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海外研究員レポート

インドネシアの2010年人口・住宅センサス――調査開始――

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049954

2010年6月

1. はじめに

5月上旬のある日、ポストを開けると、中にはアパートメントの受付からの手紙が入っていた。開封してみると、中身は中央統計庁(BPS)による人口・住宅センサス(以下、人口センサス)への協力依頼の手紙であった。

インドネシアでは、一部地域を除いて、5月1日から2010年人口センサスが始まった。世界で4番目に人口が多い国での調査であり、また地理的にも東西へはヨーロッパに匹敵する広がりをもった国であり、なおかつ数千もの島にまたがって居住者がいるため、その実施には多くの負担が伴う。しかし、そうしたコストを差し引いても、人口センサスの実施によって入手した情報から得られるベネフィットは計り知れない。人口の把握というその基本的な目的のみならず、社会・経済に関するさまざまな情報も同時に収集することにより、今後10年間に実施される政策をより効率的なものにできる。今回は、現地紙やBPSの発表をもとに、2010年の人口センサスについて簡単に紹介したい。

2. 2010年人口センサスの開始

インドネシアではその独立後、第1回人口センサスが1961年に実施されて以来、1971年、1980年、1990年、2000年とほぼ10年おきに定期的に調査が実施されてきた。2010年は6回目の人口センサスとなる。なお、2010年人口センサスの実施は、統計に関する法律(1997年第16号)や統計実施に関する政令(1999年第51号)などが根拠法となっている。

2010年人口センサスのために、BPSは2年前から準備を進めている。質問票の作成・テストにはじまり、2010年の調査員のトレーニングを終了して、ようやく各地で聞き取り調査が実施される。現地紙によれば、約70万人の調査員が88,361カ所にてヒアリングを行っているとのことであった。

一部地域を除き、今回の聞き取り調査は5月1日開始、5月31日終了というスケジュールが組まれている。現地紙の報じるところでは、5月1日、まっさきに調査員らはボゴールのユドヨノ大統領の自宅を訪問して、20分間の聞き取り調査を行った。大統領自らが国民に範を示したわけである。しかし、それに先立つこと1カ月、すでにバリでは4月7日から調査が始まっている。5月は大半のバリ住民にとって神聖なるヒンドゥー教の祭日があり、また、5月4日には州内各地で選挙が実施されることになっていた。そこで、前倒しで調査が始められている。同様に、リアウ群島州やパプア州でも、地理的条件から調査に時間がかかることを理由に、4月から調査が進められている。

今回の人口センサスの費用は、一時的に雇用された調査員への日当といった人件費を含めて、準備期間から分析までの5年間に総額で3.3兆ルピア(約340億円)にも達すると見込まれる。

3. 2010年人口センサスの目的

BPSによれば、2010年人口センサスの質問票は、次のような目的に沿うべく設計されている。(1)村レベルでの人口データのアップデート、(2)ミレニアム開発目標(MDGs)の進捗状況の確認、(3)地方の統計の土台作り、(4)人口推計に必要な情報の入手、(5)次の人口センサスまでの10年間に実施されるさまざまなサンプル調査において、サンプリングの際に必要となる情報収集、(6)住民登録・住民行政情報システム(SIAK)構築の基礎作り、の6点である。これらの目的のうち、2000年人口センサスとの比較からは、(2)と(6)が新たに付け加えられている点が興味深い。MDGsは2015年をその目標達成のゴールとしているが、それを目前に控えて、進捗状況が確認できる悉皆調査をする機会は、これが最後となる。(6)については、住民行政に関する法律(2006年第23号法)の成立後、5年以内に単一の住民識別番号システム(NIK)を導入することが義務付けられており、2011年を直前に控えてのシステム導入に人口センサスの結果を利用することが念頭にある。

4. 質問項目

先述した目的を達成すべく設定された質問は43項目ある。2010年人口センサスの質問票をみて、個人的に興味深いのは、障害者に関する質問項目が含まれている点である。これは国連の要望に応えるべく導入されたもので、障害者情報を集めるのは、報告者の知る限りこれが初めてのケースとなる(1980年の人口センサス時にも障害者についての情報収集はなされたが、悉皆調査ではなく、同時に実施されたサンプル調査によるものである)。毎年の貧困者比率の推計に利用されている社会経済調査(SUSENAS)はサンプル調査であるが、この調査には、3年に1度、障害に関する質問項目も含まれている。それらの調査結果との違いを比較するべく、人口センサスの結果が気になるところである。

ところで、質問票は住所不定者ら、調査対象者として補足が難しい人たちをカバーするために、質問項目を大きく減らした別のフォーマットも用意されている。そのため、残念ながら、そのフォーマットで収集された情報からは、障害をはじめとして多くの情報が抜け落ちている。もし、この特別なフォーマットでの調査対象者に、障害者が相対的に多く含まれているのであれば、得られた集計結果は一国の全体像を過小評価したものとなるだろう。分析にあたっては留意する必要がある。

5. さいごに

人口センサスは、その暫定結果は8月17日の独立記念日にあわせて、ユドヨノ大統領によって国民協議会(MPR)の場で報告される。その一方で、データクリーニング、分析が進められ、2011年中には集計結果がこれまでの人口センサス同様、まとめられて出版される予定となっている。

暫定結果として必ず報告されるのは、人口の現状・推移であろう。2010年の人口は、2000年人口センサスおよび2005年の人口センサス間調査(サンプル調査)の結果をもとに、2億3420万人、 6500万世帯と推計されている。この値を大きく上回っているとの予想もあり、人口政策を担当している国家家族計画調整庁(BKKBN)がその数値を最も気にして待っていることであろう。

集計・分析が進むにつれ、人口に加えて、就業構造など経済的側面についての現状も見えてくる。インドネシアでは、失業率を減らすことが大きな課題となっており、そのためにも人口センサス結果をもとにした分析は欠かせない。また、先述したように、MDGsの進捗状況評価のために、人口センサス結果は大いに役立つ。

経済面のみならず、政治・治安的側面からも、今回のセンサス結果はきわめて重要な意味をもつ。2009年には、東ジャワ州知事選挙や、総選挙・大統領選挙で、有権者の確定が大きな問題となった。こうした問題は、有権者を選挙前に前もって確定できるようなシステム、具体的にはNIKが整備されていれば避けられるはずである。加えて、今年も新たにテロリスト容疑者の逮捕・射殺が相次いでいるが、テロリスト対策という治安維持の視点からも重要である。現在、IDカードとして一般に用いられている住民カード(KTP)は、テロリストのみではなく、一般住民すら、複数枚の所持が当たり前にみられる。そこで、人口センサスをもとに、NIKのような一人一人を識別できるシステムが備われば、有権者の確定やテロリスト対策にも大いに役立つであろう。

日本では、こうしたいわゆる国民総背番号制の導入は見送られてきた。その結果、さまざまな個人情報を統合する手段を欠くこととなり、例えば消えた年金問題の解決をきわめて困難にしている一因となった。また、労働意欲を削がない点で経済学的に望ましいと考えられている、課税最低限以下の低所得者への現金支給、という仕組みが、現状ではコストがかかるために導入ができないでいる。貧困削減を重要課題として挙げるユドヨノ政権としては、今後徐々に高齢化社会を迎えることも念頭に、日本の経験を反面教師として、できる限り早い段階で国民総背番号制度を導入することで、簡素化された福祉政策を実施することが可能となる。多くの批判を浴びた貧困層向け現金支給策(BLT)とは異なり、将来的にはターゲットを絞り込んで、より効率的に貧困層・低所得者向けの政策を実施することができるのではないか。

5月31日付の現地紙によれば、人口センサスの情報収集が予定より遅れており、調査期間が6月15日まで延期されることになったらしい。無事終了して、質の良いデータが完成することを願いたい。人口センサスの集計結果が出た暁には、また機会があれば報告する。