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海外研究員レポート

バース大学における社会科学の研究手法の講義について:定性的手法を中心に

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049962

2009年11月

バース大学人文学部社会政策学科で国際開発を専攻するMResコース1に在籍する学生は、前期には5つの必修講義をとらなければならないが、そのうちの3つは手法(Methodology)とその背後の思想に関するものである。筆者もこれらの3つの講義に聴講という形で出席している。

これらの講義は、国際開発専攻の学生だけではなく、人文学部や経営学部の学生を広く対象としたものであり、開発学、経済学、教育学や心理学、ヨーロッパ学などを専門とする講師によって講義が行われている。これらの講義名は、以下の3つである。

  1. Quantitative Methods 1(定量的手法1)
  2. Qualitative Methods 1(定性的手法2)
  3. Principles and Skills of Social Research(社会調査の原則と技術)

このうち、Quantitative Methods 1については、毎週1時間の講義と2時間のコンピュータを使ってのSPSSの実習が行われる。講義は経済学部所属の講師によるもので、いかに客観的で再現性の高いデータを集めることができるのか、そのためにどのような質問票を作ってどのようなサンプリングを行うべきかといった実用面に力点が置かれている。

2番目と3番目の講義は、定性的調査とその手法について重点を置いた講義が行われているが技術習得の性格の強い定量的手法の講義とは異なり、定量的調査に対して定性的調査がどのような優位性を持っているのかといった、定性的調査の存在意義について繰り返し強調されるのが大きな特徴である。

Qualitative Methods 1では、週替わりでさまざまな定性的手法について、それを専門とする講師が2時間講義を行い、続く1時間をセミナー形式での具体的な事例を基にした質疑応答という形をとっている。ただし、具体的に調査手法を伝授するというよりも、いかに挙げるさまざまな手法が、どのような思想背景から生まれたのかに重点をおいて講義が進められる。この講義で取り上げられた手法は、以下の通りである2

  1. Participatory Action Research
  2. Discourse Analysis
  3. Grounded Theory
  4. Ethnography
  5. Life History Analysis
  6. Multi-media Methods

Principles and Skills of Social Researchでは、定量的分析と定性的分析のもつ思想的な背景の違いについての講義が中心であり、コースの目的として、

  • 社会科学調査において、認識論的・方法論的伝統を理解する。
  • リサーチデザインについての基本的な原則を学ぶ
  • 社会調査を行うにあたって、どのような倫理的政治的問題があるのかを理解する。

といったことが挙げられている。また、定量的分析だけでなく、定性的分析のなかであっても、実証主義(positivism)、ポスト実証主義(post-positivism)、ポスト構造主義(post-strucuturalism)、批判的実在論(critical realism)など、基盤となる思想が混在しているために、それらに留意することの重要性が強調されていた。この背景には、定量的分析が主流であるアメリカの社会科学に対して、定性的分析、特に経験主義(empiricism)を重んじる傾向の強かったイギリスの社会科学の特徴であるともいえるが、それだけではなく、定性的分析(と定量的分析)自体の歴史的な栄枯盛衰が関係しているともいえる。現在のポスト構造主義、ポストモダニズムの議論において、定性的分析はその位置づけについて再考を迫られているのである。特に、代表性(調査者は調査対象者を代表できるのか)やレジティマシー(調査の正当性、一般化の可能性、信頼性)については、その克服のためにどのような手法があるのか試行錯誤している状況にあるといえる(Denzin and Lincoln, 2005)。

参考文献

Denzin, N.K. and Lincoln, Y.S.(2005)'Introduction: The Discipline and Practice of Qualitative Research', in Denzin, N. K. and Lincoln, Y. S. (eds) The SAGE Handbook of Qualitative Research, pp. 1-31. 3rd ed. Thousand Oaks, Calif. ; London, SAGE.


脚注

  1. The Master of Research。バース大学社会政策学部にはMSc(課程修士号)、 MRes(研究修士号)、MPhilの3種類の修士号のための課程がある。MScは、講義に比重を置かれた修士課程であり、MResは論文重視の修士課程である。後者は博士課程への進学を念頭においた修士課程であり、MResを取得することでEconomics and Social Research Council(ESRC)への奨学金申請の資格を得ることができる(ESRC ホームページhttp://www.esrcsocietytoday.ac.uk/ESRCInfoCentre/opportunities/postgraduate/)。筆者が在籍しているMPhilの課程はPhDへの前段階という位置づけであり、入学から1~2年後にある審査に合格すればMphilからPhD Candidateへと移行することとなる。
  2. 手法だけではなく、NVIVOという定性的な調査の記録のためのソフトウェアの紹介もがあった。それ自体が分析を行えるというものではないが、調査におけるビデオや会話についてコメントを記録し、集計などができるという点では、情報の整理や分析のための有効なツールとなる可能性がある。