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海外研究員レポート

参入障壁、規制緩和、労働条件:成都と北京のタクシー運転手

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049950

2010年9月

四川省の省都、成都市に越して来て1カ月。この間に成都の交通を取り巻く環境がめまぐるしく変化している。9月27日に開通した地下鉄の登場が最大のビッグニュースで、開通1カ月以上前から、「地鉄生活」(地下鉄ライフ)という造語で、地下鉄が日常をどう変えるかを採り上げる記事が地元メディアを賑わせている。開通した地下鉄1号線は成都の中心部を南北に走り、18.5キロメートルの区間に設置された17の駅を37分間で運行する。ここ数年、バス、タクシーに加えて自家用車も増え、交通渋滞が深刻になった成都で、交通渋滞に影響されない地下鉄への期待は大きい。

地下鉄開通のニュースの陰で、成都のタクシーは12年ぶりの料金値上げが実施され、庶民の間でも大きな議論になっている。この成都のタクシー業界の変化を、他の都市とも比較しながら紹介したい。

8月23日 成都到着日(空港から市内ホテルへ乗車)

北京から成都への転任日、成都の空港に到着後、「TAXI」の表示が見えてはいるものの、乗り場がどこにあるのか、いまひとつわかりにくいタクシー乗り場まで歩く。途中、タクシーはいらないかと白タクの運転手に何度か声をかけられるが、他の地方都市の空港に比べて白タクの数は多い方ではない。

成都の空港は市の南西の郊外に位置し、市内(中心区部)の南西部とは全長12キロの高速道路でつながっている。この高速道路通行料は20元の片道徴収制、つまり、空港へ向かう方向の車から料金を徴収し、空港から市内へ向かう車は無料で通行できる。そのため、空港から市内へのタクシー料金は比較的安く、この日は32元だった。

これから成都で生活するという私に、成都のここ数年の変化、不動産開発、四川料理などについて道中機嫌良く話してくれた運転手と、下車時に気まずい一幕があった。料金を支払い、「領収書はいるか?」というので「ください。」と返事し、助手席の機械から打ち出された領収書を何気なくちぎったところ、運転手の顔色が急に変わった。腹を立てた様子の運転手の反応に戸惑っている私に、彼は手元で台紙から切り離した「定額レシート」を手渡し、「もういいよ。」切ってしまったんだから取り返しがつかないと言わんばかりにがっかりしたような、腹を立てたような不思議な表情をしていた。それで私には、機械が打ち出した32元の領収書と、運転手が手渡した20元の領収書2枚(40元分)が残った。機械がレシートを打ち出すのに、なぜわざわざ「定額チケット」の方をお客に渡すのか。この時点では私には理解できなかった。この定額チケットもタクシー会社の発行した正規のもので、会社名と苦情訴え先の電話番号、社名印が掲載されている。ただし、機械のレシートには印字される車両番号、乗車日時などの情報はない。

9月5日(日曜)午前10時、市内から空港へ

成都の町では恒常的にタクシーがなかなか捕まらない。空港へ行くためタクシーを待ったこの日も、客を乗せたタクシーを何台かやり過ごしたあと、やっと捕まった空車に乗った。空港へと言ったところ、60元という。運転手曰く、メーターで走れば空港まで30元ちょっと、さらに10元の高速代で40元余りだが、それでは採算がとれず、一般的に空港までメーターで走るタクシーはいないとのことだった。空港へ行けば少なくとも2時間客待ちしなければならず、その時間が惜しいとのこと。確かに、成都市内を流しているタクシーの空車率は低い。この点、空港へ行くといえば大概喜ぶ北京のタクシーとは正反対だ。

運転手曰く、成都のタクシーは単価(初乗り1キロまで5元、その後1キロあたり1.4元)が低く、タクシー会社が運転手から徴収する車輌あたりの管理費(毎月10,200元の定額)が高い。この管理費を1カ月30日で割ると1日あたり340元、朝7時前後に車を出し、日中の稼ぎが300元余り。日中に管理費分を稼ぎ、夜になって稼いだ金がやっと自分の収入になる計算だという。高い管理費を負担するため、成都では1 台のタクシーを2人の運転手が交代で休みなく使っている。ほとんどが1日置きの交代で、1日18~20時間働いている。月収は2000~3000元といったところのようである。成都のタクシー料金は12年来変わらず、全国の省都の中で最低水準だと、運転手はぼやいていた。

この運転手によれば、機械で打ち出されるレシートを運転手が渡したがらないのは、メーターから打ち出されるレシートの専用紙、インクなどのコストが高いからで、目的地到着後、メーターを起こせば自動的にレシートが打ち出されるプログラムになっているものの、打ち出された紙を客に渡さず、裏面に再印字してコストを抑えようとする運転手がいるという。成都の乗客の9割方がレシートを求めないそうで、それでも困らない。求められた場合には定額レシートで対応するという慣習ができたようだ。

北京のタクシー

初乗り(3キロまで10元)、1キロあたりの単価(2元)ともに高く、タクシー会社が運転手から徴収する管理費が低い(1人体制のタクシー6500元/1台、2人交代のタクシー7000元あまり/1台)北京のタクシーは、1人体制でも1日あたりの管理費が約220元と、成都より大幅に負担が小さい。さらに初乗り、単価ともに高く、成都や深センなど他の都市に比べて、合理的な値段設定のように思われる。

ただし、北京のタクシー運転手に言わせれば北京はタクシーの台数が多く、空車率が高い。タクシー会社は台数を増やして多くの管理費を稼いでいるという。確かに、北京では郊外の辺鄙なところでない限り、タクシーを探すのに苦労することはないし、白タクも比較的少ない。何より、運転手(の一部)が1人1台体制で管理費を負担できていることから、他の都市に比べればコストと収益のバランスがとれているとみることができる。

なお、1人1台体制で働く運転手はほとんどが市内に戸籍を持つ北京人で、彼らは朝7時前後から夜の8~9時ぐらいまで稼働している。ほとんどが基本的に休みなしで毎日働いている。北京市や上海市はタクシー運転手に戸籍による就業制限を定めており、それぞれ市内の戸籍を持つ者しかタクシー運転手になれない。この点では成都も同様である。

北京の都市部出身の運転手に、多少の貶みをこめて「農民工」運転手といわれるのが順義、平谷、通州、延慶、密雲などの北京郊外区(従来県であったところ)出身の農村戸籍の運転手で、朝晩郊外の自宅から市内まで近い者で1時間、遠いところでは3時間以上かけて市内に移動して来ては仕事をする。そのため、彼らは1日ごとの2交代で1台のタクシーを運転している。

従来は北京の中心区の非農業戸籍者に限定されていたタクシー運転手のポストが、市内の郊外県・区の者にも開かれたのは、私のなじみの運転手(都市部出身)によればSARSの流行した2003年とのことであった。SARS被害でタクシーの営業も数カ月間停止され、回復後に運転手のなり手が不足して、郊外農村の者にも就業チャンスが開かれたという。「農民工」運転手の採用はタクシー会社にとっては好都合だった。都市出身運転手との待遇上の違いは住宅積立金の有無で、会社にとっては大きくコストを削減することができる。農村戸籍の者は農村に住宅を持っているため、会社は住宅積立金の支払いを免れる。さらにはタクシー運転手になりたがる農村部出身者は多く、これにより一気にタクシー運転手の労働市場は買い手市場になったという。農業収集のプラスアルファとしてタクシー収入を得る「農民工」運転手が多いことが労働市場を買い手市場にし、全体的に労働環境を悪化させていることに彼は不満ともあきらめともつかない感情を持っているようだった。

成都のタクシー料金値上げ

9月10日、成都のタクシー料金が一斉に値上げになった。値上げ後の料金は初乗り2キロまで8元(従来は1キロまで5元)、1キロあたり1.9元(従来は1.4元)。これまでのタクシー料金は12年前の改訂以来のもので、今回の値上げはこの間のコストの上昇、物価の値上がりなどを反映し、政府が聴講会を開いて決定したものである。

値上げ後、タクシーの行動パターンが急に変わった。空港へ行くにも、必ずメーターで走るようになり、今回の料金設定が運転手にとってとりあえずは合理的な水準であるとみられる。タクシー会社へ納める管理費は価格改定に伴って値上げされない。それにもかかわらず、今回の料金値上げについて、タクシー運転手たちからの評判はあまりよくない。

その理由の1つは、今回の価格改定が成都のタクシーの燃料である天然ガスの値上げ(今年 5月に2.7元から4.0元に値上げされた)を反映したものであること。これまでは毎月500元政府から支給された燃料補助が、今回の価格改定を機に打ち切られる。これは燃料価格の上昇リスクを運転手個人に負担させる、政府にとって都合のいい改革だということだった。

さらに多くの運転手が心配しているのは、タクシー料金の値上げによって乗客が減ることである。成都のタクシーは初乗り区間が1キロと短く、料金も55元と安かった。ある運転手によれば、一家3人で1キロ先の店へ買い物に行くのに、バス(運賃1人2元)のところ、3人で乗れば6元。すると、タクシーが選択されていた。ところが初乗りが8元になった今、一家はバスを選択するようになるだろうという。成都のタクシーはその料金の低さもあり、庶民の日常の足であったようである。実際に、料金値上げ後、明らかにタクシーが捕まえやすくなった。ここ数日聞く限りでは、料金値上げ後の収入は値上げ前と変わらない(空車時間が増えたものの、収入は同じぐらい)という運転手と、値上げ前よりもうけが減ったという運転手がいる。

料金が上がり、競争上不利な上にタクシーにとっての競争相手は増えている。開通したばかりの地下鉄(区間料金2元から4元)に加え、政府は市内の主要地域と住宅地を走る夜行バスの導入を検討しているという。これまでは深夜12時を過ぎれば公共交通機関がなくなり、タクシーの独断場であった時間帯に新たな競争相手ができることへのタクシー運転手の不満は大きい。

規制と市場の板挟み

タクシー業界では、2008年に重慶で9000台のタクシーが集結する大規模なストライキが起き、それに続いて海南省三亜など他のいくつかの地方都市でもストが発生し、全国的に注目された。このときのメディアの報道によれば、タクシー営業への参入権が各都市で特定のタクシー会社に限定されており、寡占状態になった業界で高い管理費が運転手から徴収されていることが根本的な問題であるとみられた(「反思重庆出租车罢运经营体制该变了」『新京報』2008年11月11日等)。

正規のタクシーとして稼働するためにはタクシー会社に高い管理費を支払って参入するしかなく、一方の料金は政府によって定められた都市ごとの統一料金である。高いコストを支払った運転手は、投入したコストを回収し、さらに収入を得るために稼働時間を長くし、制度の枠内で稼ぐか、制度から逃れるしかない。かかるコストを極力抑えるための努力が、レシートの節約であり、小さな制度逃れがメーター以上の料金を客に交渉することであったといえる。しかし、管理費があまりに高くなると、今度は完全な制度逃れとしての白タクが横行する。タクシー会社の管理費が1台1カ月あたり2万元という広東省深セン市は、白タクが溢れている。正規のタクシー運転手を経験し、白タクを始めた運転手が多い。ただし、白タクの蔓延はタクシーの稼ぎを減らし、町の秩序や治安を損なう可能性がある。

元の地理に詳しいことを建前に、従来は地元住民の就業保護のため、タクシー運転手には多くの都市で戸籍制限が設けられてきた。広州、深センなど広東省の大都市では地元戸籍者にタクシー運転手のなり手がなく、制限は取り消されてもっぱら外地出身者がタクシーを運転している。上海市でも上海戸籍者の運転手採用がますます難しくなり、戸籍制限を長江デルタの範囲に拡大することが検討されている(「上海”的哥荒”加剧行业新政拟松绑户籍限制」『華夏時報』2010年8月14日)。北京市では運転手の就業条件としての戸籍制限を、市内郊外部を含む北京人に拡大したものの、戸籍制限は維持している 1。 行政的な参入障壁と、タクシー会社に運転手が支払う高い管理費はいずれの都市にも共通している。その高い管理費を負担するために、事実上自営業の運転手は長時間労働を強いられている。経済発展した都市ほど地元で運転手を確保することは難しくなり、タクシー運転手になるための戸籍制限は緩和される方向にあるようである。

行政的な参入障壁と、タクシー会社に運転手が支払う高い管理費はいずれの都市にも共通している。その高い管理費を負担するために、事実上自営業の運転手は長時間労働を強いられている。経済発展した都市ほど地元で運転手を確保することは難しくなり、タクシー運転手になるための戸籍制限は緩和される方向にあるようである。

タクシー運転手に限らず、中国各地の労働条件の悪い就業ポストで労働者の雇用が難しくなっている。その場合、それがたとえば戸籍による規制職種であれば戸籍範囲の拡大、さらには戸籍制限の撤廃が図られる。自由競争の職種では、年齢や性別、学歴などの雇用条件の緩和と、待遇の改善がみられるはずである。実際、2、3年前と比べた大きな変化として、成都の町中の安い飲食店やファストフード店で、40代以降の中年の女性服務員が増えている。規制業種であるタクシー業界では、まずは規制緩和が図られ、待遇の改善は図られていない段階にあるとみられる。非規制業種ではどのような変化が起きているのだろうか。雇用条件が緩和しているらしいことは観察できるが、待遇の改善はみられているのか。今後注目していきたい。

以上


脚注

  1. 成都のタクシーも、半年前から戸籍制限を成都市から四川省内の戸籍者に緩和したという話を聞いたが、未確認である。