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海外研究員レポート

コーポレートファイナンス理論と流動性の確保――サブプライム問題との関連

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049979

2008年9月

1. はじめに

2007年からのサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題に端を発した金融危機は依然として続いている。米政府は、2008年3月16日のベア・スターンズ証券会社の救済など、金融市場の安定化のための対策を立て続けに打ち出してきた。9月に入ってからは新たな動きがみられた。6日に、信用不安の収束を図る目的で、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)への公的資金注入が、民間では15日に、サブプライムによる損失に苦しむ米証券第4位のリーマン・ブラザーズが連邦破産法を申請して破綻し、第3位のメリルリンチはバンクオブアメリカ(バンカメ)に買収されることが発表された。

サブプライム問題の概要については、6月30日付けの拙稿「サブプライム問題と資金調達・担保・取り付け(バンクラン)モデル」において、金融危機の実体経済への影響に関する理論的・実証的な研究とともに報告したとおりであり、ここでは割愛する。

継続的な借り入れが通常業務の大前提となっている証券会社・投資銀行にとって、流動性の確保は死活問題である。資産があっても、流動性不足に陥れば破綻せざるを得ないことは、ベア・スターンズの破綻が示したとおりである。本稿では、ティロール(Tirole 2005)のコーポレートファイナンス理論に沿って、サブプライム問題にみられる現象を理論的に説明すること、とりわけ流動性確保の必要性に主眼をおく。

2.流動性の危機と政府の対策

ベア・スターンズの救済策が打ち出された3月16日前後は、米市場をはじめとして国際金融危機が深刻化した。図1は、1カ月TB(米国短期国債)レートと、信用不安の指標のひとつであるTEDスプレッド1をプロットしたものである。TEDスプレッドは、カウンターパーティ・リスクを表す指標のひとつ2とされ、その拡大は銀行の貸し渋りを示唆する。同時期に、1カ月物TBレートは落ち込んでおり、これは、債券需要が増して価格が上がり、債券の利回りが下がったことを示している。ベア・スターンズをはじめとする大手証券会社・投資銀行などの資金繰りが、いかに困難であったかを表しているといえよう。

図1

図:One month T-Bill Rate and TED spread(2008年)

出所 ) Federal Reserve Statistical Release(http://www.federalreserve.gov/releases/h15/data.htm)およびhttp://www.economagic.com/より作成。

この時期、米政府は、大手投資銀行の資金繰りを救済するため、証券会社・投資銀行など預金銀行以外への貸し出しを直接可能とする TSLF3やPDCF4といった制度を次々と打ち出した。これらの救済策がどの程度功を奏したのか、図1のみで因果関係まで判断することはできない。しかし、その後のTBレート、TEDスプレッドの動きからみて、最悪の金融危機を脱するにある程度の気休め効果を果たしたのではないかと考えることはできよう。公的資金の注入が示すとおり、流動性の確保は、投資銀行にとって死活問題である。以下では、ティロールのコーポレートファイナンス理論に沿って、図1にみられる現象を理論的に説明し、流動性確保の必要性について確認したい。なお、理論モデルの基本のセットアップなどの詳細は、本文末の付録を参照されたい。

3. 流動性確保の必要性
ティロールのコーポレートファイナンス理論のセットアップ

企業家(借り手)、投資家(貸し手)を想定し、投資プロジェクトの成功確率が、投資家からは観察しえない企業家の努力に左右されるものとしている。融資の必要十分条件は、一つには、企業家の努力インセンティブを損なわないようなかたち、すなわち努力を怠ることで企業家が手に入れることのできる私的利益を、期待成功報酬が上回るかたちで決定される。もう一つには、投資家の期待報酬が、少なくとも融資額を下回らないこと、すなわち投資家の純期待収益は、少なくともゼロであることを仮定している。

このモデルを基本とし、企業家がリスク回避型のケース、複数の投資プロジェクトの成功確率が相互に関連しているケース、担保価値の維持にも努力インセンティブを加えるケース、プロジェクトの途中で追加融資が必要になるケース、必要追加融資額の規模が異なるケース、途中でプロジェクトの中止も考えられるケースなど、様々なヴァリエーションがあり、応用範囲は広い。以下では、応用例として、途中で追加融資が必要になるケースを紹介し、サブプライム問題にみられる現象と関連づけて流動性確保の必要性を明らかにしたい。

流動性の確保1:ローン・コミットメント契約5

基本のモデルの融資契約期とプロジェクトの結果が実現する期の中間期に、流動性ショックが起こる可能性を想定する。ショック分が追加融資されない限り、プロジェクトは遂行されず、収益はゼロとなる。ショックが起こってから資金調達を図る"Wait & See"アプローチをとると、ショック時における期待担保可能額までは追加融資が可能だが、それ以上のショックであると、たとえプロジェクトを遂行する方が全体の期待収益最大化という点で望ましい場合であっても、追加融資はなされない。仮に、担保可能額を増やすことで、追加融資を行おうとすれば、企業家の取り分が減り、モラルハザード問題が起こってしまう。社会的に最善な追加融資がなされるためには、ショックが起こる以前に予めローン・コミットメント契約を交わして信用枠を設定しておく必要がある。ショックが起こる以前のローン・コミットメント契約では、企業家の努力インセンティブを損ねないかたちで契約が交わされているので、サンク・コストとして処理することが可能6である。

流動性の確保2:債券の購入

つぎに、流動性ショックが起こる前に流動性の確保をしておく必要性という点では、上 と全く変わりないが、ローン・コミットメント契約ではなく、予め自己資本もしくは借 り入れ資金から債券を購入してショックに備えるケースを想定する。この応用では、中間期にショックは必ず起こるが、確率(1-λ) で期待担保可能額を上回らない小さなショック、確率λで期待担保可能額を上回る大きなショックが起こることを仮定する。前者の小さなショックの場合は、追加融資が必ずなされてプロジェクトの遂行が可能だが、後者の大きなショックの場合は、予め期待担保可能額を上回る分の債券を購入しておき、ショック時に換金して追加融資に充てることがプロジェクト遂行のために必要となる。

たとえ大きなショックが起こっても、清算・倒産することなくプロジェクトを遂行するためには、予め流動性を確保しておく必要があり、そのための債券需要が増すと、債券価格は上昇する。債券需要は、(大きなショックの規模)-(期待担保可能額)に等しいので、ショックのリスクが高まるほど、債券需要は増し、価格が上昇することとなる。図1では、サブプライム問題が深刻化した 3月16日前後に、急激に債券価格が上昇しており(債券の利回りは急激に低下)、ティロールのモデルが示す現象といえる。

4. おわりに

大手証券ベア・スターンズの破綻の例が示すように、サブプライム問題に窮する証券・投資銀行にとって、流動性の確保が最重要の課題である。ティロールのコーポレートファイナンス理論では、流動性ショックが起こってから資金を調達するのでは、プロジェクトの遂行が最適化されない恐れがあり、ショックの前に予め流動性の確保をしておく必要性が示された。

ここでは、流動性の確保の方法として、ローン・コミットメント契約と、債券の購入を挙げた。ローン・コミットメント契約は、ほとんどの大企業が銀行から融資を得る際に採用している資金調達方法である。また、債券が流動性確保の役割を果たすというモデルの帰結は、サブプライム問題が深刻化した時期の現象(債券価格の上昇と利回りの低下)と整合的である。

【付録】ティロール(Tirole 2005)のコーポレートファイナンス理論

A-1.基本のセットアップ

  • I:企業家(借り手)の投資
  • A (< I ):企業家の流動資産(=キャッシュ)
  • I-A:投資家(貸し手)からの借入額
  • 投資プロジェクト全体の成功収益は R (>0)であるが、失敗すればゼロとする。
  • いずれもリスク中立とする。
  • 投資家の期待収益はゼロとする。
  • 企業家は限定責任とする。

A-2.融資の必要十分条件――モラルハザードと投資家の損益分岐(Break-even)制約

モラルハザード:企業家(借り手)の努力レベルは外部から観察不可能であり、企業家は努力レベルを下げることで、私的利益(=B )を得る。

企業家は、投資の成功確率(=p)を決定する。

  • pH:企業家が努力をしたときの成功確率。
  • pL:企業家が努力を怠ったときの成功確率。 pHpL=Δp >0

なお、pHpLについては共有情報とする。つまり、投資家は、企業家が努力をしたかどうかは観察できないが、努力をすれば成功確率は pHであることは知っているものとする。

企業家の誘因両立制約(努力をするインセンティブを与える条件)は
数式1
となる。よって担保可能な限度額は、数式2であり、期待担保可能額は、
数式3
となる。

貸付契約

  • プロジェクトが失敗した場合、投資家、企業家ともに収益はゼロ。
  • プロジェクトが成功した場合、投資家は Rl 、企業家はRbの収益を得る。

企業家が努力をするインセンティブをもつような契約を前提とすると、投資家の損益分岐制約は、
数式4
となる。pHRlは期待担保可能額(全期待収益のうち、インセンティブを損ねないレベルの企業家の取り分を除いたもの)にほかならず、
数式5
と表すことができる。期待担保可能額は、投資家の貸付額を上回ることが融資の必要十分条件である。これは、
数式6
と表すこともでき、企業家が十分なキャッシュを保有していること(A ≥ A)が、融資の必要十分条件である。

投資家の期待収益をゼロと仮定しているため、企業家の収益Ubはプロジェクトの純現在価値
数式7
にほかならない。つまり、融資がなされた場合の社会的余剰は、すべて企業家が得るものとする。

A-3.流動性の確保:ローン・コミットメント契約

以下では、上記のモデルを応用して、追加融資が必要になるケースを想定し、あらかじめ流動性を確保しておく必要性を理論的に示したい。

仮定

  • 第0期~第2期の全3期を想定。第0期は基本のセットアップと同様、A ≥ Aのもと、企業家にインセンティブを与える融資契約がなされる。
  • 第1期に、プロジェクト遂行のための、追加融資(=ρ)が必要となる。この流動性ショック(ρ ∈[0,∽))の確率密度関数は f(ρ) 、累積分布関数は F (ρ) である。
  • 流動性ショックが生じたときに追加融資(=ρ)がされればプロジェクトは遂行されるが、追加融資がなされなければ、プロジェクトは終了し清算処理となる(プロジェクトの失敗と同様であり、収益はゼロである)。
  • プロジェクトが遂行された場合、第2期にプロジェクトの収益が確定。基本のセットアップと同様、企業家が努力をしたときは確率pH 、努力を怠ったとき(企業家が私的利益Bを得るとき)は確率pLで、全体の収益Rが実現する。
  • ρ<ρ*であれば(つまり第1期の流動性ショックが、カットオフρ*より小さければ)、追加融資をすることが最適である。
  • 基本のセットアップと同様、融資契約は、企業家が努力をするインセンティブをもつ ようにデザインされているものとする。つまり、誘因両立制約数式8が満たされなければならない。
  • プロジェクトが遂行される確率は、Pr (ρ<ρ*) = F (ρ*) である。

企業家の効用(=プロジェクトの純現在価値)は

数式9

と表すことができる。MaxUbを解くと、ρ*=pHRのときにUbは最大となる。

また、期待担保可能額(P(ρ*)≥I–A)は、

数式10

と表すことができる。MaxΡ(ρ*) を解くと、 数式11のときに期待担保可能額Ρ(ρ*)は最大となる。図 A.1 は、横軸にρ、縦軸にUb(ρ*)+IΡ(ρ*) をとってプロットしたものである。

図A.1 数式12.13

ケース1:数式14

⇒カットオフが ρ*=pHRであることが社会的に最善(=Ubが最大)であるところ、P(pHR)I-Aであれば、Ubを最大化させても、投資家に十分な担保保証がされることとなる。つまり、流動性ショックρ*=pHRまで追加融資がなされる。

数式15

⇒借入必要額が、担保可能最大額を超えるケースでは、追加融資も含め、いずれにしろ融資されない。

数式16

⇒"Wait and See"アプローチをとる限り、数式17 以下の流動性ショックであれば、株式の希薄化も可能であり追加融資が可能だが、それ以上のショックであれば追加融資はなされない。社会的に最善な追加融資がなされるためには、すなわち ρ*=pHRの流動性ショックまで救済されるためには、予めローン・コミットメント契約を、第0期に交わしておく必要がある。ただし、信用限度(カットオフ)

数式18は数式19

つまり、

数式20 で決定される。

A-4.流動性の確保:債券の購入

ティロールは、同じモデルを応用し、第1期の流動性ショックが小さい場合と大きい場合に分け、またローン・コミットメントではなく、企業家が第0期において自ら流動性確保をする場合(具体的には債券を購入する場合)も分析している。

仮定

  • 追加融資のモデルと基本は同じであるが、第1期の流動性ショックを確率(1–λ)ρ=ρL、確率λρ=ρH とする。ただし数式21であり、ρL<ρ0<ρH<ρ1であるものとする。
  • 流動性ショック(ρLまたは ρH)後に、プロジェクトが遂行される確率を、それぞ れ xL∈ {0 1} 、 xH∈ {0 1}とする。
  • 企業は、第0期において、流動性資産(=債券)を購入することが可能であるとする。債券は、第1期において収益=1を確実にもたらすものとする。よって、予め債券を購入しておけば、大きな流動性ショック(=ρH)にも耐えることが可能となる。確実な 収益=1を必要となった追加分の投資に充てればよいからである。第0期における債権価格をq ≥1とする。債券需要ρHρ0、債券の供給量がT<ρHρ0であれば、価格はq >1となるはずである。

融資の必要十分条件は、
数式22

プロジェクトの純現在価値、すなわち企業家の効用は、
数式23 と表すことができる。

流動性ショックが小さい場合(=ρL)、常にxL=1とすることで、Ubは最大化される。 ρρ0以下の流動性ショックであれば、株式の希薄化が可能であり、追加融資は常に 可能だからである。流動性ショックが大きい場合(=ρH)、企業家が常にxH=1とするのであれば、ρρ0以下のショックは株式の希薄化が可能であるところ、それ以上のρH-ρ0であるため、予め債券を購入して流動性を確保しておく必要がある。常にxH=1とする場合、目的関数(2)のxHの係数を比較して、(q–1)(ρH-ρ0)≤λ(ρ1-ρH) であれば、Ubが最大化されることが分かる。この場合、融資の条件(1)において、xL=xH=1を代入し、(q-1)(ρH-ρ0) ≤ (1-λ)(ρ0-ρL) -λ(ρH-ρ0) - I+A が、第0期の融資条件となる。

参考文献

  • Greenbaum, Stuart I. and AnjanThakor. 1994. Contemporary Financial Intermediation. Dryden Press: New York.
  • Taylor, John B. and John C. Williams. 2008. "A Black Swan in the Money Market". NBER Working Paper Series No.13943. (http://www.nber.org/papers/w13943, 2008年5月23日ダウンロード)
  • Tirole, Jean. 2005. The Theory of Corporate Finance. Princeton University Press: Princeton.

脚注

  1. TED スプレッドとは、3カ月 TB先物と3カ月Libor(London Interbank Offer Rate: ロンドン銀行間短期売り手レートで、金融機関が資金調達するときの金利の国際的な指標)先物の金利差のことである。信用不安が拡大すると、米国債への需要が増して債券価格が上がる一方(よって利回りは下がる一方)、信用コストを反映して銀行間取引金利が上昇するため、TEDスプレッドは拡大する。
  2. サブプライム問題でいうカウンターパーティ・リスクとは、具体的には、住宅価格の下落により、不動産を担保とした証券・派遣証券の信用が落ち込み、それらを多く保有する投資銀行などの金融機関が債務不履行に陥る恐れを意味する。その他のカウンターパーティ・リスクを表す指標としては、Libor-OIS(Overnight Index Swap)スプレッド、CDS(Credit Default Swap)プレミアムなどが挙げられる。OIS は、満期(たとえば 3カ月)まで予想される翌日物レートの平均で、Libor から差し引いたスプレッドは短期のリスクプレミアムであると解される。CDS の買い手は売り手に定期的にプレミアムを支払うことで、自身が保有する社債などが債務不履行に陥ったときに、その支払いを保証してもらう。プレミアムの上昇が債務不履行リスクを表すとされる。Libor-OIS スプレッドは、2007年8月より、CDSプレミアムは同年7月より急激な上昇をみせている。米政府が、同年12月、短期金融市場に資金を注入する目的で TAF(Term Auction Facility)を導入して以来、Libor-OIS スプレッドは下落をみせたが、CDSプレミアムは上昇し続け、とりわけベア・スターンズの CDS プレミアムは同社の破綻直前に急激な上昇をみせた。以上の動きは、Taylor and Williams(2008)の論文に詳しい。このように、これらの指標が必ずしも同じ動きをみせるわけではないため、どの指標でカウンターパーティ・リスクを判断するかは議論の余地があるところである。
  3. Term Security Lending Facility の略。2008年3月11日に発表された、非預金銀行向けの、短期金融市場に資金を注入する措置。
  4. Primary Dealer Credit Facility の略。2008年3月16日に発表された、非預金銀行向けスタンドバイ借り入れ措置。
  5. 企業が銀行に手数料を支払うことで、予め決定した信用枠上限まで、予め決定した利子率で、常に融資を増額できることを約束する制度を指す。現実にほとんどの大企業が銀行との融資契約において採用している資金調達方法の一つである。
  6. ローン・コミットメントの存在意義の一つとして、モラルハザードを克服することが挙げられる(Greenbaum and Thakor 1994)。具体的には、ショックが起こったときに融資条件を厳しくし、例えば利子率を上げると、借り手のモラルハザードが生じやすくなるというように、利子率と努力インセンティブはトレード・オフの関係にある。ところが、ローン・コミットメント契約では、利子率がショック時でも上がらない代わりに、 借り手は予め手数料を払っており、それはサンク・コストであるために、借り手の努力インセンティブには影響を与えない。