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海外研究員レポート

インドの大学における下級生いじめ(ragging)問題

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049972

2009年3月

インドの高度成長とともに、工科大学(IIT)や経営大学院(IIM)といったインドの超エリート校の名前も日本で知られるようになった。しかし、インドの大学生活の影の部分については、’ragging’という言葉とともに、インドに来て初めて知った。

ragを英語の辞書で引いてみると(1)人をしかる、(2)いたずらをする、(3)大騒ぎをするという意味が書いてある。こちらでは、ヒンディー語でも「レギング」といい、インド人ならば、少なくとも大学生活についての知識がある人ならば、誰もが知っている身近な言葉のようだ。アメリカでは’hazing’という。

去る3月8日、ヒマーチャル・プラデーシュ州にあるDr.ラジェンドラ・プラサード医科大学の19歳の男子学生アマン・カーチュルーが亡くなった。6日の夜から7日未明にかけて、アマンを含む学生13人は酔った上級生4人にこっぴどく殴られた。翌日、被害にあった学生らが大学当局に対して不服申し立てを提出していた最中にアマンの具合が急変し、病院に運び込まれたが命を取り留めることは出来なかった。死因について、当初大学側は心臓発作による自然死と主張したが、解剖の結果、殴打による脳出血であることが明らかになった。事件直後、道徳的責任を取って同大学の校長は辞任したが(後に最高裁が即時解雇を命令)、事態を重く見た県および州当局は事件の徹底的な捜査を開始した。raggingを行った上級生4人のうち2人は9日に出頭し、逃亡していた残りの2人も翌10日に自首した。

アマンはデリーの名門校の一つデリー・パブリック・スクール卒業後、カシミール移民の留保枠で同医科大に入学していた。その事実や、アマンが英語を流暢に話すのに比べてヒンディー語が上手くない、容姿が良いといったことなども、raggingの標的とされる一因であったといわれている。タンザニアの大学で客員教授を勤める父親は「アマンは上級生によるraggingについて何度も話していたが、このような段階にまで発展するとは想像もつかなかった」と語る。

「raggingは寮生活の一部と認識していたので、我々は彼の訴えを真剣に受け取らなかった」とアマンの親戚が述べていた通り、親元から離れて寮生活を送ることになった新入生は、皆多かれ少なかれraggingを経験するようだ。50代の女性に聞いたところでは、「私がデリーの女子大の寮に入っていた時にもraggingはあった。そもそも、上級生と下級生の間の意思疎通をはかって、寮での仲間意識を育てるという伝統としてraggingはあった。上級生が下級生に命令し、下級生がそれに従わなければならないのだけれど、大部分は、着ている服のチェック模様の数を数えて1時間後に報告に来い、というような馬鹿らしいものだった。でも確かに口に出来ないような命令もあった。」同じ大学を卒業した24歳の女性によれば、「私はジャムシェドプールの田舎町の出身だったから、デリーにきて学生寮に入った。成績が良くないと寮には入れないから、寮に入れることは嬉しかったけれど、驚くことばかりだった。飲酒や喫煙をする女性を見たのも初めてだったし。とにかくいろんな女の子がいて。寮生活を経験すると、人間的に本当に強くなる。」

従って、raggingはアマンの経験したような暴力だけでなく、歌え、踊れとか、部屋の掃除をしろといったものから、性的な暴力まで様々な形態がある。しかし共通しているのは強要であり、命令に従わないと新たなraggingに晒されるという「伝統」である。学生の間では、どこの大学のraggingが酷いかという話はよく知られている。また留学生に対しても、欧米の白人系の留学生は標的にされないけれど、途上国からの学生はraggingされるというような話が流布している。他方で、raggingは大学生の通過儀礼という見方や、大学生になればraggingくらいは自分で対応できるような大人であるべきだという一般認識は根強い。

古くからあるragging問題に対して法的な措置を求める声が高まったのは、さほど昔のことではない。最初のragging禁止法が制定されたのはタミル・ナードゥ州で、1997年のことである。同様な法律は、ケーララ(1998年)、マハーラーシュトラ(1999年)、グジャラート(1999年)、西ベンガル(2000年)、カルナータカ(2000年)にもある。さらに2001年、公益訴訟に基づき最高裁はraggingについて、看過できない問題であるとの判断を下した。最高裁判決はraggingを次のように定義している。

‘Any disorderly conduct whether by words spoken or written or by an act which the effect of teasing, treating or handling with rudeness any other student, Indulging in rowdy or indisciplined activities which causes or Is likely to cause annoyance, hardship or psychological harm or to raise fear or apprehension thereof in a fresher or a junior student or asking the students to do any act or perform something which such student will not do in the ordinary course and which has the effect of causing or generating a sense of shame or embarrassment so as to adversely affect the physique or psyche of a fresher or a junior student.’

最高裁の見解では、ragging防止の責任は一義的に教育機関当局にあるとし、問題が犯罪の域に達したとしても、警察の介入は教育機関責任者の要請に基づくものとし、警察はあくまでも犯罪者ではなく学生を相手にしているということに留意せねばならないとしていた。その後、最高裁命令を受けて人的資源開発省は、ragging対策を検討する委員会(ラガヴァン委員会)を設置した。同委員会は2007年に報告書を最高裁に提出した。それを受けて同年5月最高裁は、被害にあった学生、保護者、機関の長が当該機関の対応に納得できない場合には、その機関は速やかに警察に被害届を出さねばならないとした。また被害者自身や保護者も直接届けを出せるようにした。これは、教育機関が事件を恣意的に隠蔽することを防ぐための措置である。

アマンの事件発生から日も浅い3月13日、全国の新聞に、アンドラ・プラデーシュ州の農業技術大学の女子学生ナディミンティ・トリヴェニが、やはりraggingを苦にして2月27日に自殺を図り、ずっと意識不明の状態だったが、3月12日に意識を回復したとのニュースが流れた。親戚によれば、アマンのケースと同様、ナディミンティは、水を満たしたバケツに片足で立たされたとか、卑猥な踊りを強要されたなど、以前から上級生のraggingを訴えていたが、自分で対処できるような印象だったという。メディアに対して同校の校長は、寮でraggingが行われていたことを否定し、学生数人は、ナディミンティは試験に失敗したため自殺を図ったと主張した。しかし、3月14日、ナディミンティが名前を告げた5人の上級生(女子学生)のうち4人が逮捕された。

同じく14日、アマンの両親や意志を同じくする人々は、アマン運動と称して、デリーの中心地に集い、ろうそくに火をともし、ragging事件の迅速な審判と全国レベルのragging禁止法制定を求めてデモを行った。アマンの父親は、raggingを防止するためには、小学校の頃から子供たちに対して他人を傷つけないこと、raggingは犯罪であることへの意識を植え付ける必要があると語った。

アマンの事件を契機として、司法のみならず大学補助金委員会(UGC)、インド医学評議会など様々な団体がそれぞれの管轄領域から、ragging防止策を検討することになった。UGCが提示したragging防止案には、大学入学願書にraggingに関する法と処罰を知っているという文書を付け出願者に署名させる、ragging行為を行った場合には大学の監督官が提示する処罰に従うという内容の保護者署名入り誓約書を提出させる、入寮を希望する学生にはさらに別の文書を提出させる、新入生および上級生に対して合同の意識化プログラムを実施する、新学年の3カ月間は、定期的に学生に対して心理カウンセリングおよびオリエンテーションを実施する、新入生が1年を終えて進級する際に、保護者宛に手紙を送り、子供たちがraggingを行わないことを監督官に確約させる、ragging阻止に失敗した教育機関に対する補助金を削減する、その逆の場合には特別補助金を付与するといった内容が盛り込まれている。この提案は、高等教育の監督に関わる17の機関会合で4月中に議論される予定である。

3月25日、ヒマーチャル・プラデーシュ州は新たなragging防止法を施行した。同法は、raggingを裁判権内の罪でかつ保釈不可能な罪と定義し、raggingを行った学生は退学処分とされ、その後3年間はどこの教育機関にも入学を認めない、さらに、最高5万ルピーの罰金か、最長3年間の懲役、あるいはその両方が課されるとしている。また、学生あるいは保護者が、書面で教育機関の長に不服申し立てを提出した場合、教育機関の長は24時間以内に行動を起こし、監督機関に報告するとともに、raggingの事実が認められた場合には、罪を犯した学生を速やかに退学に処す。これらを実行しない教育機関の長は、最高2万5000ルピーの罰金か、最長2年間の懲役、あるいはその両方に処せられる。なお、奨学金や学生、市民社会の中でragging防止活動に役立てる目的で、500万ルピーの元金で、アマン・カーチュルー記念基金設立も決定された。同日、ラガヴァン委員会は、アマンの父親の進言を受けて、raggingに関する無料のヘルプライン開設を人的資源開発省に提案した。

Raggingが深刻化したのは、私立の工科大学や医科大学の増加とともに、高等教育がより多くの様々な階層に開かれるようになったこと、さらにメディアの強い影響によって、raggingの内容が残酷さを増したことに理由があるといわれる。あまたの大学の中でも医学や工学など専門教育を施す教育機関にとりわけragging多いと伝えられる。これらの教育機関は、大学の中でも非常に成績優秀な一握りの学生のみが入学できる学校である。こうした専門大学でraggingが頻発していることについて、ある評論は、高いプレッシャーに晒されて、かつ正しい価値観を身に着けていない学生らが、怒りや不満の捌け口を外に求めるためと推測している。

アマンの事件を契機にして、ragging問題に関する様々な意見がメディアに寄せられた。大部分の意見は、大学当局の責任を強く問うものである。また、アマンの父親が述べたように、社会全体の中でraggingは罪であるという価値観を醸成しなければいけないという声も多い。しかし一方で、管見の限りにおいては、家庭責任という言葉はあまり見かけないようである。日本であったら、アマンを直接死に追いやった学生たちの家庭環境がまずいろいろ取沙汰され、親がメディアの前で謝罪を求められる事態となるのではないか。また、厳しい競争社会の弊害や、学校教育の内容等について、識者がもっと多くのコメントをしたところではないかと感じた。この違いが、大学生の社会における位置づけや、社会と家庭の果たす役割等について異なる認識があるためなのか、現時点では、筆者にはまだわからない。