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海外研究員レポート

『東アジアおよび東南アジアにおける国際移住にかんする情勢報告』(“Situation Report on International Migration in East and South-East Asia”)を読む

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049973

2009年2月

2008年10月国際移住機関東南アジア地域事務所(International Organization for Migration, Regional Office for Southeast Asia)から標記の報告書がリリースされた。本稿ではこの報告書の主要な記述を紹介したい。

当該報告書はIOMに加え複数の国連・国際機関からのメンバーから課題テーマ毎に構成されるグループのひとつであるRegional Thematic Working Group on International Migration including Human Traffickingによって作成された、東アジアおよび東南アジア16カ国の越境する人々の移住にかんする報告書である。国際的な人口移動・移住が、国・地域そして世界の経済および社会発展のプロセスが相互に深く関連していることは、世界の耳目を集めるところであり、2006年9月には第61回国連総会期間中に国際移住と開発のテーマに特化した初めてのハイレベルな会合が開かれ、総会決議61/208が採択された。当該報告書は、東アジアおよび東南アジア地域における国際移動および経済・人口・社会的発展の過程の複雑な相互関連を解明しようとするものである。上記グループを構成する関連機関は脚注に示す16機関であり1、人口移動の問題が人権、経済・社会開発など多岐にわたる開発課題に関連することを物語っている。

報告書の構成は、第I部が16カ国のカントリーレポート2、第II部が移民問題を社会的経済的テーマ別に分析し、第III部が各国政府に対する政策提言となっている。当該報告書の要約で述べられているように、越境する移民の方向性や傾向は各国の経済社会や人口動態に直接影響される。同報告書が網羅する東アジアおよび東南アジア地域において一人当たりGDPが比較的低く就労年齢層の人口の伸びが高い国から移民が流出し、より経済的に発展しているかまたは就労年齢層の人口が減少している国に移民が流入している。そのなかで同地域において唯一タイがその中間的な存在であり、移民の流出および流入の双方において著しい数字を示している。一度大規模な移民の流れができると、それが商業的に制度化されたり、インフォーマルなネットワークが形成されたりするために、政府にとってそれを変えるのは困難になる。本地域には各国間で大きな経済格差が存在する。この不均衡によって移民が移動するのだが、各国の経済格差ゆえにこそ地域において一貫した移民政策をとることを困難にさせている。各国政府は、市場のニーズに応え非正規の移民を最少化すべく移民労働者の需給を管理しようとしている。しかし、正規の移民は限られ、雇用者や移民労働者は既存の法制度の枠外で行動する(同報告書p.xvii)。

第I部の国別報告では、各国の主要な発展指標(人口、人口増加率、15~39歳の若年労働者層人口の増加率、出産率、都市人口率、一人当たりGDP、純移民率(入国者から出国者をひいて1,000人で割った数)が示され、出入双方の移民動勢の概観、移民にかんする法政策、移民にかんする統計などが収録されている。国によって移民にかんして収録されている統計データの種類はまちまちであり、いずれも二次資料である。巻末の表32は16カ国のデータを一覧にしており、人口や移民の基礎的数字を概観することができる。

第II部における移民政策にかんする論考では、各国の移民政策をその発展サイクルに関係づけている(p123-127)。当該地域において各国が直面している移民政策課題を理解するには、各国の発展レベルを分析することが有益とする。程度の差こそあれ、すべての国が、移民の送り出し国であり、中継国であり、受け入れ国であることを看過してはならないとも説く。第一段階として分類される国は、その人口動勢の特徴として高い人口増加率、高齢者比率の低さ、都市化の比率の低さ、出産率の高さが観察される国であり、カンボジア、中国、北朝鮮、インドネシア、ラオス、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、東チモール、ベトナムが分類されている。これらの国々の政策課題は、移民の送り出しであり、外国における自国民の保護そして送金である。第三段階の国の人口動勢の特徴は、人口増加率の著しい低さもしくは人口の減少、高齢者比率の高さ、都市化の比率の高さ、人口一人当たりのGDPの高さ、出産率の低さである。この特徴を備える国として、日本、韓国、ブルネイ、シンガポール、マレーシア、地域として台湾、香港が分類されている。これらの国の政策課題は、流入する移民の管理、高技術者の流出と流入、受け入れ社会における移民の融合、非正規移民対策である。これらの中間である第二段階として特異な位置を占めるのがタイであると指摘されており、人口増加率の減少、高齢者比率の増加、都市化の比率の増加、人口一人当たりのGDPの増加、第一段階の国よりも低い出産率という特徴を有する。タイは、第一段階および第三段階双方の課題を担うため、その政策課題は多い。

第二段階および第三段階にある国に共通する政策の特徴は、移民を管理し規制しようとする政府の意図、つまり国家主権・国境管理という国家権限と、労働市場の需要に応えるために移民政策を自由化する必要、という二つのバランスを見極めているという点である。これらの底辺にあるのは、滞在期間に制限を設け、家族の帯同は許さず移民労働者のみに滞在を許可することよって、移民労働者の永住を制限しようとしていることであり、これはこれらの国に共通してみられる、移民に対する選好性をあらわしている。一般的に、技術を有する労働者の入国は奨励され、低いレベルのスキルしか持たない労働者は入国審査および入国後もより大きな制限を課せられている。非正規の移民を減らすことも各国が担う共通の課題である。定期的な追放や体罰などの厳罰をもって、非正規移民の流入を減らそうという試みがおこなわれている。タイにおいては定期的な送還が国境で行われている一方、大規模な数の非正規移民労働者がタイの産業の底辺を支えているために滞在が黙認されている(p126)。多くの受け入れ国でも見られる政策の共通点として見られるのは、一方的な管理、雇用サイドの需要に合わせた許可政策、ゲスト労働者もしくは研修生として一時的に許可、長期的な年金制度などからの排除、非正規移民者に対する定期的な特赦(登録を促したり暫定的許可を与えたりなど)である(p143~146)。

移民問題の背景にある社会経済要因を考慮すれば、現在当該地域の各国政府が採っている制限的な移民政策が望むような成果を出すとは考えにくい。国境管理を強化したところで、移民を促すその他の要因について同時に対策がうたれなければ、その効果は限られている。非正規移民は、彼らに対する搾取や虐待の可能性、受け入れ国における非正規移民への健康・社会サービスのコストなど複数の観点から望ましいものではない。第二および第三段階にいる国は、他国との協調のもとで長期的な政策を模索しているが、制度運用上の問題や公式のリクルートにかかる費用の高さの問題から、非正規移民は後を絶たない。非正規よりも法規に則った正規の移民方法をより魅力的なものにすることによって促進することが、これらの国の主要な課題のひとつである(p127)。

越境する移民という問題に鑑み、国際的な協力は不可欠である。しかし各国政府を拘束する国際条約の締結は当該地域においては少なく、移民にかんする各国政府の複雑な背景・現状があらわれている。国際的な法的枠組みとしては、移民の権利保護という観点からは、ILO条約として1949年の移住労働者(改正)条約(第97号)、1975年の移住労働者(補足規定)(第143号)があるが、前者については本地域ではマレーシアが批准しているのみ、後者はフィリピンのみである。非正規の移民労働者の権利保護に関して詳細を規定し2003年に発効した「すべての移住労働者とその家族構成員の権利の保護に関する国際条約」には、ブルネイ、インドネシアが署名し、東チモールが加盟、フィリピンが批准している。移民の受け入れ国である第三段階に分類された国でこれら条約への参加国はない。人身取引にかんしては、「国際的な組織犯罪の防止にかんする国連条約を補足する、人、特に女性および児童の取引を防止し、抑止しおよび処罰するための議定書」および「陸路、海路および空路により移民を密入国させることの防止にかんする議定書」には、本地域16カ国のうち半数が署名なり何らかの参加をしている。難民条約にかんしては6カ国が加盟するだけである。第二段階にあるタイは人身取引にかんする議定書に署名するに止まっている(p128)。地域レベルではASEANで第12回ASEANサミットにおいて「移民労働者の権利の保護と促進にかんする宣言」がなされている。ASEAN地域内における移民の動きを鑑みれば、送り出し国および受け入れ国双方が参加する共通の基盤として画期的ではあるが、これはあくまで協調レベルの宣言であり、各国間の法的義務はない。本宣言は非正規の移民労働者を正規化することを意味するものではないと明記されているように、ASEANメンバーの中の特に移民受け入れ国の慎重かつ頑なな姿勢がうかがえる。本地域において移民が発展の重要な要素であるという認識にたち、本宣言にもとづいたASEAN内で共有する施策が形成されることが望まれる(p131~132)。

本地域における労働移民の動向の見通しについては、同地域における受け入れ国と送り出し国間の人口動勢の不均等(人口増加率、若年労働者比率の高低)、経済統合、収入格差によって、特に東南アジア内において移民の流れは増加すると見られ、今後5年間で、マレーシア、シンガポール、タイへ労働移民の大規模な流入が予測されている(p150)。移民労働者の流出のプッシュ要因はミャンマーで特に強いと指摘されている。ミャンマーの鈍い経済発展はタイとの収入格差を拡大するばかりであるが、一方、ラオス、カンボジアの一人当たりGDPは急激に伸びており、タイとの収入格差は減少しつつある。インドネシアとマレーシアの収入格差は2011年まで変わらないと予測されている(ibid.)。当該地域における外国人労働者に対する今後の需要は中期的にはいまだ強いと予想されている。タイでは2011年までに通算で約474,000人、マレーシアでは147,000人、シンガポールでは41,000人と試算されている(p151)。

当該報告書にはその他、送金と本国経済発展の関係、移民労働のジェンダーによる傾向分析、移民とその子供の問題、移民と健康などについて論考が収録されている。最後に当該報告書は政策提言として、地域内の各国の政策協調、ガバナンスの強化、移民の権利保護、非正規移民の根絶、各国の発展政策において移民(その経済的貢献や双方の利益の最大化)を考慮すること、データ収集、リサーチの促進、ASEANを含む地域内および国際的な協力を挙げている。特に移民についての政策形成には正確なデータが不可欠であり、その収集・蓄積の重要性を説く。パスポートや査証なしでの国境往来が可能な国々においては、出入国の記録だけでは非正規移民数を算出することはできないので、人口センサスや国勢調査が有効であり、かかる調査項目には、非正規移民が回避しないように、正規の移民かどうかなど就労のステータスを問わないことなど示唆に富む提言が含まれている。そして受け入れ国・送り出し国双方の入管や移民手続の調査も重要であると指摘されている。

当該報告書は、東アジアおよび東南アジア地域における国際移住の概観を知る有益なものであり、移民にかんして様々な研究の観点・分析方法の可能性を紹介するものであり、日本においても広く読まれることを望む。

当該報告書がリリースされた後、急激な世界市況の悪化があり、各国経済は経済不振に喘いでおり、労働者の雇用状況の悪化を招いている。その一番のしわ寄せは流動的な労働人口である移民労働者に向かっている。タイにおいては、昨年後半に新規の移民労働者80万人の登録を計画していたが、急激な景気悪化を受けタイ人の雇用を確保すべく、この計画は新年になり棚上げされた。タイ労働省の試算だけでも200万人はいるという外国人労働者のうち50万人が登録しているが、残る非正規労働者が正規化される機会は、この政策の棚上げによって失われた。当該報告書で報告された状況が今後どのように変化するか動向に着目したい。


脚注

  1. ESCAP, IOM, ILO, Joint UN Programmes on HIV/AIDS, Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, OHCHR, UNICEF, UNDFW, UNDP, UNESCO, UNHCR, UNIAP (UN Inter-Agency Project to Combat Trafficking in Women and Children in the Mekong Sob -Region), UNODC, UNPF, World Bank, WHO.
  2. 網羅されている国はアルファベット順に、ブルネイ、カンボジア、中国、北朝鮮、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、東チモールおよびベトナムである。