルは通説では結核で亡くなったとされるが、チャベス大統領は以前から毒殺されたと主張しており、それを証明するため遺体を掘り起こしたのである。ベネズエラ人にとって説明の入り込む隙のない絶対的存在であるボリバルを霊廟から掘り起こしたことは、国民感情を大いに高揚させた。過去2カ月、反チャベス派の新聞やTVニュースは連日腐敗食品問題をとりあげていたが、そこから国民の目線をそらすことをねらったものだとの見方がある。また、チャベス大統領は、米国帝国主義やそれと結託する「国内オリガルキー」が自身を暗殺しようとしているとたびたび訴え、それにより自らへの権力集中や軍備増強を正当化しているが、ボリバルの暗殺死を自らの立場に重ね合わせようとしているのであろう。

またチャベス大統領は7月に、コロンビアが米州機構(OAS)に対して、ベネズエラ政府がコロンビアの左翼ゲリラ組織FARCに資金援助をし、ベネズエラ国内で軍事訓練などの活動を容認している証拠を提出したのを受けて、コロンビアとの国交断絶を発表した。過去5年ほどの間にもコロンビアとの間では同様に幾度かにわたり、大使引上げ、国境封鎖など、チャベス大統領が一方的に両国関係を緊張させることがしばしばあった。しかしコロンビアとの関係悪化で大きな経済的損失を被るのはベネズエラである。そのため今回も単なるパフォーマンスであり長続きしないであろうと見ていたが、やはり8月に入りコロンビアでサントス新大統領が就任するなりチャベス大統領はわずか数週間でコロンビアとの国交を正常化させた。

ボリバルの遺体掘出し、コロンビアとの国交断絶もいずれも選挙を前に形勢がよくない状況を変えるため、または国民の不満をそらすためのスケープゴートとしてのパフォーマンスであったと考えられる。

結び

9 月26日の国会議員選挙のキャンペーンが1カ月前の8月末に正式に開始された。チャベス派はおそらく過半数は確保するだろうが、注目すべきは反チャベス派がどれほどの議席を獲得するか、また全国でどれだけの総得票数を得られるか、である。ベネズエラでは都市部で反チャベス派が強く、人口の少ない内陸州でチャベス派が強いため、過去の地方選挙でも、獲得ポスト数と総得票数の間に大きな乖離があった。加えて、昨年チャベス派が支配する選挙管理委員会(CNE)が、チャベス派と反チャベス派が偏って多い州・地域で選挙区の線引きを変更するなど、得票率以上の議席をチャベス派が獲得できるように画策した。そのため選挙においては、獲得議席数に加えて、政権への支持を示す指標として両派の総得票数の比較も重要になる。

チャベス派が過半数の議席を確保すれば、議会ではチャベス派が有利に大統領の意に沿った法案を通過させられる。しかし、半数に迫るような勢いで反チャベス派が議席を獲得した場合、また総得票数では反チャベス派が優勢であった場合、チャベス政権の権力集中的政治運営や彼が掲げる社会主義革命に対して、国民が必ずしも賛成していないことが示され、今まで選挙や国民投票での高い得票率や議席率を背景にしたチャベス政権の正当性がゆらぐ。そうなった場合、社会経済変革を急ぐチャベス大統領が、議会内の反チャベス派との間で民主的に議論や交渉を通した政治運営をすることになるのか、それともより権威主義的姿勢を強めるのか。チャベス大統領の今までの政権運営を鑑みると、今選挙で反チャベス派が躍進した場合には、後者、すなわちチャベス政権の権威主義的傾向が強まるのではないかと、報告者は見ている。

〈付記〉最近発表された世論調査結果を付記しておく。

Q1「現在のベネズエラの経済状況はどうか?」

A1「とても悪い~悪い」38% 「悪い~ふつう」26% 「ふつう~良い」19% 「良い」11% 「とても良い」4% 「無回答」2%

Q2「あなたおよびあなたの家族にもっとも大きいダメージを与えている問題は何か?」

A2「劣悪な治安」64% 「失業」14% 「経済」13% 「政治」5% 「その他」3% 「無回答」1%

Q3「チャベス大統領の任務遂行状況をどのように評価するか?」

A3「とても悪い~悪い」30% 「悪い~ふつう」21% 「ふつう・良い」19% 「よい」16%「とてもよい」11% 「無回答」3%

Q4「チャベス大統領は2012年(現在の任期終了時)に政権をわたすべきか、2021年あるいはそれ以降も政権継続すべきか」

A4「2012年に政権をわたすべき」64% 「2020年またはそれ以上に政権を継続すべき」24% 「無回答」12%

Q5「ベネズエラに21世紀の社会主義を建設するというチャベス大統領の考えについて」

A5「反対」63% 「賛成」31% 「無回答」6%

Q6「私的所有権と、チャベス大統領が提案する集団的所有権のどちらがよいか」

A6「私的所有権」80% 「集団的所有権」17% 「無回答」3%

(出所)Hinterlaces社が2010年8月24~29日に、20州68都市で 1333人に自宅面接で行った調査結果。El Nacional (13 de septiembre, 2010.)

併せて、2010年第2四半期のベネズエラの政治経済情勢について分析した拙著「ベネズエラ・ボリバル革命に立ちこめる暗雲」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 27 No.1, 2010年6月、およびアジア経済研究所ウェブサイトの「ベネズエラ」ページのマクロ経済情勢の指標もご参照ください。


脚注


  1. 5月22日~6月4日に実施されたConsultores 21の調査結果。El Universal 2010-7-2付記にある別の調査会社(Hinterlaces)の世論調査結果も参照のこと。調査・質問形態や各会社の政治的スタンス、時期により、若干差が見られるが、Consultores21社が同じ質問を歴年四半期ごとに行っている世論調査では、支持率低下が顕著に示されている。
  2. ベネズエラ中央銀行ウェブサイトより(http://www.bcv.org.ve)2010年8月20日閲覧。
  3. 過去5年で公務員雇用は41.5%増加し、民間セクター雇用は10.2%減少した。VenEconomy2010-4-28
  4. 拙著「ベネズエラ・ボリバル革命に立ちこめる暗雲」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 27 No.1, 2010年6月。元データは"International Homicide", UNdata(http://data.un.org) 2010年4月21日閲覧。
  5. El Nacional 2010-8-24
  6. ベネズエラ政府は大会会場をカラカスから別の都市に移し、警備強化のもと大会続行を決めた。日本チームも警備強化を強く求めた上で協議継続を決めた。
  7. 同所は、報告者の派遣先であるCENDES(開発研究所)と目と鼻の先の距離にある。1995年に1度目の赴任をした際には、人影や駐車する車はまばらだったが、現在は毎日周辺に路上駐車する車があふれており、治安悪化の実態が明らかだ。