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海外研究員レポート

アンダマン海を南下するロヒンギャ――移民・難民・人身取引・無国籍

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049971

2009年3月

2009年1月中旬タイ国軍によるロヒンギャに対する虐待が発覚し、英字新聞や海外メディアに大きく取り上げられたことを機に、タイ政府はその事態の収拾に追われた。報道によれば、2008年12月数百人のロヒンギャがマレーシアへ就労目的で移住しようとアンダマン海を南下していたところタイ領海岸でタイ警備隊に拿捕され、ラノン県サイデーン島に拘引された。そこで数日間拘束された後12月18日約400人が銃口で脅され船に乗せられ沖に押し出された。彼らは渡された2日分の食料と水で海上を漂流し2週間後、アンダマン海諸島を目にして上陸しようと海に飛び込んだ。その生存者がこのタイ海軍による虐待事件を証言したのである。本稿ではロヒンギャ問題について報告したい。

ロヒンギャはミャンマーのバングラデシュとの国境に面した北アラカンに住むイスラム教徒で、その人口は約725,000人と言われる。その殆どが国籍をもたず、ミャンマー軍事政権は彼らに対し、移動を制限する、婚姻には行政許可を要する、土地を没収する、強制労働をさせる、恣意的に徴税する、医療や教育機会を与えないなどの差別および弾圧を重ねてきた。これらの抑圧から逃れるためにロヒンギャは国境越えを余儀なくされてきた。

その歴史を簡単に振り返ると、ビルマの西海岸地方を構成するアラカン地方には古くから仏教国のアラカン王国が栄えていたが、同地方に15世紀頃、ベンガル地方(現在のバングラデシュ)からイスラム教徒が流入してきたと言われる。またそれ以前からもアラカン王国には交易を目的にイスラム教徒のアラビア商人が沿岸の諸港に出入りしていた。ロヒンギャの歴史は7世紀初頭アラブ地域からのモスリム商人がアラカンに定住したことに遡れるという説もある。1950年代ビルマにおいてわずかな時期議会政治が存在していたウー・ヌー政権下ではロヒンギャは土着の民族として認知されており、政権で大臣を務めたロヒンギャもいた。その後ビルマ民族中心主義に基づくビルマ式社会主義を進めたネ・ウィン政権が、少数民族の政治的主張を軍事力で抑え込んでいくなか、1978年にはドラゴン作戦と呼ばれる大規模な攻撃により25万人のロヒンギャがバングラデシュ側に逃れた。1982年ビルマ市民権法(The Citizenship Act 1982)が施行されたことにより、ロヒンギャはその政治的および憲法上のアイデンティティを失った。当該法は、英植民地支配に対する独立戦争から顕在化する、多数派ビルマ族とその他の民族間における紛争を反映するものであり、他民族に対する抑圧や排斥を法的に正当化するものであった。当時ネ・ウィンビルマ社会主義計画党議長が中央委員会第7回会合でこう言明している。「我々は1948年1月4日に独立を取り戻した。そこで我が国にいる人々が真の国民、客人、国民と客人からの子孫、客人と客人からの子孫などで構成されているのを発見した。これらは独立後問題となった。現実として、我々は、異なる時期に異なる理由により異なる土地から客人としてやってきて究極的には帰ることができず残りの人生をここで過ごそうと決意した人々を追い出すつもりはない。彼らの困難を思い、彼らを市民として受け入れる。しかし人道的理由にもとづく寛容が我々を危険に晒すことはできない。我々は彼らにこの国で暮らし正当な手段で生計を立てる権利を与える。しかし我々は我が国の問題および我が国の方向にかかわる問題に関わらせてはならない。これは我々が彼らを憎んでいるからではない。もし我々が彼らに我が国の方向を決定できる立場にたつことを許したら、彼らは我々を裏切り我々は窮地に追い込まれるであろう。」1982年市民権法によってロヒンギャはビルマにおいて少数民族としてのステータスを承認されることを拒否され、彼らに対するさらなる過酷な差別が始まった。またもや軍が政権を掌握した1991年には25万人ないし30万人といわれるロヒンギャ難民がバングラデシュに逃れた。現ミャンマー政権はミャンマーに135のエスニック・グループがいることを認めているが、1823年以降にラカイン州に定住したとされるロヒンギャはこれらのグループには含まれない。国境越えをしてバングラデシュに逃れた者も、当該地においても難民として適切な保護は与えられず制限された地域において劣悪な生活を強いられている。

このような窮状から逃れて移動しようとするロヒンギャは、移民を密入国させたり人身を売買したりすることを生業とするブローカーたちによって、これまでサウジアラビア、パキスタンやアラブ首長国連邦に送られてきた。なかでもサウジアラビアがロヒンギャが最も望む行先であり、バングラデシュの業者がサウジアラビアへの渡航のためにバングラデシュ国籍の旅券やメッカ巡礼用の査証を取得させるなどしていた。ロヒンギャを支援するNGOのひとつであるアラカン・プロジェクトのクリス・レワによれば、ここ数年タイ経由でマレーシアをめざすロヒンギャを乗せた船が発見され、その数は2006年10月以降急増しているという(Chris Lewa, ‘Asia’s New Boat People’ Forced Migration Review, April 2008)。その記述によれば、2007年11月にはマレーシアへ向かった約240人のロヒンギャが乗った船がベンガル湾に沈み、その直後には150人のロヒンギャが乗った船がミャンマー海軍に火をつけられ沈んだという。2008年3月にはエンジンが壊れインド洋をさまよう船に乗った71人がスリランカ海軍に救助された。2006年10月から2008年3月中旬までおよそ8,000人のロヒンギャがバングラデシュ海岸からタイそしてマレーシアに出立したという。特に10月から2月頃という航海に適したモンスーンの吹く時季に多い。これらの移動現象の背景としてクリス・レワは、バングラデシュにおけるイスラム原理主義者を取り締まる治安強化のためバングラデシュ旅券の取得が難しくなったこと、サウジアラビアにおける査証発行および入国にかんする規制が強化されたこと、そのため現在のところマレーシアがロヒンギャにとって唯一行き先とできるイスラム国であることと分析している。そしてバングラデシュやミャンマーを旅券なしで出発する方法はアンダマン海を下る航海なのである。さらに2006年8月にマレーシアが居住および労働許可を付与するためロヒンギャの登録を開始したことが重なった。この手続はすぐに停止されたが、経済活況を呈するマレーシアで登録や仕事の機会があるという噂は北アラカンおよびバングラデシュにいるロヒンギャのなかで山火事のように広がったという(Chris Lewa, "Asia's New Boat People", Forced Migration Review, April 2008)。

北アラカンからバングラデシュ、バングラデシュからタイ、そしてタイからマレーシアへの移動には、ビルマ、バングラデシュ、タイそしてマレーシアの四カ国にまたがる密入国業者やブローカーの複雑なネットワークが各国の警察や軍や行政官との癒着を含み様々なレベルで関わっているという。タイ領海岸でタイ当局に発見された場合不法入国者としてつかまりタイとミャンマー国境のメーソット付近でミャンマー領に戻るよう追放されるが、そこで係官とブローカーの癒着でタイ領に留まったり、自力でタイ領に戻ってくる者が大半である。ミャンマーの西端のアラカンに住むロヒンギャが多数ミャンマーの東端のタイ国境の町メーソットで多く見られるのも一部そのためと考えられる。(報告者は昨年9月にメーソットでローティを売るロヒンギャから付近に500世帯くらいのコミュニティがあり学校もあると聞いた。)タイ国家安全委員会(National Security Council)によれば過去3年にタイにおけるロヒンギャの逮捕数は2006年および2007年で各々1,200人2008年には2,480人、合計で4,880人が国外追放を待っている状況にあるという。しかし、最近はタイの入国係官が彼らを南タイのブローカーに引き渡し、マレーシアへの密入国の費用が支払われるまで彼らを拘束しているとの情報もある。費用が払えなかった者は債務労働者としてゴムプランテーションや漁船に売られる。マレーシアにたどり着いたものは不法移民労働者として仕事を見つけることになろうが、多くは途中で行方不明になっているという。

アンダマン海を渡ってマレーシアなどをめざしたロヒンギャがラノン沖でタイ軍に捕まり、ミャンマーへ国境検問所から強制送還された例は過去にも多くある。しかし今回はタイ軍による虐待の実態が明るみに出て、国際社会の注目するところ、タイ政府の対応が問われた。タイ入国管理法により当該ロヒンギャは不法入国の罪で罰金が払えないため数日間収監された。UNHCRが支援を関係諸国に求めたが、ラノンの現地に赴いたミャンマー政府外交官はロヒンギャを自国民とは認めていないと明言し、バングラデシュ政府も自国民ではないと述べた。報告者は2月11日にビルマ人支援のNGO主催によるロヒンギャ問題にかんする公開ラウンドテーブル会議に出席し、ジャーナリスト、NGO関係者、タイ外務省、入管係官、弁護士、そしてタイ法上不法移民のロヒンギャらの発言を直接聞く機会を得た。印象的だったのは、それに出席したタイ政府高官(Deputy Secretary–General to the Prime Minister overseeing political affairs)が現政権の立場を弁明し、現政府の成立は本件発生後であり、現政権は本件に技術上責任はなく、現政府を責めるのはフェアでなく批判は不当であると述べたことである。同テーブルにおいて、タイに10年以上不法滞在しているというロヒンギャ男性がミャンマー政府による迫害の凄惨さを語り、タイ政府の負担にはなりたくないがミャンマーから逃げるしかないと涙ながらに訴えた時にその政府高官はすでに退席していた。

2月14日アピシット首相はタイ海軍によりロヒンギャが海上に戻されたことを認めたが、それは十分な食料と水があったと理解したうえでのことであったとし、タイ海軍の行為についての徹底した事実解明は現在のところ行われていない。現政権成立の背景に軍の影響力が大きいところから、アピシット首相はタイ軍の非人道的行為を追及する厳格な捜査はできないとの批判もある。逆にタイ政府はこの事件以降、不法入国者の流入を阻止するため沿岸警備を強化したり、特別捜査局(Department of Special Investigation)はロヒンギャの密入国に関与する犯罪者を発見するために、バンコク内の屋台のローティ売り(マレーシアへの入国までタイにおける一時的な仕事としてローティ売りに多くのロヒンギャが従事しているといわれる)に聴取しその結果不法入国者のロヒンギャが多数逮捕されたりした。

ロヒンギャ問題がメディアで大きく報道されている最中、2月下旬タイを議長国とする第14回ASEANサミットを目前にし、スリン・ピッスワンASEAN事務局長は「ロヒンギャ問題は東南アジア地域全体にとって非常に複雑な課題である。」と述べ、ロヒンギャ問題が同サミットでどう取り上げられるか注目された。しかし政府高官の口頭にのぼることはあったが、正式な議題にはあがらず、27日夜外相らの非公式晩餐において、4月14、15日にインドネシア・バリで開催されるバリ・プロセスの会議でインドおよびバングラデシュを含めて協議することで一致するにとどまり、具体的な解決法は何ら議論されなかった。

ロヒンギャの権利保護は現在の国際法下では解決は難しいと考えられる。第一に1951年の「難民の地位に関する条約」では、難民は、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義されている。現在、難民とは、政治的な迫害のほか、武力紛争や人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々を指す。ロヒンギャの出身国であるミャンマー、そして国境を越えた先のバングラデシュ、タイそしてマレーシアのいずれの国も難民条約には加入しておらず、これらの国においていかなる外国人をも難民という地位で保護する義務は各国政府にはない。バングラデシュにロヒンギャの難民キャンプが存在するがそれを支える法的枠組みは一切なく、適切な保護からは程遠い状態が放置されている。仮に第三国が受け入れるとしても難民認定手続の難しさ、そして数万という単位の受け入れは現実的ではない。第二に、ロヒンギャは人身取引犯罪の被害者であり、反人身取引法上の保護が可能とする説もある。昨年施行されたタイの反人身取引法下では、人身取引罪の要件である、搾取の目的で詐欺などの手段が使われ彼らが移送されたならば、人身取引罪が成立し、彼らはその被害者として保護される。彼らが到達した先で過酷な労働を強いられ移動の自由を制限されるなど強制労働や奴隷状態におかれる状況にあれば、それは搾取に相当する。しかし同法では被害者の認定を受けても最終的には出身国に送還されるのが、被害者に対する保護である。しかもそれは出身国とされる政府による受け入れが前提である。ミャンマー政府から自国民であることを否定され迫害されているロヒンギャにとってそれは解決にはなりえないだろう。第三に、ロヒンギャの移民労働者として権利保護は可能か。非正規の移民労働者にまで保護を拡大する「すべての移民労働者とその家族の権利保護に関する1990年条約」が存在するが、ミャンマー、バングラデシュ、タイそしてマレーシアのいずれの国も当該条約には加入していない。ASEANでは2007年第12回ASEANサミットにおいて「移民労働者の権利の保護と促進にかんする宣言」がなされており、ASEAN地域内における移民の動きを鑑みれば、送り出し国および受け入れ国双方が参加する共通の基盤として画期的ではあるが、これはあくまで協調レベルの宣言であり、各国間の法的義務は一切ない。

現法下においては難民、移民、人身取引被害者のいずれとしても保護を受けられないロヒンギャにとって、最大の問題は彼らが無国籍であるということである。主権国家によって構成されている現在社会において、人はいずれかの国の所属員たる資格、すなわち国籍を有していることによって、国籍国の保護を受ける権利を有する。国境を越えることは、その人に対する保護義務を負う国籍国から離れることである。その人が他国によってその身体や財産を侵害され損害を受けたとしても、他国に対して適切な救済を与えるよう要求することは外交保護権という国籍国の権利である。無国籍者にはその人の人権を保護する責務を負う国家がない。ミャンマー政府によって国民であることを否定された無国籍者であるロヒンギャには、彼らの人権を保護する義務を負う国がないのである。そして現在の国際法下では、いずれの国がいかなる状況において国籍付与という義務を負うかについては合意されていない。国籍は各国の国内法の問題とされているからである。

アンダマン海を南下するロヒンギャ問題は、ASEAN憲章の下で人権機構の設置をめざしているASEAN加盟国にとって、同地域における人権問題について地域レベルでの実効的なコミットメントが現実問題として喫緊に必要であることを示すものであったが、加盟各国の積極的な取り組みの姿勢は見られなかった。ロヒンギャ問題の議論の場としてASEANサミットから先送りされ4月中旬に予定されているバリ・プロセスで、どのような議論がなされるのか注目されるところである。バリ・プロセスは2002年2月にバリでインドネシアとオーストラリアの共催による「人の密輸・人身取引および関連の国境を越える犯罪に関する地域閣僚会議」(アジア大洋州、中東から38カ国及び関係機関が参加)を発端とする、人の密輸(people smuggling)・人身取引(people trafficking)やそれに関連する国境を越える犯罪に対する地域協力の枠組みであり、現在50を超える国が参加している。オーストラリア、インドネシア、ニュージーランド、タイ政府、IOM(国際移住機関)およびUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が運営委員会を構成している。確かにASEANのみならず、関係国であるバングラデシュやその他の国の参加を得られる会議ではあるが、バリ・プロセスは基本的には人の密輸や人身取引という犯罪に対する法制度や法の執行を強化するための協力枠組みである。そのためロヒンギャ問題について、彼らがどのようなブローカーによってどのような手段によって移送されたかという犯罪性に焦点があてられその防止について議論されても、ロヒンギャ問題の根本にある彼らの無国籍という法的地位やミャンマー政府から弾圧されているという実態についての解明や議論はなされるのかどうか憂慮される。同会議の議論を注視したい。

以上