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海外研究員レポート

米国連邦最高裁の新たな裁判官の指名と上院審議

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049966

2009年7月

2009年5月26日、オバマ大統領は、退任したデビッド・スーター(David Souter)連邦最高裁裁判官に代わる新たな裁判官に、連邦巡回控訴裁判所(第二巡回区)裁判官のソニア・ソトマイヤー氏(Ms. Sonia Sotomayor)を指名した。ソトマイヤー氏の両親はプエルトリコ出身1。ソトマイヤー氏が任命されると、初めてのヒスパニック系の最高裁裁判官となる。また、史上3人目の女性最高裁裁判官でもある2。また、民主党政権による最高裁裁判官の指名は、クリントン政権以来、15年ぶりであり3、ソトマイヤー判事が加わることで最高裁の判断が変わるのではないか、という期待も高い4。連邦裁判所裁判官の任命には、上院の承認が必要であるが、ソトマイヤー氏の承認はほぼ確実視されている。上院(100議席)において、民主党が大きく議席を伸ばし、承認に必要な60票に迫る59票をすでに確保しているからである(Lacayo 2009)5

しかしながら、正式な承認までは長い道のりが待っている。連邦裁判所、とくに連邦最高裁の裁判官の選任は、上院の「助言と同意」(Advice and Consent.)を要する6。大統領による指名が行われると、裁判官任命の案件はまず上院司法委員会(Committee on the Judiciary)に付託され、その議決を経て、上院の本会議において採決が行われる。指名を受けた者については、全米法律家協会連邦司法常設委員会(American Bar Association, Standing Committee on the Federal Judiciary)による格付けが行われ、候補者はWell Qualified (WQ),Qualified (Q),Not Qualified (NQ)の三段階で評価される7。ソトマイヤー氏については、6月1日付でWQの評価が与えられた8。司法委員会の公聴会にあたって、候補者に事前に質問票(questionnaire)への回答が求められ、さらに追加の質問が行われる9。承認手続においては、候補者の経歴、過去の発言、活動、過去の裁判が根掘り葉掘り吟味される。

候補者が、裁判官としてふさわしい人物であるかどうか、法律家としての有能であるかどうか、といった点が審査されることは言うまでもない。しかしながら、審査はそうした側面にとどまらない。大統領は、将来の法制度のあり方をにらんで、自分の所属政党、支持勢力にとって望ましい立場をとるであろう者を裁判官に任命しようとし、他方の政党は、さまざまなテクニックを駆使してそれを阻止しようとする10。保守とリベラルとのさまざまな対立軸・争点――たとえば中絶(abortion)問題――が承認手続にも持ち込まれ、たとえ候補者が法律家としてWQの格付けを与えられていたとしても、候補者の政治意識やイデオロギーを問おうとする動きが強まっている。

近年の裁判官承認手続において、もっと深刻な問題は、採決にまで至らないことである。長い演説や動議の提出によって議事進行を長引かせるfilibusterによって、裁判官承認手続を引き延ばし、採決にまで至らないことがしばしば生じてきたことである。このような動きは、1980年代末からより顕著となり11、とりわけ、共和党政権が長く続き、最高裁における保守派の台頭にリベラルが危機感を募らせるなか、共和党ジョージ・W・ブッシュ大統領による指名に対しては民主党が、filibusterを強める戦略をとった。多くの裁判官ポストに空白が続く状態といった弊害も生じ、さまざまな改革論議を喚起してきたのである(Cornyn 2003; Resnik 2005)12

ソトマイヤー氏は、1991年に共和党ジョージ・H・W・ブッシュ大統領により連邦地方裁判所裁判官に指名された。1997年には民主党クリントン大統領により巡回控訴裁判所の裁判官に指名されたときも、共和党上院議員がfilibusterによる引き延ばしを行ったが、1998年に承認された。今後のソトマイヤー氏の最高裁裁判官への承認手続において、共和党上院議員が強い議事妨害戦術をとるかどうか、まだ明らかではない。初のヒスパニック系の最高裁判事の誕生を妨げることで、ヒスパニック系の不評を買うことは回避したいという事情もある(Lacayo 2009)。今後の上院における承認手続がどのように進むのか。最初のヒスパニック系最高裁裁判官が、司法をどのように変えていくのか、注目したい。

参考文献

Cornyn, John (2003), "Our Broken Judicial Confirmation Process and the Need for Filibuster Reform," Harvard Journal of Law and Public Policies, 27: 181-230.

Czarnezki, Jason J., William K. Ford, and Lori A. Ringhand(2007), "An Empirical Analysis of the Confirmation Hearings of the Justices of the Rehnquist Natural Court," Constitutional Commentary, 24: 127-198.

Denning, Brannon P. (2001), "The 'Blue Slip' : Enforcing the Norms of the Judicial Confirmation Process," William & Mary Bill of Rights Journal, 10(1): 75-101.

Lacayo, Richard (2009), "A Justice Like No Other," Times, June 8: 24-29.

Resnik, Judith (2005), "Judicial Selection and Democratic Theory: Demand, Supply, and Life Tenure," Cardozo Law Review, 26(2): 579-658.

Walpin, Gerald(2003), "Take Obstructionism Out of the Judicial Nominations Confirmation Process," Texas Review Law and Policy, 8(1): 89-112.


脚注

  1. ソトマイヤー氏は、1954年にニューヨークの貧しいブロンクスに生まれた。幼いときから糖尿病を患い、9歳のときに父を亡くし、その後は看護士の母の手で育てられた、という生い立ちも人々の支持を得る材料となっている。
  2. 女性の連邦最高裁判事は、Sandra Day O'Connor(1981-2006)とRuth Bader Ginsburg(1993-)の2人。
  3. ソーター判事が退任した時点の9人の連邦最高裁裁判官のなかで、民主党政権によって指名されたのはクリントン政権下で任命されたR. Ginsburgと Justice Stephen G. Breyer (1994-)の2人である。
  4. その一方で、ソトマイヤー氏の任命によって状況は大きく変われないという、という見方もある。その理由の一つは、退任したスーター判事は、共和党政権によって指名されたが、おおむねリベラルな立場をとっていたのであり、ソトマイヤー判事の任命によって最高裁における保守とリベラルとの比率は変わらない、と見られているからである(Lacayo 2009: 26)。そもそも裁判官が任命した大統領の思惑通りに常に働くとは限らない。むしろ、Earl Warren (1953-69)などリベラルな判決で名高い裁判官のなかには共和党政権により任命された者もある(Walpin 2003: 108)。
  5. 上院の構成は、共和党40議席、民主党57議席、さらに、民主党会派(caucus)に属する独立議員(Independent)1人、民主党系独立議員(independent democrat)1人。The Senate, “Party Division in the Senate, 1789-Present,” at <http://www.senate.gov/pagelayout/history/one_item_and_teasers/partydiv.htm>
  6. 連邦制をとる米国では、各州ごとの司法制度が併存する一方で、連邦レベルの司法制度が存在している。連邦裁判所は、地方裁判所(Federal District Court)、控訴裁判所(13の巡回区circuit)、最高裁(U.S. Supreme Court)の三審制をとる。連邦最高裁は、長官(Chief Justice)と8人の判事(Associate Justice)で構成されている。連邦栽の判事の任期は、終身(life-tenured)とされ、高い身分保障が与えられている。対象となる裁判官職は現在875ある。
  7. Information from the website of the American Bar Association, Standing Committee on the Federal Judiciary, at <http://www.abanet.org/scfedjud> .
  8. Ratings of the Article III Judges Nominees 114th Congress, available at <http://www.abanet.org/scfedjud/ratings/ratings111.pdf
  9. http://judiciary.senate.gov/nominations/SupremeCourt/Sotomayor/upload/Questionnaire-2009.pdf>。Czarnezki et al. (2007)は、上院における候補者の質疑応答から、その者が裁判官となった後の行動を予測できないと結論する。上院議員の質問は自ら選挙区を意識して行われ、候補者はより多く開示することを回避しようとするからであると述べている。
  10. 裁判官候補者(居住が要件とされる)の出身州の上院議員に候補者を推薦するか否かの意見を求める慣行であるBlue Slip制度も、少数の上院議員が裁判官承認手続を遅延させる手段となっており、改革が提案されている。たとえば、Denning(2001)参照。
  11. 1987年にレーガン政権が指名したRichard Borkが上院で不承認とされたことがその例としてあげられる(Resnik 2005)。
  12. 連邦裁判所裁判官の任命は、当該裁判所限りであり、裁判官の昇進・異動はない。しかしながら、連邦控訴栽裁判官は、連邦最高裁裁判官の重要な供給源の一つとなっている。連邦栽に対する上告事件がスクリーニングされる結果、多くの事件は控訴裁判所が最終審となっているほか、最高裁裁判官の供給源となっている。Resnik (2005).