IDEスクエア

海外研究員レポート

両岸関係の進展とECFAをめぐる台湾情勢

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049949

2010年9月

近年、中国と台湾の両岸関係が目覚ましい進展を遂げている。特に、両岸相互の「三通」(通航、通商、通信)の実現にともない、台湾を訪れる中国大陸からの観光客が激増した。例えば、今年の第1四半期(2010年1~3月)の台湾を訪れた観光客のうち、中国人観光客は約34万人余りとなり、この数は前年同期比の約2倍に相当するもので、初めて台湾を訪れる日本人観光客数の27万人を上回った。また、現時点では、中国人観光客は団体旅行のみが許可されているが、来年の夏頃には個人旅行も解禁されることになっている。

2010年6月29日には中国と台湾の間で「経済協力枠組み協定」(ECFA:Economic Cooperation Framework Agreement)が正式に調印され、間もなく発効される見通しとなった。これを受けて2013年1月までに三段階に分けて関税撤廃が実施される予定である。また、早期収穫リスト(関税引き下げ品目の優先リスト)として、中国側539品目、台湾側267品目が定められた。また、8月18日には台湾の立法院においてECFAの承認と関連法の改正手続きが正式に行われた。これによって、2011年の1月1日から中国と台湾の間で輸入関税の引き下げが実施されることになった。

最近の台湾においては、与野党を挙げてのECFAをめぐる議論が盛んだが、この是非をめぐっては台湾の世論を二分している印象が強い。ECFAの調印に先立って、2010年4月下旬には、与党国民党と野党民進党との党首の間でECFA に関する公開討論も実施され、その模様が台湾全土で生中継された。ECFAをめぐっては、国民党は目下のところECFAの推進と中国共産党政府との融和路線の立場を取ってきている。

国民党が対中融和路線をとる背景のひとつの要因として、2010年1月から中国とASEAN6カ国の間でFTAにおける関税撤廃が本格的に始動したことにより、台湾の貿易が受ける影響に対する懸念がある。他方、民進党はECFAが台湾経済の対中依存を加速させる可能性に対して強い警戒感を示し、むしろ台湾は周辺地域の自由貿易圏への積極的な参画を進めることによって、経済的利益を得るべきであると主張してきている。また、台湾には中小企業が多く存在することから、台湾における産業の育成や農作物等に打撃を与える可能性にも懸念を示してきている。

ECFA調印の直前には、台北市内において民進党を中心とする反対派の約15万人が結集して大規模な反対デモを実施した。李登輝元総統も同デモの先頭に立ち、「台湾の人々よ、団結せよ! (2010年11月に台湾で予定されている)五都市選挙は全て民進党が制覇する! 馬英九政権を捨てて台湾を守れ!」と街頭の人々に呼び掛けて、現政権に対する痛烈な批判を行った。だが、民進党は経済的な対中依存の危険性に警鐘を鳴らす世論を喚起し続けてはいるものの、当面の利益を台湾にもたらすECFA自体に反対することは徐々に困難な状況になりつつあるのも事実である。例えば、最近、中国と台湾の関係改善の効果によって、台湾とシンガポールの間の経済協力協定の締結が検討されているが、これは中長期的にも台湾経済に大きな利益をもたらすものであり、異議を唱えることは難しい状況である。

現在の両岸経済関係の進展はもはや不可逆な状況とは言え、国民党政府が中国共産党政府との距離感を誤れば、台湾の世論の支持を失い、2012年の総統選挙における再選が危ぶまれる可能性もある。このことから、現政権の対中接近の基本路線には変更はないとは見られるものの、今後は特に慎重な対応が迫られるものと見られる。

馬英九総統や呉敦義行政院長らは、ECFAの締結によって、中国との間で、政治的対話や国家主権の問題等には踏み込まないと再三にわたって台湾の人々に説明を行ってきている。だが、その一方で、中国政府は国内においてECFA が「『一つの中国』と『九二共識』の前提の下」で進められているという趣旨の公式発表(中国商務部発表)を既にインターネットを通じて行っており、ECFAを足掛かりにして、政治的問題な問題に踏み込もうとする姿勢が垣間見える。

いずれにせよ、台湾におけるECFAの賛否を問う一つの試金石となるのが、今年11月に行われる五都市(台北市、高雄市、新北市、台中市、台南市)選挙である。同選挙は2012年の総統選挙の前哨戦としても位置付けられている。台北市では、現職の郝龍斌(国民党・台北市長)と蘇貞昌・(民進党・元行政院長)、高雄市では、現職の陳菊(民進党・高雄市長)と黄昭順(国民党・立法委員)が対決する。また、新北市(現在の台北県から市へ昇格)では、蔡英文(民進党・民進党主席)と「ポスト馬英九」のひとりとして有力視されている朱立倫(国民党・前行政院副院長)が名乗りを上げている。さらに、台中市では、現職の胡志強(国民党・台中市長)と蘇嘉全(民進党・民進党秘書長)が、台南市では郭添財(国民党・元立法委員)と頼清徳(民進党・立法委員)が互いに競う。

なお、台湾のメディアは政党的な色彩が非常に強いことから、これのみに頼って台湾の選挙情勢を見極めるのは却って難しいという印象が強い。例えば、台湾における新聞主要紙として『中国時報』、『聯合報』、『自由時報』等があるが、『中国時報』及び『聯合報』はいずれも国民党を支持しており、『自由時報』は民進党を支持している。さらに言えば、有線テレビには幾つかの報道専門のチャンネルが存在するが、「中視」(中国電視)、「台視」(台湾電視)等は国民党寄りである。また、香港系の「TVBS」も国民党寄りである。その一方で、「民視」(民間全民電視)や「三立」(三立電視)等は民進党寄りである。

両岸の経済関係の進展の傍らで、今秋に予定されている台湾の地方選挙の動向が注目される。近くに身を置けば置くほどに却って捉えにくい部分もあるとは言え、当分の間は、地方選挙をめぐる台湾情勢から目が離せない状況である。

以上