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海外研究員レポート

紙飛行機に夢をのせて――タイにおける無国籍の子どもたち――

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049963

2009年10月

「一度は出場が危ぶまれたタイ代表の無国籍の少年が、日本で開催された折り紙ヒコーキ大会団体戦で優勝、個人戦で銅メダルを獲得。凱旋した彼をスワンナプーム国際空港でガランヤー科学技術大臣が出迎え、大学までの奨学金付与を約束」という、シンデレラ物語のようなニュースが先月タイを駆け巡った。とりあえずハッピーエンドで終わったこの少年の事例から、タイが抱える大きな時限爆弾といえる、無国籍の子どもたちの問題を本報告では取り上げたい。

事の起こりは、日本折り紙ヒコーキ協会とタイ科学技術省国立金属センターの協力で開催されたタイでの折り紙ヒコーキ全国大会で優勝したのが、チェンマイに住むミャンマー人移民労働者の子どもであったことに始まる。この大会の優勝者は9月19、20日に千葉・幕張メッセで行われる大会にタイ代表として出場することになっていた。日本へ渡航するためには、旅券が必要である。タイ国籍を有していれば、タイ政府から当然発行されるべき旅券であるが、優勝者の12歳の少年は国籍を有していなかった。両親はシャン族で、ミャンマーにおける政治経済的困難からタイに逃れ、チェンマイで建設労働者として働いている。少年はチェンマイ生まれでチェンマイの公立小学校に通うが、タイ国籍は有しない。タイ国籍法(1992年法2008年改正)は、その第7条において、「外国籍の父母をもってタイ王国内で出生したもので、その出生時に、父あるいは母が次に該当する場合にはタイ王国の国籍を取得できない」とし、そのひとつに「入国管理法による入国許可を受けないでタイ王国に入国した者」とある。少年の両親は、現在内務省および労働省が管轄する外国人労働者登録をおこない労働許可を有しているが、これは、入国管理法上の不法入国を免れるものではない。したがって、ミャンマーから不法入国した移民労働者を両親にもつ少年は、本条によりタイ国籍を取得できない。またミャンマーの1982年市民権法では、ミャンマー国外で生まれた子供の親もしくは保護者は出生から1年以内に登録しなければならないとあるが、ミャンマーから逃れてきた両親は、我が子の出生登録のために自国に帰ることなどできなかったであろう。すなわち少年はいかなる国籍をも有しない無国籍者である。

日本への渡航し紙飛行機大会に出場するという少年の夢は、チェンマイおよびタイ全国から多くの支持者を集め、少年は、通学する小学校校長ともにチェンマイからバンコクまでやってきて内務省地方行政局長に陳情に来た。しかし内務省は、無国籍の者にタイ国からの出国を許可することは国家安全保障に関わるとして、拒否。チャワラート内務大臣は、「彼にタイ国籍を付与することはできないし、一度出国すれば戻っては来られない、彼が日本に行きたいのなら、ミャンマー代表として行けばいい。」と発言した。これを受けて、少年を支援するタイ弁護士会は、少年に渡航許可を与えないことにより少年の人権と自由を侵害したとして同大臣を行政裁判所に訴えた。日本での大会のエントリーの締め切りが迫り、彼が渡航できなければ次点のタイ人の子どもが出場することになっていた。その直後、事態は急転する。翌日にはアピシット首相の介入により、国家安全評議会(National Security Council)が動き、特例措置として内務省は渡航許可書を発行し、外務省は1年間有効のパスポートを発行することになった。(タイの1978年入国管理法第17条で、内務大臣は特別の場合において外国人に入国許可し、同法上の規定適用を免除できると規定しており、おそらく法的にはこの規定を適用したと考えられる。)紙飛行機を手に微笑むアピシット首相と彼に両手を合わせて感謝する無国籍の少年の写真が大きく紙面に載った。翌週には在タイ日本大使館領事部で日本滞在90日間の査証が下り、少年は9月19、20日に日本で行われた大会に出場し、好成績を修めてタイへ凱旋帰国した。

困窮した子どもがメディアによって大々的に取り上げられ、有力者の介入があり、とりあえずのハッピーエンドを迎える特例は、タイにおけるひとつの社会現象である。(母をなくし、日本人の父親を探して再会したピチット県のタイ人少年しかり。)しかし、タイ代表として日本へ渡航しメダルを持って帰ることができた彼の背後には、タイ内務省の見積もりだけでも約50万人の無国籍の子どもたちがいると言われている。そしてその数は年々増え続けている。成人と合わせれば、タイ国内に約350万人の無国籍者がいると言われ、それはタイ人口の約5%に相当する。タイにおける無国籍の問題については、タイ領土に何代にわたり住みながらも行政手続の不備などでタイ国籍を有していない山岳部の少数民族、戦火を逃れてきた難民の問題も大きいが、近隣諸国とくにミャンマーからの移民労働者を親としてタイで生まれた子どもたちの人口は大きい。当該少年はそのひとりだ。主権国家によって構成されている現在社会において、人はいずれかの国の所属員たる資格、すなわち国籍を有していることによって、国籍国の保護を受ける権利を有する。無国籍者である子どもたちには、彼らの人権を保護する義務を負う国がないのである。そして現在の国際法下では、いずれの国がいかなる状況において国籍付与という義務を負うかについては合意されていない。国籍は各国の国内法の問題とされているからである。タイ政府がその国籍法によりいかなる者にタイ国籍を付与するかは、タイ国の排他的主権である。タイに生きながらもタイ国籍がなければ、高等教育や社会福祉を受けられず、一定の職業に就くことはできず、タイを出国することさえできない。翻ればその法的地位がないゆえに、虐待、搾取、犯罪の危険に晒されているといえる。

タイで生まれた移民の多くの子どもが無国籍であることを認識しているタイ政府が憂慮するのは、無国籍の子どもたちが国家の安全を脅かす不穏分子になる可能性だ。2005年8月にタイ政府は「すべての子どもに教育を」という政策により、タイ国内にいるすべての子どもたちにその法的地位にかかわらず、タイの公立小学校で教育を受けられるとしている。しかし実際には移民労働者の親は、子どもに教育の機会があることを知らない、知っていても経済的に賄えないという経済的理由や、自らの不法入国・不法就労が明らかになることへの恐れ、タイ人からの差別や偏見への恐れなどの社会的理由から、また交通手段がない、遠距離的であるという物理的理由から、子どもを学校に行かせられない場合が多い。また移民労働者の子どもを引き受けるかどうかは個別の地元の小学校の判断によるという。学校に通い始められたとしても、言語上のハンディから年齢より下の学年に入れられ、周囲と摩擦を起こしたり、無償教育といっても制服や教科書の代金を払えずにやめていく子どもたちも多い。教育省によればタイ全土に約260,000人の無国籍の就学年齢の子どもがいるが、そのうちタイの公立や私立学校に通うのは約60,000人にしかすぎないという。残りは、いわゆる学習センターの類に通うか、もしくはまったく学習の機会を得ていない。

タイの各地にある、特にミャンマーと国境を接する県に多い、様々な国内外のNGOや個人によって運営されている子どもたちのための教育施設は、学習センター(learning centre)と呼ばれている。これらの学習センターは、地方行政当局に登録し政府の監督下にあるものもあるが、その運営や教育内容さらには存在さえも当局によってまったく把握されていないものもある。タイ教育省が懸念するのは、その教育内容やレベルや質がまちまちであること、さらにこれらの学習センターを野放しにすることは、国家の安全そして子どもたち自身に深刻な悪影響をもたらしかねないということである。教育省は近く学習センターを管理する規制法案を内閣に提出する方針であるとしている。学習センターを政府の管理下におくことによって、無国籍の子どもたちに「誤った教育」を受けないようにするためであるという。予定されている規制によれば、無国籍の子どもたちに教育を提供しようとする団体は、県知事を委員長とする教育委員会に認可申請をし、教育内容の計画を提出しなければならない。認可されたセンターは、政府から支援を受けることができ、そのレベルが私立校のレベルにまで達すれば、現在タイ政府が行っている無償教育政策の対象になれるという。許可申請をしないセンターは非合法として閉鎖命令を受けるという。重要な認可条件は、学習センターが、タイ語、タイの文化と伝統、そして基本的なタイ法を教えることである。子どもたちは、タイ国における一体性を重んじること、タイ国家および国王に対する感謝を示すことを教えられる。しかし、たとえそこで学力およびタイ国への忠誠心を養ったところで、現行の制度では、学習センターはあくまで学習センターにすぎず、タイの学校を修了したという証明書は発行されないので、さらなる進学の道はない。

紙飛行機で一躍有名になった少年は、チェンマイで生まれ、地元の公立小学校4年生に在籍し、タイ人のようにタイ語を話し、タイの公立小学校の制服と刈り上げた髪型から、見た目はタイ人の子どもとまったく変わらない。「国籍はないけど、気持ちはタイ人です。」と語り、タイ代表として参加した紙飛行機大会では、初日には国王への敬意を示す黄色いシャツ、2日目にはタイ国への忠誠を示す青、白、赤のタイ国旗柄のシャツを着た。獲得したメダルはタイ国王へ捧げると語り、日本からの帰国後は真っ先にシリラート病院に入院中の国王へのお見舞いの記帳に訪れている。当初、渡航許可を拒否した内務大臣の危惧する、国家の安全を脅かす不穏分子になりかねない移民労働者の子どもは、模範的タイ人の子ども以上に模範的タイ人の子どもであるべく教育されていた。紙飛行機を飛ばす技術だけでは、彼はこれだけタイ政府およびタイ国民に歓迎されなかっただろう。少年に会見したアピシット首相は、「彼のようにタイで生まれタイの学校に通う子どもたちはたくさんいる。彼らはタイ社会の一部なのだから、彼らは配慮されなければならない。」と発言した。有力な支援者であるテゥーンジャイ元チェンライ上院議員は、「彼のケースは教育が良い結果をもたらす好例だ。彼の好例をみて、外国人労働者たちは子どもたちを学校にやるべきだ。」と発言した。

しかし、その親である外国人労働者たち自身のタイにおける地位が危うい。タイは、近隣諸国からの安価な労働力を必要とする産業界の要請から、入国管理法上は不法入国・不法滞在でありながらも、タイ内務省および労働省が管理する外国人登録および労働許可という複雑な制度の下で、近隣3カ国からの非熟練労働者を受け入れている。その数は現在登録者で200万人、未登録者で200万人ともいわれる。1996年に開始されたこの登録制度は今年を最終とし、現在この制度の下で発行されている労働許可は来る2010年2月28日に一斉に失効することになっている。その時点で、自国政府発行(ミャンマー人ならミャンマー政府発行)のパスポートを有していなければ、外国人労働者は逮捕、送還される予定になっている。内務省地方行政局長は少年の渡航許可が出た時点において「少年の法的地位は依然ミャンマー人移民労働者の子どもであり、来年2月28日にミャンマーに送還される者のリストのひとりだ。」と発言している。

日本から帰国した際スワンナプーム空港でガランヤー科学技術大臣が約束してくれた同省国家科学技術発展庁の奨学金は、その規定によれば、「タイ人の青少年」を対象とするものであることが発覚した。少年の前に立ち塞がるハードルはこの先数えきれない。タイ政府は、無国籍の子どもたちをタイ社会に適応するよう教育しながら、その未来を拓いてやることができるのか、それとも不穏分子予備軍として黙殺したままにするのか。少年の夢をのせた紙飛行機は漂流し続けている。

以上