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海外研究員レポート

差し迫る2月28日労働許可期限切れ――ミャンマー人移民労働者の苦悩はつづく――

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049959

2010年1月

「国籍証明って何するの?」「国籍証明に行った? 行く?」――この数カ月ミャンマー人移民労働者は国籍証明なるものに戸惑い不安を抱き悩める日々が続いている。中には、すでに手続きを終えミャンマー政府発行のパスポートを手に入れた者もいれば、この国籍証明なるものをまったく知らない者もいる。

昨年7月15日付報告(「それは“移民禍”なのか」)で述べたように、タイ政府は、過去15年以上にわたり、隣国ミャンマー、カンボジアおよびラオス3国からの増加する移民労働者を、時々の閣議決定によって、外国人登録させ労働許可を与えることにより管理しようとしてきた。それはすでにタイ領内に滞在、就労している移民労働者を把握、管理するための、いわば現状肯定、後手の管理政策である。隣国3国からの移民労働者にかんする直近の制度を簡約すると、以下のようになる。まず、移民労働者を雇用する雇用者が労働省の地方局で移民労働者雇用の割当を受ける。次に、移民労働者は雇用者に伴われて内務省の地方局で外国人登録をし、指定病院で健康診断を受診後、顔写真のついた外国人移民身分証を受け取る。さらに、それをもって労働省の地方局へ労働許可を申請する。1年間の労働許可申請にかかる費用は、既述の受診および医療保険料と合わせ3,800バーツ(その額は移民労働者のおよそ1カ月分の賃金に相当)である。労働許可申請をすると受領証が渡され、申請書は地方局からバンコクの本省へ送られ記録され、さらに内務省に送られ、内務省が顔写真、氏名、住所、雇用者名、雇用者の住所を記載した身分証明証兼労働許可証を発行する。発行された当該証は労働省本省から地方局に送られ、地方局は雇用者に通知し、雇用者が当該地方局に出向いてようやく労働許可証は雇用者の手に渡る。その先、労働者自身に渡されるかは雇用者次第である。この身分証明証兼労働許可証をもって、正規移民労働者となるのである。しかし、手続の煩雑さやコストや実態との乖離のためにその実効性は失われ、2004年に登録した1,284,924人をピークとし、2007年には781,025人が正規移民労働者としてカウントされているにすぎなかった。この正規化の手続きは、すでにタイ領内に不法に入国し滞在し就労している労働者を管理するための手続であり、移民労働者は、自国政府発行のパスポートやタイ政府発行のビザは有しておらず、タイの1979年入国管理法上は不法入国・不法滞在のままという、いわば「反合法的」移民労働者なのである。

タイ労働省は、積年の懸案である不法移民労働者問題に対処するため、規則を抜本的に改正し、 2008年2月に改正施行された外国人雇用法(The Working of Alien Act B.E.2551)にもとづき、ミャンマー、カンボジアおよびラオスからの移民労働者は、各国の労働省同士を窓口として斡旋、雇用される者だけがタイ国内に入国し滞在し就労することができるとする政策を打ち出した。つまり、送り出し国にも自国民である移民労働者の管理義務を負わせるものである。この制度下の移民労働者は、自国政府発行のパスポートをもちタイ政府からビザの発給を受け、タイの入管法上も外国人雇用法上も合法に入国、滞在、就労する。この制度を開始するにあたり、すでにタイに不法入国、不法滞在、不法就労している移民労働者をどう管理するか。そこで考案されたのが国籍証明による合法化である。タイ政府は、3国政府との取り決めにもとづき、タイにすでに滞在し就労している移民労働者に対して、出身国に国籍を証明してもらい、出身国政府からパスポートないし身分証(いずれもタイ国との間で通用する)を発行してもらい、タイ政府からビザを受けるよう求めた。つまり、タイ政府としては、現在タイ領内にすでに滞在し就労している「半合法的」移民労働者を完全に合法化(外国人雇用法および入国管理法上も)したうえで、さらに今後新規に越境してくる移民労働者は、すべて政府間チャネルを通してのみ受け入れるという計画なのである。タイ政府は、この国籍証明による合法化手続きの期限を2010年2月28日と定めた。つまりその日をもって現行の「半合法的」労働許可制度は終了する算段であった。

国籍証明による合法化手続きは、繰り返すが、移民労働者に、自国政府によって国籍を証明してもらい発行されるパスポートないし身分証をもって、タイ国政府からビザをとらせ、タイの1979年入国管理法上、合法に入国し、労働許可を得て合法に滞在・就労させるというものだ。国籍証明を受けられる者は、現行の有効な労働許可証をすでにもつ者に限られる。2009年7月、タイ労働省は、不法移民労働者に最後の登録・労働許可申請のチャンスを与えるとして、すでに労働許可を持つ者の更新だけでなく、産業界からの強い要請もあり、新規の登録者を受け付けた。つまり、2010年2月28日までに、すべての移民労働者に国籍証明による合法化手続きをさせるために、その前提となる、登録・労働許可取得を促したのだ。この受付の結果、手続きを締め切った 2009年11月26日時点で、労働許可申請者は3国合わせて、1,310,690人(うち以前からの労働許可更新者は382,541人、新規に登録申請した者は928,149人)だった。そのうちミャンマー人が、1,076,110人(82%)、カンボジア人124,174人(9.5%)、ラオス人110,406(8.5%)人である。彼らに与えられた労働許可はすべて2010年2月28日で失効する。その日までに国籍証明による合法化手続きに進むことを要求されているからだ。今回新規登録をしたが、労働許可申請までできなかった者が、131,429人(新規登録者数から労働許可申請した者を引いた数)いる。この先、国籍証明手続きに進むには、既述の通り有効な労働許可を所持していることが必要であり、今回登録どまりになってしまったこの約13万人に今後正規化、合法化の道はない。

それでは、肝心の国籍証明の進捗状況はどうであろうか。国籍証明による合法化の手続きは、カンボジアおよびラオス出身者についてはすでに2006年から開始されている。両国はタイ領内に係官を派遣し、自国出身者が国境を越えて帰国しなくとも、自国政府発行の文書(パスポートないし身分証明証)を受け取ることができるようにした。報告者がこの1月下旬、タイ労働省雇用局を訪ねると、雇用局内にカンボジア政府係官がデスクをもっており、身分証明証の発給を受けるカンボジア移民労働者が列をなしていた。またオフィスの入り口の踊り場は、手続きにやってきたカンボジア人移民労働者そして書類記入を手伝うブローカーであふれていた。国籍が証明され自国政府発行の身分証をもち、タイ政府の入国ビザおよび労働許可を受けた者は、2006年からの累計で2009年11月26日時点でカンボジア人62,020人、ラオス人58,430人である。なおラオス人については、ラオス政府の財政上の問題からか、昨年からラオス政府係官がバンコクに派遣されてきておらず、身分証発行の手続きは止まっている。2009年11月26日現在、カンボジア人にかんしては、労働許可保持者約124千人に対して国籍証明による合法移民労働者62千人、ラオス人については110千人に対して58千人であり、タイ労働省は国籍証明による合法化手続きは、カンボジア人およびラオス人にかんしては順調に進んでいると認識している。

ところが移民労働者数最大であるミャンマー人については、国籍証明を得て合法化の手続きをした者は2009年11月26日現在で4,706人にすぎない。労働許可保持者約108万人にたいしてこの僅少の数字は、ミャンマー人にかんして国籍証明による合法化手続きが遅々として進まない現実を如実にあらわしている。本手続きの執行にかんするタイ政府とミャンマー政府との交渉は数年間におよび、2008年8月にようやく、ミャンマー政府による暫定パスポートの発行は、ミャンマー領であるミャワディ、タチレクおよびコータンの3か所で行われ、それに対応するタイ領であるメーソット、チェンセンおよびラノーンでタイ政府がビザを発給すること、暫定パスポートの発行数は各所で1日200人とすることが合意され、2009年7月中旬にようやくそれが開始されるに至った。

ミャンマー人移民労働者について、国籍証明による合法化の手続きが進まない理由はいくつもある。タイで働くミャンマー人にとって最大の難点は、ミャンマー人が自国領内まで戻らなければならないことである。たとえばタイの県別で最大のミャンマー人移民労働者を擁するバンコク (2009年3月時点で登録者267,389人)や同2位のサムットサコーン県(同158,620人)で働く者にとって上記の3か所への往復は、時間とコストがかかる。のみならず移動の途中において警察からの嫌がらせや逮捕の可能性もありうる。また数百人単位で移民労働者を抱える雇用者にとって、多くの労働者が数日間にわたり職場を離れることは好ましくなく、また一度職場を離れた者が戻ってこない可能性もあり、手続きに協力しない雇用者も多い。第二の理由としては、ミャンマー政府からどのような措置がとられるか不透明であるという点である。自らの身元が判明することにより、タイで就労しているということで本人や出身地に残る家族に対して裁量的な課税が課されたり、不法出国ということで逮捕されたり、担当係官から金銭を要求されたり嫌がらせを受けたりするのではないかという噂が後を絶たない。現に担当係官から規定外の金銭を要求されたケースも報告されているという。時間、コストそして手続きの複雑、不透明さから、いわゆるブローカーの暗躍する余地が大きい。ミャンマー政府発行の3年有効の暫定パスポートは3,000チャット(約100バーツ)、タイ政府発行の2年有効のビザは500バーツ、たとえばバンコクからメーソットまでのバス代は往復約800バーツであるが、ブローカーが要求する額は8,000バーツとも2万バーツとも言われている。タイ政府は、これらブローカーを規制する法律はないとして、野放しにしている。さらに、ミャンマー政府と対立する少数民族は、そもそもミャンマー政府から国籍証明など受けたくないとの思いがある。

繰り返すが、現行の労働許可は来月2月28日をもってすべて失効する。既述した2009年11月26日時点に労働許可をもつ約131万人の移民労働者は、その日までに国籍証明による合法化手続きをしなければ、完全に非合法となる。つまり、不法滞在、不法就労で逮捕され国外退去となる。しかし、なかんずくミャンマー人移民労働者の現状をみれば、来月2月28日までの国籍証明による合法化手続き完了はあまりに非現実的である。憂慮される事態を前に、移民労働者を支援するANM(Action Network for Migrants)、TLSC(Thai Labour Solidarity Committee)やBLA(Burma Labour Alliance)などのNGOらは連名でタイ政府に対し声明を発表し、国籍証明による合法化手続をより現実に即した形にすること、特にミャンマー人がタイ国内で国籍証明手続きを受けられるようにすること、移民労働者に正確な情報を提供し、国籍証明手続きにかんする費用を過度に請求しようとする雇用者やブローカーから移民労働者を保護する措置をとること、国籍証明を自国政府に受理されなかった移民労働者に対して将来的に適切な法的地位を与える政策を準備すること、国籍証明手続きが終わるまで移民労働者の登録手続きを延長すること、移民労働者に平等に保護を与えるよう法を執行することなどを要求した。

2010年1月19日、ミャンマー人移民労働者の国籍証明による合法化手続きがあまりに遅々と して進まない現実を反映してか、大方の予想通り、2010年2月28日の期限は2年後の2012年2月28日まで延長されることが閣議決定された。今後ミャンマー人移民労働者についてミャワディ、タチレク、ラノーンの3か所で合意通り各200人/日の手続きが続けられるとして、月(実働22日として)に13,200人、2009年11月26日時点で労働許可を持っている約108万人がすべて国籍証明による合法化手続きを終えるには7年近くかかる計算になる。そうなると2年後の延長期限もまったく現実的ではない。タイ政府としては、2010年中に行われるだろうと予想されているミャンマーの選挙後に、ミャンマー政府の対応にも何か変化があるのではと期待しているふしもある。

昨年末から年始にかけて、報告者はサムットサコーン県マハチャイのミャンマー人移民労働者コミュニティを訪ねる機会をえた。マハチャイは、バンコクから南西に約30キロ、シャム湾まで 2キロというターチン河口に位置する漁業および水産加工工場の集積地である。その漁業および水産加工業の労働者の多くはミャンマー人であり、公式には約15万人、非公式には約その2倍以上の人数がいるといわれている。年末年始のため工場が一斉に止まり、希少な連休にようやく手足をのばして、ハレの空気に包まれたミャンマー人移民労働者たちに接することができた。水産加工工場で働く彼/彼女らの話を聞くと、この年末年始の連休が如何に貴重なものか伝わってきた。長時間労働、低賃金(法定最低賃金以下)、劣悪な労働環境(衛生、タイ人との関係など)にもまして、彼らを苦境に陥れるのは労働許可証の問題だ。労働許可証を所持していないために、警察から逮捕されたり罰金を科されたりする例があとを絶たない。たとえ労働許可をもっていても、その原本は雇用主が管理し労働者はコピーだけもっている場合もある。警察はコピーでは容赦しない。また労働許可は雇用先が位置する区域での滞在しか認めないので、たとえ同じ県内であっても異なる郡へは移動できない。その境界道路に待ち伏せする警察官にも遭遇した。労働許可の手続きは雇用主がいなければできない。工場によっては、それぞれのセクションのマネージャーの裁量で労働許可手続きの費用が決められ、賃金から引かれている(本来ならば3,800バーツで済むものを5,000バーツとられているなど)。なかには労働者に労働許可をとらせず、工場の寮内に住まわせ、その敷地内は警察が立ち入らないように工場主と地元警察が結託している例も聞いた。労働許可証を持たない労働者は寮から出歩くことも儘ならない。現行の労働許可制度がすでに歪曲、悪用、濫用されている様が容易に見てとれる。

日当203バーツ(サムットサコーン県の法定最低賃金)で朝8時から夕方5時の勤務、残業代は1時間あたり38バーツ、日本向けのエビフライの加工工場で働いている、タイに来て5年になるという23歳の男性に聞いた。「労働許可証もってる?」――ポケットの財布からピンクの労働許可証(原本)を引っ張り出し、誇らしげに見せてくれた。この夏に新しく手に入れたばかりの許可証だ。しかしその有効期限は2010年2月28日と刻印されている。束の間の希少な休暇に息をつき楽しもうと瞳を輝かせている若者に、来月末の期限切れを指摘し、その先について問い詰めることはできなかった。地元のブローカーのひとりに聞けば、マハチャイのミャンマー人移民労働者は国籍証明によるパスポート取得手続きに懐疑的であるという。様子見をしている者、なかにはこの不透明な状況に不安を覚え、ミャンマーに戻ってしまった者もいるという。

先週の閣議決定で、国籍証明による合法化手続きの期限は、2年後の2012年2月28日に延期された。移民労働者たちは来月失効する労働許可をまた費用と時間をかけて更新しなければならない。そして国籍証明手続きに進むことを求められる。制度の運用が不透明なまま、ミャンマー人移民労働者たちの苦渋の日々が続く。